ヘラクレスが現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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十二夜 嵐を告げる

 

 

 

 

 

「いいわよ。そのまま殺しちゃいなさい!」

 

 哄笑は慟哭にも聞こえ、うねりの凪がぬ激情が殺害命令をくだした時――徒手空拳となった狂戦士は、自らの投じた海嘯の魔槍が狙撃手を捉えたのを目視していた。

 その際、七枚の円環が具現化したのに目を細める。

 アイアスの盾だと、と。呻く様に呟いた。紅い外套の弓兵、いつか見た紅いコートの少女。遠くのビルの屋上に立っていた主従を睨む。

 盟友の娘にして己の亡き後にオリンピアの盾となった、誇り高き戦士の長。その宝具は王妃メディアの魔術が施された大盾と、アイアス自身の血を以て成る花弁の守護だ。自身の魔槍を防いでのけたアレは、オリジナルとは形状からして異なる。まるで自身に合わせて改造したような印象を受け、事実その通りなのだろう。

 甚だ不愉快である。アイアスの盾が後世に引き継がれたという伝承はどこにも存在しない。にも関わらずそれを所持し、あまつさえ原型を留めない改造を施したあの弓兵は何者なのか。――いや先程の剣の弾丸。宝具を矢にし、使い捨てた? ……そして盾をどこから持ち出したのか。何処にも持っていなかったはず。であればあれは、あの弓兵が作り上げた幻想か? 異能……魔術による複製品、劣悪な贋作である。

 

 あの男は贋作者か。

 

 英霊の誇りである宝具を使い捨てる在り様……憤怒が沸き立つ。己が槍兵の座に在ったならあんな紛い物など弓兵ごと砕いてやれたものを……。飛翔して戻る白亜の魔槍を掴み取り、バーサーカーはかぶりを振った。今はただマスターの令呪(オーダー)に従わねばならない。

 

 内臓は破損し、打撃の威力で脚は鈍った。だが戦闘の続行は可能だと槍兵は立ち上がる。だが手傷を負い機動力を損なわせた槍兵に何が出来る。

 ふらつきながら立ち上がった剣士が頭を振って意識を明瞭にし、気絶した士郎を抱き嗚咽する桜を叱咤する。マスターを連れて逃げてください、と。賢明だ……だが、悲しいほど無意味だ。

 

「サクラでしたか。マスターはまだ、生きています。サーヴァントとしての繋がりがある私には分かる。私のマスターを連れて逃げてください」

「え……? 先輩、生きて……?」

「早くッ! 私がまだ戦える内に!」

「は、はいッ!」

 

 絶望に暮れていた桜はセイバーの叱声に肩を跳ね、慕っている少年の命が失われていない事に安堵しながら、少年の腕を肩に回して抱き起こすと、士郎の足を引き摺る形で懸命に逃げ出した。

 だが遅い。人並みの域を出ない体力の少女では、自身よりも体重があり意識のない少年を連れて逃げるのには手間が掛かりすぎる。十メートルと行かない内に汗を滲ませる桜の逃げ足の遅さに、セイバーは苛立ちを抑えねばならなかった。

 彼らが逃げ延びるまでの時を、自分は稼げるだろうか。絶体絶命の危機をマスターの令呪に救われはしたが、現状は最悪としか言えない。自分は此処で斃れるだろう。

 せめて、マスターだけは生き残らせる。それが召喚されていながら彼らの危機を払えなかった自分の役目だ。セイバーはそう覚悟を決める。聖剣を使えば、まだ勝機はあるはずだとも自身に言い聞かせ。

 

「……ふぅん。逃げるんだ? 可愛いわね。逃げられるとでも思ってるのかしら?」

 

 嘲笑だ。健気にもサーヴァントの務めを果たそうとする騎士王に、イリヤスフィールは出来る訳がないと――逃がす訳がないと嘲り笑う。

 第四次聖杯戦争の折、守り切る事が出来なかったアインツベルンの姫アイリスフィールの娘に肯定を返すのは躊躇われるが、それでもセイバーは毅然と応じた。

 

「無論、我が全霊に懸けて逃してみせよう。私のマスターは元より、サクラもまた自身のサーヴァントを失ってまでマスターを救った。ならば私には彼女を救うべき恩義がある。悪いが……我がマスターとその同盟者が撤退するまで、私に付き合ってもらうぞ」

「―――え?」

 

 その言葉はセイバーの意図せぬ形で、イリヤスフィールに冷や水を浴びせた。

 瞬間的に激情の熾り火が鎮火される。少女は呆然と、セイバーを見る。その表情に、セイバーは怪訝なものを感じた。

 この場での覇者である彼女が、どうしてそうも困惑したのか、まるで理解できなかったのだ。自分の言葉には何もおかしな所はない。何処に反応した?

 

「あの子の……間桐のサーヴァントが、脱落してるの?」

「……? バーサーカーのマスター、貴女は知らないのか? ライダーはランサーに斃されたと聞く。そうだな、ランサー」

「斃した敵の話を蒸し返すのは嫌味臭くて好きじゃねえんだがな。何せどう言い繕った所で『誰それを打ち倒した自分は強いんです』ってな具合の自慢にしかならねえ」

 

 よっぽどの大物を仕留めたんでもない限りは自分からは言わねえよ。そういうのは詩人共の仕事だ。――そう返すランサーは、さり気なく自身への応急処置を施している。会話にかこつけて時間を稼ぐ傍らだ。抜け目のない事である。それにバーサーカーは手を出さない。イリヤスフィールの――マスターの邪魔はしない。

 

「――――」

 

 暗に。しかし分かり易く肯定の意志を示したランサーに嘘の気配はない。そしてイリヤスフィールは、単純明快に見えるランサーの性格上、見栄を張り虚偽の戦績を口にする事はないと感じていた。

 故にイリヤスフィールは自身の裡に意識を向ける。そして()()()()()()()()()()()()()空の器を認識して、失望も露わにランサーを()めつけた。

 

「――うそ。小聖杯(わたし)の中に、ライダーがいないわ。……このわたしにくだらない嘘を吐くなんて……ライダーどころかサーヴァントの一騎も倒してないじゃない。見下げ果てたわ、ランサー。貴方、とんだ詐欺師ね」

「あ?」

 

 嘲り嗤われながら弾劾されて、ランサーは殺気立つ。当然だ、誇り高い戦士であるランサーは、自身の斃した敵を偽らない。敵を屠った事を誇りこそすれ、どうしてそれを偽ろうか。そんな恥知らずな真似などするはずもない。

 セイバーはアインツベルンを知る。彼女の役割を知る。故にイリヤスフィールの断定に、セイバーは理解できる余地があった。そしてランサーは魔槍の真名を解放しているのを見た。魔槍ゲイ・ボルク……因果逆転の槍。それを担う彼こそはクー・フーリン、アイルランドの光の御子だ。その彼が嘘を吐くわけがないとも信じられる。だからこそ――セイバーは、嫌な予感に体が震えそうになった。

 

 言語化の難しい、筆舌に尽くし難い悪寒を裏付けるように、バーサーカーが言う。

 

「マスターが失礼した。許せ、ランサー。私は貴様の勲を信じよう」

「チッ……」

「……バーサーカー?」

「アレは戦士だ、マスター。誇り高き彼の戦士が、自らの勲に謙虚さを示す事はあれ、偽るなど有り得ん。であれば事実として、ランサーはライダーを屠ったのだろう。そうでないなら、斃したと誤認させられ欺かれたのではないか?」

「それは無い。ライダーの奴の心臓を、オレはこの槍に懸けて貫いた」

「魔槍ゲイ・ボルクに貫かれたのなら、なるほど確かに死は避けられまい。だが死した後に蘇る類の宝具を持っていたとすればどうだ。クラス・ライダーのサーヴァントは、多彩かつ強力な宝具を持つ事で知られるという。貴様はそれでもライダーを仕留めたと確言できるのか?」

「出来る。ライダーは石化の魔眼を使って来やがった。女で、騎兵の座に据えられる奴ともなれば、その真名は女怪メドゥーサだろうよ。あの女怪に死んだ後に復活する宝具があるなんざ、英霊どもの座に在る誰も聞いた事がねえはずだ」

「……メドゥーサ?」

 

 告げられた真名に、バーサーカーは瞠目する。そして暫しの沈思の後、呻くように呟いた。誰にも聞こえない、囁くような嘆きを溢す。

 (お前も喚ばれていたのか。よもやこの私との対峙を待たずして去るとは……いや、マタルヒスでないなら、ランサーを相手によく戦ったと讃えるべきだな)

 メドゥーサとクー・フーリンの相性の悪さは絶望的だ。故にかぶりを振り、邂逅の叶わなかった腹心、その前身とも言える女の敗北を惜しむ。しかしそれでランサーへの怒りを覚える事はない。仇とも思わない。

 英霊は、死者だ。生前で別れは済ませている。ならば何を悔やもうか。自身の主を逃がすために戦い、果てたのならその勲を讃えよう。相手がランサーであれば、卑劣な騙し討ちなどはなかったに違いないのだから。

 

「解せんな。我がマスターは聖杯を預かるアインツベルンの姫。故にこそ貴様を疑ったのだ、ランサー。マスターはサーヴァントの脱落の有無を知る術がある。にも関わらずライダーは脱落していないと感じているのだ。そうだな、マスター?」

「……ええ、そうよ。バーサーカーの言う通り。ほんとうにライダーを斃したのね、ランサー」

「言ったろ。この槍に懸けて確かに奴の心臓を貰い受けた。ああ――新たに禁戒(ゲッシュ)でも立てて誓っても良い」

「あの英霊クー・フーリンが、ゲッシュを持ち出してまで言うなら信じるしかないわ。じゃあ、なんで……」

 

 異常事態である。この瞬間、イリヤスフィールは冷静になった。冷静になれたのは、士郎が視界から見えなくなったからでもあるだろう。

 彼女の使命である脱落したサーヴァントの魂、その回収が成せていないのだ。そんな中で敵サーヴァントを殺す事は下策である。なんでと考え込む声に、

 

 答える声が、あった。

 

 

 

「――何を惑う、人形。貴様の裡にサーヴァントが無いのであれば、答えは一つしかあるまい。溢れた水を汲む器に(みず)が流れぬのであれば、すなわち()()()()()()()のであろうよ」

 

 

 

「ッ――! 誰!?」

 

 瓦礫の山となり、更地と化した間桐邸。それを踏み躙るかの如く、嘯く声が玲瓏なる調を響かせる。

 第三者の闖入に、ランサーとセイバーは同時に背後を振り返った。そしてセイバーの眼が驚愕に見開かれる。それは、その男を知るが故。そして彼女が知り得る限り最も危険な金色の男が、無造作に逃げたはずの桜と士郎を地面に放り投げた為である。

 地面に倒れる二人に意識はない。喜悦に滲む美貌の半神は、凄絶な視線を狂戦士に向けた。セイバーに目もくれず、ランサーの剣呑な目を意に介さない。

 

 肉体の黄金比は完全。超越者の威風を呼吸する。黄金の鎧を纏い、()()()()狂戦士のみを視界に収めていた。

 バーサーカーは軽く顎を引く。

 

「貴様か」

「ああ、(オレ)だ」

「なんのつもりで顔を出したのかは知らん。問う気もない。だが弁えていなかったらしいな。――私は次に(まみ)えた時、貴様を殺すつもりでいた。そしてそれは貴様も同様のはず。であれば此処で決戦とする気でいるのか?」

「ハ。面白くもない冗談だ、ヘラクレス。貴様とこの我の戦いは、余人の介在する余地のない至高の戦となろう。有象無象の雑種共を間引かぬ内に、なぜそうも死に急ぐ?」

 

 両雄の遣り取りは、不倶戴天の宿敵を見る激しくも静かな殺意が交わされる。瞳を揺らして、イリヤスフィールが問いを投げた。問わずにはいられなかった。

 

「ば、バーサーカー……アイツ、何? わたしはあんな奴知らない! アイツはいったいなんなの!?」

「さてな。前回か、それとも前々回か。いずれにしろ聖杯によってであろうが、受肉したサーヴァントだろう。奴は私と同じ半神半人、それも王たる者なのであろう」

 

 流石に真名は分からない。だが期せずして一時の休戦が成っている今、セイバーは士郎と桜の身を案じつつも下手に動けなかった。あの黄金の王が士郎らの間近にいるためである。故に、バーサーカーの言に愕然とした。

 第四次聖杯戦争に於いて弓兵の座に据えられていたサーヴァントが――遂にセイバーが倒せなかった……いや、有り体に言って敗北させられようとしていた強敵が、受肉して現在まで現世に留まっていたとは。黄金のアーチャーは否定しない、クツクツと機嫌よく嗤う。

 

「流石の慧眼、とでも言ってやろう。しかしこの我の面貌は見知らぬらしい。そのような蒙昧、本来生かしておく価値すら無いが……よい。どのみち早いか遅いかだ。この場では目溢ししてやるぞ、戦士王」

「好きに囀るがいい。――それで? 貴様はなんのつもりで顔を見せた。まさか戯れのつもりではあるまいが、そうであるなら望み通り戯れてやろう」

()くな――そう言ったはず。余りくどいようであれば我の慈悲も底を突くぞ? よもや子守をしながら我と矛を交えるつもりか?」

「―――」

 

 バーサーカーは背後に庇ったマスターを一瞥する。邪魔だとも、荷物だとも感じはしない。

 自身の管轄下にないサーヴァントに怯えているイリヤスフィールの揺れる瞳に、バーサーカーは兜の下で微笑みかけた。それは、彼を信頼する少女に無限の安堵を与える。

 落ち着いて、深呼吸する。もはやこの場に於いて、士郎に対する殺意も癇癪に等しい激情も無い。完全に常の余裕を取り戻した。

 

「マスターが望むのなら、私は奴を排除しよう。どうする?」

「――令呪は取り消すわ。今はそれどころじゃないもの。あのサーヴァントには、聞かなくちゃならない事があるから」

「了解した。迎撃の必要がない限り、命令無く動く事はない。望むままに振る舞うと良い、私はマスターを何に替えてでも守り抜こう」

「……ありがとう」

 

 イリヤスフィールはポツリと溢す。そして黄金のサーヴァントに問い掛けた。

 

「貴方は、何? ……いいえ、違うわ。そんな事はどうでもいい。()()()()()()()()? ライダーの魂が何処に行ったのか、知っているのよね。アインツベルンの聖杯の役目を奪う奴は誰?」

「知ってどうする? 娘」

「殺すわ」

 

 鷹揚に構える黄金の英霊は、答えなど分かっているであろうに反駁し、そしてイリヤスフィールは端的に告げた。

 すると裂けるように黄金の王は嗤った。その言葉が聞きたかったとでも言うように。睨みつけてくる少女にはもう何も答えない。ただただ不吉に嗤うのみ。

 しびれを切らし、セイバーが進み出た。

 

「アーチャー。私のマスターと、サクラを返してもらおう」

「セイバーか。この場でなければ再会を祝すつもりだったが……まあよかろう。雑種の血を我との婚儀に手向けるのもいいが、それは無粋だ。今は要らん、何時の世も催す祭事に華は不可欠、貴様にはこの我の主催する祭りに舞う華となってもらわねばならん」

「何を……言っている……?」

「解らずともよい。そら、返すぞ。受け取れ」

 

 第四次聖杯戦争のアーチャーは、意味深に嘯く。背筋が凍る思いでそれを聞く騎士王の反問にも答えずに、王は衛宮士郎の腕を掴むと無造作に投げ放った。

 それは士郎の腕を脱臼させる威力である。痛みに呻き、目を覚ました士郎を抱き留めたセイバーは、マスターの無事を案じながらも黄金の王を睨んだ。無体な扱いに殺気を放つも、彼はどこ吹く風である。

 

「痛ゥ……!」

「マスター!」

 

 士郎は目を開き、自身を支えるセイバーに気づくと、慌てて周囲を見渡した。

 そして何よりも先に、黄金のサーヴァントに抱かれている少女を見咎めて叫んだ。

 

「桜! ……テメェ! 桜を離しやがれ!」

 

 黄金の王は魔天の太陽の如く禍々しく嗤った。嗤った。嘲りと共に。

 

「雑種風情が、誰の赦しを得て我を見ている? ああ、この娘は返さん。我の物だ」

「なんだと……!?」

「――そう、そういう事」

 

 激怒する士郎よりも、なお底冷えする殺意が、イリヤスフィールから放たれる。

 それは明確な殺意。彼女は理解したのだ。

 不届き者が、何者かを。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()のね」

「フ。理解が遅い。が、正解だ。我はこの娘を回収しに来たのみよ。まあ、もののついでだがな。そして……これから面白くなる」

 

 白い少女は、真っ直ぐに黄金のアーチャーを睨んだ。それを流し、彼はバーサーカーに念を押す。

 彼にとって警戒に値するのは彼の大英雄のみ。ヘラクレスにのみ、王――ギルガメッシュは欠片ほどの慢心も、油断もしない。理性がないならその限りでもなかったのだろうが、彼には理性があるのだ。

 

「我を追うな。下手に手出ししようものなら――我は貴様のマスターごと、この場を灰燼に帰すだろう」

「―――」

「ハッタリと思うなら好きにせよ。だが我は本気だ。――その小娘を護り切れるか? ギリシャの頂点よ。それから……小僧」

 

 王の牽制は、バーサーカーの足を止めさせた。予感がある。あの男は本気だと。そして守り切れると断言するには、真名の分からない半神相手には危険な驕りとなる。無論我が身に替えてでも守り抜く覚悟はあるし自信もあるが、マスターの命令無くリスクを冒せはしない。

 真紅の視線を向けられ、士郎は唇を噛む。深い怒りが彼を奮起させていた。

 

「この娘を取り返したくば、死に物狂いとなるといい。何もかもを燃やし尽くす覚悟もなく、我の手から下賜する物など何もない。資格を示せよ、さすれば褒美の一つでも弾むやもしれんぞ?」

「うるさい……! テメェ、桜に手を出したらただじゃおかないからなッ!」

「そうだ、そうやって気を吐け。道化は必要故な? ――は、ははは、ハァ――ハッハハハ!」

 

 哄笑と共に王が背を向ける。仕掛けるか、とバーサーカーは思案するも、その前に、彼は不意に思い出したように言った。

 

「ああ――そういえば、ランサー」

「……あん?」

()()()()()()()()()()()()。我を守り、帰還せよとな」

「なんだと?」

 

 予想だにしてなかったのだろう。静観を決め込んでいたランサーは、彼の言葉に目を剝いた。

 そしてそれは彼だけではない。イリヤスフィールも、セイバーも、そして士郎もまた驚愕し、バーサーカーにすらその表情に漣を立てていた。

 マスターに確認を取ったのだろう。露骨に舌打ちしたランサーが跳躍し、黄金のアーチャーの背後につく。

 

 ――これで、隙を突いての攻撃は叶わなくなった訳だ。

 

 バーサーカーは自身の独断で、あの男を此処で殺さねばならないという予感に駆られた。さもなくば、あの少女、桜ひとりのために無辜の民が大勢死ぬという確信がある。

 しかしイリヤスフィールは手を出すのを迷っている。何が躊躇わせるのか――やはり自分の知らないサーヴァントに対する警戒心だろう。わからないものは、恐ろしい。人の根源的なものなのだ、それは。

 だが士郎がいる。桜ごと始末せんと襲い掛かれば、セイバーが敵に回るだろう。あの黄金のアーチャーを加えた三騎を同時に相手取る危険は、やはり犯せなかった。

 

 最後に、アーチャーは特大の爆弾を落とす。それは誰しもに嵐を確信させる、桁外れの災害の予告であった。

 

 

 

「――嵐を呼ぶ。束の間の安息を最後の晩餐とせよ。大聖杯とやらが、此度の乱を見過ごしはせんだろうからな」

 

 

 

 その予言の意味を真に理解したのは、イリヤスフィールだけだった。顔から血の気を引かせ――彼女が何かを言う前に、彼は高笑いと共に去っていった。

 

 聖杯戦争の元凶達が彼の王の下に集うだろう。そして――正常に聖杯戦争が行われなくなった時。

 

 新たにサーヴァントが現界する。聖杯戦争を進行させるため、裁定者のサーヴァントをも、大聖杯は招くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ZEROでケイネスが序盤、令呪でランサーに命じた「バーサーカーと共闘しセイバーを倒せ」は、イスカンダルに脅されて取り消したようにマスターの意志次第で取り消せるものと解釈してるのでイリヤスフィールも同じにしてる。なので『鏖殺オーダー』は無くなった。

【速報】冬木オワタ式聖杯戦争開始【悲報】

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