安桜市はもともと小さな街だ古くは城下町として栄え軍都としての歴史も持つ。江戸時代には西洋医学の街としても知られていた、その為能力開発の拠点を決める際首都から近く広大な土地を持つ安桜市が有力候補地として名前が挙がったとか。今では学校が能力開発、教育の中心部として駅の周辺は大型商業施設や飲食店が立ち並び能力開発の仕事に付く人々や学生の寮やマンションが建設され続けるなど街の巨大化はとどまるところを知らないようである。
駅前の繁華街を抜け街灯もまばらになった夜道を私飯塚 楓は急ぎ足で歩く。夜道は好きじゃない、普段通りなれたこの道も昼とは全く違う顔を見せる。昼間は猫の溜まり場になっているそこの路地も今は永遠に続く異界への入口のように感じる。街灯によって出来た私の影は私とは違う意思を持ち今にも襲い掛かってきそうな気さえしてくる。
「はぁ、とっとと帰ろ」
まだ季節は春後半、冬に比べて日が延びて来たとは言え17時を過ぎれば辺りは薄暗くなってくる。大会の近い私達陸上部は新入部員歓迎会も合わさって学校を出たのは6時を回っていた。県大会ひいては全国大会に繋がる大会なのはわかるが生徒が襲われた事件があったというのにうちの学校も呑気なもんだと思う。襲われた3年生も悪いうわさが目立つ人だったがそれでも自分たちの学校の生徒が襲われたんだから早めに返すのが普通なんじゃないかと友人と話していた。私は発火能力を持ってるから襲われても大丈夫と友人には豪語したもののやっぱり怖いものは怖い。
「はぁ、敷地内の寮がよかったなあ……」
本日2度目のため息を吐く。学園指定の寮は敷地内と繁華街を抜けた住宅地の2ヶ所に存在する。学園の敷地内にある寮は、買い物や出掛けるには不便だが防犯や通学の面から大学生や他県から来ている学生に非常に人気がある。一方こちらは駅は近くショッピングモールも歩けばすぐと生活には便利だが通学には多少時間がかかるうえにかなり割安とは言え家賃も払わなければいけない。
「はぁ……敷地内は家賃ないのになぁ」
今日は何んだかため息が多い。生活面で、勉学の面で、近々訪れる大会、部員の関係、家族、友人、金銭、全てにイライラする。
こんな生活に、理解できない授業に、伸び悩む記録に、形だけ所属している部員との温度差が、特異な力を持った私を遠ざけた両親が、今日のあいつの態度が、学費と生活費に消えていく金銭が、憎らしい、羨ましい、妬ましい、なんで? どうして? 壊したい、殺したい。
殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……アレ?
「はぁ、はぁ、はぁ、なン……でこんナニイライラシテルノ?」
あまりの息苦しさに思わず倒れこむ。あれは溜息なんかじゃ無かったんだ、ぼんやりと薄れていく意識の中そんなことを考えていた。
「おやすみ……たしの……かわ……生徒」
誰? かすれて声になったかどうかもわからない声で目の前に現れたソレに尋ねた、しかしソレは何も言わずに路地裏の闇に溶けて行った。何だか聞いたことのある声だったような気がする確か……声の主を思い出す前に私の意識は限界を迎えた。
暦は皐月へと変わり桜の木も緑色へと染まりつつある早朝の休日、俺は鏡の前で身なりを整えながら翔を待っていた。
「この服……傍から見ればただのコスプレだよなぁ危ない系の」
黒のスーツにひれのような
「Guten Morgen! 準備できたか颯天」
ドアの向こうで危ない服を俺に支給した本人が騒いでいる、毎度毎度元気なものだと感心するよ。俺は今行くと告げ机の上にある最早化石と言っても過言では無いポリマーフレーム拳銃VP70を胸にしまい一枚の写真に目をやる。白に近い金髪に青みがかった瞳はどこか神秘的で近寄りがたい雰囲気だが、柔和な表情と幼い俺を抱き寄せる腕はどこまでも優しかったのを覚えている。姉であり、保護者であり、そして俺がこの世界に足を踏み入れるきっかけを作った因縁の相手、任務に向かう際は彼女に何か語り掛けるのが俺のルーティンになっていた。
「行ってくるぜ姉さん。今度こそあんたから事の真相を聞き出してやるさ」
ドアを開けると見慣れた浅黒い肌のガタイのいい男が一人、この制服を仕入れて来た張本人二階堂 翔が同じくナチス・ドイツ仕様のスーツをキッチリ着こなし満面の笑みを浮かべて待っていた。この男相変わらず残念な趣味嗜好の持ち主ではあるが悔しいことに彫りの深い顔立ちにガッチリした体つきがミリタリー系の服や制服とマッチしていた。
「Hallo中々似合ってるじゃん」
「お前には勝てねぇよ」
「まぁそう言うなって、それよりジズから朝一で連絡が来た、駅前に来いってさ」
俺たちは言われた通り駅に向かうため学園初のバスに乗り込む。この学園何といっても小学校から大学キャンパスにいたるまで十数の校舎と学生寮、研究施設からなる広大な敷地なので区画ごとにバスが行き来している俺たちはBブロックっと
「んで颯天はどう思う」
「どう思うとは?」
デカいおにぎりを頬張りながら隣の翔が意味ありげに問いかけて来た、てかそのおにぎりおかしくね? なんで顔とサイズが変わらないの? なんで唐揚げが二つ丸々入ってんの?
「通り魔の話だよ、千人規模の学生がいる中、能力者を集めた俺らの南校舎の学生が狙われた。ただの偶然かそれとも作為的な何かか」
「現段階じゃ何とも言えないなぁ被害にあった生徒自身が悪い噂の絶えない人物だったみたいだし、第一に通り魔事件なのかどうかすら怪しいところではあるだろう」
そう、この一件は夜の繁華街を出歩いていた彼女が偶々狙われたものなのかそれとも最初から彼女を狙った計画性のある犯行なのか確信に足る情報が少なすぎる、ジズに会ってもう少し情報を集めねば。そうこうしているうちに終点のバス停に到着した。各駅停車から有料特急まで停まる駅、隣接したショッピングモール、立ち並ぶ多種多様な店舗、休日は家族連れ等で賑わいを見せる筈の繁華街だが……様子がおかしい。
「なんだ? あの規制線はよ」
翔が指す先には黄色いテープが張られ両端に二人の警察官、数人の野次馬とただならぬ事態であることは容易に想像が付く。
「いったい何事ですか?」
翔が警察官の一人に声を掛ける。こう言う時に物怖じせずに話しかけに行くのはだいたい翔だ、物怖じせずにとは言ったが遠慮がないだけである。ほら見てみろこんな服着てるから怪訝そうな顔してるじゃん、ネオナチだと思われるわ。
「あ、あぁまた太田学園の生徒が襲われたそうだ。これで二件目になるな」
俺と翔は顔を見合わせる。素行の悪い生徒が巻き込まれた偶発的な事件かと思ったが、こうなってしまっては偶然とは言えないだろうこれは能力者を狙った事件で間違いない。
「現場を見せてもらうことはできませんかね?」
「ダメだダメだ。一般人は立ち入り禁止だ、そうじゃなくても怪しいあんたらを入れる訳にはいかんよ」
そらそうですよねぇ……こんな危ない二人組じゃねぇ……
「あー入れてやれ、そいつら俺の客だ」
俺たちは後ろから掛けられた声に同時に振り返る。よれよれのスーツを着た大柄な中年の男は、規制線の前に警察官に指示を出す。
「さ、佐々木警部……いやしかし……まぁ貴方のお連れ様ならどうぞ」
「悪いねぇ連絡不足で、さてお前ら付いて来な」
こんな知り合いはいた記憶は無いが現場を見られるならまぁいいか。俺たちは男の後に続き事件現場に入る。
「捜査一課能力犯罪担当の佐々木だわりぃけど席外してもらえるか?」
佐々木と名乗った男は現場の捜査官達に声を掛ける。捜査官達は刑事と一緒に入って来た俺達を訝しんでいるが渋々と現場から出ていく。
「さて、久し振りだな颯天、翔」
「あー誰かと思ったらジズか、相変わらず訳わからん人だなぁ最後に会った時は女子大生じゃなかったっけ? と言うか昨日の通信じゃ女だったろ」
この男? 組織で五本の指に数えられる猛者で潜入任務の達人なのだが会う度に性別どころか骨格から変わるためいまいち実態が掴めない人物、通称ジズ俺達の上司だ。
「アレお前らには言ってなかったか、こっちが表での仕事なんだよ」
刑事でありながら裏社会では能力犯罪者の抹殺や破壊工作もしている、合法的にも非合法的にも対応できてる訳ね抜け目ないねぇ。
「まぁ適当にその辺見て回れや。ガイシャは太田学園南校舎二年B組飯塚 楓、明け方通りかかった住民の通報で発見された、外傷は無し、争った跡も無し、ただし頭痛と軽い鬱に近い症状が確認されてるって言ったところだな」
「おーい! ジズ、颯天これなんだと思う?」
翔が何か見つけたみたいだな、ん? なんだこれ、ブロック塀が煤けてるな一部にいたっては変色してる、変色の度合いから見てだいたい600℃から700℃ってとこか
「確か楓さんの能力ってパイロキネシスだったよな」
「あぁ、ただコンクリートを変色させるほどの炎を出せた記憶は無いな、第一に争った形跡が無いにも関わらずここまで派手に能力を使うのもおかしな話だ」
結局この日はたいした収穫も無いままジズと別れることにした、あれ以上現場にいても何も得られないだろうからなあの場はジズと警察に任せることにしよう。
「どうする翔、だいぶ時間ができたが、たまには買い物でもするか?」
「お、いいねぇ。丁度買いたいものあるし」
と言う訳で俺達はハンバーガーチェーン店でコーヒーとハンバーガーの朝メニューで時間を潰すことにした。店員のお姉さんは俺たち二人を見て当然の様に危ないものを見るような目で見てきたがもう気にしない。
「あれ後輩君じゃん? やっほー」
聞いたことのある声がしたのでそちらを向くとこちらに向かって手を振る女性が一人。スラっとした手足が流行りのファッションによく似合う、だがそれ以上に目立つ杖をついた彼女は……
「芽亜先輩奇遇ですね、買い物ですか?」
「そうそう食材とか色々ね、そっちは友達?」
「はじめまして二階堂 翔っす。こいつとはまぁ古い馴染みみたいなもんです」
彼女を見て一瞬仕事モードの目付きになったがすぐにいつものおちゃらけモードを取り戻す。この辺りは流石だなもう結構打ち解けてる感じだしな
「そっかーじゃあ翔君も私の後輩だ。あ、そうだよかったら三人で見て回らない? 二人ともこっちに来たばっかりでしょ私が案内してあげる」
「いいですねぇ行きましょう!」
やっぱりこいつは人と打ち解けるのがはやいな。まぁ買い物は人数が多い方が楽しいし。
「じゃあ行こっか」
芽亜先輩はだいぶここで買い物慣れしているのかショッピングモール内の案内が非常に的確だった。気に入った店も何店かあったし、翔にいたってはミリタリー関連の服や小物の店のスタッフと早速意気投合して連絡先まで交換してたもんなぁ。お、このパーカーかっこいいし動きやすそう。
「いやぁしかし休日だけあってフードコートはいっぱいだねぇ」
休日のフードコートは家族連れやおそらく学生と思われるグループでごった返していた。芽亜先輩は席を探してくると行って先に行ってしまったので俺達は入り口で待機することにした。子供の手を引いてそそくさと俺達から離れていく親御さん達を見ると心が痛む……アレ何? とか言って指ささないで……
「しかし、血濡れの聖女の噂は吹かしじゃなかったんだな」
急に仕事モードになった翔がボソっと呟く。
「お前は何がわかった?」
「足に異常があるがそれを感じさせない歩行、隠しちゃいるがあの拳殴りなれしてる、細く見えるが足の方も相当に鍛えてる。足に異常があって尚当時と同じ戦闘力があるとすればその技術は教わる価値があるな」
確かに彼女が戦ってる姿を見たわけでは無いが今でも当時と同じ強さを有しているなら、負傷時や動きを限定された場面での戦闘技術の向上に役立つのは間違いない。二人してうーんと唸っているうちに芽亜先輩からメッセージが届いた。席見つけたってさ
「芽亜先輩、今日の夜学校の屋上に来てもらえませんか?」
最初に切り出したのは翔だった。
「え? やだなぁ翔くんもう私に惚れたの? まいったなあ今そういうの募集してないんだけどなあ」
「いやそう言う訳じゃ……俺達の仕事とでも言った方がいいですかね」
「ふーん成程……そう言う事ね」
芽亜先輩の顔から笑顔が消えた……それと同時に彼女の内側から得体のしれない気配がふつふつと湧き上がってくる。これだよ、この気配、俺より更に殺しに長けている翔でさえ冷や汗を流す程の圧倒的闘気とても高校を卒業して間もない女性のそれでは無いな。
「まぁいいよ、今晩ねわかったわ。何をするのか楽しみにしてるわ」
じゃあねと去っていく比較的小柄な筈の彼女の後姿はいやに大きく見えた。暫く無言だった俺達は重圧から解放され大きく息を吐く。これは万全の準備をしていかないとな。互いに頷きあい寮へと戻り準備を始める、今彼女と争うつもりは無いが万が一に備えねば。
そして夜が訪れる……
太田学園は小高い丘の上にある。その為校舎の屋上は街を見渡せるある種の絶景スポットだった。この時間でも親御さん達の部活やらなんやらで学校は開いていたりするので侵入は簡単だった。ナチス・ドイツ風の軍服にマントを羽織り顔を隠した男二人が夜の学校に侵入、見つかれば大ごとだがそこは俺達の腕の見せ所だ、誰にも見られず忍び込めた……筈
「綺麗なもんだなメイデン」
「まったくだ。出来ることならさっさと終わらせること終わらせて卒業まで平和に過ごしたい。そう思っちまうよ」
「本当よねこの景色、私も学生時代躓いた時はよくここに来たっけ」
来てくれたか。芽亜先輩は昼間とは打って変わってスウェットにパーカーと動きやすさ重視の格好、杖も昼間とは形状が違うな。
「さてどこから話していいのかまずは俺達の目的から話すよ」
「あーストップ。いやぁごめんね一人で来る予定だったんだけど……見つかっちゃった☆」
舌を出しておどけて見せた彼女の後ろ屋上への入り口から大柄な男が現れた。
「芽亜下がりなさい」
「いや理事長、さっきから言ってるけど私に危害が及ぶような話じゃ無いんだってば、おーい聞いてる?」
太田南校舎の理事長、大森 隆盛この人が出て来るとは予想外だったなぁ……
「ここは俺が行くぜクラーケン、荒事にはしたくなかったが少し眠っててもらう」
メイデンこと翔が右手を三本貫手にして前に出る。一瞬光ったソレは麻酔針か、荒事にはしたくないなんてよく言うよ準備万端じゃねぇか。念のため俺もスーツの中の銃に手を掛けるゴム弾仕様だが動きを止めるには十分だ、この距離じゃまず外さない。
「強いな……だが今更後にも引けまい。さぁ掛かってくるといい」
理事長が構えを取ろうとした瞬間翔が動いた。靴を顔面へ飛ばして目潰しに使い麻酔針を仕込ませた貫手でブスリ、並みの奴なら終いだな
「……!?」
へぇダッキングで躱したか、理事長もそれなりの腕はあるのか。しかし翔の様子がおかしい……
「お、おいこいつはやべぇぞ」
そこまで言うと口元を抑えせき込み始めた、その口元は血で染まっている。反撃? あの一瞬で? いやそもそもあの至近距離から翔を吐血させるほど一撃を? 理事長はスーツを脱ぎ捨てワイシャツの袖を捲くる。
「うーんやはり鈍ってるか、ウエイトを増やしてみたがまた鍛えなおしか」
やっぱり理事長はなんらかの格闘技を相当やってるみたいだな、初めて会った時から妙にガタイがいいとは思ったが。下がって来た翔が俺の耳元で呟く
「はあ……はあ……当たったぜ颯天、どっかで見たことあると思ったんだ。あの左フックで完全に思い出した、間違いねぇあいつはボクシング世界王者だ!」
一年以上間を開けての更新・・・色々ありましたがまた書いて行こうと思います!
また温かい目で見守ってくれればと思います。