神戸ANIMAX MUSIX2019参加しました。
生Roseliaの演奏は最高だったし、みんなお綺麗だったし、愉快な方々だ。
ライブハウス、CiRCLE。
小笠原純心がギターを始める紗夜の為に手に入れた場所。選んだ理由は近場なので手頃だったからだ。裏で得た財力を以て、彼はそのライブハウスを手中に収めた。
手中に収めたと言っても、無理やり奪い取ったわけでない。
経営難で前オーナーが手放そうとした話を聞きつけて、彼にしては平和的に交渉した。名目上、名前だけ変わり、働いているスタッフはそのままである。
純心が経営に関して口出すことは少ない。彼は学業と家業の傍ら、他の事業にも手を出しているので、一つの店に割ける時間はほんの僅かだ。
それでも、純心がオーナーなってから赤字続きだった店は右肩上がりになり、新しく人を雇える余裕も生まれるようになった。
まだ知名度は低いので繁盛しているとは言い難いが、明日明後日で潰れる心配はない。利益が重なれば老朽化している建物を全面改築する予定である。
「あ、オーナー! おはようございます! この時期に来るなんて珍しいですね!」
純心がCiRCLEを訪れると、雇われ店長の月島まりなが出迎えた。
ショートカットの成人女性。若かりし頃からこの店に思い入れがあり、そのまま長年勤め、オーナーが純心に変わってからも店長を任されている女性である。
出会った当初は異国の風貌の美丈夫に色んな意味で緊張した。もっと、はっきり言えば一目惚れした。
彼女も良い年齢。付き合っている男性がいない時に黄金の美男子と出会えば夢も見るだろう。
故に、彼が未成年で婚約者兼彼女持ちだと知った時はかなり動揺した。早い段階で事実を知った故、傷が浅いうちで塞がっており、現在は普通に接している。
「私用だ。知り合いが演奏するのでな。ステージ脇から様子を見させてもらうよ。仕事の邪魔はしない」
「気にしないでください。なんなら観客席で見ますか? 余裕はありますよ。って、それは店長としては恥ずかしい言葉ですね。申し訳ありません」
ばつが悪そうにするまりなだが、純心は悠然とした態度を崩さず微笑む。失恋したとはいえ、純心の魅力が損なわれる訳ではない。妖艶な魔性にまりなの心臓が思わず高鳴る。
「気に病むことをない。卿等はよく励んでいる。これからも精進するといい」
「ありがとうございます」
年下だとは思えない偉そうな言葉だが、実際まりなからすれば上司である。
無礼な口を言われても言い返すことはできないが、そもそも年下なのが嘘でないかと思えるので全く気にしない。むしろ、労いの言葉に安堵したほどだ。
純心の手腕でCiRCLEの景気は日々改善されているが、満員御礼の日はまだ少ない。雇われた側としては申し訳なかった。
そんな気苦労を気づくとも、言葉にすれば余計に気にすると分かっていた純心は己の目的を遂行する。
「先程の申し入れだが私は舞台袖から覗かせてもらう。私が客席にいるだけで、音楽に集中できない演者や観客が多いのでな」
「あはは。そうでしたね」
渇いた笑みを浮かべながら、まりなは純心の言葉に同意した。
純心は一目で視線を引き付ける風貌な為、客席にいると演奏ではなく彼を気にする観客は多い。酷い時は演奏するバンドですら彼に注目するほどだ。
純心の経営指示により、CiRCLEは女性割を多く導入したことで必然と店に来る客層は若い女性が大半である。
彼女兼婚約者持ちだと知っているまりなですら、この黄金の貴公子に見惚れることは多い。そこにいるだけで思春期真っ盛りな乙女たちを射止めることなど、彼にとっては日常茶飯事だ。
大きな会場ならば、純心の周りにいる数十人程度が夢中になっても、残りの観客が演者に集中すれば全体的な問題にはならないだろうが、小さな会場ではそうにはいかない。
尤も、自分が聴きたいバンドがいれば小さな会場でも観客席で堂々と音楽を観賞する。気を使うのは自分の経営する店だけだ。
それでも、気を使うのは「多少」だけだ。それに今日は一つ、観客側から見たいバンドがいる。
「だが、ある一つのバンドだけは客席から堪能させてもらう」
「あれ? 今日はどこか有名どころいましたっけ?」
純心曰く、自分程度を超えられなければ先はない。
幾ら、数多の人間を魅了する者がいても、それを眼中にさせない演奏ができなければ高みへは辿り着けないのだ。
例えるならば、人気芸能人の司会者に観客の目線を奪われるプロの演奏家など話にならない。
よって、純心はプロを目指す気概を本気で感じた者たちがいれば、試すように観客席へと立つ。彼としても、それを成せる演奏ならば陰からではなく、正面から音を楽しみたいわけだ。
問題は、純心が見込んだバンドで観客席に君臨する彼を音で圧倒したものたちはほんの一握りである。
「バンドとしては今日初めてステージに立つ無銘だ。知り合いがいてな。私なりの激励だ」
弁えて、恋人がいるバンドといは言わなかった純心だったが、その顔を見たまりなが冷や汗をかくほど邪悪に微笑んでいた。
己の女に相応しいか見定めるためなのかは定かでない。
子を谷底へ落とす獅子の心境でないことは、確かである。
純心の恋人である氷川紗夜が《孤高の歌姫》湊友希那に誘われて結成したバンド。
今日はその初ライブに彼は堂々と足を踏み入れた。
「!?」
「誰あの人!?」
「やばい、外人さん? すごくかっこいい!」
観客席に現れた黄金の偉丈夫の登場に、つい先程まで演奏していたバンドに夢中だった観客たちは一瞬で釘付けにされた。
純心はそんな周りの視線など一切気にせず、隅の壁に背中をつける。
ライブハウスにいる少女たちは彼にどうにかお近づきになれないかとざわついており、とてもでないが次のバンドが演奏する空気ではない。
だが、この程度のことで演奏できないようであれば、高が知れている。
以前までは、紗夜自身が落胆していた為、純心は赴く必要を感じなかったが、今回結成しているバンドは声高らかに期待していた。
ならば、一人の男程度から容易に興味を奪い去って貰えなければ困る。
己の女が手にしたものが、妥協の代物か否か。是非とも証明してもらおうか。
何処までも高みからの思惑。されど、それを実行できる眩しすぎる存在。
そんな怪物が居座っていることなどいざ知らず、彼女たちはステージに現れた。
ボーカル、湊友希那。ベース、今井リサ。ドラム、宇田川あこ。そして、つい最近新たに介入した白金燐子がステージに姿を見せる。
最後にギターの紗夜がステージに現れると、彼女はすぐに隅にいる自分の恋人を見つけ、驚く。彼の来訪は彼女には知らされてなかったのだ。
動揺は刹那。その魂胆を理解したのは瞬きの間。少しだけ拗ねた顔はすぐ研ぎ澄まされる。
惚気抜きでも、自分の恋人は強烈だ。すぐ自分たちの演奏が始まるというのに、オーディエンスは誰もステージには目を向けていない。
しかし、そんなものは当たり前なのだ。
今日、初めて演奏する無銘バンド。気にしてくれと思うほど、お気楽な心は持っていない。
純心の存在を知らぬ友希那もオーディエンスが自分たちを気にしてないことなど、当然のように受け入れている。他のメンバーは初めての緊張で、今から始まる演奏に集中していた。
無関心、結構。
だが──、それもこの瞬間までだ。
我が恋人よ。我らを知らぬ者共よ。この日、この名を知れ。
彼女の声は気高く貴く。
どれほどの雑音も。どれほどの束縛も。どれほどの汚泥を以てしても。汚すことは叶わない。
美しく咲き誇り、触れれば棘で傷つくのみ。只、黙して平伏すが唯一の許諾。
我ら奏者は黙して、彼女の声に共演し、彼女の歌を讃える。
何者かを。この世は知る。無知が許されるのはこの刹那まで。
刮目しろ。拝聴しろ。
我らが名は青薔薇。
──演奏。
【魂のルフラン】
ギターとキーボードの二重奏と共に歌姫の声が響き渡る。
多くの者が知るイントロ。ゆえに聞き覚えがあるからこそ、耳を傾けた者がいた。
だが、その音を引き込まれた故は彼女の歌声に他ならない。
儚くも強い。気品すら感じさせる尊き美声で心を穿つ旋律。
先程まで色情を滾らせた女たちも、彼女の歌声に耳を傾ける。
「上手い……。あれは誰?」
透き通るも力強い歌声に魅入られた者が、無粋ながら呟いた。
「知らないのっ!?」
気をきかせた隣人が反応し、その名を教える。
「彼女こそは多くのスカウトを断り続けながら、ライブハウスで君臨する《孤高の歌姫》湊友希那さまよ!」
ステージに立つ少女の名前を知る者は多かった。アマチュアの中ではあるが名前が知れ渡るほどの実力者。歌が上手いのは大前提。他者の心を奪う魅力もある。
しかし、この惹かれるのは彼女だけの歌だけでない。周りに奏でる楽器メンバーの演奏が友希那の声を更なる高みへと昇華していた。
今、初めて演奏したバンドとは思えない盛り上がりが波紋する。
(見事だ)
誰よりも遠くで聴いている純心が声には出さずとも誰よりも称賛した。
紗夜が豪語し、二つ名持ちだけあって湊友希那の歌声は尊敬に値する。
紗夜のギターと共に節を彩る白金燐子のキーボードは覇気に欠けるものの、それを補う高い技術がある。コンクールで優勝という経歴は伊達ではないようだ。
律動するドラムとベースの技術は発展途上であるが、よく音を支えている。宇田川あこが叩くドラムは白金燐子とは逆で未熟を気概で払拭していた。
未熟な点で言えば、技術が一番劣っているのはベースの今井リサであるが彼女無しでは、この旋律は奏でることはできないだろう。
結成して日が浅いメンバーの音が纏まっているのは、今井リサが一番周囲を気にして合わせているからだ。彼女はとても気遣い上手な人間であると、純心は耳にした音楽だけで理解する。
そして、誰よりも耳にした、機械のように正確な紗夜のギター。練習通り歪みなき演奏であるが、普段より惹き立っているのは周りの音と合わせているからだろう。
五人の乙女が合わせた旋律は、並のバンドでは足元にすら及ばない演奏で周りを魅了する。
しかし、誰よりも称賛していた純心だからこそ、問題点も把握していた。
(必死だな。まるで薄氷の舞台で演奏しているかのようだ。その必死さも今は魅力ではあるが)
ステージに立つ彼女たちは皆、鬼気迫るように演奏していた。
恋人である紗夜がそうなっている理由は察しているが、他のメンバーも同類なのは妙な因果である。各々、理由が違うかもしれないが恐れを抱いて音を奏でていた。
それがパフォーマンスの向上に拍車をかけているが、これでは長続きはしまい。
今日は無事だろうが、一か月後。あるいは更に先になるだろうが、同じ演奏は持つまいと純心は踏んでいた。
だが、今はこれでいい。
彼女たちはまだ芽吹いたばかり。大輪になるか、手折れるかは彼女たちの努力次第であって、純心が何かするものでもない。
今はただ、目の前の
きっと、彼女は自分では気づいていないだろう。
「楽しそうだな、紗夜。少し妬けるぞ」
我知らず、音を合わして心躍らし微笑んでいる
恋人よ、この時を謳歌しろ。
遠くない未来、彼女の心が酷く乱れることを純心は解っていた。
純心は紗夜がコンプレックスを抱き、距離を置いている双子の妹、氷川日菜と交流をしている。
後ろ暗いことなどない。相手が自分の唯一例外を悩ませる人間だとしても、純心は総てを愛している為、昔と変わらず接しているに過ぎない。
紗夜もそれは知っている為、自分が知らないところで二人が会っていても気にはしていなかった。
ゆえに紗夜は知らず、純心は既に知っている。
姉の背を追った日菜が事務所に入って、アイドルバンドのギターになることを。
実に後方彼氏面。