十六夜咲夜/人間
チルノ/氷の妖精
レリーブル/本の付喪神
リブラン/花の妖精
フルードヴァッサー/水の妖精
サーフィスウォーター/水の妖精
リップルアクア/水の妖精
レンズロー/水の妖精
人間は、それに見向きもしないだろう。
妖怪は、それに気付きもしないだろう。
それはふやけて、破れて、傷んでしまった本。
けれど汚れは一切無い。
不自然な一冊、その本は彼女達の絵日記、まるで子供が描いた様な絵と、その日の思い出が綴られた日記帳。
例え人間が見向きもしない本でも、例え妖怪が気付きもしない本でも、レリーブルにとっては、世界で一番大切な宝物。
▲△▲△▲△
某月某日。
季節は夏。
喧しい蝉の鳴き声と、蒸し暑い部屋の中で、彼女達は地面に伏していた。
茹だる様な夏の暑さに、彼女達は耐えられなかったのだ。
彼女達とは、レリーブルとリブランである。
二人共、この暑さの所為か、普段よりも薄着に着替えている。
薄着に着替えているが。
「全然涼しく無い」
「あまり変わらないですねー」
あまり涼しく感じなかった。
「ああ、何だろうこの暑さ。懐かしい」
一年ぐらい前、まだ幻想入りしてなかった頃を思い出すレリーブル。
思い出した所で、この暑さを凌ぐ対策は思い付かなかった。
「うーん、仕方ないです。彼女を頼りましょうか」
「彼女?」
リブランの言葉に、レリーブルは首を傾げる。
「そういえばレリーブルは会った事は無いですねー」
リブランはそう言うと、怠そうに立ち上がり、扉の近くまで歩くと、扉の取手に手をかける。
「氷の妖精、チルノに会いに行きましょー」
少女移動中……。
夏真っ盛り。
そんな夏でも、ひんやり涼しい霧の湖。
その涼しさの元ともいえる妖精が一人。霧の湖からちょっと離れた場所で、とある妖怪と話をしていた。
話をしていたと言うよりも、その妖怪の話を聞いていた。と言うのが正しい。
その妖怪の名は、紅美鈴。
緑色のチャイナドレスの様な服装。髪は長髪で赤く、頭には星が付いた緑色の帽子を被っている。
彼女は紅魔館の門番を務める妖怪。
現在も彼女は、門に凭れかかりながら門を守っている。
チルノと楽しそうに話をしている様子から、とても真面目に仕事をしている様には見えないのだが、見えないだけで、門番の役割は果たしているのだ。
「それで美鈴! そいつはその後どうなったんだ!」
「それはですね……」
話の内容は冒険談。フィクションで彩られた、美鈴が即興で考えた冒険談である。
即興で作られた物語なので、所々に矛盾があるのだが、チルノは気にした様子も無く、美鈴に催促する。
「そこでその老人は岩を砕くとですね」
「岩を砕くと!?」
「若者を指差しこう言ったのです!」
お前が最強を名乗るには十年早いと。そう言いながら美鈴は、まるでその老人がしたかの様なポーズを決める。それを見てチルノは目を輝かせると、カッコいいと呟いた。
「……随分楽しそうね」
と、そんな和気藹々とした空間に、門を少し開けて、そこから覗く様に顔を出すメイドが一人。
そのメイドが、冷たい声で美鈴に言う。
「ひゃ、咲夜さん!?」
彼女の名前は十六夜咲夜。
髪は銀色のボブカット、服は青と白で構成されたメイド服を着ており、頭には白いカチューシャを着けている。
彼女は紅魔館のメイド長を務める人間。
美鈴の上司である彼女が、冷たい無表情で美鈴を見詰めていた。
「…………」
「…………」
「?」
そんな美鈴と咲夜を見て、チルノは首を傾げた。
暫しの沈黙、その沈黙の中美鈴と咲夜は、見詰め合う様にお互いの顔を見る。
「…………あの咲夜さ……」
「ぷふ」
そのまま気まずい沈黙が続くと思ったら、咲夜は急に吹き出した。
「ふふふふ、め、美鈴、ひゃ、ひゃくやさんって」
「ちょっ! そこを盛り返さないでくださいよー!」
あれはちょっと間違えただけです。と、言い訳する美鈴に、咲夜はごめんなさいと謝る。
「慌てなくても、別に怒ってないわよ? ちゃんと仕事はしているみたいだし」
そう言って辺りを見渡すと、下級妖怪がちらほらと倒れている。それを見て咲夜は指を鳴らすと、ほんの一瞬姿を消し、その瞬間倒れていた下級妖怪は姿を消した。
「とはいえ、ちゃんと後片付けはして欲しいわね。紅魔館の景観が損なわれるわ」
「いやいや、あそこは紅魔館の範囲外ですよ」
あらそうなの?と惚ける咲夜に、美鈴は苦笑する。
「所で咲夜さん、何か用事があったのでは?」
美鈴の言葉に、ああそうそうと、咲夜は大きな籠を美鈴に渡す。
渡された美鈴は、もうそんな時間ですか、と呟くと籠の中から昼食を取り出した。
「……」
「……ふふ」
籠だった。
美鈴は無言でその籠の中身を確認する。
「……」
「ふっ……ふふふ」
籠だった。
「咲夜さん!」
泣きそうな声で美鈴は言う。
咲夜は大丈夫よ、と言うと別の籠を美鈴に渡す。
今度はちゃんとした昼食だった。
「おっ? 肉まんですか! ありがとうございます咲夜さん!」
「どういたしまして」
籠から肉まんを取り出すと、美鈴は一口齧る。そんな美鈴を見て、チルノはお腹を鳴らした。
「ふふ、小さな妖精さん。あなたも食べたいのかしら?」
「あたいにもくれるのか!?」
咲夜は最初に美鈴に渡した籠を、チルノに差し出す。それを見てチルノは顔をしかめた。
「何だよー、あたいは空気でも食えって言うのかよー」
「違うわよ」
美鈴が開けなかった最後の籠の中を、チルノに見せる。
「おー!」
そこにはサンドイッチがぎっしりと入っていた。
まさかの三段構え、それを見た美鈴は、相変わらず面白い人だな、と、そう思った。
そんな美鈴の視線には気にせず、咲夜は籠からサンドイッチを取り出すと、一口齧る。
「って、咲夜さんも食べるんですか!?」
「あら? これだけの量のサンドイッチ、この子一人で食べきれる訳無いじゃない」
咲夜はそう言うと、にっこりと笑った。
しかしチルノは笑わなかった。寧ろチルノは、あたいのサンドイッチがー!と、咲夜の横で叫んでいた。
そんな咲夜とチルノを、美鈴は微笑ましく見守ると、二つ目の肉まんに手を伸ばす。
「…………」
と、そこで、肉まんを掴もうとした手を止め、美鈴は周囲を見渡した。
(何者かが接近している)
美鈴は籠を地面に置くと、辺りを警戒した。
霧の湖は霧で包まれ、その接近者を視認する事が出来ない。
「美鈴?」
「咲夜さん、何者かが近付いて来ます」
「……もしかして魔理沙かしら?」
タイミングが悪いわね。そう言いながら咲夜も、ナイフを取り出し、迎撃の準備に入る。
「咲夜さん、正面から来ます」
「分かったわ」
二人が正面を警戒すると、そこから六つの人影が飛び出して来た。
「……」
「あら?」
その人影は、水の四妖精事、フルード、サーフィス、リップル、レンズと、花の妖精リブラン。そして最後に、本の付喪神レリーブル。その六人の人影だった。
咲夜はその六人を見ると、あらあらと口を開いた。
「これじゃあサンドイッチが足りないわね」
少女接触中……。
「……おい! 何だよこれはー!」
追加のサンドイッチを作りに行くわねと、咲夜が紅魔館に入った数分後、チルノは囲まれていた。
囲まれていたと言うか、抱き着かれていた。
「あはは、チルノさん大人気ですね」
「嬉しく無い!」
溶けるだろ!離れろー!と、チルノが叫ぶも、誰も離れようとはしない。
フルードは悪いねーと、チルノに謝りながら。
サーフィスはひんやりしてるあんたが悪いのよ!と、チルノを責めながら。
リップルはおー!と、言いながら。
それぞれがチルノに抱き着いている。
ちなみに、レンズとリブランはそうそうに寝ている。
ただレリーブルだけが、少し離れた場所で涼んでいた。
「えー、と、あなたの名前は?」
「レリーブルだよ。本の妖精」
本の、妖精?と美鈴は首を傾げる。
「えーと、レリーブルさんは、チルノさんに抱き着かないんですか?」
美鈴は、やめろよー!と叫ぶチルノを見ながら言う。
「ここでも十分涼しいからね。所で、あなたのお名前は?」
「あっ、紅美鈴と言います」
「紅、美鈴?」
はいそうです!と、美鈴は元気よく言った。
「紅さん?」
「美鈴と呼び捨てでお願いします」
「それじゃあ美鈴さん、あなたはあの妖精、チルノと仲が良いのかい?」
「そうですね、チルノさんは時々、ここに来て私と遊んだりしてます」
だからチルノさんと私は仲良いと思いますよと、美鈴は笑う。それを見たレリーブルは、チルノの方に顔を向ける。
チルノは諦めたのか、地面に寝転がっていた。
「……もしかしてチルノさんとは初対面ですか?」
「うん」
そうですか……と、美鈴は腕を組むとうんうんと頷いた。
「それじゃあ、チルノさんと友達にならないといけませんね」
「……え?」
「チルノさんと友達になったら、毎日が面白いですよ」
「……」
レリーブルはチルノを見詰める。
この霧の湖という場所は十分にひんやりとしている。少なくともチルノに抱き着かなくとも暑さは感じない。それどころか涼しいぐらいだ。
(……それでもああして皆集まるという事は)
それだけ人望があるんだろう。そう、レリーブルは思った。
かつて誰にも必要とされず、誰も見向きもしなかった自分とは、天と地程の差があるな。と、レリーブルは自傷気味に笑った。
「そんな事無いですよ」
美鈴は言う。
「……何がだい?」
「今、チルノさんと自分を比べたでしょう?」
「何でそう思うんだい?」
「あなたは妖精じゃなくて付喪神ですよね」
「……」
「確か付喪神は、人間に棄てられた道具が、その後時を得て妖怪に近い存在になる、そんな存在だったと記憶しています」
うろ覚えですけどね、と美鈴は苦笑する。
「それであなたは、棄てられた自分とチルノさんを見比べて傷付いている」
「……はぁ、正解だよ」
まるで心でも読んだ様にどんぴしゃだ。レリーブルは苦笑いを浮かべる。
美鈴はいえいえと首を振った。
「私の能力は、気を使う程度の能力。この能力で、レリーブルさんの気が揺らいだのに気が付いただけです」
「便利な能力だね」
「割りと重宝してます」
美鈴はにっこりと笑う。それを見てレリーブルは、やれやれと息を吐いた。
「それで? 何が言いたいんだ?」
「あまり自分を卑下しなくても良いと思いますよ」
「それは、そうだろうけど」
「レリーブルさんは愛されてますから」
美鈴はチルノに抱き着いているリブランを見詰めた後、視線をレリーブルに戻す。
「あの子、あなたの事をとても大切に思っていますよ」
「……それも気を読んだのかい?」
「いえいえ読むまでもありませんよ」
美鈴はリブランに視線を移す。
「気付いて無いんですか?」
「?」
「あなた方が私達に出会った時、あの子はレリーブルさんの前に出て、守ろうとしていましたよ」
「……」
確かに、とレリーブルは声を漏らす。
あの時確かにリブランは、レリーブルの前に出ていた。
それに気付いた瞬間、レリーブルは顔を真っ赤に染める。
「自分の身を挺してまで守ろうとするなんて」
愛されてますね、と美鈴は微笑んだ。
美鈴は微笑んだが、レリーブルは微笑めなかった。
それどころでは無かった。
何年も何年も何年も、誰にも必要とされなかった。誰にも見向きもされなかった。
それなのに、リブランは必要とする所か、自分を犠牲にしてまで守ろうとしてくれた。
(……ああ、これが、この気持ちが)
必要とされるという事。
気が付いてくれるという事。
そして、大事にしてくれるという事。
(幸せというものか)
顔を真っ赤にしたまま俯くレリーブルに、美鈴は、あー、と、頬を掻いた。
気を読むまでもない。その様子を見たら誰にでも分かる。
美鈴は籠を持つと、そこから肉まんを取り出した。
(うーん、青春だな~)
取り敢えず美鈴は、そう思う事にした。
紅美鈴
種族:妖怪
能力:気を使う程度の能力
二つ名:華人小娘
十六夜咲夜
種族:人間
能力:時間を操る程度の能力
二つ名:紅魔館のメイド
チルノ
種族:妖精
能力:冷気を操る程度の能力
二つ名:氷の妖精
レリーブル
種族:付喪神
能力:本を生み出す程度の能力
二つ名:永遠の本棚
リブラン
種族:妖精
能力:汚れを落とす程度能力
二つ名:汚れ無き花妖精
二つ名:ささやかな微風
フルードヴァッサー
種族:妖精
能力:水を集める程度の能力
二つ名:浮遊する集水
サーフィスウォーター
種族:妖精
能力:姿を被せる程度の能力
二つ名:水面に映る虚像
リップルアクア
種族:妖精
能力:相手との距離を知る程度の能力
二つ名:緩やかに広がる波紋
レンズロー
種族:妖精
能力:透ける程度の能力
二つ名:自由奔放な水妖精