正義と偽善の管理人   作:蓬莱の翁

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3幕 灼陽と霊月

「九鬼の野郎中々の能力隠し持ってるじゃねぇの。なぁ二階堂よ九鬼は何か格闘技でもやってるんかい?ただの喧嘩慣れってわけでも無いだろうありゃ」

 

事の全容を見ていた菅沢が口を開く。

 

「一応趣味で色々やったらしいっすよ。ムエタイ、システマ、柔道、打撃、投げ、関節技、一通りは出来るって言ってましたね。あと先生校内は禁煙です、しかもここ教室です」

 

「ほぉスポーツ少年だねぇ、うん良い事だ。それにしてもうちの学年でもそこそこ戦える(かなた)の一撃をものともせずに仕留めるとはねぇ」

 

そんな会話が聞こえてくる、確かに奏(桜井 奏が名前らしい)はそれなりに強い。攻撃方法も自分の能力に合わせてしっかり考えられている、彼自身の喧嘩の腕前もそこら辺のチンピラよりかはまぁ強い。あくまでそれなりだがね、翔が行っても楽勝だったかな?

 

「九鬼 颯天君かね?奏相手に楽勝とは中々やるじゃないか」

 

突然後ろから声を掛けられる、後ろを振り返るといつの間にか2人の男が立っていた、どちらもスーツにサングラス、極道かマフィアを思わせるいでたち。1人は赤いYシャツに黒いネクタイ、スーツと絵に描いたような極道風の男、横に広い体形がより一層貫録を醸し出している。もう1人はスーツの上に白衣を羽織ってシンプルな杖を突いているが足が不自由な感じはせずスーツの上からでもわかる筋肉質な体つきと翔に匹敵する身長でこちらも只者ではないことが想像できる。声の主は・・・どっちだろうな、赤Yシャツに黒ネクタイの方かな?それとも白衣を羽織って杖持ってる方かな

 

「えぇ九鬼ですあなた方は?」

 

俺の問いに杖を持った男が答える

 

「今は知る必要はない、今日は君たちの顔を見に来ただけだからな」

 

「おい、輝夜。そう威圧するんじゃねぇよ確かに自己紹介は大事だ。」

 

そう言うと赤Yシャツの男がサングラスを外す、白衣を羽織った男はチッと舌打ちをしつつもサングラスを外す

 

菅沢教諭は彼らに見覚えがあるらしく普段は気だるげにしている目を大きく見開いている。

 

「朝陽に輝夜!?何故ここに・・・」

 

「ん?おぉ菅沢ちゃんじゃないの!ようやく担任をもてるようになったか?おっと中断してしまってすまないね、私は大野 朝陽(おおのあさひ)そしてこっちが・・・」

 

「チッ・・・鶴田 輝夜(つるたかぐや)だ」

 

そう名乗った2人はどうやら菅沢教諭とも知り合いらしい。

 

「先生、この方たちとはどう言う関係で?」

 

「そいつらは私の同期だ、太田南校舎別館にある研究室の研究員だが未だに在籍はお前たちのいる2年B組、特殊な部類の人間だ」

 

菅沢教諭の同期で学院の研究員でありながらB組の生徒?確かに普通ではないな。

 

「すまないね九鬼君、本来は編入生や新入生の力を見極めるのは我々の仕事なんだ」

 

「だが我々も研究や仕事の関係上中々別館を出ることが難しい、仕方なくそこで横たわっているろくでなしで妥協しているのが現状だ」

 

成程と納得してみたものの突如現れた2人の存在は警戒を強めるには十分だった。少なくともどちらも奏以上なのは間違いがない。

 

「人が寝てると思っていい気になりやがってよぉ・・・」

 

振り返ると気絶していた筈の奏が起き上がっていた。頭部への蹴りを食らっていながらダメージが殆ど見受けられない、結構丈夫だな

 

「まったく人の事をろくでなしだの何だの好き放題言いやがって、組長よ、いくらあんたでも一発ぶん殴らねぇと気がすまねぇぞ」

 

奏は既に戦闘態勢に入っている。先ほど俺とやった時以上に殺気を振りまいていやがる

 

「下がれよ奏。事実は事実だ、それに年上には敬意を払いな」

 

鶴田輝夜が静かに杖を握りなおした。成程あの杖は仕込み杖か・・・本当に一般人かよ

 

「落ち着け輝夜。まぁ確かに言い過ぎたかもしれんしな。いいだろうその喧嘩私が買おう」

 

大野朝陽がそう言ったのはスーツの上を脱ぎ捨てた直後だった。その体はやはり肥満体に見えるが脂肪の下には強靭な筋肉があることは容易に見て取れる。そしてその背中には桜吹雪の中を飛ぶ鳳凰が描かれていた。やっぱり一般人じゃねぇだろ・・・

 

「へっ逃げんじゃねぇぞ組長。彫り物晒してとんずらなんてしたら末代までの恥だぜ?」

 

「元気でよろしい、ほら来たまえ先手は譲ってやる。すまないね九鬼君、下がってくれ」

 

俺は軽く頷きながら配管を伝って教室へ戻る。教室で翔と顔を合わせ外へ目をやると既に戦闘は始まっていた。

自慢のスピードで大野朝陽の周囲を回りながら攻撃を加える奏、型も何もない打撃だが故に攻撃の軌道は不規則。しかしその場から動かず攻撃を捌き続ける大野。奏も苛立ちを隠せないのか舌打ちを続ける

 

「いい攻撃だ。今の学園でお前にかなう人間はそうはいないだろうな、最も今のだがな」

 

「っ!舐めんじゃねぇ!!」

 

鈍い音と共に大野の体制が崩れる。鳩尾に強烈な打撃が決まったか、ここぞとばかりに攻撃を続ける奏。能力を使用したか・・・

 

「ありゃ決まったかな、あの男の能力次第だが」

 

隣の翔が呟く。確かに自己強化系の能力者のあれだけのラッシュを食らえば当然只ではすまな・・・

 

「少し効いたな、悪くないラッシュだ。」

 

大野は奏の手を掴んで体制を直す。

 

「あれだけの攻撃を食らっておきながら大してダメージを受けていないだと?」

 

「それが大野朝陽と言う男だ、元B組筆頭・・・当時は灼陽の大野、霊月の輝夜なんて例えられていた男だ」

 

俺たちの疑問に菅沢教諭が答える。

 

「先行は終了だ、さぁ私の番だな」

 

大野は一瞬で間合いを詰めると奏の襟と腕を掴む。

 

「大外刈りか!」

 

柔道における代表的な技大外刈り。奏と大野朝陽、体重差はおそらく2倍以上だが

 

「させるかよ!」

 

体重差をものともせずに踏ん張っている、それどころか逆に120kgはありそうな大野朝陽を押し返している。

 

「完璧に近いかたちで決めてきたあの大外刈りを耐えて押し返せる程なのか・・・あいつの能力は?あの体格差だぞ」

 

菅沢教諭も驚いたように目を見開いている。そりゃそうだどう考えても学生のできる戦闘じゃない

 

「まさか耐えてくるとはね、強くなったものだよ奏。だがまだまだ私のターンは始まったばかりだ」

 

距離をとった奏に一瞬のうちに近付き今度は打撃戦を展開する。拳、肘、膝、足途切れることの無い猛攻を何とか捌いている奏だがやはり体重差の問題か徐々に押され始めた

 

「柔道をバックボーンにした総合格闘技ってところか。柔道の腕もさることながらあの打撃・・・あれも長い期間を経て出来上がったものだな」

 

翔の言う通りあの打撃や投げは一朝一夕で身に付くものではない。今すぐに総合格闘家に転身してもいいくらいだ

 

「私の想定以上に粘ったね、正直驚きだよ奏。その強さに敬意を表し次の一撃で決めさせてもらう」

 

大野朝陽が構えを変える。柔道に戻したか・・・釣り手の肘を脇の下に入れ相手を担ぐようなあの姿勢は背負い投げか。

 

「無駄だっての!」

 

しかし奏は耐える。そのまま引き倒そうとするが

 

「動かない・・・だと?」

 

「ふっ・・・うおおおおらっ!」

 

奏が地面に叩きつけられる音に教室の生徒が目を背ける。地面にひびが入る程の衝撃、奏は既に昏倒している。

 

「身体強化の能力者を投げて能力を使わずに一撃で昏倒させるとは・・・教諭あの男怪物ですか?」

 

「あれが灼陽の大野。警視庁の能力犯罪に対する特殊部隊通称銀の外套達(シルバーコート)から勧誘を受けていた男、怪物と言う認識は間違いではない、それと気になるから教諭はやめてくれ」

 

警察の特殊部隊から勧誘を受けていただと!?それならあの戦闘能力にも納得がいくし菅沢先生が驚くのも無理はない。

 

「朝陽。何も能力を使うことは無かっただろう。お前の腕なら最初の大外刈りの時点で決着が付いていた筈だが?」

 

「力を使ったのは投げる加減を調整するためだよ、奏が予想以上に強くなっていたものでね、あのまま投げていたらそれこそ殺してしまうところだった。」

 

大野朝陽に鶴田輝夜・・・目標である教授に匹敵するほど危険な存在かも知れないな。

 

その夜、俺は翔の部屋に集合した。昼間の一件で授業が無くなり早上がりとなったため校舎の周辺を探ることができた。

 

「どうだった翔?何か目ぼしいものはあったか?」

 

「いやダメだな。教授の痕跡、資料は何も無かった。その口ぶりから察するに颯天の方も収穫なしか」

 

「あぁ。だが一つ侵入してみる価値のある場所は在った」

 

「どこだ?」

 

「大野朝陽、鶴田輝夜のいる別館の研究所だ。あの場所にこの学院の生徒、教職員、訪問者のリストと監視カメラのデータがあるらしい」

 

「成程な。リストと監視カメラのデータを照らし合わせて目標を探すって事か、悪くないな。一応それも含めてあの人に報告するか」

 

そう言うと翔はパソコンを起動させる。あの人とは我々管理者を取り纏める謎の人物で俺も翔も直接会ったことは無い、ただし日本のどこかで管理者越しから状況を把握し適切な指令を下している

 

「こちらクラーケン6とメイデンB1本部応答願う」

 

「ああ聞こえているよクラーケン、メイデン」

 

エコーの掛かった声であの人が答える。この声とパソコン越しからでも伝わってくる重圧に毎度緊張する・・・因みにクラーケン6は俺、メイデンB1は翔のコードネームだ

 

「一日目が終わったので状況を報告します」

 

「続けたまえ」

 

「ターゲットの痕跡は確認できず、今のところは収穫ゼロです。ただ、クラーケン6が太田南校舎の別館の研究所に訪問者リストと監視カメラのデータがある事を確認したので後日潜入しようと思います。」

 

「成程、いい判断だと思います。他に報告はありますか?」

 

「それが・・・本日クラスメイトと交戦したのですが、そこに現れた人物たちが・・・」

 

「大野朝陽と鶴田輝夜だな。」

 

「ご存知なのですか?」

 

「ああ、2人の名前は知っているし衛星を介してその戦闘は見ていたからね。」

 

管理者越しから周囲を見る事ができる上に衛星まで持っいるとは・・・

 

「結論から言うとあの男たちは確かに危険だ、特に鶴田輝夜・・・あの男は優先ターゲットの教授、通称クエーレに匹敵する可能性がある」

 

「それ程ですか・・・どう対応しましょうか」

 

「鶴田輝夜の能力は非常に強力なものだ、一歩使い道を間違えれば国を一つ滅ぼしかねない。今は普通にしていろ、然るべき時に排除すればいい」

 

国一つ滅ぼしかねない能力とは一体・・・尋ねてみたが私は保護者じゃないんだぞと教えてくれなかった。

 

「それから気になることが一つ。最近安桜市の学園付近において能力者が襲われる事件が度々起こっている、被害者は警察や通行人に助けられ怪我もないようだが原因不明の頭痛と鬱に似た症状を全員が訴えている。」

 

通り魔的犯行か、それとも反サージェスト派による能力者への攻撃か・・・どちらにせよ能力者と一般の人とが調和する為には不必要な因子だな

 

「力を持つ者の為、力を持たぬ者の為イレギュラーはすべて抹消せよ。以上だ」

 

そう言って通信は切れた。翔は既に仕事モードに切り替えている、俺も切り替えなければいけない、学園生活を送るのも俺たちにとっては大事なことだが任務は何も始まってすらいない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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