本来はあとがきでも書くような落ちもないいちゃつくだけの小話です。
時系列は紗夜さんがRoseliaに恋人がいることを打ち明けてからのバレンタイン。
2月14日、バレンタイン。
起源はローマ帝国の時代、士気に関わるため婚姻を禁止した兵士のために一人の司祭が国の意思を背いて結婚式を行い、それが罰せられ殉教したのが始まりだ。
処刑された日が祭日だったため、その前日が選ばれる。
一般的には恋人たちの日であり、国々によって風趣が異なる。
小笠原純心は母親がドイツとの
ドイツのバレンタインは愛の告白はせず、夫婦やパートナーであり、男性が女性に花束を贈るのが主流である。
ゆえに、純心の父親は純日本人でありながら、妻のために毎年花束を贈っていた。
息子である純心も自分のパートナー、将来を誓った相手に花束を贈っている。
彼の相手である氷川紗夜は初めて贈られたときは異文化に驚いたが、長年付き合っていると喜びはしても、戸惑うことはなくなった。
よって、紗夜が落ち着かないのは先程花束を貰ったのが原因とは考えにくい。
現在純心の部屋にて、部屋の主人の膝上に座る彼女はとても緊張している。
そもそも、緊張しているのは今日純心と会ったときに既になっていた。
バレンタインを純心と過ごすのは初めてではないのだが、紗夜はずっとそわそわとして、顔も赤みが増している。
「じゃあ、次は私ね」
そうやって、紗夜は鞄からラッピングされているチョコを取り出す。
ドイツ流のバレンタインをする二人だが、日本流のバレンタインをしないわけでもない。
紗夜からチョコレートを贈るのも、付き合う前からしていたことだ。今更、渡すだけでそこまで緊張することはないはずだった。
だが、紗夜が緊張している原因はそのチョコレートにあるらしい。
「手作りか」
「……、そうよ」
一目で見抜かれて紗夜は一瞬驚くも、コクンと頷く。
恋人なのだから手作りのチョコレートは不思議でもない。
けれども、純心が紗夜から手作りのチョコレートを貰うのはこれが初めてだ。
普段の紗夜はお年玉を使って、高級チョコレートを純心に贈っていた。素人がレシピ通り作るよりも、専門店の味の方が勝るからである。
紗夜は自己満足よりも堅実な結果を求めたのだが、今回は違うようだ。
「いつもはお店で買ってたけど、今回は作ってみたの」
「羽沢珈琲店の料理教室以降、菓子作りに励んでいたからな。その結果が実を結んだのか」
少し前に紗夜は羽沢珈琲店で開かれた料理教室でクッキーを作って以降、何度か自主的に菓子作りをしていた。
無論、純心もご馳走になっている。だから、恋人の手作り菓子自体は喜ばしいが特別驚くことでもない。
しかし、様子を見る限り紗夜は違うようだ。
「それもあるけど、今井さんと一緒にお菓子作りしてから職人でなくても研鑽を積めば店に勝るとも劣らないと分かったわ。だから挑戦してみたの」
「今井嬢は料理上手だそうだな。とすると、今回の手作りは彼女の指南の下、自信作を作ったわけだな」
「えぇ。私なりにできる限りのことはしたわ」
気合の一品というわけだ。ならば、彼女が緊張しても仕方ない。
「ならば、卿が作り出した珠玉の一品、とくと味わわせて貰おう」
そうやってラッピングを解くと、円形の箱には一口サイズの金箔で彩られたチョコレートトリュフが数粒あった。
紗夜は今年のバレンタイン、家族やバンドメンバー、学校の友人と数多くのチョコレートを作ったが、本命は一味も二味も違う。
黄金の輝きを放つが造形自体は普通。着飾ることは滅多にしない、紗夜らしい食べやすさと味で勝負といったところか。
純心は黄金の瞳でじっと、それを眺める。
「………………」
「………………」
「………………」
「………いつ食べてくれるのかしら?」
「………待て、まだしばらく眺めていたい」
「もぅ…………」
紗夜は呆れた。最初にクッキーを贈ったときも、純心は眺めてばかりだった。
このまま見過ごせば、羽沢珈琲店で作ったクッキーを渡した日菜同様防腐処理して永久保存されかねないと悟った紗夜は、指先で一粒拾い上げる。
「はい、あーん」
「────」
口元まで運ばれたチョコに目を向けて、純心はやっと口を開いた。
口の中にチョコが入れられ、離れた指先を唇で感じながら、最初は転がすように舐め上げ、少し噛砕き、味わう。
どうやら、幾つから層のようになっているらしく、歯応えとコクのある蕩けた甘さが口の中に広がった。
「美味いな」
「!」
素直に呟いた純心の言葉に、不安そうにしていた紗夜が破顔する。
純心の評価は何においても手厳しく、今まで手作りの贈り物を喜びはしても『美味い』とは一言も言わなかった。
そのため下手な手料理はするまいと避け、最近は何度か挑戦したが、結果は惨敗。
だが、今日聞きたかった言葉を漸く聞けた。
「そう、よかったわ」
「もう一つくれ」
「えぇ!」
手にした勝利に酔っていた紗夜は純心の要求にも素直に応える。
先程は業を煮やして思わず自分から食べさせたが、普段はこんなことはしない。しても羞恥心一杯で渋々するのだが、今は強請る純心が嬉しくて言われたとおり、自分の手で食べさせる。
純心はゆっくりと味わいながら、更に甘さを求めた。彼がここまで夢中になるのも珍しい。紗夜が作ったチョコレートは相当美味である証拠だ
「紗夜、次だ」
「……ごめんなさい。今ので最後だわ」
紗夜も食べさせるのが夢中で数を途中数えなかった。
ここまで喜んでくれるならもっと作ればいいと後悔しながら、紗夜は苦笑する。
「また来年も作るから我慢して」
「ふむ。ないのなら仕方ないな、別のものを味わうか」
もっと欲しかったがないのならば違うもので熱を抑えるまで。平然としたまま純心は紗夜の服の中に手を入れた。
「…………純心くん?」
「次は紗夜を味わいたい」
照れもなく悠然と微笑む純心を紗夜は見つめた。
チョコレートには媚薬作用があると昔では言われたが、恋愛化学物質であるフェネチアミンは消化の際に分解されるので否定されている。
つまり、この情欲は彼の常駐している性質であり、それに悩まされることも多いが、今回は紗夜もチョコレートのような雰囲気に随分と絆された。
いつもなら、仕方ないと、言い訳もするが言わない。彼女もそんな気分だったから。
返事は言葉ではなく、行動で。
腕を頭に回してから重ねた唇の味は、とても甘かった。