「やほー、獣殿」
「おや、卿が先着とは珍しいこともあるな」
「まぁ、偶にはね。家におねーちゃんいないし、お昼は暇だしね──」
土曜日の昼前。とある料亭の個室にて純心と日菜は会合していた。
傍から見れば男女のデート。彼らを少しでも知るものがいれば、密会、浮気という単語が浮かんでくるかもしれない。
勿論、事実は異なる。否、密会という例えは間違いではないが、断じて恋人の妹にまで手を出した、姉の婚約者を掠め取る案件でない。
紗夜も二人が自分がいないところで会っても、大して気にしなかった。
尤も、彼女がこれが何を意味する会合なのかを知れば、良くて二度とするなと咎めるだろう。
「じゃあ、獣殿。いつもの早く頂戴っ!」
キラキラとした目で見つめてくる日菜に純心は呆れた吐息を漏らす。
「そういう卿こそ、今回は持ってきたのだろう。それを出すのが先だ。普段は私ばかり提供して公平でもない。ゆえに多少の主導権くらいは掌握させてもらう」
「むぅ~。分かったよ~。はい、久しぶりの家で撮ったおねーちゃんの写真だよ!」
「確かに。では此方もライブで衣装を纏った紗夜の写真だ」
二人は互いに紗夜の写真を交換すると、受け取った
「わぁああ! 本当におねーちゃんライブ衣装を着てる! 夜会のゴシックドレスちっくでるんっだよ☆」
「ふふ、相変わらずの顰め面だな。嫌々撮られた光景が目に浮かぶ」
恍惚顔で受け取った写真を貪り見る日菜。純心も満足顔で眺めている。写真に写っている人物が見れば怒鳴り散らしてる光景だった。
この始まりは純心が紗夜と付き合ってしばらくした頃。
今より少し背が低かった純心が氷川家に訪問し、姉妹の両親が彼女らの当時より古い写真を見せたのが切っ掛けだった。
食い入るように見てた純心に恥ずかしくなった紗夜がすぐに広げたアルバムを片付けたものの、後日、気を利かした日菜が幼い姉の写真を内緒で純心の下へ持ってきたのだ。
曰く、「ずっとおねーちゃんを大事にするなら、全部知らないと駄目だよ」だそうだ。
それから時折日菜は昔の写真や純心の目の届かない場所で撮影した写真を贈るようになり、代わりに純心も自分の方で撮影した紗夜の写真を日菜へ渡していた。
最近は紗夜と日菜の関係がぎこちなかったこともあり、純心が一方的に送ることが殆どだが、日菜も何かと理由つけて強引に撮影した写真を御裾分けしている。
なお、これらの写真に盗撮はないと一応説明しておくが、本人の承諾無しに肖像取引をしてる点においては黙することしかできない。
どうみても変質的行為。
妹だから恋人だから、顔がいいからと言って許されることではない。
そんなことなどお構いなしに、二人は和気藹々と談笑をする。
「生で見たいなー。でも、行ったら怒られるし今度は変装しようかなー。ねぇ、獣殿て今のあたしが着れるような昔の服とかまだ持ってたりする?」
「母上に聞けばもしかすれば保存しているやもしれんが、その変装に使うのか?」
「うん。家にあるものだと如何しても一緒に住んでるから分かるし、新しく買っても見つかったら意味ないし、ライブ行く前に獣殿の家で着替えて行こうかなーてね」
「別に私は構わん」
「よし、決まり。どうせなら
そうやって、内密にRoseliaのライブに行く算段をする日菜。
結果は原作ゲーム、とある一コマ漫画参照だ。
「好きにすればいい。しかし、特別な日でもないのによく紗夜が写真を撮らせてくれたな。早く終わってほしいという顔が実に面白い」
「最近のおねーちゃんは優しいからね。これもRoseliaに入った影響かな」
「であろうな。巡り合わせに恵まれ、更に良い女になったよ」
「演奏も教科書ぽかったのがおねーちゃんぽくなってあたしは好きだな。前のぎぎぎって感じも嫌いじゃなかったけど。ほら、前のバンドのときはさ──」
片や姉談義。片や恋人談義に花を咲かせる二人。
人間、好きなものを語る時間は幸福である。それは常識外れのこの獣と天才にも当てはまることだった。
写真の交換よりも、主な目的は紗夜の話をすることである。互いに暇があれば、
約三時間ほど紗夜の話題だけで二人が盛り上がっていると、純心の携帯が鳴る。
着信ではなく、時間を忘れない為のアラームだ。
「時間だ。私はこれで失礼するよ」
「お仕事か。忙しそうだね」
学業、経営業、家業の三つを行う純心は自由な時間は限られている。
最近は紗夜が以前よりも増して音楽活動を熱心にしているので、空いている時間は個人経営に回していた。
本業は学生。将来的には家業に専念する身分であるが、彼の手腕が優れているため、個人経営の業績は上がり続けていた。ここまで膨れ上がれば、正式に小笠原家の家業として組み込むことを考えても良いだろう。
無論、伝統ある家柄なので風潮には拘るが、何も考えず金の生る木を刈り取ることは見過ごすことはしない。
「忙しいのは卿もであろう。戯れは続けているようではないか」
「うん。そうだね」
純心が言った戯れと言うのは日菜が所属するアイドルバンド、Pastel*Palettesのことだ。
他の人が聞けば一言あろう無礼な物言いだったが、日菜は特に気にした様子はない。そもそも、彼女自身、少しまでそのように軽視していた節がある。
「ちょっと前までは別にギターも弾けないし辞めても良かったんだけどね。でも、今はPastel*Palettesの子たちに興味が湧いたから、面白いんだ」
「ほぅ。卿が他人に興味が湧くなど珍しいな」
天上天下唯我独尊。
家族や例外的な純心を除けば、何処か周りを俯瞰しているようにも感じた彼女にしては珍しい反応だった。
「初めて見たからね。無駄かもしれないのに必死になる子。大抵は無駄だったり、自分には合わないと思ったらすぐ止めるのに、頑張るんだ」
「愚直だな」
「でも、るんと来るよね。獣殿的に言うなら愛しいかな」
「あぁ、愛しいとも。それは以前から変わってはいない」
「あはは! ライブの時は彩ちゃんを怖がらせたのによく言うね」
「別に彼女を怯えさせたつもりはない。結果、そうなっただけだ」
初ライブで純心が彩に過剰な圧力をかけたことに日菜は気づていた。
しかし、それで日菜は彼を責めることは一切しない。獅子へ周囲に気を遣えというほうが無駄な話だ。
仮に純心がいなくても、あの状況では彩は歌えなかっただろう。
「だが──、そうだな。愛していることとは別に、評価は変えよう。
丸山彩は立ち上がり続ける度胸があり、白鷺千聖も随分と泥臭いことをする。それは私好みではあるな」
初ライブで評判が落ちたPastel*Palettesだったが、彼女がたちが参加するライブのチケットを雨の日に手売りし続ける姿で見られる目が変わった。
単なるイメージを変える為のパフォーマンスだと揶揄する人間は少なくなかったが、激しい雨の中、必死な少女たちの姿に心を打たれた者もまた少なくなかった。
純心にとって意外だったのが、白鷺千聖もその中にいたことだ。
Pastel*Palettesが手売りでチケットを売ってる中、彼女は最初参加していなかった。
そんなことは事務所勤めではないインディーズや地下アイドルやることだ。ゆえに自分たちでやる意味を持てなかったのだろう。
ましてや彼女はパスパレの初ライブで自分の芸歴に泥が塗られたので、パスパレを脱退する算段をつけていたのは、日菜から聞いた話で想像できる。
合理的な判断だ。
落ち目のグループにいても時間の無駄だろう。精神論だけで何かを変えられるならば、世界はとっくに混沌を極めている。
そんな女が突き動かされた。
話を聞くに、原因は日菜と同じで彩の存在だろう。
凡才の彼女だが、人を変え、惹きつけるカリスマ。前に進もうとする意志は持っているようだ。それは大衆を魅了するアイドルにおいて有効な武器になる。
「獣殿が愛してるの一言以外で済ませないなんて、そっちも珍しいね。それこそおねーちゃんが嫉妬しちゃいそう」
「嫉妬する紗夜は見たいが、ワザと言ったところでアレは伊達に私の女を何年もやっていない。こちらの意図を見透かされるのがおちだな」
そうして、Pastel*Palettesの参加ライブは終わった。
結果は及第点。
本番は前回と違い生演奏で、彩は何度もミスを犯した。演奏技術も褒められたものでない。
しかし、前回の不祥事での前評判。加えて脇で前回と同じく純心が圧力をかけた中、最後まで彼女はやり切った。
栄光に満ちた再戦とは言い難いが、それでも明日へ進めるだけの成果は上げたのだった。
「──という訳で、無事Pastel*Palettesのライブは終わったぞ。日菜もこのままギターを続けるだろうな」
「そう──」
純心の部屋で彼の話に素っ気無く返したのは、紗夜だった。
自主練の成果をRoseliaと合同練習日前に純心へ確認してもらいに来た彼女は、ギターのチューニング中に純心からPastel*Palettesの話を聞いていた。
実の妹が関わる話にも関わらず、紗夜の冷たい反応に純心はにやりと笑う。
「予想通りの反応だな。Pastel*Palettesの初ライブを聞いたときは慌て、雨日に手売りをしていたと聞いたときは日菜の風邪を予防させるためどうしたらいいか悩んでいた姉の顔とは思えんな」
「べ、別に日菜のことなんて心配してないわ!」
「その反応が見たかった
「くっ!」
日菜に卑下を感じている紗夜だが、妹のことを心配する姉気質は昔から変わっていない。
実際、Pastel*Palettesの話題は紗夜から純心へ今まで聞いてきたことだ。
日菜に直接聞けばいいものの、素直ではない彼女は、妹と交流がある純心を通して、詳しい近況を聞き、その度に一人考えていた。
こうやって妹のことを強く意識しているからこそ、彼女は妹より見劣りする自分を責め立てているのだ。
だが、それも、最近は少しばかり軟化している。
これもRoseliaでの活動が影響しているのだろう。
「あの子がギターを続けるなら、今度こそ同じもので勝とうと思ってただけよ。
あの子がギターを止めても、私は私でやるのだから別に私には関係ない話だったけれど」
「なんであれ、心配ごとが一つ減ったことはいいことだ。沈着冷静な淑女だと周りから囁かれている卿だが、その実感情に振り回されやすい女だからな」
「む。悪かったわね、振り回されやすい女で」
「悪くはないとも。我々は機械でない。感情をむき出しで行動するほうがより人間らしいとも言える。そんな卿だからこそ、私は恋をしているのだ」
「それはどうも」
「そこは、私もあなたに恋をしている、と付け加えるところでは?」
「いやよ。勿体ない」
「減るものなのかそれは?」
「ふふ。ええ、減るものよ」
「そうか。では、別のものを要求しよう」
「?」
予想外の言葉に首を傾げる紗夜。
いきなり何を要求されるのだと不思議に思っていると、純心は彼らしく傲慢に、さも決定事項であるように告げる。
「今度開催される花咲川の文化祭に客人として参る。招待状の手配を任せたぞ」
●おまけ
【紗夜が衣装(衣装選択欄で『ステージ』のやつ)を着たRoseliaのライブを生で見た獣殿の反応】
(紗夜が着飾っているだと?)
内心、小さな声だが体は正直で周辺に震度5の地震を発生させた。
ライブハウスは耐震構造なので、演奏はそのまま続行。
(素晴らしい。誰が作ったかは知らぬが、見事紗夜を仕立てている)
獣殿は満足した。
ステージの上から遠目で彼の反応に気付いた紗夜もご満悦。
後日、Roseliaに匿名で衣装の材料の為の大量の布や装飾品が届けられ、戸惑うメンバーを側に紗夜は頭を抱えた。