衛宮ぐだ子(本名にあらず) 作:ぐだ男よりもぐだ子がすきだぁ!
青みがかかり始めた白んだ空を見上げ、ゆっくりと目を閉じ、冷えた空気を深く吸う。
右の指先で矢を弓の弦にあてがい、後ろに引く。
弦が張りつめ、弓伝いに軋む感触を感じながら、ぐだ子は閉じていた瞳を開いた。動体視力は言わずもがな、遠近の調節も、その赤銅の瞳が得意とするところ。ぐだ子は狙うべき的の中心をこの場の誰よりも鮮明に見据えることが出来た。
(…いける────!)
確信とともに、矢を摘んでいた指先を開いた。
放たれた矢は緩やかな放物線を描きながら減衰していき、矢道に着地。
外れた。そのことを認識すると、いつもの如く大きなため息が出ていた。直後に背後から控えめな拍手の音が聞こえてきた。
「す…凄いです先輩。矢を離す直前まで命中するって思いました」
いつも朝になると家事を手伝いに来てくれる後輩──間桐桜は硬い笑顔でぐだ子を賞賛している…というよりは気を使ってくれている。いつものことだ。そのなんとも言えない拍手に対して、ぐだ子は微妙な微笑みを浮かべながら射場から下がる。
「射るまでの所作だけは一級品なのよね、ぐだ子は」
「もったいない」そう言いたげな美綴綾子の表情にも苦笑で応える。
「わたしに期待してないで練習すればいいのに…」
「そうは言ってもさ、あんたの集中がここ一番って時はどうにも人目を惹くのよね。一人だけ修行僧みたいな雰囲気出し始めてさ」
「わかります、その感じ。先輩は集中している時だけは雰囲気違いますし」
この話題…と言うよりはこのことに関する二人の反応は、ぐだ子にとって苦手なものだった。誇るべきことでもない。フォローされるべきことでも、されたいことでもないからだ。
「はっ、まぁたそうやって下手くそ女のことおだてちゃってさあ。正直言って見ていて痛々しいって言うか、目障りなんだよね。そう言うの」
二人の後ろからの男の声。それが桜の兄、間桐慎二であることは三人ともそちらを向く前からわかっていた。
「なに、人のいいところを褒めてなんか問題あるわけ?」
ぐだ子を侮辱する旨の言葉を吐いた慎二に刺々しい言葉を投げかける美綴。だが、慎二は悪びれることもなく、ただ鼻で笑うだけだ。
「問題大ありだよ。才能ない奴がいるだけで僕の士気に関わるからね。いつまでたっても的を射れない下手くそなんて、早いとこ退部させちまえばいいのにさ」
「兄さん、そんな言い方は…」
「いいよ桜、綾子もさ。そいつの言ってることは事実だし」
またもぐだ子は困ったように微笑する。そんなぐだ子を見て、慎二は不快そうに顔を歪めながら、
「お前ってさ、自分のことになると途端に張り合いがなくなるよな。そういう
そう言い残し、射場に歩んでいく。
「すみません、先輩。…兄さん、あんな言い方してるけど先輩のことは友達だと思っているはずなので……その、あんまり気になさらないで下さいね」
「そうそう、あんなヤツの話を間に受けて退部なんてしたらぶん殴るからね。どうせ慎二は昨日のこと気にしてんのよ」
昨日のこと、おそらく慎二が女子を集め、新入生の男子がなかなか命中させられないことを笑い者にしていたのをぐだ子が止めに入ったことだろう。
「別に、わたしは気にしてないし、退部もしないよ。慎二には悪いけどね」
的を射ることに繋がらない所作を褒められるのは嫌いだ。だが、慎二の辛辣さは、むしろぐだ子にとって心地よいものだった。
(中途半端…か)
彼らしく、とても的を射たいい表現だとぐだ子は内心で自嘲した。
これがぐだ子が死に、生き返る夜の二日前。彼女にとっての何気ない日常の一幕だった。
衛宮立香。通称ぐだ子(由来は不明)。八方美人を絵に描いた遠坂凛とは美綴綾子を介して知り合った浅からぬ中である。今でこそ友人と括っているが、ぐだ子の身体に染み付いた薄い魔力に気付いてからはかなり警戒してた。ここ冬木の土地の管理者である遠坂家に断りもなく住み着いた魔術師が堂々と自分に近づくならば、それ相応の狙いがあるからに違いない。
だが付き合いが長くなるにつれてその警戒は薄らいで行った。ぐだ子を監視しているうちに彼女が打算で人付き合いできる性格ではないことと、彼女の魔術の用途がわかったからだ。なんてことはない、一斉にご臨終を始めた学校の備品を隙あらば直して回っているだけの魔術使い。ただのお人好しの女の子だった。おそらく ぐだ子も凛の正体に勘付いた上で気を許しているのだろう。
だからこそ、二人の間では魔術に関する一切の話題は暗黙のうちにタブーとなっていた。────だが、それも今日までだ。
「───今一度問おう、衛宮立香。聖杯戦争に参加するか否か」
低く重々しい神父の問い掛けが、夜の教会に溶けていった。
教会の外。左手の甲に刻まれた聖痕 令呪を眺め、ぐだ子は神父の問い掛けと自らの答えを反芻した。考え抜いたなんて言えない。短い時間の中で、思考よりも感情を優先しただけだ。あの真紅の穂先を突きつけられた時の激情を。頭を過ぎった過去を。
「本当に後悔しないのね?」
となりの赤いコートに身を包む美少女、遠坂凛の言葉にぐだ子は頷いた。
「今日はありがとね、凛。わたし一人じゃ収拾つかないっていうか、どうしたらいいかわかんなかった」
「いいのよ。フェアじゃないのが嫌いなことくらいアナタなら知ってるでしょ?」
フェアじゃない、というのは ぐだ子の聖杯戦争への理解だけではなく令呪の画数についてもだろう。何故かぐだ子に分配された令呪は二画のみだったのを凛が言峰綺礼に交渉して融通を効かせてくれたのだ。
「話はつけてきたのか?」
突如、闇の中を若い男の声が木霊した。何もなかった空間に二人の男の姿が型どられた。紫の甲冑のセイバー、赤い外套のアーチャー。先ほどの声は後者のモノだ。アーチャーの目はやけに刺々しく ぐだ子を射抜いていた。もはやぐだ子の出した決断など見透かしている。その上で彼女の意思を心底快く思っていないのだろう。 直後にアーチャーの右手に短刀が出現し、およそ常人では反応できない速度で ぐだ子の喉元に突きつけられる。その挙動の一切をぐだ子は捉えられたが、やはり動くことはままならない。
アーチャーのその行動を制限できたであろうセイバーは目を瞑ったまま沈黙を保ち、凛は咎めるような視線をアーチャーに向ける。相対するぐだ子は自分よりも長身のアーチャーと視線を刺し交わす。
「忌々しい目つきだ。今夜は運良く生き残れただけの分際で、この先を戦い抜こうなどと論外甚だしい」
否定はしない。事実ぐだ子は死にかけた。
「実力のない君が他を犠牲にして立ち続けたところで何もなし得ない。悪い事は言わない、今すぐ令呪を破棄しろ」
針のような鋭い眼光だ。しかし、思いのほか ぐだ子は落ち着いた。
「別に、令呪がなくたって構わない。なくても わたしは戦うつもりだよ。・・・今はそう思ってる。わたしが相応しいから聖杯はわたしを選んだ、あのいけ好かない神父はそう言ってた。きっとわたしが戦いを望んだんだよ」
「────あなたは敵だから、わたしを殺す権利がある。だけど、わたしは必ず生き残る」
そうでなくてはならない。自信から来る言葉ではなく、自身が
「そこまでにしなさい、アーチャー」
凛の非難を受け、
「そう怒るなマスター。これは私なりの優しさだ」
降参、と言わんばかりにアーチャーは両手を挙げる。
「今夜はもう闘わない。ぐだ子を送り届けたら明日に備えましょう」
「フッ・・・それが出来たら理想的だがね」
アーチャーの言葉の直後、がしゃん!と教会の門が乱暴に閉じられる!
「立香、私の後ろに」
沈黙を保っていたセイバーは剣を構えて教会の正門から伸びる坂の下を見据えていた。アーチャーも同様に、いつの間にか凛の前に立ち臨戦体勢に入っていた。
「なーんだ、やっぱり貴女も参戦するのね。でもそうでなくっちゃ。せっかく日本に来たんだし」
小鳥がさえずるような綺麗でか細い声だったが、その声ははっきりと耳に入ってきた。
「こんばんわ、お姉ちゃん」
そこには闇に映える銀髪の少女と、化物と見紛う巨躯の戦士が立っていた。
FGOのデータ消してしまって久しいのですが今ってギャラハッドって既出キャラですか?
もしそうならこの小説のやつは別物と思ってもらえるとありがたいです。