紗夜さんの恋人は総てを愛している。   作:貫咲賢希

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Episode ─XXⅡ【獣と青薔薇③】

 

「という訳でRoseliaは活動を再開して、改めてFUTURE WORLD FES.を目指すことにしたわ」

「そうか」

 

 氷川紗夜のあっさりした報告に恋人である小笠原純心はこれもまたあっさりとした反応を見せる。

 

 古風な日本屋敷の一室。時刻は夜。密室に男女が二人きり。

 恋人とはいえ、既に婚約をし、花嫁修業と称して泊まりに行く関係でなければ目に余る光景だ。

 それでいいのか風紀委員。

 その話を聞いた委員長にはもの凄く渋い顔をされ、同僚には冷やかされたが、学校の風紀は乱してないし、双方の両親合意の下であると紗夜が言い返すと「日本人ぱねぇ」と戸惑う海外留学生。

 

 余談はさておき本題に戻すと数日前、紗夜が所属するガールズバンド、Roseliaで問題が発生した。

 ボーカルである湊友希那が単独事務所勧誘され、それが発端で揉め事になり活動不能状態になったのである。

 その友希那が昨日の夜、メンバー全員に明日集まって欲しいと呼び出しがあった。

 集まったメンバーに対し、友希那は真っ先に誠実な行動ではなかったと謝罪をする。

 その後の流れで友希那の幼馴染の今井リサを除くメンバーは、彼女の事情や音楽をする動機を知り、最後に今の想いを聞いた。

 

“でも私は……こんなに自分勝手で、理想も信念も元を正せばただの『私情』だけど……っ”

“この五人で音楽がしたい……!”

“この五人じゃなきゃだめなの!”

 

 友希那の慟哭は四人の心を穿つ。

 紗夜自身も妹を見返すための『私情』で音楽をしていた。

 見っともなく、歪んだ渇望。

 紗夜こそ音楽を利用している点で真摯とは言えないかもしれない。

 しかし、捨てきれず、藻掻きならがも歩み続けていた。

 

 その深淵の中で見つけた彼女たち。

 

 やはり、自分と湊さんは何処か似ていると紗夜は自照する。

 

 ──この五人で音楽をしたい。

 

 友希那が叫んだ思いは他の者たちも同じだった。でなければ、最初から彼女の呼び出しに応じていない。

 音楽をする理由は各々バラバラな少女たちだが、その想いだけは一つだった。

 

 こうして、一度散りかけた青薔薇は、今もまだ咲き続けている。

 

 そのあらましを紗夜は簡単に純心に語ったのだが、彼の態度は、相変わらず泰然自若。

 予想はしていたが、目の当たりにすると紗夜は溜息を吐いた。

 

「やっぱり、心配をしていたという顔には見えないわね」

「無論だ。元より卿等の道。女の世界に男の出る幕などない。成り行きを黙して見届け、喜劇には喝采を。悲劇に哀れみを。観客にできる反応など、それだけだ」

「あなたらしいわね」

 

 紗夜はくすりと笑った。

 純心の態度が無関心に見えるようならば、それは彼の性質を少しも理解できぬ人間。

 在りのまま全てを愛する男の反応としてはこんなものだろう。あと少しだけだが、自分を信用していてくれてたと自惚れよう。

 そんな恋人を見ながら、紗夜は一つ、思い出したことがあった。

 

「──そういえば、純心くん。あなた湊さんのお父様のことを知っていたわね?」

 

 少し昔、純心は音楽雑誌を見せながら一つのバンドを紗夜に語ったことがあった。

 曰く、そのバンドはインディーズでありながら独自の世界観を持つ音楽で多くの人々を魅了していたが、メジャーデビューしてからは流行に近い曲ばかりを出してファンに飽きられてしまい、いつの間にか解散したそうだ

 友希那の父親が活動していたバンドを聞いた紗夜は、すぐにその話を思い出した。

 惜しいバンドを失ったと、純心が珍しく嘆いていたのが印象的で覚えていたのだ。

 ならば、抜け目ないこの男が知っていてもなんら不思議ではない。友希那が音楽をしている動機も、最初から分かっていた可能性もある。

 

「そうだ。何か不服でもあるのかね」

「いいえ、只の確認よ」

 

 簡単に認める純心に紗夜は首を横に振るだけだ。

 言葉通り、これは単なる確認だ。知っていたところで、今更なんだと言うのだ。

 仮に友希那と組んですぐに告げられたら、紗夜も思うことはあったかもしれないが、そもそも自分の恋人は他人の過去を勝手に告げ口するような真似はしない。

 

「お父様と同じように望まない音楽をしたくないから。だから、今まで他のスカウトは断ってきたし、今回のスカウトは目的である舞台だから悩んだ」

「しかし、湊友希那は卿等を選んだ」

「ええ。だから、その想いに報いなければならない。

 このままRoseliaを続ければ事務所に所属することは難しくてもね。

 確かに、下手に所属すれば湊さんのお父様の二の舞か、日菜のように人気取りをさせられる可能性だってある」

 

 自分を含めてRoseliaのメンバー全員のルックスがいい。

 友希那は人形のように整っており、あこは愛らしく、リサは華やか。スタイルがよく見るからに大人しい燐子は男受けが良さそうだ。

 この先、五人揃って何処かの事務所にスカウトされても、それは見た目だけで選ばれた可能性が大いにある。

 

「それは私も望んでない道よ。私達は私達の音楽で高みに行く」

「流石だな、紗夜。実に私好みの気概だ」

「……あなたのことだから、私が内心、プロデビューする日菜と比べているのは察しているでしょうね」

「そうだな。その上でRoseliaを続けるのだろう?」

「えぇ……。私は私なりにやってあの子に負けないようにするだけだわ。

 だがらこそ、FUTURE WORLD FES.には必ず出る。今日はその意思表示を改めてあなたに見せたかった。

 心配はさせていなかったとはいえ、見っともない姿を見せたのは事実ですもの」

「ならば私も改めて、卿の──卿等Roseliaの行く末を見届けることにしよう」

「ありがとう」

 

 そうやって力強く意気込んだ姿勢を見せる紗夜。

 心が一つになったRoselia、FUTURE WORLD FES.を目指す。

 

 

 FUTURE WORLD FES.予選。

 その予選が終了したにその日の夜も純心と紗夜は会っていた。

 

「むぅ~」

「────」

 

 それは珍しい光景である。

 小笠原家の一室、純心は自室で恋人である紗夜と抱き合っていた。

 抱き合う程度、数年親密に交際している二人には特に目新しくもない。

 紗夜の機嫌が悪いのも、本人が聞けば不名誉であるがよくあることだ。

 妹のことや学業、音楽活動。そこで伸し掛かった苛立ちや不満を恋人である純心が慰めることは彼にとって慣れたもので、恋人と接する大切な機会の一つである。

 だが、そんな彼でも恋人が幼子のように唸りながら拗ねる様はとても希少であった。

 それこそ、小学生の頃なら何度か見たこともあったが、成長してからは初めてである。

 拗ねる紗夜を他所に、純心はその姿を口を緩ませながら愛でていた。

 

 紗夜たちRoseliaは入念な準備を重ねFUTURE WORLD FES.の予選に挑んだ。

 

 雨降って地固まる如く、和解してから重ねた練習で連携や技術は飛躍的に伸び、書類審査は心配することなく受かった。

 予選本番でも参加したバンドの中で抜きんでたパフォーマンスを魅せ、観客や本人たちも通過する確信があった。

 

 ──だが、結果は落選。

 

 コンテストの後、審査員からの講評は本大会でトップに近い素晴らしい演奏と評価した。

 その上で、結成して日の浅い彼女たちにまだ伸びしろがあると感じた審査員は『入選』という形ではなく、『優勝』してメインステージで立つ為、来年に挑んでほしいと彼女たちに言った。

 言葉では実力を認められたが、落選は落選。特に友希那と紗夜は納得できなかった。

 コンテストの後でしたやけ食い最中も不満が次々と零れた。

 だが、彼女たちは予選で演奏した音楽は今までで一番心地よかった。それは友希那と紗夜も同じである。夢中になって充実した時間を得た。

 

 それこそ、時が止まってほしいと思えるほどに。

 

 だからこそ、なまじ評価された分、苛立ちや落胆ではなく、拗ねた態度になる。

 予選からの反省会。その後ですぐに悔しさを原動力に来年また挑戦すると意気込んだRoseliaでの練習が終わった後、紗夜が報告のため純心の家に訪れ、その時のことを話している内に、鬱憤を思い出したのが今の状態なのだ。

 

「うむぅ~」

 

 ぐりぐりと純心のすり寄って気を紛らせようとする様子は、小動物の類に近い。

 むしろ機嫌が悪い時の日菜にも似ていた。本人に言えば拗ねるどころの話ではなくなるので、口には出さないがやはり双子である。

  

 仕事があった為、予選を観に行けなかった純心であるが、紗夜から聞いた審査員の言葉には納得していた。

 

 Roseliaはまだ芽吹いたばかりの花だ。これから先、更なる大輪の花を咲かせるかもしれない。

 雨風に負けて手折れる可能性もあるだろう。もしかしたら誰にも気にされず枯れる末路もありえる。彷徨し、散り散りになるやもしれない。

 

 ゆえに良い。

 

 分かりきった栄光(既知)など不要。見知った敗北(既知)などつまらぬ。

 未来は分らぬからこそ価値があるのだ。

 

 これからも黄金の獣は黙して、己の恋人や彼女たちの人道を見届ける。

 己は神などではない。世界を変える必要もない。

 この手で触れるものを愛することができれば、渇くことはないのだから。

 

「ところで紗夜」

「?」

 

 純心は彼女の腰を撫でていたが、相手が純心であればその程度の接触を紗夜は今更気に留めるない。

 なにかと見つめてくる紗夜に純心はふと思い立ったことを言った。

 

「随分とやけ食いしたようだ。最近は練習終わりには毎度ファミレスでポテトを食べてるのも原因だろう。少し膨れて──」

 

 最後まで言う前に紗夜は首が傾くほど純心の頭を(はた)いた。身も心も許している相手でも言っていいことと悪いことがある。

 紗夜はしばらく食事制限をすることを誓った。ポテト禁制で機嫌が悪くなる一週間が始まる。




お久しぶりです。遅くなってすみません。
昨今、世間は辛いことばかりですが、皆様ご自愛ください。
執筆速度にムラがあり過ぎる私ですが、今後ともよろしくお願いします。

次回、獣殿、パスパレの初ライブに行く。
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