毎度、誤字は察して。
そして、だんだんとDies色が強くなっていく。不思議。
私も、ギターを弾いてみたい。
久しぶりに恋人である小笠原純心と音楽を聴いている最中に、自然と出た氷川紗夜の言葉。
紗夜自身も唐突な己の発言に戸惑い、気まずそうな顔を浮かべた。
「ごめんなさい。つい、言ってしまったけど、なんでもないわ」
「弾きたいと思ったなら弾くべきだ」
誤魔化そうとした紗夜だったが、彼女の隣にいる黄金の君は少女の吐露を見逃さない。
女の内なる想いを隠す壁を破壊するのが、この男の役目だ。
「我を忘れて零れ落ちた己の渇望。それを満たす行為が今の卿には必要だ」
「純心くん……」
潤んだ瞳で紗夜は黄金の双眸を眺めた後、ぎこちない笑みで完膚なきまで崩された心の城壁の跡地から、芽生えた渇望を流出される。
「たった一つでいいの。自分が認められた証明がほしい」
「それでギターか?」
「えぇ。認められた音楽は
優れた音楽は奏者が亡くなった何百年経った後でも、認められるもの。
無論、そんなものは限られたものだけだ。
愛されている音楽は夜空の星々程あるが、誰にも見向きもされない音楽は星と星の間にある闇の如く、無限に広がり増え続けている。
だがもしも、永遠に眩く刹那になることができれば、
「私だけの証を手に入れることができれば、何もかもあの子に劣る不出来な存在とは言わせない」
「なるほど。飢えは理解した」
根源は、かつてと変わらず妹への劣等感から抱く抗い。
それを醜いとも思わず、美しいと思っている純心だが、それでは今迄と変わらない。
だが、今回選んだ道は今まで紗夜が挑戦したどれよりも茨の道だ。
単純に分かりやすくプロになるだけでは、彼女が目指すべき場所には届かない。
永遠の刹那になることは、それ即ち至高の存在に等しい。
単に双子の妹と別に評価を受けたいならば、別の道は幾つもある。
それこそ、日菜が紗夜を追っても、すぐ止めてしまうようなこと。あるいは日菜が拒絶や興味を持たないものを着手すれば済む話だ。
「それならばギターでなくても良いだろ。そこまで高みを目指す理由は何処にある?」
当然の問いかけに、紗夜は不敵な笑みを浮かべた。
「その方が、やりがいもあるわよ」
あぁ、なんとも彼好みの答えだ。
流石は恋した我が女神だと、口づけ一つでもしたい衝動を一応空気を読んで自制し、純心は満足した大らかな顔だけに止める。
「ならば、存分に励むがいい。ギターを弾けるようになったら、是非聞かせてくれ」
「えぇ、お願いするわ」
純心の耳が良いことは知っている。彼に聞いて貰えば上達するのも早いだろう。
紗夜の朗らかな微笑みで気持ちが緩んだと純心は感じ取った。
恋人が少しでも前向きになったことは実に喜ばしいことなのだが、何故か彼は僅かに落胆の色を滲ませる。
「では、弓道は止めるわけだな」
「あら、まだ続けるわよ」
「おや、意外だな。不必要なものはやらぬ主義であろう?」
てっきり、純心はギターに集中するため他のものは可能な限り排除すると考えていた。
紗夜のギターに対する覚悟は生半端ではないことは重々把握しているため、その行動方針は純心にとって予想外である。
「私にとって弓道は不必要にできるものじゃなくなったの。精神集中で気持ちが引き締まるし、ギターをしても続けるわ」
「なるほど。それは喜ばしい」
「あなたこそ意外ね。私が弓道を止めても気にしなさそうなのに」
純心にとって弓道は重要な存在だが、それはあくまで彼にとってであり、紗夜が共有しようとも、我関せずと考えていた。
だが、実際は彼女が止めるのを心配していたようで、言葉にした通り意外である。
照れ臭いものを感じつつ、愛くるしいと思った矢先、次の瞬間勘違いだと打ちのめされた。
「なに、紗夜の弓道着姿をまだ見れそうで良かったよ」
「な!? あ、あなたは! ぶ、武道に無粋な考えを持ち込むなんて──」
「好いた女の姿はどれも恋しい。他に何がある?」
当然とばかり豪語する恋人に紗夜は頭を痛めた。
整った顔と妖艶な声で誤魔化してるが、言ってる内容は単なるデレだ。
「私の弓道着姿なんて、何度も見たでしょうに。貴方は──、既に知っているものはそこまで好ましく思っていないでしょう?」
一瞬、言い淀んだのは、それが恋人と双子の妹の共通点。
同じ天才故の価値観なのか二人は少しでも既知だと感じたものは、冷めたように捉える傾向がある。
「そうだ。私は既知を疎む。既に知っていた結果ほど、空しいものはない。
だが、例外は何ですら存在する。
私にとってそれが紗夜だ。恋しい女の姿は何であれ、何度繰り返しても飽きることはありえんよ」
「…………」
恥じることのない好意に紗夜は顔を赤らめる。
紗夜にとって、純心の好意はそれこそ既に知っていることだが、何年付き合っても胸から熱を上げることは抑えきれない。
度合に違いはあるが、彼女も純心と同じ感性なのかもしれない。人によれば似た者夫婦と揶揄されることだろう。
「弓も例外の一つだな。私には矢で的を射抜くことは当たり前のこと。ゆえに的中も、特に感慨することはない」
それは紗夜も随分前から知っていることだ。
純心の弓は百発百中。彼が矢を外したことなど見たこともなければ、聞いたこともない。
射る力が有り余って、未だ的を破壊していることは目にして、聞いたりしているが。
「そもそも、的中して喜ぶのを許されるのは最初だけ。弓道とは『至誠』と『礼節』。求める道、求道なのだ。結果よりも過程を重んじる。ゆえに技量は二の次だ」
久しぶり彼が己の弓道観を語っているので、紗夜が真剣に聞き入ろうと身構える。
その緊張を崩すように、純心は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「と、在り来りを言ってみたがね。所詮、私は若輩の身。先人たちの言葉は理解しているが、性根は己の本位に矢を放っているのに過ぎない。私にとって、弓とは楽器のようなものだ」
「弓が楽器?」
初めて聞く価値観、紗夜は緊張を解きつつ、彼の言葉を忘れまいと集中する。
「静寂の空間に響く、弦の音。空気を穿つ矢の音。そして、一滴の水が大地に零れるように響く、的中音」
彼が語ったことは紗夜も覚えがある光景だ。
無音の中、太鼓を一度だけ叩く、一瞬。
純心はそれを好ましく思っており、語られて紗夜も好ましいと気付いた世界だ。
「何度も繰り返し、何度も同じものを感じ、既知として根付いているが、飽きぬ。
名曲とは時間が経っても色褪せぬ。私にとって弓とはそれと同じなのだ。
余人に理解されぬとも良い。つまらないと言われれば、それは其奴がつまらぬのだ」
「なら、私は、貴方につまらない女と思われないようね」
別の弓道家が聞けば、何たることかと文句一つ零しただろうが、紗夜は偽りなく思った。
そもそも、弓道とは純心が語ったように、己だけが行う己だけの世界。弓道の試合や作法はあるが、それは己が世界を強固であると証明する場であり、道のりなのである。
彼の弓は、彼だけのものだ。
「でも、弓が音楽だなんて。純心くんの方が先に始めているなんて、思いも知らなかったわ。これは負けてられないわね」
「そこは畑違いなので気に病む必要などあるまい。そもそも、卿が勝りたいのは日菜であって私ではなかろう?」
「あら、そんなことはないわよ。あの子のような気持ちはないけれど、私は貴方にも勝ってみたいわ」
臆することなく、紗夜は言ってのけた。
出会った当初では想像もしなかった気概。
相手は妹と同等かそれ以上の存在だ。男女の違いや、恋人の愛柄で何を勝負するかと思うかもしれないが、上下関係が明確に分かれていることだけは嫌なのだ。
生涯共にする相手ならば、隣に並び立ちたいと思うのも当然である。
その力ゆえに挑まれることが多くなかった純心、けれど日菜のように僅かに彼に挑んでくるものがいるので珍しくもない。
だが、自分の女に自分に勝ちたいと言われることは想像しなかった。
亭主関白と掲げる気はない。されど、女の下につくなど論外。言葉にするのは純心自身も難しいが、確かなことは、紗夜にまた惚れ直したことだ。
何処かしら邪悪な笑みを口に刻みながら、純心は問う。
「では、何をもって私に勝つ?」
「そうね、例えば私がギターで貴方を感動させるのはどうかしら?」
戦線布告にしては、あまりにも児戯であるが、二人は真剣だ。
なるほど、それは確かに勝利と言えるかもしれないと、純心は認める。
「ならば、己のギターのみで見事私に勝利してみるがいい。手心は期待せぬことだ。そう簡単に勝たせてはやらぬぞ」
「えぇ、望むところよ」
勇ましく微笑む。
頂点を目指す上で、目指すべき目標の一つができた。
これから、いくつも目標や試練が待ち構えているだろうが、必ず乗り越えてみせる。
そして、あの子に──。
そんな暗い影に今は目を向けず、彼女の挑戦がこの瞬間から始まったのだ。
「では、見事私を感動させ、卿が勝利したなら何か褒美をやろう」
「褒美…………」
意気揚々の純心だったが、褒美と言われて紗夜は何とも言えない顔になる。
「何でもいいぞ。紗夜が望むなら、総て叶えよう」
「…………でも、純心くん。自分で言うのも何だと思うけど、今も私がお願いしたら何でも叶えてくれるわよね?」
「無論だ。惚れた女が欲するなら叶えてやるのが男の甲斐性だ。ふむ、取り急ぎ何か欲しいものがあるのかね? いや、ギターを始めるからには、まずは道具を手にするべきだな。明日にでも楽器屋に向かうぞ。必要なものを買い揃えよう。金のことは気にするな。二言はない。私が全て払う」
紗夜と会っていない間、彼女の両親に見せた個人資産がある純心にとって、楽器の道具を買い揃えることなど造作でもなかった。
「……私が言うのもなんだけど、純心くんは甘すぎるわ」
甘受ばかりでは駄目だと、必要なものは自分の貯めていたお金を使おうと紗夜は考えた。
勉強ばかりでここ何年かは無駄遣いする暇はなかった、毎年のお年玉が随分と貯まっているので、安いものならば最低限揃えられるだろう。
そう心に決めた紗夜だったが、後日あれやこれやと言い包められて、彼女に合った最高品質の一式を支払いを純心が済ませたのであった。
楽器屋
「紗夜のものは私のもの。私のものは紗夜のもの。夫婦で財産は共有するものだ」
「いや、まだ結婚してないわよ!」
「だが、結婚はするだろう」
「っっ! それは、し、したいと思ってるけど」
「ならば、今からでも問題はない。支払いはこのカード(真っ黒)で」
「うぅ、また買って。私がまるで男ばかりに貢がせてる悪い女みたいじゃない」
「悪女の紗夜も素敵だな」
「少し黙って!」