「世界王者? あの体格だと結構重量級じゃねぇか、ミドル級より上って王者いないんじゃなかったっけ?」
「お前は興味の薄い事はホントに調べないのな……とにかく、
「何でだよ? アウトボクサーのフットワークやパンチの技術は見てるだけでも芸術の域だと思うんだが」
極まったアウトボクサーはインファイトを得意とする選手を抑え込むことも多いのだとか。相手の距離を保ちながら確実に体力を削ぎ落し頃合いを見て強烈なパンチで相手を仕留める、ボクサー崩れの奴らには何度も苦戦させられたもんだ。
「そりゃそうだが人間てのは判定勝ちの試合より劇的な試合が見たいんだよ、リング外の消費者はド派手に殴り合うインファイターが好きなのさ。んで南雲は周囲の期待と反してベルトを賭けたその試合で至近距離からの強烈なラッシュで勝負を決めちまった。さっき俺が食らったダッキングからのボディフック、相手の視界から雷の如く消え去り槍とまで称される一撃で数多の強豪を沈めてきた、人呼んで『雷槍』ニックネームにもなってる奴の必殺技だ」
「随分詳しいな。私の自己紹介がほとんど済まされてしまったよ、嬉しいものだよまだファンがいたとはね」
理事長は嬉しそうに手首を回しながらまだかまだかと言わんばかりに俺達を待っている。翔のダメージもデカいそうだしここは俺が出るか? 一歩踏み出そうとした俺を翔が制する。
「突然の引退宣言から10年か、面白れぇ……下がってろクラーケンこいつは俺が喰うぜ」
翔は小声で俺に告げるとゆっくりと立ち上がり口元を拭うとダラリと下げた腕をコンパクトに構えなおす。オイオイあいつボクシング世界王者にボクシングで挑むつもりかよ!? 構えを取った両者の間にヒリつくような闘気が漂っている。先に動いたのは翔。高速ジャブからのボクサー顔負けのコンビネーション、しかし相手はチャンプそう簡単に攻撃は通らない。重量級とは思えない機動力と同じくらいの体格の翔をガードごと軽々弾き飛ばすパンチ力、徐々に翔が押され始めた。
「どうした? 後手に回っていては前へは進めんぞ」
「わかってるって、うるせぇなぁ。やっぱ単純な殴り合いじゃ勝てねぇか……」
攻撃を躱していたいた翔がだんだんんと攻撃を捌き始めたそして
「むっ!?」
気が付けば翔の拳を肘を理事長が躱している、アレは──回天──か受けから攻めへ瞬時に転じる、並みの人間なら倒される寸前まで攻守が入れ替わった事すら気付けない翔の得意技だ。異変に気が付き反撃を試みた理事長も流石は元世界王者と言ったところかしかしアレの前では抵抗も虚しいところか。目突きを躱した理事長の体勢が崩れた、それを見逃す翔では無い。
「これで詰みだ」
あの体勢からじゃ翔の拳は躱せねぇな、けど大丈夫か、殺しかねない勢いなんだが加減してんのかあれ?
「あ、やべっ」
顔面を狙った翔の拳が空を切る。攻撃に合わせて脱力、上半身を地面スレスレまで下げて躱したってのか!? そしてその体勢から満を持して世界を捻じ伏せた
「なに……?」
最高のタイミングで攻撃を仕掛けた筈の理事長が片膝立ちのような形に体勢を崩す。翔の方は雷槍を軽く押さえているだけ、あいつまた新しい技を身に着けたのか?
「あぶねぇ、咄嗟の思い付きだったが何とかなったぜ。──C6N──とでもしておくか」
C6N……大日本帝国海軍の偵察機彩雲かあいつらしい名前だな。驚きに硬直していた理事長が何か理解したかのようにスッと顔を上げる
「力の向きか……してやられたな」
そうか、雷槍の力を捻じ曲げて体勢を崩したのか。翔のあの技は身体能力の強化によるものでは無い、身体能力の強化はあくまで能力の副産物に過ぎない。翔の真の能力はざっくりと言えば力の操作、地面を蹴れば一流のスプリンターを抜き去り、殴れば金属を叩き折る攻撃力を発揮する。自分にかかる力しか操作できないと翔は言っていたが触れたものの力も操作できるようになったのか、やるじゃん。
体勢の崩れた理事長の頭部へ蹴りを放つ翔、すぐさま体勢を立て直し右ストレートで迎え撃つ理事長、どちらも必殺の一撃。
「はい二人ともそこまで」
激突の瞬間二人の間に割って入った影が一つ。屋上の柵に腰掛けて戦いを見守っていた芽亜先輩が二人の一撃を受け流し或いは受け止めるようにして戦闘を終わらせる。
「もう充分。これ以上やると怪我じゃ済まないよ? 翔君も後輩君もここまでやったんだしバラしちゃいなよ正体」
自分より遥かに体格の良い二人の一撃を事も無げに捌くとは、この人やっぱり……。やれやれと言った様な感じで理事長は早々に拳を引っ込める。しかし翔の方はいまいち納得のいかないご様子。
「どいてくれねぇか先輩? 王者と手合わせの機会なんてそうそうある訳ねぇもう少し楽しませてくれよ」
あーあーまた始まったよ翔の“悪い病気”が。夢中になるとすぐ目的を忘れるんだから困ったもんだ。流石に止めに入ろうとした時連絡用の携帯から通知音が鳴る、発信者はジズか、画面には【折り返せ】? 少しやな予感を感じつつダイヤルを回す。
「あぁクラーケンか、すまないね急に」
数コール後に聞こえてきたのは聞き慣れない女性の声。アレ番号間違えた? いや発信者名タップすればその番号に繋がるんだからそんなことは無いはず。
「あの……えーと、ジズから折り返せとの事だったのですが……」
「あん? 何言ってんだ、ジズはあたしだぞ? 勉強のしすぎで脳味噌溶けたか?」
あ、本人でした。いやそうじゃ無くて、なんでものの数時間前まで無精髭のしかも野太い声の大男だったのにこうなるんだ……俺の知っているジスは今のところ俺たちを育て上げたズボラで胡散臭いが確かな実力を持つ上官、無精髭を生やした大柄な刑事、女子大生だった事もあるな。そして今電話の向こうのハスキーボイスの女性、全部同一人物だってのか? 訳がわからん。
「あんた実はキ◯グギド◯みたいに頭が三つあったりするのか? それかダ◯か……」
「そんな三ツ首の怪物やら宇宙の怪人と一緒にしないでくれる? まぁそれはいいとして、メイデンも一緒?」
一緒は一緒なんだが……と後ろを振り返る。予想通りと言うか何と言うか、未だにチンピラの様に睨む翔と臆する事なく睨み返しているものの乱れた服装を整える理事長、二人をどうにか御する芽亜先輩。すみませんねうちのおバカが。
「何でもいいが今から本部まで来てくれる? そっちに車はまわしておいたから」
んじゃと一方的に通信を切られてしまったが。えぇ……本部に召集か、俺達何かやらかしたか? 取り敢えずまだ理事長に食い付こうとしてるおバカを下がらせて本部に向かうとしよう。理事長と芽亜先輩には後日きちんと話をすると言う事でその場を収めて車に向かう。
車に揺られる事約一時間。IT企業が立ちならび在日大使館、大規模な商業エリアや高級住宅街までを擁する日本経済の一翼を担う港区。その一角の高級住宅街白金台に俺達『管理人』の本部はある。
「久し振りに来たな。運ちゃんありがとさん」
とある二十階建高層マンションのエントランスに車を停めて貰いお礼を言って俺達は車を降りる。ここまで運んでくれたおじいちゃん運転手は柔らかい笑顔で一礼して去って行った。ファミリー層の多いこの住宅街も九時を過ぎればだいぶ静かになる、それはこのマンションも同じ。エントランスから待合スペースを通りエレベーターホールへ向かう。
「慣れねぇな、広い、豪華でそして高い。(値段が)ブルジョワジーの住まいってのはよ」
翔がそうボヤく。まぁ確かにこいつは物置小屋みたいな空間の方がかえって落ち着くとか言ってたしな。実際にこいつの部屋は野戦服やら武器やら、俺には到底理解できんような外国の戦術指南書やらが散乱してて凄い事になってる、何度銃やらなんやらに足を取られて転びかけた事か。ただ大事な物は桐のタンスに仕舞っているらしくそれらの物が出しっぱなして言うのは見たことない。
「まぁわからんでも無いけどさ、やっぱり少し憧れるよな。こう言う高級マンションに所帯を持つてのも」
「家庭を築くか、俺にはわからねぇな。親の顔も知らねぇし唯一一緒に生活してた妹も死んじまってるしな」
やべぇ、地雷踏み抜いた……児童養護施設で知り合った俺達は互いの過去をあんまり詮索しないようにしてたから知らなかったとは言えこれにはかける言葉が思い付かん。
さて微妙な空気のままエレベーターホールに到着っと。さて全部で六基あるエレベーターはどれが本部へと繋がる正解でしょう……答えは全部ハズレだ。俺はホール中央、幾何学模様の床にIDをかざす。ピッと微かな電子音と共に床の模様が鈍く光る。次の瞬間俺達は無機質な壁の前にいた。
「おー着いた着いた」
マンション地下数百m、東京都の地下に広がる迷路、東京メトロの合間を縫って造られた俺達管理人の本部、通称『
12345jp違うな、09876jp違う、暗号化されてたっけ? 11:65:71:53:24(アホマヌケ)いや違うなぁ……
「おーい、はやくしろよー」
「待ってろって、えーと……」
生年月日逆から足して年齢掛けて442JPこれだろ! 『オカエリナサイマセ、クラーケン06、メイデンB1』合成音声と共に重たい扉がゆっくりと開く。扉の向こうは奈落を意味する名に反して白い天井に輝く床。暫く廊下を歩くと翔が口を開く。
「ここ苦手なんだよな、なんつうか白すぎると言うか明るすぎると言うか、泥梨ってのは奈落だか地獄だかの意味だろ?」
「付け加えるならサンスクリット語のNirayaを音写したもの、奈落もNarakaとして同義語と言われているわ。思ってたよりも早かったわね二人とも」
廊下の曲がり角、白い壁に寄り掛かって俺たちを待っていたのは、パンツスタイルがよく似合う中性的な美女。スラッとした長い手足、引き締まったモデルばりの体型、青が混ざったような黒いウルフカットがその中性的な顔立ちによく似合う。ひょっとすれば男性モデルよりイケメンなこの美女、本来なら俺の知り合いリストにはいない、いや実際にはいないと言っても良いんだが。この声には覚えがある。
「で、急な呼び出しってなんですかね? ジ・ズ・さん」
そう。俺たちの教官だった男、今朝方事件現場にいたゴツい刑事、通称ジズ。8人いる管理人幹部の一人で管理人全体で見ても1、2を争う実力者。後ろで「お、知り合いか?」と茶化していた翔が口が床につくような勢いで大口開けてフリーズしたのが容易に想像できる。わかる、わかるぞ翔。今朝まで筋骨隆々の中年男だったのがものの数時間で宝◯歌劇団で男役が務まりそうな美女に大変身したんだものな明智探偵もびっくりだろうよ。
「主宰様がクラーケン、お前にと前々から話していたの。丁度供物との連絡会も近かったしパートナーのメイデンも一緒に来てもらったってわけ」
「供物か……3人ほど別格の幹部がいるって噂は聞いた事がある。8人いる幹部の中でその3人だけは、特定の任務の為国を離れてるって話だ」
「うん、噂程度の話もよく取り込んでるわね。まぁこんな所で立ち話してても仕方ないわね。こっちよ」
ジズの後を追って白い廊下を更に奥へと進む。何度か泥梨には来たことはあるけど、ここまで奥まで来たのは初めてだな。知らない部署をいくつか超えて着いたのは小さなエレベーター……と言うより荷物用昇降機って言うんだろうなこれ。
「上がるわよお前たち。屋上よ」
「テレポートで地下に来たのにか? だったら上のエレベーターとかテレポートでも良かったんじゃね?」
「屋上へ行くエレベーターは地下にしか存在しなしテレポートで侵入しようとしても別の座標に跳ぶように細工が施してあるの。警備、防犯の為にね」
そう言うジズの後について俺たちもエレベーターに乗り込む。3人が乗るとこのエレベーター非常に狭い、肩幅の広い翔が邪魔なので俺たち二人で身を乗り出すようなだいぶ無理な姿勢になる。1分ほど屋上を目指して揺られ俺の太ももが限界を迎えようとした時、エレベーターが止まった。開いた扉から倒れ込むようにして外に出る。産まれたての子鹿のような足を押さえて顔を上げると、そこには泥梨以上に異様な空間が広がっていた。
「なんだ……これ?」
時計の長針は22時を少し過ぎた事を表しているが、頭上からは真夏のような陽射しがカッと照りつけている。まだ薄ら寒い外とは対照的な汗ばむような、纏わりつくような気温。本当に同じマンションの屋上なのか? ここは
「オイオイ、マンションの屋上じゃねぇだろ。見ろよ、アロエにサボテン、ベンケイソウ、これはハマミズナか。どれも乾燥地帯の所謂多肉植物ってやつだな。それにこの屋上の様式……」
翔もこの屋上の異様さに気が付いたか。雲一つない空に浮かぶ太陽(?)に肌に突き刺さるような乾いた気温、多種多様な多肉植物、張り巡らされた水路や噴水を見るとスペインからインドにかけて影響を及ぼしたペルシャ式庭園を意識したものだろうか? しかし暫く歩いて噴水を超えた辺りから段々と植えてある植物が松や桜に替わりはじめた、それに合わせて周りの風景も池や砂利を中心とした日本庭園に変化してきた。
「今度は日本庭園か。ごちゃごちゃしてて訳がわかんなくなってきた」
「それは俺も思ってたわ、しかもさっきまで和風の庭園だったのがもう変わってるぜ、中国庭園かこりゃ? まさにカオス」
確かによく見るとここは木や珍しい形の岩をふんだんにに使い一つの世界を表しているようにも見える。混沌とした場所だが、それぞれを一つの庭園として見れば素晴らしい景観ではあるし、気分転換の場所にはもってこいなんだろう。橋の下では色とりどりのニシキゴイが餌をくれと言わんばかりに水面に集まってきている。お、あの赤黒の奴はデカいな1メートルくらいある。
「なぁジズぅいつになったらボスの部屋に着くんだ? もう結構歩いてるぜ」
翔がぼやくのも無理はない。もう既にエレベーターを降りてから10分は歩いてる、いくら大型の建物と言っても一棟のマンションの屋上としては明らかに不自然だ。それにこの庭園……明らかに屋上の面積よりデカい。池も水路も下の階に影響のある深さにみえる。
「もうすぐだ。ほら見えてきたぞ」
ジズが指差す方向を見て俺はまた頭が痛くなって来た。いやこれだけ訳の分からない景観なんだ、何がきてももう驚くまいとは思っていたが。和風な庭園の中に不自然に建つ洋風の建造物、大袈裟な曲線を描く屋根、過剰とも言える程に施された装飾や色、豪華絢爛をそのまま体現したかのような装いに反して側面や裏側は非常に簡素な作りしている。
「最後はバロック建築と来たもんだ。どうやらここの住人はカオスな空間がお好みらしい。なぁ颯天」
「ホントにな。ツッコミ疲れるよこれじゃ」
そう言いながら俺たちはジズの後に付いて中へと入る。思った通りと言うか見た目通りと言うか内装も豪華そのもので、天井に大きく描かれた騙し絵は実際の高さ以上の空間を演出し、床に描かれた星空によってまるで宇宙空間にいるような気分になる。
「さぁここが主宰様の部屋よ」
ジスが開けた扉の向こうは、何と言うか椅子のない礼拝堂とも言うべき空間だった。ここも派手なステンドグラスや絵画、芸術など他の場所と遜色ないような派手な空間に仕上がっている。部屋には既に3人、壁に寄りかかって腕を組んでいる男、テーブルでお茶会を開いてる女性が2人。どれも歴戦の猛者だって事が雰囲気から容易に想像が付く。壁に寄りかかっていた男は俺達の方に向き直り口を開く。
「よっしゃ揃ったな。それじゃ連絡会を始めますかねぇ」
また非常に間が空いての更新。本当は1週間くらいで更新出来れば良いけれど…本文中の誤字脱字やおかしな箇所はどんどんコメントください(お褒めの感想も欲しいところではあるけど)修正すると共に文章力を付けていきたいと思います。