紗夜さんの恋人は総てを愛している。   作:貫咲賢希

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Episode ─Ⅴ【例外】

 この小学校での組み分けは成績順に行われている。

 ゆえにテストでの総合成績で下のクラスが上のクラスに上回ることは滅多にないが、それはあくまで学力だけでの話だ。

 他の分野、即ち体力や芸術面ではその限りでない。

 文武両道の1組を除けば下位の組ほど学力以外で秀でている者が多いのだ。

 運動会などの学校全体行事での組み分けでは下位で運動能力が高い組を僅かに多く集め、学力の高い組と競わせる。

 文武両道の1組はその力量の差を可能な限り拮抗させる為に分散させるが、ほぼ毎年、学力が下位組、すなわち運動能力が高い組が多くいる側が優勝する。

 これは普段からテストで優劣をつけられている者たちへの学校からの配慮だった。一年に数度は美味しい蜜を味あわせる。

 そんな魂胆は生徒たちの間でも重々承知であり、どのみち多少努力しようと優等生に学力では凡人では敵わないのでこの暗黙の了解に感謝する念は少なくない。

 

 此度の運動会では小笠原純心を筆頭にする黒組(・・)が劣勢側だった。

 

 この学校では定番の赤と白ではく、黒と白で組み分けをしている。

 今回の運動会は近年の中でも最たる戦力差だった。

 上級生でも相手にならない小笠原純心と氷川日菜と初めとし実力者も黒組側にいるが、数人が快勝しても他が負ければ全体的勝利は望めない。

 ゆえに始まる前からこの運動会の結果は決まっていた。

 少なくとも黒組の相対する白組陣営は確信していた。

 我々が勝つのだと。

 あの天才たちに勝てるのだと。

 小笠原純心や氷川日菜に全体的勝利とはいえ敗北を味合わさせることができると、白組の一部にはそのような者もいた。

 

 だが、実際は────。

 

「な、なんでだよ! なんで突き放せない!?」

 

「おらおら、どうした! 抜いちまうぞコラ! 尻向けて誘ってんのかホモ野郎!」

 

 ※前述はリレーでの会話である。

 

「なによ、こいつ!? あの人以外にもこんな奴がいたなんて聞いてないわよ!?」

 

「黒組、5年3組、中院冷泉。おまえも名乗れ。それが作法だ」

 

 ※前述は学年別借り物競争での会話である。

 

「糞がぁ! 偶然あの方と同じ側にいた劣等共が揃いも揃って調子に乗りおって!」

 

「悲嘆しろ、優等生。貴様らに英雄はいない」

 

 ※前述は玉投げでの会話である。

 

「有り得ん! 小笠原や氷川ならまだしも相手は只の4年生だぞ!? 6年の俺が負けるなど!」

 

「言っとくが怖い後輩に何か言われたからじゃないぜ。慢心だ先輩。アンタは自分に負けたんだ」

 

 ※前述は学年混同障害物リレー(SAS○KE風味)での会話である。

 

 現状、黒組の勢いは白組を迫っていた。

 開始直前に黒組代表で選ばれた純心の鼓舞も原因の一つだが、純心は組み分けが決まった直後に同じ陣営の生徒たちへ接触していたのだ。

 純心に心酔する間者からの情報を横流しにして有力者同士の削り合いを避け、勝てる競技は確実に勝てるように企み、更には自分が考案した育成プログラムも譲渡した。

 実力不足の者たちには純心が相談援助で意識改革を行い、幾つかのジャイアントキリングに成功している。

 本来の戦力差があるので蹂躙とは言い難いが、純心率いる黒組は白組を追い詰めていた。

 黒組の黒とは黒星の黒に在らず。総てを飲み込む漆黒の闇なり。

 勝利する側だと甘受した白を絶望の黒に一切合財染め上げる。

 純心の先導により、黒組の殆どは敵から勝利を捥ぎ取る戦奴となった。

 

 総ては純心という男の策略。徹底した所業はまるで悪魔のようだ。

 

 何ゆえ、彼はそこまでしたのか。

 元々、勝ち負けに拘る資質なのか。それも皆無ではないが何よりもの理由は請われたからだ。

 純心はカリスマを見込まれて低学年ながら組の代表に任命された。

 彼は与えられた職務を全うしただけに過ぎない。

 戦えと願われた。勝利を求められた。ならば応じよう、愛している者たちよ。

 敵対者も愛そう。我が愛に極地はなく、敵味方区別なく触れるのみ。

 味方であれば勝利こそ与えるものであり、敵こそは敗北こそが与えるもの。

 その逆など不義理侮辱最低の貶めであろう。愛している者たちにそのようなことはできない。

 尤も、相手側が呆気なく倒れたら興醒めする為、多少手心は加えている。彼が本気で相手を潰す気でいるならば運動会そのものが成立しないからだ。

 それでは単なる一方的な蹂躙は闘争ではなく、殲滅だ。切磋琢磨削り合う場には相応しくない。 

 

 ──さぁ、競うが良い愛する者たちよ。

 ──どちらが真の勝利者であるか証明してみせろ。

 

 始まる前から純心は競技者としてではなく、盤上の支配者としてこの運動会を愉しんでいた。

 

「ほっ、ほっ、ほっ。今年の運動会は皆元気があっていいですね」

 

「元気があるというか殺伐としてますね。怪我がないのが幸いです」

 

 簡易テントの下で肥満体質満50歳男性の校長が蓄えた髭を揺らしながら微笑み、その横に座る櫻井(さくらい)教諭は困り顔を浮かべていた。

 櫻井(かい)。年齢は丁度30。3年1組の担任教師。物腰の軟らかい風貌。実齢よりも10歳若くは見られ端整で甘い顔立ち。保護者奥様方の中で一番の人気を誇っている教師だ。

 また能力も高く、人柄も人当たりが良いので問題なし。

 尤も、そうでなければ問題児の小笠原純心と氷川日菜の担任は任せられないだろう。

 ──否。押し付けられたというのが正確だ。

 氷川日菜の担任を務めるのは今年からだが小笠原純心は去年から担任を請け負っている。

 小笠原純心を担任した人間は畏怖するか従僕するかのどちらかだった。

 ある男教師は自分には手が終えないと学校を辞め、ある女教師は一年生の彼に雌の顔を曝け出した。自分の四分の一にも満たない歳の純心に服従した教師も少なくない。

 多くの教師が扱いに困った中、唯一櫻井教諭だけが彼に対応できた。

 櫻井戒を安易に例えるならばかなり優秀な人物だ。若い頃には介護の道を進んでいたが、ある時期に教育者として転向している。

 剣道五段の腕前を持っており、学生時代は中高共に個人戦優勝。剣道界を背負うに足る人物として期待されていたが、彼が剣の道に進まないと知れ渡ると無念の声が多かったそうだ。

 来歴からして傑物だと理解できるが普段の振る舞いは常識人。いるだけで波乱を呼び起こす天災たちとは違う。

 そんな常識人であり優秀な人物ならば、小笠原純心と氷川日菜を抑えられるだろうと期待されたのだ。

 だが、彼が二人に対応できたのは今まで培ってきた経歴はあまり関係しない。

 

 櫻井教諭は小笠原純心と氷川日菜に畏縮しない。

 

 同じ天才同士だから共通認識を得ているのではないかと囁かれているが、事の重要点は能力云々よりも内面である。

 小笠原純心と氷川日菜の問題点は実力よりも逸脱した精神。まともに関われることが稀だ。

 櫻井教諭は彼らの行動に圧倒されたり悩ませることはあっても、己を見失うことはなく一人の教師として二人に接している。

 ある時、同僚が尋ねた。あの二人と接して大丈夫なのかと。

 問われた戒は困った顔でこう答えたそうだ。

 

 ──僕自身でも解らないんですけど、あの子達のような子と向き合うのは慣れているんです。

 ──二人みたいな子に出会ったのはこの学校に来てからなんですけど、不思議ですね。

 

 そんな櫻井教諭であるが純心や日菜に対応できるだけで制御をしているわけではない。

 実際、氷川日菜の部活荒らしの時は前もって止めてられなかったし、今回は純心が考案した運動会での作戦も程々にとしか言えなかった。

 子供成りに頑張って考えた計画だと言えば聞こえは良いが、櫻井教諭が純心に見せられた運動会での作戦案は戦争でも始める気なのかと本気で疑った。

 だが、度は過ぎでも妨害行為や危険なものはなかったので止めはしなかった。相手陣営の間者に関しも、精度の差はあれ情報戦はどの学校でもやっている。

 万が一、純心の行動が脅威と成り得るならば。櫻井教諭は教師として体を張ってでも止めるつもりだった。誰もが敬遠した運動会管理職員に立候補したのはこれが原因だ。

 しかし、実際始まってみれば彼の考えは杞憂であり、まるで戦場のような苛烈極まりない運動会が繰り広げられているが誰も怪我はないので彼は少し安心していた。

 櫻井教諭は本物の戦場を見たことがないので、そう例えるのも可笑しいと自覚はしている。

 むしろ彼が危険視しているのは純心よりも外的要因だった。

 

「校長。風が更に強くなってきましたよ」

 

 普段の温和な態度が嘘のように、毅然で冷静になる櫻井教諭。

 話し相手がいないので取り留めのない言葉を出し続けていた校長は、雰囲気が変わった櫻井教諭の言葉で無駄話を止めた。

 

「うむ。確かに今朝よりも風が強くなってきましたな」

 

 朝から強風が吹いていたが、激動の運動会に感化されたのか強風も猛風の域に変化している。

 遠くに聳え立つ木々は傾きを見せており、簡易テントは常に鳥群の羽音を鳴らしながら波打っていた。

 

「再度天気予報を確認しましたが台風の接近はありません。しかし、このまま強風が続けば生徒たちが怪我する恐れがあります」

 

「盛り上がっているところで水を差すようなことはしたくありませんが、仕方ありません。アナウンスで一旦休止を呼びかけてください。生徒たちの安全が最優先です」

 

「わかりました。すぐに」

 

 

 

 櫻井教諭が校長に休止を促した数分前。

 競技を終えた紗夜は手作りの入場ゲートを潜り、自分の組が待機する場所へとすぐ向かわずその場に留まる。

 紗夜が先程行ったのは女子学年別600メートル走。

 結果は一位着だったが、あと僅かで二位に抜かされかけない辛勝であった。

 妹の日菜は少し前の学年別女子借り物競争に参加しており、結果は一位着。更に紗夜とは違って他の競争相手を何十メートル離してからの堂々の一位だった。競技が終った直前も汗一つかかず、待機場で座っていた紗夜に笑顔で手を振っていた。

 そんな妹に比べて競技が終わった後でも紗夜は息を乱したまま。妹が鮮やかに勝ったのにも関わらず、姉はこの体たらく。

 比べられるのは今に始まったことではないが、せめて戻ってから見苦しい姿は見せないようにと入場ゲートの近くで息を整えていたのだ。

 

「おねーちゃん、お疲れさま!」

 

 そうやって紗夜が休んでいると日菜がやってきた。

 迎えに来てくれたのだろうが、紗夜は無様な姿を見られたと思い疲労を増加させる。

 

「一位おめでとう! かっこよかったよ!」

 

 キラキラした顔で言われて、嫌味つもりかと吐き棄てかけた。

 その笑顔は必死になって勝ちを拾った自分を嘲笑っているのかと罵りたくなる。

 被害妄想であるのは自覚している。妹は純粋に自分を賞賛しているのだ。

 だが、今日は周りから普段よりも日菜と比べられており、紗夜はいつも以上に自虐的な考えに没頭していた。

 何故、自分は妹と違うのか。あの無垢な笑顔を見ると余計に胸がざわつく。

 腹立たしい。悔しい。肉体的疲労もあって負の感情の蓄積は加速される。

  ──いっそうのこと■なんて。

 

 濁った瞳で紗夜は目の前の妹を見つめて、叫ぶ。

 

「!?  ──日菜、危ないッ!」

 

 

 その日、最大風速の風が校庭を襲った。

 一瞬、嵐が着たのではないかと錯覚する程の突風。

 周囲の人間がざわめくより早く、櫻井教諭は気づく。

 刹那、入場ゲートが傾いた。

 アーチ型の入場ゲートは風に煽られて重心移動を開始する。その先には見覚えのある生徒が二人。氷川姉妹を櫻井教諭は目撃した。

 ゲートの外装は手作りのダンボールだが、安定のため内部はステンレス製のパイプを連結させている。下敷きになれば最悪どうなるか語るまでもない。

 櫻井教諭は地面を蹴った。

 だが、幾ら倒れる前よりも早く気づいたところで櫻井戒は超人ではない。

 万人より優れているとは言っても彼は所詮只の人間。現在の位置から数百メートル離れた場所に移動するのにどれ程早くても数秒は掛かる。

 遅い。間に合わない。

 紗夜が倒れる入場ゲートに気づき、日菜をかばうように押し倒す。

 櫻井戒と氷川姉妹との距離、残り100メートル。

 僅かの時間でここまで近づけたのは驚愕的数値だが、それでも届かない!

 

 風で煽られて倒れた入場ゲートは、轟音と共に半回転(・・・・・・・・)し、誰もいない場所に倒れた。

 

 世界が静止したように静寂になる。

 あれほど吹いていた猛風は一瞬の内で()んだ。

 誰も入場ゲートが倒れたことも騒がない。横からトラックでもぶつかったかのように拉げていたゲートには誰も目もくれず、ただ一点を見つめていた。

 異様に静寂な空気に違和感を感じた紗夜が身を起こし、押し倒した日菜を見下ろす。

 

「日菜、怪我はない? いきなり押し倒してごめんなさい」

 

「だ、大丈夫。おねーちゃんは?」

 

「私は──、痛ッ!?」

 

「おねーちゃん!?」

 

 立ち上がろうとした紗夜だったが、右足に激痛が走り失敗する。

 日菜は座り込んだ姉と共に屈み、今にも泣きそうな目で彼女を見つめた。

 

「どうやら庇った時に足を捻ったようだな」

 

 そこで姉妹は自分たちの近くにすぐ誰かが立っていることに気づく。

 黄金の髪。輝きが燈ったような黄金の瞳。

 見間違うことない黄金の美少年小笠原純心が二人を見下ろしている。

 普段の悠然な態度と違い、陰々滅々とした冷徹な顔に紗夜は怯えた。

 

「お、小笠原さん?」

 

「足以外に何処か痛むことはないか? 気分は?」

 

 恐怖している紗夜の傍に跪き、純心は彼女の様子を確認する。

 心配してるのかと考えた紗夜は彼に抱いた恐怖心を薄れさせ、状態を説明する。

 

「日菜は大丈夫のようです。私は足が痛む程度で他には別に」

 

「そうか」

 

 特に問題がないように紗夜は告げたつもりだが、純心の様子は変わらなかった。

 冷徹な様は変わらず、純心は自分の目でも紗夜の様態を眺めた。

 

「みんな怪我はないかい!?」

 

 そこで彼らの担任である櫻井教諭が駆けつけて来た。

 純心は紗夜の傍に近づいたまま彼を一瞥した。

 

「氷川日菜には目立った怪我はありません。氷川紗夜が妹を庇ったとき足を捻ったようです」

 

 相手が目上で担任であるため、丁寧な言葉遣いで純心は櫻井教諭に説明する。

 話を聞いた櫻井教諭は訝しむ目で彼をまっすぐ見た。

 

「君はどうなんだい? 彼女たちを庇うため入場ゲートを払い退けただろう」

 

『!?』

 

 櫻井教諭が話した事実に氷川姉妹は驚愕する。

 入場ゲートは実に三メートルは超えていた。

 それを只一人の人間がどうかできたなど、にわかには信じがたいが、当の純心は涼しい顔だった。

 

「ええ。大部分がダンボール製で助かりました。お陰で薙いだだけでも位置をずらせましたよ」

 

「だが中身はパイプ製だ。あれほど強く殴ったのなら腕を痛めてるんじゃないか?」

 

「少し痺れが残っているようですが、ご覧の通り目立った怪我はありません」

 

 外傷がない二の腕を純心は見せながら、精悍の顔立ちを続ける。

 

「それよりも復旧作業を。此度の管理職員は貴方だ。他に被害がないか確認し早急に先導して再開しなければ、折角の催しに雑味が増える」

 

 そこまで言われて櫻井教諭は苦笑を浮かべて、緊張の糸を解いた。

 

「君の言うとおりだね。早速自分の仕事をするよ。でも、君は紗夜くんと一緒に行くんだよ。目立った怪我はないかもしれないけど保健室で先生に診てもらうように」

 

「承知した」

 

「私もついてくよ!」

 

 頷く純心の横で日菜が叫ぶ。

 最愛の姉が自分を庇って怪我をしたのだ。大事には到らなかったとはいえ、傍にいなければ気が気ではないだろう。

 しかし、そんな彼女に純心は首を横に振るう。

 

「いや、卿は駄目だ。最悪の場合、私の紗夜はこの後の競技を棄権する可能性がある。それで卿まで不参加となれば我々の陣営が負ける可能性は大きくなる。それでは姉も気が病むだろう」

 

「うぅ、でも…………」

 

「日菜。私のことは良いから後はお願い」

 

「おねーちゃん……。わかった! 私が黒組を優勝させるよ!」

 

 最後まで心配していた日菜であったが紗夜に託されたことにより、やる気を増大させた。

 この様子ならば自分が参加する競技以外でも関与して、是が非でも黒組を優勝させるだろうな。

 一瞬だけそう考えた純心は意識を紗夜に戻す。

 

「では、我々は保健室に向かうとしよう」

 

「そぅ、え?きゃあっ!?」

 

 徐に純心へ接近された紗夜は可愛い悲鳴を上げた。

 動けない彼女は純心に横へ抱き上げられたのである。

 簡単に説明するならばお姫様抱っこ状態だ。

 近くにいた日菜は感心し、周囲で様子を見ていた生徒たちは唖然するよりも様になる行動に納得し、半数以上の女子は羨望を向けていた。

 櫻井教諭とはいうと苦笑しながら、純心に問いかける。

 

「君。一応怪我してるかもしれないんだから無理はしないように。彼女を運ぶなら僕が手伝うよ」

 

「無理などしてませんよ」

 

 それまで冷徹な顔を崩し、純心はにやりと笑った。

 

「それに彼女は惚れた女だ。別の男に任せることはできない」

 

『────』

 

『──────!?』

 

 刹那、その場は狂乱に包まれた。

 ある者は絶句し、ある者は疑い、ある者は絶望し、ある者は興奮し、様々な感情がそこかしこで膨れ上がる。

 全校生徒教師陣の前で宣言した純心は彼の発言で真っ赤にし硬直する紗夜を抱き上げたまま 、威風堂々と立ち去る。

 彼らがいなくなっても混沌はしばらく続いてたそうな。

 

 

「なんであのようなことを言ったのですか!?」

 

 保健室にいた保険医に足を診て貰った後、紗夜はしばらくベットの上で安静することになった。

 ちなみに彼女の傍には結局怪我をしてなかった純心が座っており、保険医は何か気を利かしてこの場にはいない。

 

「あのようなこととは、私が卿に惚れているとうことかね?」

 

「ほっ!? そ、そうです! 恥かしくないのですか!?」

 

「事実を言ったことに何を恥ずかしがることがある」

 

「私は恥ずかしかったんです!」

 

「そうか。それはすまなかった。今度何か埋め合わせをしよう」

 

「そんな涼しい顔で言われても、誠意を感じません!」

 

 紗夜は丸めた膝の上にまだ赤い顔を乗せた。

 シーツをずらした包帯が巻かれている右足を見て、純心は問いかけた。

 

「痛むか?」

 

「……湿布を張ってるから今はマシです」

 

「それは良かった」

 

「……貴方こそ怪我もしてないなら校庭に戻ったらどうです?」

 

「つれないな。そんなに私と一緒にいるのが嫌かね?」

 

「……嫌というか、どう接していいか解らないです」

 

 純心と紗夜がこのように面と向き合って話すのは告白の一件以来である。

 挨拶や学級委員の仕事で最低限の会話や相談をすることはあったが、それ以外は紗夜は意識的に避けていたのだ。

 

「正直、まだ信じられません。貴方が私を好きだなんて」

 

 運動会で忙しいからという理由で避けていた事を紗夜は吐露する。

 

「貴方は総てを平等に愛しているんでしょう? それなのに私だけ特別なのが解らないです」

 

 何度も重ねてきた疑念。何故、自分なのか。総てを愛する気持ちはどうなったのか。

 総てを愛する気持ちが本物ならば、あの告白は戯れだったのか。

 何日も経って自分では見定めることができなかったものを紗夜は本人を目の前に打ち明ける。

 

「それとも貴方の恋とは愛と同じなのでしょうか?」

 

「私は総てを愛している。それは今も変わらない」

 

 当然のように純心は臆することなく答える。

 総てを愛するという気持ちに揺らぎはしない。

 一人の女に惚れて変化するほど軟弱な意思ではない。ゆえに彼の愛は本物だと称えられている。

 純心は自分が思う愛について語る。

 

「愛とは限りがないものだ。私のように万象総てではなくても、母親は二人の子を成して両方愛する。それは自然のことであろう?」

 

「……そうかもしれません」

 

 紗夜は言われて自分の母親を考える。

 父と共に双子の日菜と比べられたり、姉なのだからと叱ることはあっても自分が泣けば慰め、傷つけば泣いてくれる人だ。

 思うことはあっても、愛されてないとは感じない。

 

「だが、恋することは愛することと違いたった一人にしかできぬ。私にとってそれが卿だった」

 

 頬を赤らめる紗夜を純心は黄金の瞳で見つめる。

 何度も見たこともある照れた顔。既知を疎む彼にとって、何度も繰り返して見たいと思える光景。

 そう思う度に彼は自覚しているのだ。

 自分は彼女に恋をしているのだと。

 

「……貴方の恋愛観は解りました。でも、私を選んだ理由がまだ解りません」

 

 彼の思いに鼓動を高鳴らせながらも、紗夜は複雑な顔を彼に見せた。

 

「だって、私はつまらない人間です。言われたことしかできない、それだけの人間です」

 

 紗夜は優秀な部類ではあるが、彼女自身は言われたことしかできない人物だと卑下している。

 純心のように期待以上の成果は出せないし、妹のように想像外の発想は思いつかない。

 身近な人間が自分よりも優秀だから、彼女は常に劣等感が圧し掛かっている。

 

「貴方や……日菜とは違う。総てを愛している貴方がそんなつまらない人間を選ぶ理由が私には解りません」

 

「……解ってはいたが卿は自分を過小評価しているな」

 

 否定せず同調して貶めることもしない。ただ、純心は紗夜の言葉を聞いた。

 その上で、自分の中で見出した只一人の例外者に告げる。

 

「私は紗夜がいい。お前《・・》でなければ駄目だ」

 

 熱が篭った言葉を送られるが、紗夜の憂鬱は消えない。

 顔色が優れない彼女に純心は少し考えた後、妙案を思いついたように声色を変えた。

 

「ならば、一つ提案をしよう」

 

「?」

 

「今度の日曜日、共に出かけるぞ。所謂、デートの誘いだ」




 紗夜さんの水着ゲットしたぜ! 友希那さんは持ってないハッピーが来た。
 嬉しいけど違うのだ。


【本編よりずっと後の今井リサ誕生日おまけ】

 Roseliaにサプライズバースデイパーティーが終わり帰宅したリサ。
 家で彼女を待ち構えていたのは大きな花束と新品の調理セットだった。

「え!? もしかしてお母さんが用意してくれたの!?」

「違うわよ。今日、貴方宛に届いたのよ。女の子たちばっかり仲良くしてるけどリサもやるわね」

「???」

 リサは差出人を確認した。
 
 ──我が女神に慈愛を与える光へ。生誕を祝う。 小笠原純心。

「紗夜。いったい私のことなんて話してるんだろう」


 後日、リサから話を聞いた紗夜は純心をポカポカした。
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