因幡てゐ/妖怪兎
白毛兎姫/妖怪兎
ウェントゥス/音の妖精
テネグロ/お茶っ葉妖精
鬱蒼とした竹林、常に深いきりが立ち込めていて、一度足を踏み入れれば来た道すら分からなくなる程に竹が生えてある。そのあまりにも密集した竹林は、昼にも関わらず薄暗く、太陽の光を膨大な数の竹の葉が遮り。さらに、その竹林の地面は僅かに傾斜し、竹林に入って来た者の方向感覚をも狂わす。何の対策もせずに入れば、迷子になるのは確実な危険な場所。
そんな竹林の名は、迷いの竹林。
人間は疎か、妖精ですら迷わせるその竹林は、その場所に住む妖怪兎か竹林の案内人をしている藤原妹紅。その竹林を熟知している者しか迷わずに進む事は出来ない。
そんな竹林の中を、一人の妖精が跳び回っていた。
もしも跳び回る彼女の背中に羽が無ければ、竹林に住む妖怪兎だと勘違いするかも知れない。それほどまでにその妖精は、その竹林の事を熟知していた。
その妖精は垂直に生えた竹を踏みつけると、竹の撓りを利用して、違う竹に跳び移る。そうやって迷いの竹林を駆け抜けて行く。
「おっ? にひっ!」
竹と竹を跳び移る彼女は、とある人物に目をつけると悪戯な笑みを浮かべた。
そして、違う竹に跳び移ると限界まで竹を撓らせ、その人物の元まで一直線に飛んでいった。
「おーい!」
「あっ?」
一直線に近付く彼女に気が付くも、もう遅かった。
衝突、激突、接触事故。一直線に飛んだ彼女は、その人物の背中に着地する。それ故に彼女は無傷だったが、背中に着地された人物は彼女の替わりにぶっ飛んだ。
迷いの竹林の中を一直線にぶっ飛んだ。
「こんな所で会うなんて奇遇ね! 私みたいに遊んでたのかしら?」
すっとぼけた態度で彼女は言うと、ぶっ飛ばした方向に悠々と歩く。そのぶっ飛んだ相手は怒りに満ちた顔を彼女に向けると、飛ばされている状態から近くの竹を握り、限界近くまで竹を撓らせ、自分がやられたのと同じ様に、彼女に向かって一直線にぶっ飛んだ。
「テネグロォォォ!」
「おやおや、ウェントゥスってばおっかない顔」
ウェントゥスと言う名の妖精と、テネグロと言う名の妖精の、もう何度目になるかも分からない。
妖精大喧騒の勃発である。
少女戦闘中……。
濃いめの緑の髪に緑の服装。全体的に緑色。髪は長いが縛って短くしていて、黄緑色のロングTシャツの上に緑色のワンピースを着ており、首もとには葉っぱをもしたフリルがついてある。緑色の靴を履いてる。背中からは葉っぱをでかくした羽が四つ生え、現在は力無く萎れている。
彼女の名前はテネグロ、お茶っ葉の妖精であり、この迷いの竹林に住んでいる妖精の一人。
妖精の中で孤立しているウェントゥスに突発的に喧嘩を吹っ掛ける唯我独尊の妖精。
ウェントゥスにとって限りなく面倒くさい妖精である。
白い髪に黒の服装。髪はざんばらで短く、袖の付いた黒色のワンピースを着ており、靴も同じ黒色。背中からは円の形をした羽が六つ浮いており、下にいく程羽が微妙に小さくなっている。その羽もまた、テネグロと同じく、何処と無く力無く浮いている。
彼女の名前はウェントゥス、音の妖精であり、迷いの竹林に住んでいる妖精の一人。
群れる事を嫌い、孤独を求めて迷いの竹林に来た妖精。けれど結局、テネグロという妖精に興味を持たれた哀れな妖精。
片や面倒くさがり。
片や興味を持つ。
そんな一方通行な関係の二人は、地面に倒れ込んでいた。
「うーん、私の勝ち」
「ざけんな、不意討ちしといて勝ちも負けもあるかい」
苛立たし気にウェントゥスが吐き捨てると、テネグロは嫌らしい笑みを浮かべる。
「不意討ちだなんて失礼な、あれは開戦の合図だよ?」
「開戦の合図だぁ?」
「それにほら、私がウェントゥスの背中に着地した後、私に向かって飛んでくるウェントゥスの攻撃を避けなかったでしょ? あれでおあいこ、あれで公平。だからその後の戦いは公平なる勝負なんだよ?」
「相変わらずむかつく奴だな」
「むかつく悪戯こそ私の求める悪戯さ!」
そう言いながらテネグロは立ち上がると、拳を前に突きだし、にやりと笑った。
それを見たウェントゥスは、舌打ちをしながら立ち上がると、テネグロに背を向けて歩き出す。
「ありゃ? どこ行くの?」
「お前には関係ない」
ウェントゥスの冷たい言葉に、爆笑するテネグロ。
「うひゃひゃ、関係ないから知りたいんじゃない? 教えてよ?」
「嫌だ」
そう言い残してウェントゥスは去っていく。そのウェントゥスの背中を見送るテネグロは、ちぇー、と呟くと、ウェントゥスと真逆の方向に向かって歩き出した。
少女散歩中……。
「そんなにもその名前で呼ばれるのが嫌かい?」
「うん、兎姫なんて名前、私には似合わない」
「そうでもないと思うけどねぇ」
迷いの竹林の中にある純和風のお屋敷。
永遠亭。その一室で、二人の妖怪兎が話し合っている。
片方の兎の名は、因幡てゐ。
白い兎の耳に尻尾、髪は短めで黒色、薄桃色の服を着ている。
その外見は幼く、耳と尻尾さえなければ人里の子供と大差無い程。
もう片方の兎の名は、白毛兎姫。
白いロングヘアー以外はてゐと同じ格好をした少女。
その二人が机を挟んで向き合っていた。
「そんなに嫌なら変えたらいいじゃないか。その名は昔、人間につけられただけの名前なんだろ?」
「それは……」
言い淀む白毛を見てため息を吐くてゐ。
(昔の事をまだ引きずってるのか、気持ちは分からなくもないけどさ)
幻想郷が出来る前、兎は人間達に高値で売られ、多くの兎が人間のペットとして飼われていた。だがそれは一時の話。
「名前を付けた人間はあんたを捨てたんだ。そしてそれはあんただけじゃない。迷う必要は無いと思うけど」
「……それは……」
高値がついた兎達を巡って、人間の間で様々な事件が巻き起こった。
そんな異常な状況の中で人間がした事は、兎に高い税金をかけ、兎を飼いにくくする事だった。
それにより兎達は、人間に撃ち殺されるか、捨てられるかで多くの命が死んでいった。
迷いの竹林にいる妖怪兎の多くは、その時に捨てられ、それでも生き延びた兎達である。そしてまた、白毛なる妖怪兎も、生き延びた兎達の一人だった。
(こんな事を言い出すなんて、やっぱりあれが原因かな?)
兎角同盟の幹部であるてゐが、新たに始めた活動。
可愛い兎屋さん。
かつて天国から地獄に真っ逆さまに落ちた兎達だったが、人間の貴族以上の生活をしていた時も確かにあった。その生活を今の兎達にも味わわせてあげたいと、てゐがかるーく始めた事業。
(とは言えまずったね、まさか白毛のトラウマを刺激してしまうなんて)
てゐは頭を掻いて、白毛を見詰める。
雪の様に白い毛は、てゐでも羨ましく思うほどに美しく。かつての人間が兎姫と名付けたのも納得出来る。それほどまでの毛並み。
(こんな可愛い兎を捨てるなんて、捨てた人間は馬鹿だね)
てゐは心の中で人間を罵倒すると、頭を切り替え考え込む。
(それにしても、白毛の様子が少し変だね。何故商売の事じゃなく、名前の事で私に相談に来たのか)
白毛が兎を売るのをやめてほしいと言うならば、てゐはすぐさま兎を売るのをやめる。心を傷める兎がいるのに、それを無視してまで続けようとは思わない。他にも心を傷めている同族がいるかも知れないのだ。
かつての地獄を乗り越えた兎。
かつての地獄に心を残した兎。
どちらもてゐにとっては大切な同族なのだ。
もし私がした事で白毛を傷付けたのなら、と、てゐはそう考えると恐る恐る口を開いた。
「白毛、あんた最近始めた可愛い兎屋さんについてどう思う?」
「えっ?」
急にそんな事を聞かれて戸惑う白毛。
「あんたの正直な意見が聞きたい」
てゐの真剣な表情を見て、白毛は少し沈黙し、その後正直な意見を語り出す。
「捨てられたけど、飼われている間はとても幸せだった」
白毛はかつての光景を思い浮かべながら言う。
美味しい人参、優しい人間の手の温もり、人間の子供達の元気な声、そしてなりより、人間の笑顔。
「その幸せを、今の兎達にも味わわせてあげたい。そう、私も思ってる」
あの幸せを今の兎達に、そう言うと白毛は微笑んだ。それを見ててゐは、ああと、息を吐く。
「私はね、てゐ。あの頃の人間を恨んではないの」
「……そうかい」
「うん、だからこの名前は私に似合わなくても捨てようとは思わない」
てゐは、はーと息を吐くと頭を掻いた。
(なんだ、全然昔の事なんか引きずってないじゃないか)
「……安心したよ」
「?」
てゐの小声に白毛は首を傾げる。
「あんたが急に名前について相談があるなんて言うもんだから、てっきり私は、新しく始めた商売で、あんたのトラウマでも刺激したかと思ったんだがねぇ」
「あー、なるほど」
「それじゃないなら、一体どうしたんだい?」
「私を名前で呼ぶ子がいるの。私がやめてって言ってもやめてくれなくて、だからてゐに注意して欲しくて」
「……ほぅ」
てゐは目を細める。
迷いの竹林にいる兎達は、白毛を兎姫とは呼ばない。何故ならそれは白毛が本気で嫌がっている事だからだ。そんな質の悪い嫌がらせを、共に生き延びた仲間にする兎はいない。
例え月の兎である鈴仙でもしないだろう。
「一体どこのどいつだい?」
そう聞くてゐだが、ある程度の目星はついている。
迷いの竹林でそんな質の悪い悪戯をするのは一人しかいない。
「テネグロって言う妖精なの」
「あぁぁの! 性悪妖精がぁぁ!」
てゐは脱兎の如く部屋を飛び出した。
因幡てゐ
種族:妖怪兎
能力:人間を幸運にする程度の能力
二つ名:幸運の素兎
白毛兎姫
種族:妖怪兎
能力:人間を魅了する程度の能力
二つ名:魅了する白兎
ウェントゥス
種族:妖精
能力:音を自在に変える程度の能力
二つ名:冴え渡る音妖精
テネグロ
種族:妖精
能力:美味しいお茶を作る程度の能力
二つ名:悪戯好きなお茶っ葉妖精