また気が向いて、いいお話が思いついた時に、お会いしましょう。
「緑谷、……お前、ちょっとこっちに来い?」
なんて呼び出しを受けている僕。
朝早くに登校して、真面目な警察官に呼び止められながらも、雄英に入り教室へ一番乗りをした僕は、クラスメイト全員の顔を見合わせた。
最初に登校してきたポニーテールの長身グラマラス女子。おっぱいを揉んだらさぞ気持ちがよかろうなどとは口が裂けていえない可憐な女子を機に、ぞくぞくとクラスメイトになる生徒たちが登校してきたのだ。
往年のごとく幼なじみのかっちゃんはにらみつけてきて、実技試験の時に顔を合わせたメガネの男子と地味目の女子に、「君、あの時、燃えてたけど大丈夫だったのかい!」などと、慌て口調で詰め寄られたものの、クラスメイト全員が登校し終えたところで、沸いて出るように現れた担任に「体操服を着てグラウンドに出ろ」と言われ、〝個性把握テスト〟なる課題を化せられたあげく、〝トータル成績最下位の者は除籍〟などという理不尽極まりない、苦難を強いられた訳だ。
テストは八種目。
ソフトボール投げ、立ち幅跳び。
50m走、持久走、握力、反復横跳び。
上体起こしに長座体前屈と言った、量る意味が乏しい種目も含めて、それらのテストで僕は好成績をマーク。
50m走は三秒台。握力は300キロを刻む。
ソフトボール投げに至っては、『807m』先までぶん投げて、先のデモンストレーションでかっちゃんがマークした『705m』を大幅に上まわったものだから、殺意と興味と関心の視線のレーザービームだった。
ジャーシの下にパーカーを着ると言う変な出で立ちながらも、それらの種目を全てこなし、見事、『総合成績二位』と言う、誇るべきか苦やしむべきか、少なくとも責め立てられるような成績ではない成績をおさめることができた。
一位のポニーテール女子からは興味を向けられて、三位の傷跡男子からは妙な対抗意識を向けられた。残念ながら四位と言う、たちの悪いメダル圏外にランクインした幼なじみからは殺意を向けられもしたが、成績を開示された後に、『除籍は君らの最大限を引き出すための、合理的虚偽』などという、後付け満載なサプライズを提示されて、全員が安心を取り戻して教室へと戻ろうとした中で、なぜか僕だけ担任の先生に呼び止められてしまったのだ。
いったい何だろうか?
少なくともお説教を受けるような不甲斐ない振る舞いはしてないはずだ。
むしろこれで、不甲斐ないなんて言われたら、僕よりしたの成績に人たち全員が不甲斐ないことになってしまう。
わざわざ校舎の裏手にまで連れてかれて……。
ま、まさか、愛の告白!?
ふ、ふざけるんじゃないぞ!
言っておくけど僕は、BLに対する態勢が備わってなんかいない。
少し前に知り合った、一つ後輩の女の子。自らを『百合』と公言する変態女子の自宅にて、彼女が所持する大量のBL小説を整理整頓を手伝わされたりもしたが、僕はいたって平常だ。かわいい女の子が好きだし、何より、忍いがいの相手の愛情なんて応じるわけにはいかない――
「単刀直入に聞く。……お前は何者だ?」
「いやいや、先生。そんなの緑谷出久としか言いようがないですけど……」
単刀直入を単刀直入で返す僕。
同時に、意味のない不安を解消されて安心を手に入れた僕。
続け様に相沢先生が、
「お前のことは実技試験の時から見ていた。……試験の時に見せたギミックに対しての大パワーや発火して燃え上がったこと。」
見てたなら消火活動をしてほしかったな、と思う僕だった。
「そして、実技試験の時よりも明らかに身体能力が向上していて、身のこなしも他以上。……くわえて、俺以上にアングラな格好をしているときた」
し、失敬な!
僕は好きでこんな格好をしてるわけじゃあないぞ。
「何を聞きたいのか、存じませんけど、僕は真面目に試験を受けて入学した生徒にすぎませんよ。……他にようがないなら失礼します」
そう言い残して僕はきびすをかえした。
――が。
「!?」
ガシッと拘束。
僕は背後からぐるぐる巻きにされてしまう。
「お前のことは、調べれば調べるほどおかしかった。四歳の個性診断、無個性を言い渡されて、以後は中学三年がまで無個性として過ごす。だが、それ以降の雄英に受験するまでの記録データが何故か国によって極秘登録されてて、いくら調べても情報が集まらない」
なにそれ? 初めてきいたんですけど!
「お前は、国が定めた『極秘指定人物』……これになるには、内閣大臣クラスの権力と莫大な資金が必要とされる。日本屈指のヒーロー科といえど、そんな人物が一生徒として入学してきたのなら、怪しむのは当然だ。おまけに、うちの校長ですらお前の素性を知り得ていない」
おいおい、僕は何様にされてるんだよ。
「極秘指定人物であるならばヴィランではないだろう。だが、これでも俺は、生徒を守る身にあるヒーローだ。他の生徒のためにも、……そして同じ生徒であるお前のためにも、担任として知る必要がある」
ここで相沢先生の髪の毛が逆立った。
「答えろ。……お前は何者だ! なぜ雄英に入学した!」
なんて言われてもなぁ。
自身の身分を今は初めて知った僕からしたら、目からウロコだ。
おそらくこれの仕掛け人は、何でも知ってるお姉さんこと、臥煙伊豆子さんだと思われるけど、あの人、どんだけ権力を持っているのだろうか?
しかし、だからといってありのままを答える訳にはいかない。あの人がそうしたのなら、身分をできるだけ隠さなきゃならないのだろう。僕のことを『イズクッチ』なんて愛らしい愛称で呼び、お返しに『イゾコッチ』と呼ばせてください、とお願いしたら何故かOKをもらって、互いに愛称で呼びあう関係になってしまったわけだが、これもすべて僕と忍の身を守るための措置とみるべきだ。
――僕が卒業してヒーローの資格を得るまでは、忍のことを秘密にするべきか。
「先生が、怪しむのもわかります。逆の立場なら僕も警戒したでしょうし、あなたが教員としてヒーローとして、責務に忠実であることも……」
僕は、首だけを振り向けて、先生に告げた。
「僕は、大切なものを守り抜くためにヒーローを目指しています。僕はヴィランになるつもりはありませんに、先生や、他の人たちが、僕の大切なものに危害を加えないかぎり、害意を及ぼすことは決してありません。……それでも、ご納得いただけないようでしたら、除籍処分にしていただいても決行、」
「それだと、目的のヒーローになれないんじゃないか?」
むぐ、言葉のチョイスを誤ったな。
よし、アフターフォローだ!
「別に、雄英以外にもヒーロー学校はあるんです。中途入学が可能な学校だってきっとありますし……」
「そんな簡単に、入れるものじゃないんだぞ? このご時世、ヒーローになりたがってる奴なんてごまんといるんだ」
「僕にとってヒーローは、あくまで大切な者を守るための手段です。それに、僕は口先だけの半端ものなんかに遅れはとりませんよ」
流れの末の強き口調。
らしからぬ言葉に僕は少しだけ、焦った。
しかし、いまだに信用を勝ち得ないようだ。相沢先生は僕の拘束を解くことなく髪を逆立てながらこちらを見すえている。
……ひょっとして、この人、イレイザー・ヘッド?
「先生、僕と賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
拉致が空かないと思った僕は、奇策にうって出る。
「僕が自力でこの拘束を解いたら、今後、僕のことを追求するのは止めてください。もし解けなかったら、僕の秘密をすべてこの場で明かしましょう」
「ずいぶんとナメた提案だな。ヒーローである俺が、そんなくだらない賭けに応じるとでも?」
「わざわざ、こんな裏手に連れ込んだということは、これは先生の独断でしょう。僕がヴィランでない以上、強制する権利がないでしょうし、仮に僕が何も答えなくとも学校にとがめられることはない」
考え得る、それらしい言葉を思いつく限り並べ立ててみせる。
相沢先生は『……』と沈黙で答えて、
「どうでしょう? あなたにとってはメリットしかない提案です。僕はあなたに
されたことをとがめませんし、仮に秘密を知られたら、しかるべきところがしかるべき措置をとるだけ。……ここでの出来事は、僕たちだけの秘密にすることで」
さらに追い打ちをかけて、僕は相沢先生に言った。
「この化学繊維でできた拘束ロープは先生のご自慢なのでしょう? これを解くことで、僕はヒーローになり得るだけの力を示して見せます。……いかがですか?」
さぁ、どうだ。
これ以上ないってくらいに、言い分を言い放ってやったぞ!
……これで、『だから?』なんて返答されたら、どうにもならないって。
「……いいだろう」
はぁ~! よかったぁ!
「20秒だけやる。それまでに解いてみせろ。でなければ、お前は除籍だ」
「ちょ、ちょいちょい。、先生せんや! 約束が違う、」
「約束なんかしてない。……それに俺は、不穏分子を排除したかっただけだから、別にお前の目的なんてどういいんだ。あれだけ大口をたたいたんだから、できないなんて言わせないぞ」
「それ、理不尽を通り越して身勝手――」
「スタートだ。……残り18秒」
いけない、二秒もロスをしてしまった!
おのれ、ちょこざいな。しかも、いまだに先生は個性を発動していて妨害する気満々でいやがる。
ふん、甘いな。
半吸血鬼である僕は偉業系に属するから、先生ご自慢の『抹消』なんて痛くもかゆくもない。
こうなったら意地でもやってやる。
そのドライアイと思われる目が仰天するくらいの結果を見せつけてやる。
「残り12秒……やる気あるのか?」
いけない、さらに六秒のロスだ。
はぁっ! はぁっ!
僕は全身に力を込めた。
絶対に失敗する訳にはいかない。
――僕は、なるんだヒーローに。
彼女のために。
僕が死んでも守りたい、孤独な吸血鬼のために!
「はぁあああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」
「!?」
全身に滞りなく血が巡る。
血管が浮き、目の色が赤く染まる。
吼えろ僕の血。叫べ僕の血。
『愛』と『怒り』と『悲しみ』の……いや、愛だけでいいかな?
ああ、もういいや!
フルパワー。
百パーセント中の、百パーセント――――――――!!
「だぁああっ!!」
「何っ!」
バシンッ! と。
僕を拘束したいた化学繊維ロープは見るも無惨に引きちぎれてた。
「はぁ、はぁ……」
代償として僕のジャージと中のパーカーが破れてしまう。露出した肌が焼けて湯気立つも、見事賭けに勝った僕は、勝利の余韻を噛みしめた。
「はぁ……約束通り、これで不問ですね」
「……ああ、いいだろう。こちらが言ったことだしな」
ご自慢のロープが破られたことであっけにとられたのだろう、髪を下ろして個性を解除した先生を背に、僕はその場を後にした。
やれやれ。
入学初日だというのに、ずいぶんと波乱に苛まれたものだな。
毎日がこれだとさすがに骨身が削れそうだけど、忍のためなら我慢してみせる。
校舎の影からひょっこり見える、金髪の人物が若干気にはなったものの、教室へと戻り、カリキュラムを終えた僕は無事に放課後を迎えた。
途中、メガネの男子、『飯田天哉』くんと、地味目の女子『麗日お茶子』さんが、ともに下校をしよう、と申し出てきたが、僕はそれを丁重にお断り。
一秒でも早く忍に会いたい思いを胸に(影の中にいるけれど)僕は速足で、忍と過ごすために愛の巣(自宅の自室)に帰宅するのであった。
……あ、新しいパーカー買わないといけないな。
くそっ、あれ安くて良質だったのに!