Zwischenspiel ─Ⅳ
ここは羽丘女子学園。既に授業が終わり放課後。
何処のクラスも暇つぶし以外に教室で残っている生徒しかおらず、2年A組在籍する今井リサ、氷川日菜は少し話をしてから、共に教室をあとにする。
普段のリサなら別クラスにいる幼馴染の湊友希那を誘うところだが、今日は友希那が日直のため、前もって先に帰るようにと伝えられていた。
日菜も今日はPastel*Palettesの仕事があるため早々の下校である。仕事や用事がなければ、部員が彼女一人だけの天文部で活動するか、未知を求めて学内を徘徊するのが天才少女のルーチンだ。
「そういえばこの前、紗夜に彼氏がいること教えてもらったんだけど」
「獣殿のこと? もしかして、まだ知らなかったんだ」
「そうだよ。知ったのはついこの前。
あと、紗夜から教えてもらってたけど、日菜はその人のことそう呼んでるんだね」
独特の感性は今に始まったことではないので、リサはすぐ本題に入る。
「私が日菜と紗夜の彼氏が一緒にいるとこを偶然見かけてさ。バンド練習の時に紗夜に誰かって尋ねたら、自分の恋人って言うからみんな、驚いたよ」
「うーん? なんで?」
何故驚いたのか解らなそうにする日菜を見て、リサは声を高くした。
「いや、驚くよ! 紗夜だよ? 真面目だし、そういう浮ついていることは嫌いです、とか言っても不思議じゃないじゃん!」
「そうなの? 私は昔からおねーちゃんたち付き合ってるの知ってるから、別に変とは思わないかな~」
「まぁ、日菜からすればそうなるか……」
言われてみれば紗夜は小学生の頃から交際しているので、家族である日菜からすれば驚くに値しない普通なことなのだろう。
共感を得られなかったリサは曖昧な顔で話を続ける。
「でさ、本題はここからで。友希那がラブソングの参考になるからって、練習の後、紗夜に彼氏さんとのことを聞いてみたんだよね」
「? なんでリサちたちは、自分たちから砂糖の山に飛び込むような真似をしたの?」
「その反応を聞くと、紗夜は彼氏さんの話をすると誰とでもああなんだね」
不思議そうにする日菜にリサは苦笑いを浮かべた。
「うん。おねーちゃん、獣殿のこと聞くと嬉しそうにずっとお話してくれるから好き!」
嬉々として目を光らせる日菜だが、次の瞬間には顔を曇らせる。
「でも、途中からもう充分でしょって話してくれなくなって、最後は怒られちゃうんだよね」
「……あはは、私たちは怒られるとこまでは行ってないかな」
しょんぼりする日菜を見て、リサは顔を引きつらせた。
紗夜の淡々としながら止まることない惚気話でバンドメンバーたちは参ったのだが、日菜の場合は砂糖の山を姉の話なら喜ばしいようだ。
むしろ、日菜は聞き過ぎて叱られるようである。
「しかし、あんなに紗夜がのめり込むなんて。彼氏さんはかなり凄いんだね」
「あれ? リサちは生で獣殿を見たんじゃないの?」
「日菜といるところを偶然見かけただけだよ? その人となりは紗夜から教えてもらっただけだし。ねぇ、その彼って本気で総てを愛しているとか言っちゃってる人なの?」
紗夜の言葉を疑ってないが、時間が経つにつれてその異常性を再認識する。
博愛など生易しいほどの、万物平等に扱う。唯一例外が恋人の紗夜だけだそうだ。
「そだよー。面白よね」
理解し難い価値観でも、日菜にとっては好機の対象らしい。
そこは紗夜から前もって説明させていたので、違和感なく受け入れられた。
「んーじゃあ、日菜も愛してるってこと」
「そうだね」
あっさりと答える。
事情を知らない人間が聞けば、姉の恋人である男性が自分を愛しているなど問題発言でしかないだろう。
「えーと、会ったこともない、私も同じように?」
「獣殿のほうはリサちRoseliaのこと知っているけど、絶対そうだね」
リサが恐る恐る尋ねると、日菜は断言した。
少しだけ話したこともない男性が一方的に自分たちのことを知っていると聞いて驚くも、考えてみれば恋人とバンドメンバーを知っていても不思議ではないことに気づく。
愛してるに関してはノーコメントだ。
「なーに? リサち、獣殿のことが気になるの? 止めた方がいいよ。獣殿はモテモテで総てを愛してけど、恋をしてるのはおねーちゃんだけだからね」
「紗夜と修羅場を起こす気はないから安心して」
遠目と写真だけだが、紗夜の恋人が目も眩むような美丈夫なのはリサでも解る。
しかし、幾ら美丈夫でも大事なバンドメンバーの恋人を奪う気もない。そもそも、話を聞くだけで畏縮しているのだ。
そんな話をしながら、リサと日菜は下駄箱で靴を履き替え、玄関から外に出た。
ドンッ!! 校庭で無数の女子生徒たちが倒れていた。
「?」
「!?」
皆が皆、顔を紅潮させて地面に伏している。百は近く、下校していた生徒たちの殆どが倒れている。
首を傾げる日菜。何事かと仰天するリサは、咄嗟に近くにいた女生徒を抱き起した。
「なにがあったの!?」
「瀬田先輩──♡」
「瀬田先輩? 薫?」
恍惚した顔で呟く名にリサは眉を潜めた。
瀬田先輩とはリサたちと同じクラスである瀬田薫ことであろう。彼女はこの学園の演劇部であり、舞台俳優としても人気である王子様のような女性だ。
瀬田薫が微笑みだけで何人の女性を失神させた光景をリサ自身も目撃したことがある。
しかし、このような大規模な無差別テロが起きたかのように、三桁に迫るほどの女性を行動不能に貶めたのは初めてだ。
ましてや、この学園の女生徒たちは普段から目立つ瀬田薫を日常茶飯事で見ている。その為、瀬田薫が持つ魅力にある程度耐性を持っているため、多少のファンサービスをしても声援を上げるだけに留まるはずだ。
怪訝するリサだったが、彼女が抱えた女生徒の唇が再び動く。
「それに見知らぬ黄金の君。眩しすぎで見えない、ガク」
「え!? ちょっと、しっかりして!」
意識を失った女子生徒にリサが混乱すると、遠くの方から優雅な声が聞こえてきた。
「やれやれ。私たちの魅力で子猫ちゃんたちが倒れてしまったようだ。あぁ、儚い!」
「ふむ、噂以上の人気のようだな」
芝居掛ったセリフを高らかに叫ぶのは瀬田薫だろう。
しかし、もう一人の声をリサは聞き覚えがない。
耳にするだけで酩酊してしまいそうな甘く、妖艶な声。
「私だけではここまで子猫ちゃんたちを骨抜きにできないさ。此方こそ、噂以上の人物だと言わせてもらうよ」
「私は別に卿のように役者ではないのだが、さてどうしたものか」
リサが声の先に目を向けると、見知った瀬田薫の隣に、黄金の髪を漂わせた男がいた。
「あぁ。薫くんが獣殿と一緒にいる─!」
日菜の驚いた声で、それが見間違いや人違いではないとリサは悟る。
天を仰いで憂う薫の傍で、黄金の獣──小笠原純心は悠然に微笑んでいた。
今回から幕間はまた違った流れになります。
本編はすぐ投稿します。