この話は第五話だった話を第四話として再投稿します。
「ただいま、母さん」
「お帰りなさい。出久」
真夏の暑さが去って行き、心地よく涼しく爽やかな空気が流れる秋の季節。
学校を終えた僕は寄り道をせずに真っ直ぐに自宅へと帰還し、家にいた母さんに"ただいま"の挨拶を交わした。
挨拶に関しては口に出して言ってるから、いちいち説明するまでもないだろうけど、一様説明させてもらう。
「あ、出久。今日、安売りしてたから、おやつにドーナツ買って来たわよ」
「ありがとう母さん」
母さんに言われて、僕は食卓の上に置かれていたドーナツの箱に手を掛ける。
僕は皆が大好き・・・・かどうかは解らないけど、恐らく多くの人達に愛されて居るであろう、ミス〇ードーナツのドーナツを手に自室に向かって行った。
いつもならば学校が終わったら真っ直ぐ家には帰らず、学生塾跡に立ち寄っているのだが、今日は真っ直ぐ家に帰って来た。
学生塾跡に住んでいる、一蓮托生となった僕のパートナー・・・・忍野忍の事を放って置いても良いのか? と言われてしまうかも知れないけど、これにはちゃんとした理由がある。
「戸締まり戸締まりと」
自室に入った僕は持ってきたドーナツを勉強机の上に置き、直ぐにドアとカーテンを閉める。
「出ておいで・・・・・忍」
「・・・・・・・・・」
僕が呼ぶ声と供に彼女・・・・忍野忍が現れた。
そう。僕が真っ直ぐ家に帰ってきた理由は、僕のパートナーである鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード改め、忍野忍は僕の家に居たからだ。
正確に言うと、家で留守番をしていたわけでは無く、忍は僕の影の中にいる。
これは忍の能力の一つであり、彼女は主従関係でリンクしている僕の影の中に潜む事が出来る。
僕と彼女がこうなった経歴なのだけど、僕と彼女に助力してくれたアロハのおじさんこと、忍野メメさん。彼が別件でどうしてもこの国を離れなければ行けなくなってしまったらしい。
それで、監視が出来なく成ると言う事で、彼女は僕の元に来る事に成ったのだ。
ヒーローの資格も無い僕に任せても良いのか? と最初は思ったけど、忍野さん言うのは、彼女は僕と一緒に居た方が危険が無いと判断したようであり、政府に働きかけ、彼女の事は僕に一任してくれたのだ。
僕にとっては彼女と供に居られるから嬉しい限りの事であったけど、ただ一つ、母さんには彼女の事を話していない。
理由は彼女・・・・忍野忍は"特殊指定ヴィラン"と言う特別な肩書きがあり、一般人には公に出来ない存在であるからだ。
今でこそ無害認定を受けては居る彼女だけど、もし僕が死んだら元の最強の吸血鬼に戻ることはいつでも出来るらしく、政府には未だに危険視されているらしい。
故に彼女の事は家族である母さんにも話す事が出来なかった。
母さんに内緒にするのは心苦しいけど、お国の命令じゃ仕方が無いし、僕ではそれに抗えない。だから、彼女の事は僕と関係者だけの秘密に成っている。
「おはよう忍。よく眠れたかい?」
「・・・・・・・・・」
僕の言葉に返事を返さない忍。時刻は既に夕方を指しているのに"おはよう"と朝の挨拶を交わすのはおかしいと思われるかも知れないけど、彼女に取ってはこれが正しい。
彼女は常に僕の影の中にいるけど、日中は殆ど眠っていて、大体、朝の八時頃に眠りに付き、夕方辺りに目覚める。
完全に夜型、吸血鬼らしく夜の住人をやっていた。
僕も吸血鬼擬きの存在であるから、夜にはめっぽう強くなったけど、その分、朝が低血圧の人のごとく弱くなってしまった。
お陰で学校への登校は、いつも遅刻ギリギリだ。
最近では忍が眠りに付く前に起こしてくれる等と言う事をしてはくれているけど、それでも朝起きるのが辛くなってしまった。
学校でも休み時間やお昼休みに睡眠を取ることもしばしば・・・・。
まあ、無駄話が多くなってしまったけど、彼女が僕の家に居る理由はこんな具合だ。
ちなみに忍野さんは音信不通だけど、たまに向こうから非通知で連絡が来たりひょこり現れたりと、何とも奇妙で神出鬼没の事をしている。
「さあ、忍。食事の時間だよ」
「・・・・・・・・・」
僕は彼女を抱き寄せて、首元を差し出した。
彼女の食事は当然、僕の血だ。
吸血鬼の力が今だに強い彼女はどうしても血を摂取しなければいけないから、三日に一度は僕の血を捧げている。
彼女の為なら血を差し出すの事何て苦には成らない。
だから僕はこうして彼女に血を・・・・・・・・・・あれ?
「・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの、忍?」
僕の腕の中に居る彼女が血を吸おうとしなかった。
どうしたのだろうか? 返事は返さないけど、呼べば必ず僕の方に目を向けてくれるのに彼女は僕の方には目もくれず、僕の後ろに視線を向けていた。
その視線の方角には・・・・・。
「・・・・・・ドーナツ?」
ドーナツがあった。
母さんが僕のおやつにと買ってきてくれたミス〇ードーナツのドーナツ。
勉強机の上に無造作に置いたドーナツに彼女の視線が行っていた。
「・・・・・・・・・・・」
僕の腕に抱き抱えられながらも、ジッとドーナツを見つめる彼女。
しかも、だんだん身を乗り出し、僕の顔を正面から手で押しのけるようにしてドーナツに向かおうとしている。
さらに口元がつり上がり、下をすするような音まで立ててドーナツに手を差し出そうとしている。
「むがっ! ちょっと待った! ちょっと待った! お座り!」
彼女のいつもと違う行動に驚いた僕は、少し慌ててしまい、彼女から離れて机の上にあったドーナツを手に取った。
すると彼女は・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・」
「何やってんの?」
彼女はお座りをしていた。
それは床に腰掛けていると言うものでは無く、犬がしているような本当のお座りをしていたのだ。
ひょっとして僕が口にした"お座り"の言葉に従ったのだろうか? 彼女の視線は未だにドーナツに向いているけど・・・・。
ドーナツ欲しさにお座りをした? なら、"お手"と言えばお手もするのだろうか・・・・・。
「いや、ちょって待て! ちょっと待て!」
僕は今、もの凄く危なくて危険な発想をしていた。
この発想はいけない! かなりいけない! もの凄くいけない思想だ!
中身は大人だけど見た目は幼女の彼女。そんな彼女に犬のような仕草を求めるのはかなり危なく変態的な思想だ!
僕は変態では無い。断じて変態では無い!
どっかの物語に出てくるような、メガネの委員長の胸を揉んだり、大きなリュックを背負った少女のパンツを脱がそうとしたり、実の妹と一緒にお風呂に入ったあげくキスをしようとするような、変態的な主人公とは違う!
だから僕は、彼女の前で正座をし、ドーナツを彼女の前に置いた。
「・・・・食べたいの?」
「(コク)」
僕の問いに彼女は頷く。
「・・・・・・どうぞ、お召し上がりくだ」
「『ガツガツ! ムシャムシャ!』」
僕が言い切る前に彼女はドーナツに向かって飛び出し、ドーナツを頬ばって行った。
まるで肉食獣が草食獣を貪るかのように、次々とドーナツを平らげて行く・・・・。
「(モグモグモグモグ)」
彼女はあっという間にドーナツを食べ尽くしてしまった。
吸血鬼というのはドーナツが好きなのか?
いや、彼女も元は人間であった筈だから、別にドーナツを好んで食べてもおかしくはないか?
お陰で僕のおやつは無くなってしまったけど、彼女の好物がドーナツであると言う事を知ることが出来たから、これはこれで良しとして置くか。
僕は散らかったドーナツの箱やゴミを片付け、机に向かって腰掛けた。
――その時。
「『パッないのー! この輪っか状の食べ物マジでまいうー! 正に甘みの詰まった指輪の宝石箱じゃ!』」
「!? 今、喋った!!」
「(モグモグモグモグ)」
どこからともなく聞こえて来た喜びの声。僕は声がした方に振り向くと、そこには粗食音を立てながらこちらを見つめる彼女の姿があった。
「ねえ、今喋った!? 喋ったよね!?」
「・・・・・・・」
「今喋ったよね!? 間違いなく喋ったよね!? お願いだから喋って!!」
「・・・・・・・・・」
僕の言葉も空しく彼女は何も喋らなかった。
「出久、ちょっとうるさいわよ、ご近所迷惑でしょ! て言うかあなた、一体誰と喋ってるの!?」
「何でもないよ母さん! 独り言だよ! 独り言!!」
声が大きすぎてしまったようであり、母さんに気付かれてしまった。
忍の存在を知られては不味いため、僕は慌てて母さんを説得する。
「ふ~、危なかった」
「・・・・・・・・・・」
何とかして窮地を脱することが出来た僕は再び彼女を見つめる。
気のせいだったんだろうか? もの凄く流ちょうに喋っていたように聞こえてしまったからかなり驚いてしまったけど、結局彼女がそれ以降喋ることは無かった。
今日は驚きの出来事が起きてしまったけど、彼女の新たな一面を見る事が出来た。
これから続くであろう僕と彼女の人生に取って一歩前進と行った所だろう。
こうして僕と彼女の生活は続いて行った・・・・・。