何で自分で確認した時は見つからないのか。
まぁ、できたらツールでチェックしてから即投稿してるからなんだけど。
突如襲撃するように氷川家にやって来た黄金の獣こと、小笠原純心。
彼は己の恋人である氷川紗夜に求婚をした。
氷川家の面々は愕然とし、告げられた紗夜も事態が飲み込めず混乱している。
「あの、小笠原くん? いきなり来たことも驚きだけど、それは何かの冗談なのかい?」
一番先に我を取り戻したのは、一家の大黒柱である紗夜の父。
彼は自分より背の高い
黄金の瞳が自分に向けられる。瞬間、凍り付いたように慄いた。
「私は冗談でこの様なことは言わんよ」
「ぁぅ────」
父親の心が折れる。面識は僅かにあったが軽い挨拶程度で、娘の恋人である彼と面と向かって話したのはこれが初めてだった。
思えば、長年付き合っている娘の恋人と真面に話さなかったのは、無意識に畏怖して遠ざけていたのかもしれない
自分の娘は優秀な姉と天才の妹。我が子ながら其々大人顔負けの逸材だ。だが、同い年である彼は規格外の存在だ。傍にいるだけで自然と心で傅く。
見下すような冷めた黄金の瞳は、興味をなくしたように父親から離れ、己の傍にいる唯一無二の女を見つめた。
「紗夜、返事を聞かせてくれないか?」
酔ってしまいそうな甘い声に紗夜はビクと震わせる。そこでようやく事態を飲み込め、たちまち顔を火照らせた。
紗夜も夢見る年頃だ。更には彼女には明確な相手がいたのでいずれはと、恥ずかしがりながら妄想をしたこともある。
だが、まさかこの瞬間になるとは、夢にも思わなかった。
「えっと、気持ちは嬉しいし、いずれはと思っているけど、私たちはまだ子供で、お父さんとお母さんにも確認もしないと」
混乱している彼女はオロオロと視線を漂わせる。
そんな彼女の頬を、自分からの視線を逃させないために、純心が触れるように掴んだ。
「ん」
「紗夜の言葉どおり、私たちはまだ結婚をできぬ年だ。だからとて、約束を交わしてはいけぬ訳でもあるまい。
それにな、私は卿の両親に結婚を申し込んでいるのではなく、卿に結婚を申し込んでいるのだ。誰であれ、確認など必要なかろう」
「純心くん……」
「紗夜、私と結婚をしろ」
最早、命令だった。
何処までも自分勝手で、傲慢で、断われるとは微塵も思っていない不遜な言葉。
強引に力で捻じ伏せるような求婚に逃げ場など存在しなかった。
「──はい、お願いします」
静々とした返事に、家族で盛り上がったのは双子の妹である日菜だけだ。
両親も目の前で娘がプロポーズされるとは思ったことがなく、愕然としている。
紗夜の言葉に満足した純心は微笑みながら彼女を抱きかかえた。
「では、これから私の家に行こう」
「─────!? ちょっと、待って!」
流石にそこは見過ごせないと、今度は紗夜の母親が我に返って叫ぶ。
「何かな、氷川嬢」
純心は紗夜を抱きかかえたまま、かつては恋した女に向かってした呼び名を、彼女の母に向かってする。
抱きかかえられている紗夜は既に為されるがままで、のぼせたような顔を彼の胸に傾けている。
今の娘に何を言っても無駄だと判断した母親は、完全に純心だけへ矛先を向けた。
「貴方たちの結婚は一旦置いといて、だからってなんで紗夜を連れて行こうとするの!?」
「将来を誓い合った仲だ。共に暮らすのにさして問題はあるまい」
「問題だらけだわ! だいたい、結婚なんて。貴方はご実家を継ぐかもしれないけど、まだそれは先の話でしょう? 家の脛をかじって紗夜を養うつもり?」
「まさか──」
悠然と微笑みながら、純心は紗夜を抱えたまま懐から何枚か折りたたまれた紙を取り出し、紗夜の母親の元へ投げ飛ばす。
「こ、これはいったい?」
「家は関係なく、私個人の収入に関する資料だ」
「!?」
開いた紙に書かれた数字は頭が眩むほどだった。
純心が大株主である会社。純心が代表で経営している店の数々。資本金を記すものや、通帳の写しもある。
でっち上げにしては出来が良すぎ、疑うほうが難しいほどの完璧な書類だ。
「随分と紗夜と会ってなかったからな。家業と学業の合間、僅かだが将来の為に資金繰りをしていた」
これで僅かだと彼は言った。
少なくとも自分の夫が稼ぐ金額の遥か上にいく収入に言葉を失う。
黄金に彩られた見た目といい、纏う空気もあって、目の前の男が中学生だというのが信じ難かった。
「これだけあれば、紗夜が大学を卒業するまでに掛る費用や生活資金は足りよう。我が恋人に豪遊癖はないからな」
「そうかもしれないけど……。ねぇ、純心くん。だからって紗夜を連れてく必要はないんじゃないかしら?」
目の張る金額を見せられて、逆に落ち着きを取り戻した紗夜の母親は、静かな声で再度尋ねた。
「貴方が紗夜のためにしてくれたのは分かったわ。でも、紗夜はまだ未成年なんだし、大学を卒業するまで家族と一緒に生活するのが常識だと思うわよ」
「いや、それでは駄目だ。今がいい」
「そんな我儘が──」
「卿等、一つ問おう」
呆れる紗夜の母親に純心が鋭く質問する。
「最後に紗夜の笑顔を見たのはいつだ?」
「? そんなの──」
当たり前のように言葉を返そうとして、喉に詰まった。
紗夜の笑顔と聞いて思い出すのは、まだ彼女が今の半分しか背がない幼い頃。
だが、最近はどうだろうか?
小学生、4、5年生はまだ笑っていたはずだ。
6年生は、朧気な記憶。そうだったかもしれない断片しか見つけられない。
中学生になってから紗夜は、いつもどんな顔をしていた?
そこでようやく悟った。
話を聞いていた紗夜の父親も妻と同じことに気づき、先程とは別の意味で衝撃を受けていた。
「さ、紗夜…………」
泣きそうな声で呼びかけるが、娘は俯いてこちらを見ようとしない。
哀れみが漂う中、終始唯一己の姿勢を崩さなかった純心が笑う。
「そういうことだ。笑うこともできない場所に、紗夜は置いておけない」
そのまま純心は紗夜を抱えて、出て行こうとした。
「おねーちゃん……」
純心が背を向けた瞬間、今まで成り行きを黙ってみていた日菜が姉に呼びかける。
だが、紗夜は返事をしなかった。
彼女は純心に抱えられたまま、その声に応えず、家を出て行った。
空が紺碧に染まった夜道で、純心は紗夜を抱えたまま帰路につく。
「純心くん……、もう下ろしてくれないかしら?」
「せっかくだ。このまま家に向かおう」
「もう、強引なんだから………」
微かに笑う。普段の彼女なら、人目に付く場所で長時間こんなことされたら腹を立てたものだろう。
だがここ最近、純心に触れていなかったので下ろしてと自分で言ったが、実際はこのままの方が居心地良かった。
「私のために、連れ去ってくれてありがとうね」
紗夜は彼の行動が何のためであるか分かっている。一緒にいることが辛い家族から引き離してくれたのだ。
あの環境から誰か連れ去ってほしいと思ったことは何度もある。その相手が、今自分を抱える人であったらとも考えた。
まさか結婚まで申し込まれるとは、都合が良過ぎて思いもしなかったが。
幸せを感じる反面、それと同じだけ申し訳なさを感じている。
「ごめんなさい。貴方に迷惑をかけたわ」
「何を卿は勘違いしている?」
心底、本気でそう思っているようで不思議そうな声音を純心は出した。
「私が自分のために連れ去ったのだ。紗夜が気に病むことなど、一切あるまい」
「…………そう。本当に、貴方は私に優しいのね」
「恋した女に何処までも甘いのが男というものだよ」
「そうなのね。本当に、貴方に恋されて、私は幸せものね。なら、もう一つ、甘えていいかしら?」
随分と温もりを得られてなかったから、今の彼女は甘えたがりで、少し貪欲になっていた。
もっと、この人が欲しい。そう願った相手は自分に優しく微笑みかける。
「いいとも。なにかね」
「キス、して?」
潤んだ目で見上げる女に男は刹那を止めたが、凍り付いた時は徐に氷解する。
───彼が腕を少し上げると、二つの唇が重なった。
小笠原家に到着すると、純心の母親が嬉しそうに紗夜を出迎える。
道中、既に彼の両親には話を通してあり、力になってくれると教えられている。
だが、彼の母親とあまり面識のない彼の父親は紗夜をあくまで客人のようにもてなし、事情は聴かなかった。
紗夜を加えて囲まれた食卓は自分と家と違って厳かだったが、久しく感じられなかった家庭の温もりに彼女は食事中涙する。
純心の母親が慰めると、紗夜は更に泣いてしまい、落ち着くまで暫く掛った。
「…………すみません」
「もう、何度も謝らなくていいですよ」
何とか食事を終えてから風呂に案内され、そこで落ちつき用意された寝間着を纏った紗夜は寝室を準備している純心の母親に謝罪する。
「いえ、さっきのこともですけど。色々とご迷惑を」
「……うん。気にするのは分かるけど、今日はゆっくり寝るといいわ」
話は明日と、その一言もなく「おやすみ」と言い残して退室しようとしたが、思い出したように彼女が振り向いた。
「そうそう。純心が夜這い来ても何とか追い払ってくださいね」
「よ!?」
顔を真っ赤にする紗夜を残し、今度こそ彼女は出て行く。
紗夜がいるのは畳が敷かれた和室。床には布団が敷かれており、あとは寝るだけなのだが先程の発言で興奮してしまった彼女は寝付きそうもなかった。
本当に来たら、どうしよう。
ここまでの道中、紗夜から気を許したので、向こうが更にその気なっているかもしれない。
それがなくても、自分の恋人は大胆だ。彼女の両親の前で求婚を平気でやるような人物だ。
彼の母親が追い払うように言ったが、本当に来たら拒める自信がない。
「紗夜」
「ひゃあ! あ、純心くん?」
噂をすれば何とやら。振り向くと襖越しに純心の影があった。
まさか、本当に来るとは。
「あ、ちゅみくん、すこし心の準備が──」
「音楽を一緒に聞こうかと誘いに来たが、都合が悪かったかね?」
「ふェ、音楽?」
舌足らずで戸惑う紗夜に純心は襖越しで頷く。
「まだ寝るには早いしな。紗夜に聴かせたいものが随分とある。勿論、卿がもう眠るというのならば後日に誘うよ」
「あ、いえ。私もまだ寝付けないし、随分と音楽を聴いてないから聴きたいわ」
「分かった。では、私の部屋で」
そこで漸く襖を開けた純心が手を差し伸べると、彼女はそれを掴みとった。
純心の案内で久しぶりに彼の部屋に訪れる紗夜。
前に来た時と雰囲気は変わらず、片隅には紗夜が小学校の担任からの伝手で純心に送った弓や、純心曰く朝目覚めたら庭に突き刺さっていた槍が布で巻かれていた。
「では、最初は、これなどはどうだろうか?」
肩に触れながら隣に座り、少し離れた場所にあるスピーカーからCD音源の音が流れる。
夜なので音量は控えめだが、黙って聞けば十分聴き応えのあるロックサウンドだった。
「いい曲ね」
「気に入ってもらって何よりだ」
随分音楽に触れてなかった。
一度バイオリンの演奏でコンクールを目指し、日菜よりも評価が下だったのが悔しくて、あらゆる音楽を遠ざけていた。
だが、それはとても申し訳ないことをしたと紗夜は考える。
音楽に罪はない。
そして、改めて聴いてみると自分にはクラシックよりもロックサウンドの方が肌に合うようだ。
気持ちが揺さぶられる。精巧な技術で演奏をするのは純心の解説によると女性のようだ。
結果は欲しいものを得られなかったが、音楽を奏でることは楽しかった。その分、演奏というものが如何に困難であるかを彼女は知っている。
このギターの音もどれだけ研鑽を重ねたのか。
家族や学校で疲弊した心は純心によって保たれ、枯れていた情熱が音楽によって潤う。
そうだったからこそ、彼女は無意識にこう呟いやいた。
「私も、ギターを弾いてみたい」
なお、帰り道じゃなくて家でキスを強請ってたら、紗夜さんそのまま食べられたでしょうね。