紗夜さんの恋人は総てを愛している。   作:貫咲賢希

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海の日なので。
バレンタインと同じでいちゃつくだけのお話。



Lllustration─【海】

「紗夜、海にいくぞ」

 

 ある日突然、恋人との小笠原純心にそう告げられた。

 いつも通り、純心の部屋で紗夜がギターを聴いてもらい、あれこれ指導を受け後の小休憩。

 腰を下ろしている純心の両腿の間に座り、その胸板に背中を預けて紗夜がリラックスしていた矢先の発言である。

 

「あ、純心くん、いきなりどうしたの?」

 

 唐突の発言に戸惑う紗夜。

 自分の髪を弄んでいる恋人を見上げると、いつも通りの黄金の双眸と目が合った。

 

「卿はこの前、Roseliaのメンバーたちと共にプールへ行ったと話したな」

 

「えぇ。バンド内の団結力を高める為のコミュニケーションでね」

 

 最初は乗り気ではなかった紗夜だが、当日はRoseliaのメンバーたちと夜まで楽しんだ。

 バンドメンバーだけで一日中遊んだのは、あの日が初めてである。

 そう頻繁にするつもりはないが、また同じような機会があっても偶には良いのではないかと、少し前の彼女では考えられない心持ちであった。

 

「以前、泊りがけの合宿でも海で遊んだな」

 

「あの時は、成り行きで」

 

 遊ぶつもりななかったのだが、偶然ポピパと遭遇し、成り行きでビーチバレー勝負をした。

 向きになって水着に着替えてまで挑んだことを思い出すと、少々恥ずかしい気持ちになる紗夜である。

 

「他にも風紀委員会の面々と学校のプールで戯れたようではないか」

 

「あれは事件よ」

 

 持ち回り当番で風紀委員全員によるプール掃除でのこと。

 そろそろ終わりかけの時にベアトリスが巫山戯て紗夜に水をぶっかけ、仕返しに彼女も水をぶっかけ、いつの間にか周りを巻き込んだ水かけ抗争になった。

 その後、少しその場を離れていた風紀委員長にプールサイドで全員正座させられたのは嫌な思い出である。

 

「何にせよ、楽しんで何より。

 だが、思えば卿と私はそのような戯れをしたことがないと思ってな」

 

「……言われてみればそうね」

 

 二人の出かけるといえば、ライブやコンサート、オペラなどの音楽鑑賞か犬に触れ合う場所が大部分を占めていた。

 他にも幾つか趣向が違う場所も赴いたことはあるが、水がある場所には一度も行ったことがなかった。

 

「他の者がよくて、私は駄目なことはなかろう。

 海端で開放的な恋人を眺めさしてはくれないか?」

 

「え? えぇぇ……」

 

 イケメンフェイスのイケメンボイスだが、言っていることは単純に「お前の水着が見たいから海に行こう」という色欲全開発言である。

 これが有象無象の盛りついた劣等ならば衛生的に消毒するところだが、相手は身も心も許してる恋人。

 紗夜は顔を赤くし、恥ずかしそうに身を捩らせながら、考える。

 潔癖症な紗夜だが破廉恥だと罵ることもできない彼女は既にこの男に絆され過ぎた。

 むしろ、求められたら喜ぶのが女の性か。男が女に甘いように、女も男に甘い。

 ギターを練習する時間が無くなるが最近バンドばかりで一緒に出掛ける機会が減ってることや、若い男女がそんなことでも自分たちは婚約してるから大丈夫ではと、問題に言い訳を被せ続けた思考をぐるぐると繰り返す。

 悩む姿を純心が肴にしているのも気づかず、悶々と考えた末に紗夜はか細い声を出した。

 

「うぅ……。今度の祝日なら空いてる、から、そこならいいわよ?」

 

 恥ずかしそうにしながらも承諾した紗夜に、純心は満足そうに嗤った。

 

 

 青い空、青い海、白い砂浜とはよく言ったものだ。

 塵一つない浜辺に紗夜は少し見惚れる。

 場所は無人島。といっても、整備されてた砂浜にレンタルコテージがある。

 ここは貸し出し制の無人島で、周りの者を気にせず自分たちだけで楽しみたい人間が利用する施設だ。

 紗夜を屈服させた純心が、人が混雑しているのを好まない彼女の為に準備した場所である。

 島を貸し切ると聞けば、かなりの贅沢に聞こえるが別に飛び抜けた散財ではない。

 少なくとも事あるごとに島を買う大富豪よりは庶民的な利用だ。

 それでも、純心がここを準備できたのが、陰ながら財を築いてるゆえである。

 自分だけに島を貸し切ったと聞いた時は紗夜も驚いだが、純心の大それた行動はいつも通りなので、多少のリアクションだけに収まった。

 貸切飛行機で島に到着後、着替えのために二人は一旦コテージで別れる。

 紗夜は水着に着替えた後、入念に日焼け止めを塗り、先に行った純心が待つ浜辺に向かう。

 

 紗夜が纏う水着は白いビキニに青い花柄のパレオを腰に巻いたもの。

 日除けで麦藁帽子を被るその姿は、避暑に赴いたご令嬢と思わせるほど、清廉な美しさだ。

 

 身に纏うものは、この日の為に態々購入したもの。

 というのも、それまで持っていた水着が最近成長している胸部によって、サイズが合わなくなった。

 無理矢理着れなくもないが、そんなことをすれば純心にすぐ暴露る。余計な気を使わせない為、新調したわけだ。

 紗夜にしては露出が多い理由は、彼女なりの気合の表れ。Roseliaで行ったプールや海と違い、人気がないので、少しだけ頑張ったのである。純心に肌を見せるのには、今更なので抵抗はない。

 

「美しいよ、紗夜」

 

 浜辺に辿り着いた瞬間、紗夜は魂を奪われた。

 潮風に漂う黄金の髪は、溶けた黄金そのものが流動ようで、同じく黄金の瞳は太陽よりも輝き、妖艶な光を放つ。

 肉体は叡智を結集されて生み出された彫刻のようだ。普段は服で隠れた筋肉はくっきりと盛り上がっており、分厚い胸筋、山を織り成す腹筋、引き締まった二の腕、腰、両足。肉体の何処を部分的に眺めても性別問わず吐息を誘う。

 日焼けを物ともしない白い肌は傷一つもなく、永久不滅の白亜の城塞のように君臨。肩に白いシャツを羽織り、黒のサーフパンツを穿いているが、色香を放つ表皮ばかりに目がいく。

 芸術と呼ぶことすら憚かる至高の御姿。

 直接触れたことがある紗夜ですら、日差しよりも輝く魔性に魅了されたのだ。

 人が多い海岸であれば、殆どの女は全て理性を奪われた雌に堕ちるだろう。

 

「貴方に言われると、嫌味に聞こえるわ」

 

 直視できない恋人の姿に、紗夜は麦藁帽子を深く被って視線を逸らした。その頬が赤いのは、外の熱気にやられたわけでないのは明白。

 尤も、純心はその場しのぎの賛美はしない。褒められるのは純粋に嬉しかった。

 そんな彼女の様子を見た純心は、愉快そうに邪悪な笑みを浮かべる。

 

「包み隠さない本音を言ったのだがね。どうやら卿の方は私に見惚れているようだ。

 特別何かをしている訳でもないが、悪い気はしない」

 

「堂々とそんな言葉を言えるのは流石ね」

 

 いつもの調子のやり取りで、紗夜もいつもの調子に戻してゆく。

 

「このまま互い見つめ合うのも一興だが、それでは普段とあまり変わりない。折角の海だ。存分に楽しもう」

 

「いえ!その前に準備体操が大事よ!」

 

 こんなところに来ても糞真面目な紗夜の気質にくつくつと純心は笑う。

 

「卿の言う通りだ。では、早速」

 

 と、自分でラジオ体操を口遊みなが始める純心。

 強要した紗夜が思うのもどうかと思うが、その光景はなんとも面妖である。

 

 

 

 準備体操終えた二人は30km程の水泳。ウォーターダイビング。浜辺を散歩。純心がモーゼが如く海をかち割ると海を満喫した。

 

 流石にそこまですると紗夜の体力も底をつき、今はパラソルの下で休んでいる。

 

「ごめんなさい、疲れしまって」

 

 タオルで髪を拭きながら、そう謝る紗夜。

 普通なら最初の遠泳で体力など尽きるはずだが、まだしっかりと喋れるあたり、彼女も割と余裕が残っているようだ。

 

「気にするな。こうやって共に夕刻まで海を眺めるのも一興だろう」

 

 水を滴らせながら、悠然と微笑む純心。

 濡れて色気が増した彼に、紗夜は堪らず寄り添う。 

 そのまま、抱き締められながら日が沈むのを共に待った。

 

 ──黄昏時。

 

 全てが黄金に染まった眩しい世界を紗夜は瞳に映す。

 純心に告白された時はこの時だったか。

 それ故に、考え深くなったのか彼女は黄昏の浜辺をしめやかに眺めた。

 

「あれ?」

 

 すっかり乾いた頬に、雫が溢れる。

 ふと、落涙した自分に紗夜は戸惑う。

 悲しいことなど、何もなかったはずなのに……。

 黄昏の浜辺を眺めていたら、訳もわからず胸が締め付けられた。

 理由も知れない哀愁に紗夜が混乱してると、頬に触れる感触。後ろで彼女を抱き締めていた純心が、彼女濡れた頬を指先で拭ったのだ。

 

「按ずるな、紗夜。私がここにいる」

 

 紗夜が振り向くと、慈愛に満ちた微笑みが瞳に飛び込む。

 何故、純心がそんなことを言ったのか分からない。

 涙を流す紗夜を見て、彼女が寂しさを感じたように見えたからだろうか。

 

「純心くん──」

 

 でもそれは、紗夜が自分でも解らずに求めていた言葉であったようだ。

 気持ちが抑えきれない彼女は膝を立てて彼の唇に触れる。

 

「ん……ちゅ……ぅん……くちゅ……れちゃ……ん……はむ……」

 

 艶やかな水音を鳴らしながら、深い接吻を交わす。

 息継ぎで少し離れた紗夜を逃すまいと、その頬に純心が触れた。

 

「ここまでされては、私も退けぬな。外だが、良いな?」

 

「……かまわないわ。ここには貴方しかいないもの」

 

 潤んだ瞳の紗夜は婀娜っぽく微笑んだ後、先程よりも濃厚な口付けを始める。

 二人は空が星空に変わっても、互いを感じあった。

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