「おねーちゃん! やっぱり、見に来てよう合同舞台! せっかく獣殿が演劇をやるんだからさ」
「しつこいわよ、日菜。他校の生徒が他の学校の行事に参加できるわけがないでしょう」
平日の夕暮前。ライブハウスCiRCLEにて、練習前のRoseliaの中に紗夜の双子の妹、日菜が交じっている。
話題は、兄妹校である羽丘女子学園と風代学園との合同演劇公演。
風代学園の生徒会長であり、紗夜の恋人である小笠原純心は羽丘女子学園に訪問した際、その圧倒的な魔性の魅力を振りまいた。
その為、羽丘側から純心に演劇の出演依頼が出され、それを純心は承諾したのだ。
恋人が劇をするならば、きっと姉は喜ぶだろうと日菜は声をかけているのだが、彼女の思惑とは裏腹に、紗夜は見る気は全くなかった。
「そこは家族枠とか。なんなら秘密に見ちゃうとかも」
「今回は生徒のみの参加と純心くんから聞いているわよ。不正をしてまで参加したくもないわ」
「獣殿の舞台、興味ないの?」
「それは興味あるけど、駄目なものは駄目」
「えぇ、せっかくあたしが脚本も書いたのにー」
その日菜の言葉に紗夜は眉間に皺を寄せる。
「要望があった純心くんは分かるけど、なんであなたか脚本することになっているのよ。演劇部でもないでしょう?」
「そこは面白そうだから、薫くんにお願いしてね」
「まったく、あなたはまた人様に迷惑をかけて」
「筋書きはありきたりだけど、役者は良いから良い作品だよ! きっと面白いよ!たがら、ぜーたい、おねーちゃんに見てほしいの!」
「そんなに心配しなくても、後で映像からでも見るわよ」
「生で見てほしいんだよ──」
「我儘言わず、いい加減諦めて頂戴。家では飽き足らず、ここにでまで言いに来るなんて。そもそも、あなたは今日パスパレの仕事でしょう?」
「うん! でもでも、集合までかなり時間あるし、それまでおねーちゃんとお話しようとりさちーたちについてきたんだ」
「はぁ……、今井さん。湊さんに宇田川さんも妹がご迷惑をかけます」
「あはは、全然気にしなくていいよ」
騒がしくも仲の良い光景にリサは微笑む。
少し前なら想像しなかった二人の関係に自然と頬が綻んでいた。
「私も構わないわ。スタジオの予約時間までまだあるし」
友希那も気にしてない素振りを見せる。
変わったのは、二人だけではない。Roseliaが結成したての頃の友希那ならば、たとえメンバーの身内でも練習前に邪魔だと排斥しただろう。
「あーあー、おねーちゃんが羽丘に通ったままだったら、悩まなくて済んだのにな──あ」
不満を表していた日菜だったが、何やら失言してしまったとばつの悪い顔をする。
日菜が言葉にした初耳の内容に紗夜以外のRoseliaは首を傾げた。
「紗夜さん、羽丘に通ってたんですか?」
「中学の一年だけですね。環境が合わなくて、花咲川に転校しましたが」
あこの確認に対し、紗夜は平然とした顔で答える。
彼女が何故、中学一年の頃に羽丘から花咲川に転校したか、Roseliaのメンバーで何となく察している人間がいた。
しかし、表には出さない。何故なら、それはきっともう終わった問題だ。態々、掘り返す必要もないだろう。
「おねーちゃん」
「わざとじゃないのだから気にしてないわ」
「うん、ありがとー」
「紗夜さんも羽丘だったなんて、そのまま通っていればRoseliaが四人羽丘に集合しますね。あとはりんりんも転校してきたら、全員集合。実に惜しいです」
「そう簡単に転校はできないし、するつもりはありません。私や白金さんも花咲川に友人がいますし」
残念そうにするあこに紗夜は少し呆れる。
その傍で、何やら燐子が気まずそうな顔を浮かべていた。
「(…………言えない。Roseliaに入るまで学校に友達と呼べる人がいなかったなんて言えない)氷川さん、それってキルヒアイゼンさんのことですか?」
自分の過去を露見させない為、燐子は紗夜の友人の名前を出した。
初めて聞く名に、リサが興味を持つ。
「キルヒアイゼンさん? 初めて聞く名前だけどそれって、イヴと同じで海外からの留学生?」
「そうです。ドイツからの留学生でベアトリス・ブリュンヒルト・フォン・キルヒアイゼンさんっていうです」
「なんか、超カッコいい名前だね! りんりん!」
「そうだね、あこちゃん。氷川さんと同じ風紀委員で、すぐに違反者を取り締まるなら雷光の風紀委員って呼ばれているんだよ」
「おぉ、本当にかっこいい!」
「本人もそれを気に入っていますね。私には理解できませんが」
興奮するあことは違い、恥ずかしい渾名を喜ぶ友人を理解できない紗夜。そんな彼女を見て、燐子は苦笑する。
「(氷川さんも自分が氷結の風紀委員と呼ばれているのを知らないのかな?)二人とも一緒にいることが多くて、仲良しで有名ですよ」
「べ、別に一緒にいるのは同じクラスや同じ委員会なだけで、仲は普通です」
いつもの素直ではない紗夜の様子にRoseliaと妹は頬を緩める。
最早、彼女のこの反応は愛嬌だ。
「でも、何度か剣道の試合を応援しに来てくれているって、キルヒアイゼンさんが嬉しそうに話していましたよ?」
「あの人はまた余計なことを──、誘われたから仕方なしにです」
「へぇ〜、紗夜にそんな仲の良い友達がいたんだ〜。ちょっと会ってみたいかも」
「Roseliaのライブを何度か見に来てくれていますし、今度のライブも見に来るって言っていましたよ。氷川さん、その時に紹介してあげますか?」
「嫌です。あの人のことですから、きっと『私の紗夜がお世話になっています』とか恥ずかしいことを言うに違いありません」
「あはは〜、本当に仲良しなんだね」
「個人的に紗夜が羽丘にいたことがあったのは惜しいけど、良い出会いがあったなら花咲川に行ったことは貴女にとってプラスだったわね」
「そうですね。それに、あの頃の私が羽丘にいても、湊さんには誘われなかったかもしれません」
あのまま羽丘にいれば紗夜はギターも始めず、今もまだ日菜との関係に藻掻き苦しむ毎日が続いてかかもしれない。
逃げた負け犬と言われたこともあったが、この今を思えば、自分の選択は間違いではなかったと思えた。
「花咲川に行って、ギターを始めたからこそ、あの日、この場所で湊さんと出会えたとだと思います。ありがとうございます、湊さん。私をバンドに誘ってくれて」
改まって感謝する紗夜に友希那は少し驚いたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。
「私の方こそ、私とバンドを組んでくれてありがとう、紗夜」
「ほう。それ程の場所ならば、私も手に入れた甲斐があったな」
「純心くん?」
「獣殿だー」
『!?』
妖艶で重圧がある声。少女たちが振り向くと、そこには金髪の髪を靡かせた異国の風貌の美丈夫がいた。
「やぁ、恋しい
黄金の獣は最初に双子へ挨拶した後、残ったRoseliaのメンバーに黄金の瞳を向ける。
「後の者はこうやって相見えるのは殆ど初めてだな。
最近紗夜から聞かさせられたであろう、私が彼女の恋人、小笠原純心だ」
突然の登場に驚くRoseliaに純心はにやりと笑う。
「Roseliaに対して名乗るなら、このライブハウス、
「貴方が紗夜の恋人?」
彼が羽丘に訪問した際にも遭遇したことがなかった友希那は、その圧倒的な存在感に体を震わした。
燐子やあこに関しては強烈なオーラに硬直している。
唯一、一度会ったことがあったリサは純心が言った最後の発言を気にした。
「って、え? CiRCLEのオーナーで言った? あとコクエンタク、て? なになに、紗夜どうゆうこと?」
「純心くんがCiRCLEのオーナーなのは嘘ではありません」
混乱するリサに紗夜が説明する。
「彼は学業、家業の傍ら、幾つかの個人事業にも手を出していまして、このライブハウス経営もその一つです。疑うなら、まりなさんにでも尋ねてください」
「いや、紗夜が言っているなら信じるよ。じゃあ、黒円卓って?」
「CiRCLEの正式名称ですね。厳密には純心くんの経営グループの名前が黒円卓といいます。
CiRCLEの名前は黒円卓の円卓からとったもの。表の看板にも、黒円卓の名前は端にありますよ?」
「!? あこ、ちょっと見てきます─うわぁ、本当だ! 全然気づかなかった!」
己の琴線に触れるネーミングだったので、正気を取り戻したあこはさっと外で確認しにき、大きな声で叫ぶ。
「元々は別の名前のライブハウスだったが、紗夜がギターを始めるにあたって、あれば便利だろうと買い取ったのだ。
湊嬢に誘われる日まで紗夜は練習スタジオしか使わなかったがな」
あこが戻って来たから続きの経緯を純心自ら話すと、友希那は頭痛がしたように顔を顰めた。
「いきなり過ぎて、頭がついていけないわ」
「湊さん、私もです」
ここで燐子も正気に立ち直る。
話では何度も強烈な存在であると聞いていたが、実際会ってみると想像を遥かに超えて圧倒された。
そんな男と付き合っている紗夜は、何食わぬ顔で彼に近づく。
「ところで純心くん、放課後は用事があると言ったけど、それってCiRCLEの経営だったのかしら?」
「いや、放課後は羽丘との合同演劇の練習だ。即ち、ここにはそれを忘れ、携帯にも出ない脚本を回収しに来たわけだ」
「日菜、あなた……」
「あれ? あぁ、携帯の充電切れちゃったから予定確認してなかったよ。ごめ─ん!」
紗夜に睨まれ、日菜は困ったように謝罪した。
「大方、紗夜にどうにか劇を見てもらうか夢中で忘れたのだろうさ。
まだ、パスパレの仕事まで時間があるだろう? 車を待たせてある。行くぞ」
「はーい。じぁ、待たね、おねーちゃん」
「純心くんに迷惑かけないで頂戴。他の人にもね。
けど、純心くん。日菜がここに居ると分かっているなら、私に電話をしたら行かせたのに。私が今日ここで練習することは知っていたでしょう?」
不思議そうにする紗夜を純心は黄金の瞳で見つめ、優雅に微笑む。
「何、迎えに行くと格好をつけて、卿の顔を一目見たかっただけだ。許せ」
「そ、そう」
頬を染めながら俯く紗夜。恥かしそうにしながらも、嬉しさは隠しきれない表情だ。
そんな見たことないギターの乙女な顔にRoseliaのメンバーは激震する。
「甘い。甘いわ! リサのクッキーより甘く、それでいてリサのクッキーと違い、しつこく口の中で残る甘さよ!」
「なんで態々、今井さんのクッキーを引け合いにだしたかは分かりませんが、気持ちは分かります!」
なにならキャラ崩壊しているRoseliaを純心は愉快そうに眺めた。
「卿等と語りたいことはあるが、今は急ぐので後日改めて
と、純心は懐から何やらカードを四枚取り出すと、それを友希那に手渡す。
「これは?」
「CiRCLEの年間フリーパスだ。スタジオ無料貸出の他、温泉も無料で利用できる」
ざわっと騒ぐRoselia。
いきなりの譲渡品に友希那は戸惑った。
「こんなもの、いきなり貰っても困るわ」
「湊嬢よ。バンド活動するなら、受けて困らない恩恵はなんであれ受けておくがいい」
返却しようとする友希那に純心は諭す。
「ここを利用するバンドでも、自前の練習場を持つ者もいる。自分たち以外から費用を出している者もいる。
そうやって、活動費用を別の場所に回し、より良いバンド活動を行なっているのだ。
孤高は美徳だが、利用できるものは利用したほうがいいぞ。
どのみち、紗夜にはこれを既に渡している。卿等も同じように利用してもなんなら不都合はあるまい」
「……わかった。今回は紗夜の顔に免じて素直に受け取るわ」
「そうしてくれ」
ここまで言われて返すのは彼や紗夜にも失礼になると思い、友希那は引き下がった。
そんな彼女の反応に満足すると、純心は最後にもう一度だけ紗夜に目を向ける。
「紗夜、存分に励むといい」
「えぇ。色々とありがとう、純心くん」
「店前のカフェに漸く『ポメス』が入荷した。練習前か終わりでも、好きに食べるといい」
「────」
『ポメス?』
突然、電撃でも受けたように硬直する紗夜。その傍で、聴きなれない名前に反応するRoselia。
純心は何やら冷や汗を浮かべる紗夜を愉快そうな顔で眺めた後で、友希那の問いに答える。
「紗夜の好物だ。では、さらばだ。Roseliaの諸君」
「ばーいばーい」
そうやって純心は日菜と共にCiRCLEから去った。
二人が去ってから、友希那は紗夜に顔を向ける。
「凄かったわね、紗夜の恋人」
「……自慢の恋人です」
「それはそうでしょうけど、まさかCiRCLEのオーナーだったなんて」
「申し訳ありません。今まで黙っていて」
「別に責めてはいないわ」
紗夜が自分の恋人がライブハウスのオーナーであることを話さないのは、彼女の自由だ。話したら余計なトラブルを招くこともあるだろう。
友希那としても、できる限り自分たちの力で活動していきたい。好意は受けるが、頼ることはしないようにと戒めた。
「それじゃあ、練習の前に紗夜の好物という『ポメス』というのを食べてみましょうか」
「!?」
ぎょっと驚く紗夜。
そんな中、他のRoseliaのメンバーは乗り気だった。
「あこも聞いたことない食べ物なんで気になります! てっきり、紗夜はポテトが一番の好物だと思ってたので、興味あります」
「そうだよ。ポテトじゃない紗夜の好物。気になって練習どころじゃないわ」
「わ、私の好物なんてどうでもいいじゃないですか。あと、ポテトは好物でも何でもありまん」
「まぁまぁ、そう言わずに。ポテトじゃない紗夜の好きな食べ物、あたしも超気になるし。どんなものか分かれば、今度作れるしね」
「それはありがたいですが、あれは少々カロリーが高くて」
「なら、練習前に丁度いいですね。これから練習が終わるまで何も食べないのは少し辛いですから」
「白金さんまで」
「なら、決定ね。ほら、紗夜も行くわよ。貴女の恋人が貴女のために用意したものだから、食べないと悪いでしょう」
「そうですけど、日を改めても」
「観念しなさい」
そうやって、無理やり紗夜を連れて行くRoselia。
『ポメスください』
カフェテラス到着後、揃って注文し待っていると、片手で持てる小袋に入った揚げ物が届いた。
全体的にケチャップやマヨネーズがかけられたそれは、どう見てもフライドポテトである。
そう、ポメスの正体とはドイツ流のフライドポテトなのだ。
『…………』
「ポメスというのはドイツで愛される名物で、大人から子供まで好む人が多いんですよ」
しどろもどろ説明する紗夜を前に、Roseliaは高らかに叫ぶ。
『結局、ポテトじゃない(ですか)!!』
ずっとこのネタをしたかった。
あと、RAISE A SUILENの神戸ライブ現地参加します。