紗夜さんの恋人は総てを愛している。   作:貫咲賢希

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Episode ─XⅧ【冬が終わるころ】

 時間が、早く過ぎればいいと思っていた。

 

 色彩豊かな光を照らし出すスポットライトの下、ステージの上で少女たちが旋律を奏でる。

 軽快なロックサウンド。ボーカルは観客に手を振りながら歌い、ベースは時折気取ったポーズを決めていた。ドラムは意気揚々とリズムを刻み、ベースと共にコーラスを交わす。

 

 お世辞に言っても、素晴らしい音楽ではない。

 

 下手でないが、それだけだ。ステージに立てるだけで、総ての人間を魅了するには程遠い。

 それを一番分かっているのは演者たちで、足りない部分は気持ちとパフォーマンスで補い、ライブを盛り上げようとする。

 

 そんな中、ギターを弾く氷川紗夜だけは淡々と演奏をしていた。

 

 機械のように精密で、楽譜に従順な音色。

 盛り上がりで誤魔化している他のメンバーと違い、彼女だけは己の技術のみでステージに君臨していた。

 洗練されたギターサウンド。

 正確無比な弦音は泥中の蓮如く、他の演奏の中で一際目立つ。

 故にステージ上の主役は間違いなく紗夜であり、ギターソロは演奏中で一番の熱気になる。

 そうやってステージ上の誰よりも注目を集めている紗夜は、誰よりも冷めていた。

 

 幕引きを望んでいた──こんな時間、早く過ぎればいいのに。

 

 逆に愛しい時間で止まれば、どれだけ幸せだろうか。

 例えば、自分なら。愛しの恋人と結ばれたばかりの頃。

 まだ妹とも仲良く過ごせていた、幼い頃に戻れたなら。きっと、そのまま時が止まっていいさえ思える。

 そんなことは幻想だ。出来ぬからこそ、(まばゆ)く見えるのだ。

 

 流星の煌めきは、刹那だからこそ愛しい。

 

 なら、今の時間はどうだろうか?

 一瞬だけ、紗夜は観客たちに目を向けた。

 自分たちの演奏を楽しんでいる観客はいる。

 だが、興味の色を示していない観客も見かけた。

 

 歯痒さはあるが、落胆はない。分かり切った結果だ。

 

 最低限、人に聴かせられる音。そして楽しませる演出はできている。

 所詮その程度。紗夜が求める域には到底及ばない。

 紗夜だけが上手くても満足はしない。他が不出来なら、それを露程も思わせない圧倒的な力が必要だ。

 

(足りない。こんなものでは足りない! ちっとも目指す場所に近づけていない!)

 

 こんな演奏をするために、自分はギターをやっているのではない。

 きっと、自分の恋人が聴けば、最初の曲が始まった時点で「待った」と一声かけられ幕が下りる。

 

 いや、彼がここにいたなら、その魅力で自分たちのバンドなど見向きもされないだろう。

 

 ステージのスポットライトよりも輝く黄金の髪、黄金の双眸。人体の黄金比と呼べる肉体に、魔性の貌。黄金の獣の魅了は高校に上がって更に磨きかかった。

 プロが生演奏をしていても、そっちのけで彼に魅了される者もいる。アマチュア演奏など、取るに足らない。

 

 そもそも、前科がある。

 

 紗夜は恋人、小笠原純心は一度、彼女の演奏するライブハウスに訪れて、滅茶苦茶にした。

 

 彼は何もしていない。ただ、そこにいただけだ。

 

 だが、周りの観客たちは演奏するバンドよりも、異国の風貌を晒す美丈夫に夢中になった。

 演者であるバンドですら男女問わず、純心に意識を奪われ、演奏が疎かになった。

 唯一正気だったのは、彼の恋人である紗夜のみ。

 その後、何度も謝りながら、今後は来るのを控えてほしいと頼んだ。その時いたバンドは、既に辞めている。

 紗夜とて、本当は恋人に自分のステージを披露したい。

 しかし、そもそも演奏する以前の問題だ。

 よって、自分のギターだけを練習も兼ねて彼が一人だけのときに聴いて貰っている。

 尤も、その時間は恋人同士の甘い一時とは程遠いが。

 

「その程度か。これでは卿の渇望が満たすことはない。最初からやり直しだ」

 

 などと、容赦ない辛辣な言葉ばかり。

 一瞬のミスも許さない。上達した傍から次なる課題を言い渡される。

 それを延々と繰り返す。傍から見ても無間地獄だが、紗夜にとっては大切な時間だ。

 彼の言葉は呪詛であり、聖痕であり、糧。

 熱と槌で剣を鍛えるように、技術を研ぎ澄ましてきた。そんな練習を紗夜はギターを始めてから、ずっと続けてきた。

 少なくとも、この本番と比べることすら苛立たしい。

 

 あぁ、彼にこの時を破壊してもおうかしら。

 

 その黒い感情を見染み出た瞬間、紗夜は我に返る。

 

(──コードチェンジが遅れた!?)

 

 僅か一瞬。すぐに行い周りのメンバーは気づきもしないがミスはミス。

 他人の不出来を呪った罰だと、紗夜は己を恥じる。

 現状に嘆いても仕方ない。今は只、自分の演奏のみ集中する。

 機械のように正確に。何度も繰り返した練習のように。

 練習は本番のように。本番は練習のように。紗夜の信条の一つだ。

 集中すれば、周りなど気にしない。つまらない時も、いつかは終わる。

 

「……、ありがとうごさいました」

 

 演奏が終わり、他のメンバーが声援に応える中、紗夜も社交辞令で言葉を出した。

 感謝の気持ちがないわけでない。どんな出来であれ、演奏を聴いてもらったのは事実。心にゆとりがないのは、己が未熟だからだと反省する。

 そのまま渇いた心でステージから我先にと立ち去ろうとした。

 

「紗夜、最高!」

 

 だが、聞き覚えのある声に、紗夜の視線が動く。

 観客側へ目を向けるとそこには、見慣れた金髪。

 クラスメイトのベアトリス・ブリュンヒルト・フォン・キルヒアイゼン。

 今日も部活があるので、休憩時間に抜け出し、わざわざ見に来てくれたのだろう。証拠に羽織っている上着の隙間から剣道着が見える。

 

 驚きともに、思わず苦笑した。

 

 紗夜の知り合いで自分の演奏を、言わずとも聴きに来る人間は彼女くらいである。

 紗夜にとってベアトリスは学校での競い相手で、同じクラスの学友で、風紀委員会の同僚。偶にふざけた行動は止めてほしいが、基本清純潔白でその能力も認めている。

 自分の国ではない異国へ留学する意思や、毎日剣道の練習を欠かしていない向上心も尊敬していた。

 あまり人付き合いが得意でない自分を気にかけ、今日だけではなく何度もバンドの演奏は聴きに来てくれている。

 代わりに、紗夜も時間があればベアトリスの試合には顔を出していた。

 と、そんな間柄なのだが、単に仲の良い友人と認めないのが、紗夜の素直でないところ。

 そんなベアトリスの笑顔を見て、紗夜の心は少し軽くなる。

 

 ──あれだけ楽しそうにしてくれたのなら、あの演奏にも価値はあったのだろうか。

 

 ベアトリスに向かって、軽く手を振り、紗夜はステージから去った。

 

 支えてくれている人がいる。応援してくれている人がいる。

 何より、負けたくない妹(・・・・・・・)がいる。

 更に先に進むため、紗夜はステージ裏でお互いを讃え合うバンドメンバーたちを冷たい目で見据えた。

 

 

 

 

「──でさ、あの時の反応が最高だったよね!」

 

 帰り際、紗夜のバンドメンバーたちの興奮は店から出る直前でも治まらなかった。

 飽きもせず、同じ話題を繰り返し。何も反省もせず、発展もない生温い応酬。

 

「あの程度のライブで良くもそこまで盛り上がれるものね」

 

 いい加減耐え切れないと、出入り口間際で紗夜は不満を吐き出した。

 それまで意気揚々だったバンドメンバーたちは、その一言で凍り付いたように押し黙る。

 

「……、紗夜。貴方の理想が高いのは知っているけど、その言い方はないんじゃない?」

 

 一気に場の空気が重苦しくなる中、リーダーの少女が紗夜を窘めようとした。

 だが、紗夜は止まらない。

 

「そうかしら? 実際、幾つもミスがあったのに反省一つもせず、今日もこのまま解散。

 何一つ成長を感じられない演奏で満足し続けるなんて、先が思いやられるわ」

 

「──何よ、さっきから言いたい放題っ!」

 

 険悪な空気は最頂点まで達し、最早我慢できないと他のバンドメンバーたちは憤りを露わにした。

 

「前々から思ってたのよ、少しギターが上手いからって調子に乗らないで!」

 

「もう無理! あなたとはやっていけない!!」

 

 罵声を浴びても紗夜は顔色を一切変えない。

 彼女はあくまで自分の意見を述べる。

 

「……私は事実を言っているだけよ。今の練習では先がないの。

 バンド全体の意識を変えないと……。いくらパフォーマンスで誤魔化しても、基礎のレベルを上げなければ後から出てきたバンドに追い抜かれるだけだわ」

 

「でも……いくらそうでも!」

 

 紗夜の言葉は否定できなかった。

 自分たちの足りない実力をパフォーマンスで誤魔化している自覚はある。

 しかし、憤り抑えきれない彼女たちは紗夜に向かって更なる不満をぶちまけた。

 

「あなたが入ってから、私達まだ高校生なのに、みんな課題と練習で寝る時間もないのよ……!」

 

 その言葉を聞いて、紗夜は心底呆れた。

 寝る時間を惜しむことなど、ある程度努力している人間ならば誰でもやっていることだ。

 高校生ならば猶更。将来の為の大事な時期である。

 部活動やバイト。受験勉強。余程恵まれた環境と才能がなければ誰しもが苦労している。

 確かに、紗夜がバンドで介入してから練習量は増えた。

 だが、紗夜はそれ以上の練習を熟した上で、委員会や部活動も行っている。学校の勉強も、テストで首位争いするほどだ。

 傍から見れば、紗夜は恵まれた環境であるし、他よりも才能はある。しかし、彼女はそれに胡坐をかいて努力を怠ってはいない。

 その上で、紗夜は自分と同じことを望んだことはなかった。人には人のペースがあることも重々承知している。

 私生活に影響しない程度の練習量を提案してきた。

 個人練習の合間に計画を経て、どこを修正すればバンド全体の能力が向上するか考えた。

 しかし、バンドメンバーたちはそれを苦行だと罵り、被害者面で紗夜を責め立てる。

 

「……ねぇ紗夜。あなたの理想はわかる。でもあなたには、バンドの技術以外に大切なものはないの?」

 

「ないわ。そうでなければ、わざわざ時間と労力をかけて集まって、バンドなんてやらない」

 

「……っ! ひどいよ! 私達は確かに、いつかプロを………って、目指して集まった。

 でもみんな、仲間なんだよ!」

 

「仲間?」

 

 今度は仲間と言った。

 

 ふざけるな、何が仲間だ。

 

 先程まで冷めていた紗夜の心が、その言葉で一気に燃え上がる。

 紗夜は『仲間』という言葉が嫌いだ。

 単に同じことをする集団、それだけで仲間という括りにされるからである。

 深い信頼で繋がった関係が存在するのは理解している。

 平穏を保つ為、気遣い合い、いがみ合わないのも勿論構わない。

 だが、目的があるならそれだけでは駄目だ。

 互いに切磋琢磨で高め、叱咤激励を飛ばし合いながら、認め合う。

 少なくとも、紗夜が知るベアトリスと今は引退した先輩はそうやって剣道部を導き、高みを目指した。

 たとえ自分が嫌われても、去る者がいたとしても。誰しもが同じ目標を目指していたから、辛さや涙を抱えたまま青春を捧げて、頂に至ったのだ。

 それを、仲間という言葉を免罪符で甘えを許すなど、それこそ考えが甘過ぎる。

 

「馴れ合いがしたいだけなら、楽器もスタジオも要らない。高校生らしく、カラオケかファミレスにでも集まって、騒いでいたら十分でしょう」

 

「……最低………もういい! こんなバンド、解散よ!」

 

「落ち着きなって。私達がバラバラになることないよ」

 

 唯一、その場で落ち着いていたバンドリーダーが叫んだメンバーを窘める。

 彼女は申し訳なさそうな目で、紗夜に視線を向けた。

 

「この中で、考えが違うのは一人だけ。……紗夜、そうだよね?」

 

「……そうね」

 

 紗夜がこのバンドに介入したのは、プロを目指していると言ったこのリーダーに誘われたからだ。

 しかし、その彼女も不要だと思うならば、いる意味も最早ない。

 

「私が抜けるから、あなた達はバンドを続けて。その方がお互いの為になると思う。今までありがとう」

 

 まったく心にもないことを口にして、紗夜はその場を立ち去り、バンドメンバー───元バンドメンバーたちも紗夜に目もくれずライブハウスから出て行く。

 彼女たちは紗夜がここの練習スタジオを利用していることは知っているので、二度と会うことはないだろう。

 

「はぁ……」

 

 一人になってから、紗夜は重い溜息を吐いた。

 バンドを抜けるのはこれで何回目だろうか?

 ベアトリスにも心配されていることだが、こんなことを繰り返せば自分とバンドを組む人間は存在しなくなるだろう。

 一度、思い切って事務所のオーディションに受けようかと考えたこともあったが、それは純心に止められた。

 

 曰く、プロになるだけならば、今の紗夜でもなれる。

 

 理由は紗夜の恵まれた容姿に基準以上の技術が備わっているため。

 純心は彼女の恋人であるが、物事の評価に関して贔屓は一切しない。紗夜自身だけでは考えられないが、彼がなれると言うならば、必ずなれるのだろうと信じていた。

 だが、事務所に入ったら最後、望まぬ仕事をさせられる可能性が高い。ルックスだけでモデルやアイドルのような仕事をさせられる可能性がある。

 あれやこれやと理由をつけて、最初に提示された仕事と別の事をさせられることなど珍しくはない。

 紗夜はプロや単なる有名人になりたいわけでないのだ。

 通過点の一つとして見据えてはいるが、目指す場所は誰からも認められる唯一の存在。

 事務所に束縛され、ある程度の地位だけで満足する。彼女からすれば、そんな中途半端はいらない。

 その先には、今までと同じ結末が待っているだけだ。

 

 そんなものは認められない。

 

 天才の妹にすら追いつけない、永遠の刹那を手に入れる。

 危うい道は選ばない。難しくても堅実に。紗夜は弾き続ける。

 だが、弾けなければ、それ以前の問題なのは事実だった。

 

(さて、これからどうしようかしら……。自分で方針を決めてからでないと、純心くんに相談するのは避けたいわね。また、バンドを辞めたことを話すのは気が滅入るし)

 

 紗夜が望むなら、純心は彼女のために、彼女の言葉に従う奴隷のようなバンドメンバーを集めることは容易い。

 しかし、恋人によって得たもの地位など、紗夜はいらない。

 目指す場所は、自分だけで勝ち取りたいのだ。そんなことをするくらいなら、素直に花嫁修業に専念するほうが有意義である(花嫁修業自体は既にしている)。

 ソロでギターをするのは更に難しい。

 できないことはないが、結局は誰かのバンドに交じるだけ。

 本格的にソロで活動したいなら歌唱力も必要になってくるが、歌はギターよりも天性の才能が必要である。今から始めるには、より困難。

 思い浮かべることは、総て容易くはない道のり。

 そうやって、悩みだしたところで、紗夜は自分を見る目に気づいた。

 

「……っ! ごめんなさい。他の人がいたのに気づきませんでした」

 

 紗夜が元バンドメンバーと別れたのは一瞬前のこと。

 ならば、揉め事も見られたに違いない。

 自分の醜態を晒したことに恥じていた紗夜だったが、彼女を見ていた人間が気にした様子はなかった。

 

「さっき、あなたがステージで演奏しているのを見たわ」

 

 相手は紗夜よりも身長が低い少女。

 長い髪に人形のように整った顔立ち。何処か儚さを感じる風貌は身に纏うゴシック調の服がとても似合っていた。紗夜は平均よりも少し高く、対する少女は小柄。体格から考えるならば、年齢は紗夜の同年代か年下かもしれない。

 現れた少女が先程の演奏を見たと聞いた為、紗夜はステージでの失態を思い出す。

 

「……そうですか。ラストの曲、アウトロで油断して、コードチェンジが遅れてしまいました。拙いものを聴かせてしまって、申し訳ありません」

 

 紗夜なりに失敗を謝罪したつもりだったが、その少女は何か驚いたように目を見開く。

 そして、何か覚悟を決めたように、真剣な目を紗夜に向けた。

 

「紗夜っていったわね。あなたに提案があるの。……私とバンドを組んで欲しい」

 

「──え?」

 

 まだ、凍り付いた心が溶けるのが先になるが。

 思い返せば、彼女はこの出会いに何度も感謝する。

 紗夜はその時、運命に出会えた。




 花咲川の剣道部の実力は背景で常に垂れ幕が掛っているので、別に可笑しいことはありません。
 そして、この話から原作に突入しますが、原作から乖離することは殆どない予定です。
 この話を作るに当たって、やりたかったことの一つが辻褄合わせです。

 紗夜さんがあんな性格で学校生活大丈夫だったのか。
 前から紗夜さんがギターしているのに、何故日菜ちゃんがすぐ自分もギターを始めなかったのか。あんなに紗夜さんは優秀なのに、テストの点数は2位とか。そんな諸々ですね。勿論、原作と違うとこはありますが。

 最近は他の人の視点から話を進めることが多かったですが、今後は基本原作の裏での獣殿視点で話を進めます。他の人視点がなくなるわけでもないですが。
 正直、そんなに長くないです。
 やりたいことは、殆どできているので、あとはゴールに目指すだけ。
 といって、何やらエピソードが追加されるのですけど。

 Diesぽいキャラエピソードだったり。

 次回は幕間です。そして、一つの区切りでもあります。よろしく、お願いします。
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