紗夜さんの恋人は総てを愛している。   作:貫咲賢希

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 今回、紗夜さんもあまり登場しませんし、獣殿も出ません。
 またキャラの扱いが不当だと思う方がおられるかもしれませんが、作者的には王道。
 予め、ご了承ください。


Episode ─XⅦ【氷と雷と炎】

 バンッ! カンッ!

 

 花咲川女子学園高等部体育館にて激しい音が響く。

 防具を纏った紺碧の袴を翻し、二本の竹刀が衝突。

 張り詰めた空気の中、日本に伝わる剣道の試合が繰り広げられていた。

 

 尤も、日本伝統文化であるが試合している片方は日本人ではない。

 面で隠れている髪は黄金。その瞳は碧眼。

 

 名をベアトリス・ブリュンヒルト・フォン・キルヒアイゼン。

 

 中等部から花咲川女子学園に通うドイツからの留学生。現在は高等部一年生である。

 自分が産まれる前に亡くなった同名同性の親戚が日本で生涯を終えた話を聞いたことが切っ掛けで日本に興味を持ち、遥々海外からやって来た自称金髪美少女だ。

 花咲川女子学園は様々な異国とのコネクションを持ち、毎年海外から留学生を招いている。

 逆にそのコネクションを使い花咲川卒業後、海外進学する者は珍しくもない。

 日本に訪れたベアトリスは中学から剣道を始めた。

 物心ついた頃からフェイシングを習っていたこともあり、短期間で上達をする。本人の努力もあり中等部最後の年では個人優勝を果たした強者だ。

 

 また、現在行われている試合は部活動ですらなく、単なる体育の授業での練習試合。

 二本先取の試合で、ベアトリスは一本取っており、それだけ聞けば彼女の勝利は当たり前だろうと感じるだろう。

 

 だが、ベアトリスは公式戦以上の苦戦を強いられていた。

 

 一本を取っているのは、相手側も同様なのである。

 更に相手は剣道部にも所属していない。経歴を見れば何も功績を挙げていない素人なのだ。

 

「くっ─────!」

 

 しかし、この闘いを見て、誰が彼女が素人かと信じられるのだろうか。

 ベアトリスが床を蹴り上げると、轟音と共に彼女は移動する。

 試合を見守る生徒たちはベアトリスが瞬間移動でもしたかのように見えただろう。

 雷速の戦乙女、それが剣道界で囁かれるベアトリスの異名だ。

 落雷したような踏み出しと共に移動し、相手を瞬時に倒す。試合で彼女に10秒以上持った者は殆どいない。

 だが、試合経過時間は既に10分以上経過している。

 

 バン! ガン! タンッ!

 

 竹刀が激しく打ち合う攻防。戦いの熱量は周囲にも伝播し、観戦者は皆、汗を流す。

 経験、剣術はベアトリスが上。戦いが膠着状態になれば、より優位に立つのは手札が多い者。ベアトリスは連撃の最中、相手の隙を見逃さなかった。

 雷速の剣撃。振るったベアトリスが直撃を確信した最高の一閃。

 

 ガンッ!

 

 それを、相手が受け止める!

 ベアトリスの一閃を過剰表現したわけではないのだ。

 仮に目が追いつくものが見れば、ベアトリスの竹刀が相手の籠手に当たる直前、その相手は微動もしてないのを目にしただろう。

 だが、直撃するに見えた刹那。当たったと思われた竹刀が受け止められていた。

 まるで、既にそう動いていたと思わせるような超反応ッ!

 総合的速度はベアトリスの方が上だが、超瞬間的速度は相手側が上なのである!

 そして、それが攻撃に利用できればどうなるか───。

 返し刃。今度は隙を突かれたのはベアトリスだ。

 無論、彼女は防ぐ。

 

 スパアァァンッ!

 

 だが、動いたという痕跡すら見せず、竹刀がベアトリスの頭上に振り落とされた。

 ベアトリスは、その超瞬間的な攻撃に反応すらできなかったのである。

 数秒経ってから決着がついたことに周りが気付く。審判係の笛で体育の授業が終わった。

 

 

 

 

「うぁああん! 負けました! ついに一本のみならず試合でも負けてしまいました!」

 

 体育の授業後。ベアトリスが更衣室にて防具を解いた後、金髪の髪を揺らしわんわんと喚いている。

 彼女を負かした相手、氷川紗夜は着替えながらベアトリスに冷たい目を向けた。

 

「しつこいですよ。一度の練習試合で負けたからって嘆かないで下さい。私は今まで何度貴女に負けたと思っているの?」

 

「94回です」

 

「っ、やはり、覚えていたのね」

 

 泣き面は何処にいったのが自慢気な笑みを浮かべるベアトリスを紗夜は睥睨する。

 

「あと少しで100回なのに厳しいですね。最近紗夜は剣道部に顔を出してくれませんし」

 

「それだけ勝っているなら十分でしょう」

 

 先の試合、ベアトリスを負かして、それだけ彼女に負かされた相手は益々冷ややかな声を浴びせた。

 だが、ベアトリスは吠える。まさに負け犬の遠吠えである。

 

「数の問題じゃないんですよ! 本格的に剣道をしてない子に負けちゃったんです! これじゃあ、先輩に馬鹿にされますよ~!」

 

「ふっ───」

 

「おっと、今鼻で笑いましたね!? 見てなさい、次の授業で私が勝ちますから!」

 

「剣道の授業なんて、そう何度もあるもではないでしょう」

 

「なければ、前みたいに放課後部活に引っ張るまでです」

 

「貴女の自尊心のために私の時間を勝手に潰さないで頂戴。迷惑だわ」

 

 ベアトリスに試合形式でも勝てるようになって満足した。それ以上剣道に時間を費やすつもりはない。

 紗夜には目的がある。彼女は己にとって余計なことをする気はなかった。

 

「つれないこと言わないで下さいよ~。というか私に勝ったんですから本格的に剣道も始めませんか?」

 

 期待が籠った瞳に見つめられても、紗夜の態度は冷たいままだった。

 

「興味ありません。あなたに負け続けなければ十分です」

 

「勿体ないですねー。それだけの実力があるのに」

 

 二人が知り合って間もない頃、紗夜の高い身体能力を面白がったベアトリスは彼女を自身が所属する剣道部に遊び半分で招いた。

 そして、ボコった。

 けして己が尊敬する先輩が、自分より小学生の頃面識があった転校生の方が親しそうに見えたからではない、というのがドイツ少女の証言。

 勿論、素人である紗夜が剣の腕前が達者なベアトリスに当然敵うはずもなかったが、ここで紗夜の負けず嫌いが発揮される。

 その後、紗夜は時間を空けては剣道部に自ら訪れ、一年後にはベアトリスから一本取れるようになり、今日はとうとう試合形式でも勝利したわけだ(剣道の試合は三本勝負の二本先取で勝利)。

 

「紗夜って、めちゃくちゃ集中すると一瞬動きが感じ取れないくらい速くなるんですよね。

 カメラでも追えないなんて、やばいです。実は時間でも止めているんですか?」

 

「そんな非科学的なことなどできるはずないでしょう、くだらない」

 

 紗夜は自分の集中力が極限に高まった時、一瞬世界が止まったように感じる。

 そういった時は、普段目で追えないものも追え、早く動けるのだ。

 しかし、そんなものは一種のトランス状態。ベアトリスが言ったように、時間を止めることなど、只の人間である自分にできるはずない。

 黄金の獣と恐れられている常識外れの恋人ですら、そんなことは不可能である。

 

 そんなやり取りをしている間に、紗夜は胴着から制服に着替えを終えていた。

 

 周りを見ても、残っているのは紗夜とベアトリスのみ。

 当然だ。先程の体育が本日最後の授業だったのだ。

 終わればすぐ帰れるはずの授業が紗夜とベアトリスの長期戦より長引たため、皆急いで各々の予定のため身支度を整えたのである。

 紗夜もこの後は委員会の仕事があった。

 そして、目の前でお喋りに夢中で着替え始めてもいないベアトリスも同じ委員会の仕事がある。

 

「では、私は先に行きますので」

 

 委員会で待っているだろう彼女たちの先輩は怖い(、、)

 遅刻して怒られたくない紗夜はベアトリスを置いて、更衣室を出ていく。

 

「あ、ちょっと待って、って、もうこんな時間!? 紗夜紗夜本当に待って待って──これじゃあ遅刻する! 先輩に怒られる!」

 

 ようやく時間に気付いたベアトリスが泣声で助けを求めるが紗夜は無視をする。

 余裕があるならば待ってあげなくもないが、今はない。

 更衣室から悲鳴と騒音のハミングが聞こえてくるが、我関せずと紗夜は速足で遠ざかっていた。

 

 

 

 

「あ────!! 頭割れる! 割れる!」

 

 時間が少し進むと、自称美少女で実際美少女が出してはならない汚い悲鳴を上げている。

 場所は花咲川女子学園の風紀委員会室。

 机で黙々と仕事をする紗夜の傍で、制服に着替えたベアトリスが苦悶の声を上げている。

 ベアトリスは今、折檻されている最中だ。

 

「キルヒアイゼン。何故、私が貴様に怒っているか理解しているか?」

 

 長身で端正な顔。見るからに厳格な風貌の女生徒。制服を着てなけば教師に間違われる女傑はこの学園の風紀委員長である。

 風紀委員長は片手(、、)でベアトリスの頭を掴み、そのまま彼女の体を持ち上げていた。

 

「分かりません! 自分は遅刻しませんでした! 走ってきましたけど、外を走って来たので風紀を乱してないはずです!」

 

 藻掻きながらも実は余裕があるのかすらすらと答えるベアトリス。

 そんなドイツ少女を風紀委員長が細めた眼で見上げる。

 

「あぁ、貴様は確かに外を走って来たな。そのまま校舎に入らず、壁を伝って3階のこの部屋の窓から入ってきたわけだ」

 

「はい。その方が速かった──ああぁああ! 痛い! 本当に痛い!」

 

 万力に締め上げられたように苦しみ出すベアトリス。

 

「馬鹿か貴様は。外聞を考えろ。それとも日本では全員忍者のように壁を伝うと教えられたのか? 私は貴様の祖国であるドイツを後学のため学んでいるが、そんな偏見は流布されていないと記憶しているが、どうだ?」

 

「しゅみまぜん! 私が悪かっだです! 先輩と紗夜を驚かせるため調子に乗りました! 今度からちゃんと扉から入ってきます! だから、はなじでぐだざい!」

 

「ふん」

 

 汚い涙声の謝罪を聞き、ようやく風紀委員長はベアトリスを解放した。

 ギャフン、と漫画のような悲鳴を上げ尻餅をつくベアトリスを風紀委員長は呆れた顔で見下ろす。

 

「まったく、落ちたら怪我ではすまんぞ」

 

「え──、先輩。もしかして私を心配して」

 

「ふむ、仕置きが足らないと見える。なんなら今から久しぶりに剣道の稽古をつけてやろうか?」

 

「!? いえいえ、そんな今は委員会の時間ですし、お気遣いなく!」

 

 この風紀委員長は進学準備の為、今は辞めたが以前はベアトリスが在籍している剣道部に在籍していた。

 実力は規格外。個人の圧倒的な腕前と軍属染みた統率力で個人と団体戦共に全中三年連続優勝を果たし、高校に上がっても全国優勝を成し遂げている。

 去年、ベアトリスが中等部三年の頃、更に全国優勝をしているので花咲川剣道部は通算全中4連勝中である。今年は高等部優勝も期待されていた。

 現役を退いた今でも、この風紀委員長に剣で勝てる学生は恐らく日本にはいない。

 

「ベアトリス・ブリュンヒルト・フォン・キルヒアイゼン、只今より業務に入ります! 紗夜~、私の分の書類はどれですか?」

 

「いつもの場所ですよ。確認してから聞いてください」

 

 敬礼をした後、ベアトリスは紗夜に辛口を貰いながら逃げるように自分の定位置に向かった。

 時が時ならば、引退した風紀委員長の稽古を喜んで受けたベアトリスだが、今はまずい。

 体育の授業で紗夜に負けたことを知られたら、鍛練が足りんと地獄が待っている。

 女子とは話好き噂好き伝達好きの三拍子。

 今頃、己の庭である剣道部では自身の敗北が知れ渡っている頃だ。

 紗夜の剣道の腕前は風紀委員長も知っているのだが、それはそれ。本職が負けてどうすると叱責を食らう羽目になる。

 そうなれば、ベアトリスの体力ゲージは0どころかマイナス。

 体力がマイナスでも本日の分の委員会の仕事は当然こなさなければならない。

 彼女は一人暮らしなので帰ったら家事や見たいドラマや、隣人にちょっかいをかけるのに忙しいのだ。敬愛する先輩との個人レッスンはまたの機会である。

 風紀委員長は調子良く仕事に取り掛かるベアトリスに鼻を鳴らした後、自分も仕事にとりかかろうと定位置に座った。

 

 先程の騒がしさが嘘のように、ペンやキーボードを叩く音だけが聞こえる。

 

 この風紀委員室には風紀委員長と紗夜、ベアトリスしかいない。

 勿論、他にも風紀委員は存在しており、今は校内の見回りをしている。

 主な仕事分担はこの部屋にいる三名がデスクワークで、他の委員が見回りなどをする実働部隊。

 他の委員が書類作業をすることや部屋にいる三名が見回りや持ち物点検を行うことはあるが、基本は先の配分が一番効率がいいのだ。 

 風紀委員長と紗夜、ベアトリスは他の委員たちよりもスペックが高い。

 花咲川女子学園生徒全員を見ても、彼女たちに近いスペックは来年生徒会長候補と言われている生徒一人くらいだ。

 風紀委員長はその生徒会長候補と二年生の学年首位を争っており、紗夜とベアトリスは互に一年の学年首位を争っている。

 面倒な仕事も学内で五本指に入る優秀な生徒三人が一挙に引き受ければ、大抵のものは平均の何倍ものスピードで処理ができる。

 

「先輩。違反物取扱いリストの更新が終わりました」

 

「ご苦労。確認はこちらでしよう。これで氷川が担当する今日の仕事は終わりだな。他の雑務は見回りしている者共にでもやらせるので、上がっていいぞ」

 

「わかりました。では、お言葉に甘えて、帰らせて頂きます」

 

 紗夜は荷物をまとめると、壁端に置いてあったギターケースを背負う。

 全体の仕事が早く終わると、委員たち全員に余裕が生まれる。各々、委員会の仕事が終われば部活動や放課後を自由に過ごしていた。

 紗夜の場合は所属している弓道部に顔を出すこともあるが、弓道部は腕を買われて在籍しているだけだ。朝練は出ているが、放課後は毎日参加しているわけではない。

 

 紗夜の学校が終わった放課後の主な過ごし方は、音楽活動だ。

 

 己が高みに至るため中学二年から始めたギター。

 

 花咲川女子学園にも軽音部はあるが在籍しておらず、今は校外で知り合った人間とバンドを組んでいた。

 

「紗夜。もうバンドに行くのですか?」

 

 帰り支度をしている紗夜にベアトリスが声をかける。

 二人の付き合いは中学二年からなので、紗夜がバンド活動をしているのは前々からベアトリスも知っていた。

 

「えぇ。早くスタジオに入って、個人練習をします」

 

「少しは休憩したらどう? ちっとも休んでないじゃない」

 

「問題ありません。自分の体力ぐらい把握できているわ」

 

 本気で心配するベアトリスだったが、紗夜は冷淡な態度をする。

 

「今度演奏するライブハウスはスタジオ練習で使っていても、ステージに立つのは初めて。──無様な姿は晒せない。練習を重ね、より完璧にしなければならないの。

 では、お先に失礼します」

 

 そう言い残し、紗夜は目もくれず風紀委員室を退室していった。

 紗夜の姿がなくなると、ベアトリスは重い溜息をする。

 その顔は先程紗夜に見せていたものよりも、心配する感情が表に出ていた。

 

「最近の紗夜は危うさが増していますね。あれではいつか倒れちゃいます」

 

「ふん。他人の心配をしている場合か?」

 

 ベアトリスが零した愚痴に風紀委員長は作業をしながら反応する。

 

「貴様。授業で氷川に剣道で負けたそうだな」

 

「な!? なんで、それを! 紗夜から聞いた訳じゃないでしょう?」

 

「そうだな。あれは貴様と違って戦果をひけらかす趣味はないからな」

 

「彼女、しゃいなんですよ~」

 

 ヘラヘラと顔を緩めるベアトリスを風紀委員長は鼻で笑った。

 

「逆に貴様は目立ちだかりだな。私が何処で情報を得たかなど問題ではない。実際の実力がどうであれ、貴様は剣に身を置いてない人間に負けたのだ。陰口は覚悟しておけ」

 

「言いたい人は言わせておけばいいんです。私は剣で黙らせるだけですから」

 

「分かっているならば問題ない。ならば、今度つけてやる稽古は程々にしてやろう」

 

「あぁ、やっぱり稽古つけられるんですね、私」

 

「当然だ。貴様が私の後を継ぐと公言したなら、誰にも負けぬという気概を持て」

 

「勿論、分かっています。先輩が進学に専念できるよう、剣道部は任せてください」

 

 早めの進学準備の為、風紀委員長は去年の全国高等を優勝してから剣道部を辞めた。

 無論、彼女の多大な功績を知る者たちはそれを止めようとする。

 周りの声など知るかと、風紀委員長は剣道部から去ったが、その後でも彼女の復帰を望む声は治まらなかった。

 一向に止まない復帰の声を黙らせたのが、彼女の復帰を誰よりも望んでいたベアトリスである。

 自分が先輩の後を継ぐ。

 先輩が出した結果を私も出すので、先輩のことはそっとして欲しい。

 公言通り、風紀委員長が為した個人優勝と団体戦優勝をベアトリスは見事成し遂げ、高等部に上がってからも、花咲川女子剣道部を導いている。

 

「公式戦で私に勝てる人なんていません。

 先輩は引退していますし、紗夜は別のことで忙しいですから。二人以外に私が負けるはずがないです」

 

 そうやってベアトリスが力強く言った言葉に、風紀委員長は呆れた。 

 

「貴様、誰にも負けぬ気概を持ってと言った傍から、己が負ける相手を言うだと。私は兎も角、一度の負けで随分と紗夜を買っているな」

 

「負けたからじゃありません。ずっと前から、私は紗夜のことを認めています」

 

 更に呆れている風紀委員長に対して、ベアトリスは誇らしげな顔を浮かべていた。

 

「それは負けたのは悔しかったですし、次は負けないぞって思ってますよ?

 でも、今はそれ以上にやはり私に勝てた(、、、、、、、、)紗夜が誇らしいです」

 

 故郷のドイツにいた頃、ベアトリスの隣に並び立つ者はいなかった。

 彼女は優秀だ。文武両道をこなしているのは、剣道の腕や母国語以外を巧みに不自由なく使っているのでも分かる。

 幼い頃から、巫山戯ることはあっても己を磨くことを怠ったことはない。彼女の成長の速さはす凄まじく、同年代で共に歩める者はドイツにいなかった。

 そんな自分の歩みに付いてこれない周りを、彼女は馬鹿にしたことはない。

 目の前の風紀委員長や年上で尊敬できる人間は故郷でも恵まれ、自分の後ろに付いてくる者は導いてあげようと思っている。

 

 ただ、丁度自分の同い年で肩を並べる存在はいなかっただけ。

 

 この日本で、紗夜に出会うまでは…………。

 

 真面目で、何処か危うく、常に己を高めようとする少女。

 ベアトリスのように巫山戯ることはないが、その向上意欲に共感を抱いた。

 出会ってから何かと競い合い、それを何処かで楽しんでる自分に気づく。

 彼女は随分前からそんな畏友(ライバル)を欲していたことを知った。

 

「私は紗夜が好きですからね。それは先輩もでしょう?」

 

「知らんな」

 

「まぁ、ここで素直に好きと言われたら、私は嫉妬でメラメラしてしまいそうですけどねぇ。もうそれこそ、先輩を賭けた私と紗夜の聖戦勃発です!」

 

「くだらん。貴様らは揃って庭に放し飼いしている犬程度だ。勝手に犬同士でじゃれ合っとくがいい」

 

「わんっ、じゃれ合います! だから、心配もします」

 

 ここで話は紗夜が出ていた直後に戻る。

 

「紗夜は高い目標があってバンド活動をしているのは知っています」

 

 詳しくは聞いたことはないし、話したくなさそうだからベアトリスも聞かなかった。

 けど、あの直向さを見れば、どれだけ必死なのかは伝わる。

 しかし、あのように周りを拒絶し続ければ、彼女が傷つくだけだ。

 

「私は何があっても紗夜を一人にさせる気はありませんが、何かあってからでは遅い。

 あれでは、自分が壊れるまで周りを壊し続けるだけだ。

 紗夜はこれまで何度もバンドを組みましたが、周りが彼女に付いて行けずどれも長続きしていません」

 

 今のバンドはプロを目指して集まっているそうだが、話を聞く限り紗夜がそのバンドと袂を分かつのは時間の問題。

 こんなことを繰り返せば、幾ら実力があっても紗夜とバンドを組もうと思う人はいなくなるだろう。

 ベアトリスはそれを心配している。

 

「分からんな。それに何か問題があるのか?」

 

 しかし、その話を聞いていた風紀委員長は一蹴する。

 

「付いて来られなければ、それで結構ではないか。あれは馴れ合いがしたくてバンドをしているのではない。ならば甘えなどいらんだろ?

 本気ならば壊せ。劣等を排斥しろ。

 それで氷川とバンドを組むものがいなくなるというならば、奴の周りにはその程度の劣等共しか現れなかった、運がなかったというだけの話だ」

 

 それに紗夜が耐えられるかなど、風紀委員長は気にも留めていない。

 ただ、冷徹に、事実のみを口にする。

 

「ギターを続けたければ一人でもできる。なんなら、今から一人でやってもいいくらいだ。何故か奴はバンドに固執しているがな」

 

 問答無用、容赦ない言葉にベアトリスは言い返せない。

 厳しすぎる。苛烈過ぎる。非情だ。だが、間違っていない。

 仮に風紀委員長が紗夜の立場ならば、そのように動いたのだろう。

 鉄のように固く、炎のように熱い意志に、ベアトリスは畏敬の念を抱く。

 

 きっと、彼女は一人になっても平気なのだろう。

 

 その強さにベアトリスは憧れている。もしかしたら、紗夜も同じ気持ちなのかもしれない。

 

 ──でも、それは寂しい。

 

 好きな人たちがそうなるのは悲しいから、きっとベアトリスは共に地獄へ堕ちたとしても、手を差し伸べ続けるだろう。

 

「相変らず先輩は手厳しいですね。だから友達がいないんですよ」

 

 胸の内を正直に打ち明けると彼女は突き放すだろうから、ベアトリスは茶化した言葉を口から出した。

 それでも、やはり彼女が突き放すのは変わらないだろうが。

 

「余計なお世話だ」

 

 ああ、やっぱりと。

 でも、そんな彼女や紗夜にも、懲りずに余計なお世話を焼いてしまうのが、ベアトリスという娘なのだ。

 

 と、センチメンタルに浸っているベアトリスに不意打ちの爆撃が投下された。

 

「──というかな。貴様は氷川を一人にさせないと言ったが、あれには将来を誓い合ったお方がいるのだぞ。貴様の出番なんぞ、ありはしない。

 貴様は人の心配より自分の心配をしたらどうだ? 相変らず、全く進展がないのだろ?」

 

「ぐほぉ!」

 

 痛いところ突かれて、ベアトリスは吐血した。

 周りを拒絶している態度を見れば信じられないが、紗夜には小学生から付き合って、既に婚約も済ましている相手がいる。

 余計な時間は取りたくないと言っている紗夜にとって、恋人の時間は余計でなく必要なもの。

 ベアトリスが紗夜に惚気話を聞かされたのも少なくない。

 誠に仲がよろしい。大変ご馳走様です。

 対するベアトリスは随分前から気になる相手がおり、ガンガンアプローチをしている。

 尤も、成果は今のところ得ていない。

 なお、ベアトリスの意中の相手は四十近い独身男性であり、仮にベアトリスが彼をゲットしても、周囲に極秘にしなければその男がお縄である。

 

「い、いいんですよ! それはそれ! これはこれ! 友達の心配をして何が悪いんですか────!」

 

 開き直ったベアトリスがやいやいと喚き散らす。

 

「だいたいですね、さっきの言葉ではっきりしましたが、紗夜があんだけツンケンしているのは絶対先輩の影響じゃないですか!

 紗夜は純粋なんですから、もっとデリケートに扱ってください!」

 

「確かに貴様のように図太くはないな」

 

「酷い! こんなに繊細なのに!」

 

「繊細な奴はそんなこと言わん。しかし、さっきから飽きずに氷川のことばかり。貴様は奴の母親か?」

 

「え? とういうことは父親が先輩ですかね? えぇ~、困ります~! 私には心に決めた人がいまして~」

 

「気色悪い台詞は男一人落としてから言え」

 

「いや、自分を慕ってる後輩の恋人を好きな先輩に言われたく────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラ。

 

「失礼します。南校舎の見回りから帰りました」

 

「ご苦労」

 

「って、キルヒアイゼンさんまた頭からゴミ箱に突っ込んでるじゃないですか。

 今度はどんなことで委員長を怒らせたんです?」

 

「ゴミのことなど気にするな。それよりお前たちが最後の班だ。戸締りするから荷物をまとめろ」

 

「わかりました」

 

 ガラガラガラ、ガチャン。

 

 日が落ちてから意識を取り戻したベアトリスは、後日紗夜に泣きつく。

 流石に置いてけぼりは可哀そうだと思ったのか、その時の紗夜は少し優しかった。




余談①【花咲川女子学園風紀委員会】

 風紀委員長は周囲から《鉄火の風紀委員長》と恐れられ、ベアトリスは罰則者は逃さない《雷光の風紀委員》、紗夜は冷たいご注意で周囲を凍らせる《氷結の風紀委員》と其々渾名を持っている。
 風紀委員長がベアトリスと紗夜を侍らせている妄想は花咲川女子定番百合ネタの一つ。


余談②【ベアトリスの意中の相手】
 隣に住む小学校教師。紗夜たちの担任もしていた櫻井教諭その人。
 櫻井は教師をする前はベアトリスの親戚を介護しており、その縁で二人は出会った。
 ベアトリス曰く、「出会う前から惚れていた。運命を感じられずにはいられない」。
 紗夜はベアトリスの恋路を声に出さず応援しているが、恩師が犯罪者にならないか心配している。
 その正体は想像通り。


余談③【風紀委員長】
 多くは語らないが、紗夜のことは認めている。
 噂では秘密結社に在籍しているらしい。
 
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