この素晴らしいニードレスに祝福を!   作:ナマクラ

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タイトルの通り。
ただ今回はNEEDLESS世界でのお話になります。


~もしもアルカが魔王を倒したら~

 『BLACK SPOT』――――かつて起きた第三次世界大戦において各国からの攻撃で廃墟となり汚染され、長大な壁によって囲まれた隔離地域。

 

 そこにいつの間にか行き場のない人々が住み着き、『(シティ)』の人々は彼らを不要者と呼んだ。

 

 しかしそこに住み着いた彼らの中から、特殊な能力に目覚める者が出始める。超常の能力を身に付けた彼らを、人々は畏怖を込めて『ニードレス』と呼ぶようになった。

 

 そんなブラックスポットを僕は一人駆けていた。

 

「うぅ……デロドロンドリンク見つけるのに時間かけすぎちゃった……急がないと……」

 

 僕の名前はクルス・シルト。ブラックスポットの住人の一人だ。

 

 他の人と違う所といえば、能力(フラグメント)を持つニードレスであることと、元男であるという点だ。

 

 

 神父様たちと赴いたあのシメオンとの因縁、【(ゲート)】、そして【神の力】を巡る戦いの後、僕らはある目的のために各地のブラックスポットへと足を運んできた。

 

 でも、僕らが求めるモノはその手がかりすら見つかっていない。もしかしたらもうないのかもしれない。

 

 でもそれは諦める理由にはならない。やってみなくちゃわからないし、無駄かもしれない事だからやらないなんて僕は思えない。

 

 でも他の方策も考えないといけないのかもしれない……そんな考えごとをしていた時だった。

 

 突如として目の前に一筋の光が差し込み、僕の視界が真っ白になったんだ。

 

「な、何だ……!?」

 

 思わず腕で顔を庇いつつも足を止めた僕の前に、光の中から一つの人影が現れた。

 

 それは美しい女性だった。慈愛に満ちた表情を浮かべ、どこか超然とした雰囲気を纏い、背後から差す後光や背中にある純白の翼も相まって、まるで聖書に出てくる天使のようにも見えた。

 

「――――初めまして、クルス・シルト。私は神の使い、天使です」

 

「て、【天使】だって……!?」

 

 【天使】という単語を聞いて思い浮かぶものは、あの(ゲート)の向こう側からやってきた超常たる存在。

 

 僕たちニードレスの能力の根源であり、あの左天たちでさえ歯が立たなかった存在だ。

 

 しかし目の前に現れたこの存在は、あの時見た存在とは明らかに違っていた。

 

 あの時現れた【天使】は、人と明らかに違う姿をしていながら、あまりにも人と似通った姿をしていた。

 

 しかし目の前の女性は見た目だけなら普通の人間と同じような姿をしていた。世間一般でのイメージの天使に近いものである。

 

 

「戸惑うのも仕方ないでしょう。いきなり天使などと言われた所で信じられない、という気持ちも理解できます。しかしそれらを本当であると仮定して聞いていただきたいのです」

 

 

 そんな僕の戸惑いを察してか、天使を名乗る彼女は僕にそう語りかけてきた。しかし僕が過去に見た天使との差に戸惑っている事には気付いていないように見えた。

 

 であれば天使を騙るニードレスの可能性が高いんだけど、その能力が何なのかがわからない。

 

 能力は一人につき一つ、それがニードレスの原則だ。だけど彼女は少なくともいきなり射し込んできた【後光】と突如姿を現れた【瞬間移動】、さらに今も宙を浮かんでいる【浮遊】の三つの超常現象を起こしている。……背中の翼はなんなのだろう……?

 

 それはともかく彼女の存在が何であれ、何のために僕に接触してきたのか……。もしかすると神父様たちに用があるのだろうか……?

 

「私は貴方に害を加えるつもりはありません。貴方の願いを叶えにきたのです。貴方の姉、アルカ・シルトの願いに従って」

 

「え……!?」

 

 ね、姉さん!? 何でそこで姉さんの名前が出てくるんだ……!? いやそもそもそれはあり得ない。だって、姉さんはあの時……!

 

「な、何を言っているんだ……!? 姉さんは、姉さんは……死んだんだ! 僕の目の前で!!」

 

「はい。しかし貴方の姉、アルカ・シルトはこの世界で死した後、こことは違う異世界を脅かす魔王を打ち倒すべく女神アクアの力で転生しました。そして彼女は見事その使命をを成し遂げたのです。そして、魔王を打ち倒した転生者には女神アクアの名を持って、どんな願いでも一つ叶えられる権利が与えられます。その願いを、アルカ・シルトは貴方に譲渡したのです」

 

 死後? 異世界? 転生? 魔王? 女神? 何を言っているんだこの人は……!?

 

「う、嘘だ!! そんな話、信じられない!!」

 

「信じられないのも無理はありません。しかしこれは事実です。その証拠、という事ではありませんが、彼女からの伝言を預かっています」

 

 彼女はそう言って胸元に掌を持ってくると、そこに光の板のようなものが現れた。それはまるで映像を映しだす画面のようで、実際にそこに映像が浮かび上がってきた。

 

『……これ、もう映っているのか?』

 

「ね、姉さん!?」

 

 その映像に映っていたのは、死んだはずの姉さんの姿だった。

 

「これはあくまで記録でしかないので会話はできませんが、アルカさんが貴方へと宛てたメッセージになります」

 

『久しぶり、になるのか。こちらからお前の様子を知る術はないが、今のお前は混乱しているんだろうな。私が逆の立場だったとしても信じられないだろう』

 

「あ……あ……!」

 

 この映像に移るこの姿……この声……間違いない、姉さんだ。この映像は決して作られたものじゃない。それを不思議と僕は理解できていた。

 

『私も転生やら異世界やらについて細かい事は理解できていないんだが……まあ明らかに違う世界で今生きているというのは事実だ。私が死んだあとお前たちがアークライト……本物のアークライトたちを打ち倒したことは屑の女神の転生特典とやらで映像で見せてもらって大体は知っている。お前は一人前の男になった。それを見届けた私は安心したよ』

 

 姉さん……アークライトの事を知っている以上、これが生前に撮られたモノじゃない事は明白だ。

 

 それにしても、いつも守られてばかりだった僕を一人前の男になったって姉さんが言ってくれた事がどうしようもなく嬉しかった。

 

『……だが、そう思った矢先にお前があの神父によって女にされてしまい、正直どうしたものかと思った。本当に混乱した』

 

「キャアアアアアアアアア?」

 

 な、何で姉さんがその事を……!? そ、そうか! 神父様とアークライトの決着を知っているなら僕がその過程で女になった事も知っていてもおかしくない!

 

 ああぁぁ……姉さんにだけは知られたくなかったのに……!!

 

『だから私はお前を元の男に戻してやるべく魔王とやらを倒した。そうすればどんな願いでも叶えてやると言われたからだ。姉らしい事を出来なかった私にできる数少ない事だと』

 

 姉らしいことができなかったって……そんなことはない。姉さんは僕が小さい頃からずっと守ってくれていた。

 

 むしろ僕は姉さんに何一つ返すことができなかった。

 

『……だがここで一つ問題がある事に気付いた。もしお前が女でいる事に慣れてしまっていた場合、無理矢理男に戻しても迷惑になるんじゃないかと……』

 

「エエエエエエエエエ!?」

 

 姉さん!? 何を言っているの!?

 

『今思えば、お前はカワイイ顔立ちをしていたし、私が傍にいなくなってから何やら女装をしていたから、実はそんな女になりたい欲求があったんじゃないかと……いや別にそれを非難するつもりはないんだ。お前がそうなりたいのであれば、私が何か言う必要もないし……』

 

 姉さん!? いや確かに女装してたけどそれはシメオンの目から逃れるためで必要だったからってだけで、別に僕の趣味ってわけじゃないのに……! ああ、何で姉さんはそんな勘違いをしてるんだ……!?

 

『まあともかくそういう可能性もあるから私の願いは、【クルスの願いを叶える】事にした。これならばもしもお前が女のままでいたくなっていたとしてもお前に迷惑がかからないだろう』

 

 ……! 姉さんは、そこまで僕の事を考えてくれて……!

 

『……これが私がお前に姉としてできる、最後の事だ。私はこちらの世界で何とか生きていくから、お前も自分の好きなように生きるといい。元気でな』

 

 それを最後に、姉さんの映像は途切れた。

 

「……以上がアルカさんからのメッセージになります」

 

 ……気付けば僕の目から涙が流れていた。

 

 死んだ姉さんの言葉をもう一度聞けたからなのか、それとももう会えないんだと確信してしまったからなのか……それは僕自身にもわからなかった。

 

 

 それでも僕は、溢れてくる涙を拭いながら考えていた。

 

 

 僕の願いを叶えに来たという彼女の話が本当であれば、僕の性別を元に戻す事もできるだろう。……あるいは、もう一度姉さんと共に生きることもできるかもしれない。

 

 

 しかし、本当にそれでいいのだろうか?

 

 

 ……姉さんはきっと、僕の性別を元に戻すためにこの願いを託してくれたんだろう。姉さん自身が使っても誰も文句なんて言わないはずなのに。

 

 そう考えれば、僕は僕自身の願いを叶えてもらうべきなんだろう。

 

 

 ――――僕は男に戻りたい。

 

 それは確かだ。みんなはダメだって強弁するけれど、やっぱりそこは僕としても譲れない所ではある。

 

 

 ――――姉さんに言いたい事がたくさんある。

 

 今まで護ってくれていたことに対する感謝の言葉だったり、僕に何も相談なんてしてくれなかった事に対する文句だったり、姉さんを信じられなかった事に対する謝罪だったり……そう、言えなかったことがたくさんある。

 

 

 でも……僕は他の、ある一つの可能性を考えていた。

 

 もしかすると、この願いを使えば――――

 

 ……僕のこの命は、あの下水道で神父様に、あのシメオンビルでイヴさんに救われたものだ。

 

 その恩を、僕はまだきちんと返せていない。

 

 

 

 それになにより、僕自身が二人の役に立ちたいと願っている。

 

 

 

 だったら、姉さんには悪いけど、僕の叶えてもらう願いは――――

 

「さあ、貴方の願いは何ですか?」

 

「僕の、願いは……」

 

 その天使を名乗る女性の問いかけに、僕は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――何道草食ってやがる山田ァァァァ!!」

 

「――――キャアアア!?」

 

 願いを言おうとしたその時に背後から響いてきたその声に、僕は思わず悲鳴が出てきていた。

 

 背後へ振り返るとそこにいたのはスカイブルーの長髪を持つ見慣れた女性の姿だった。

 

「デロドロンドリンク買ってくるのにどんだけ時間かけてんだ山田ァッ!!」

 

()神父様(、、、)!?」

 

 そう、彼女は僕を助け導いてくれた恩人、アダム・ブレイドとイヴ・ノイシュヴァンシュタインの二人(、、)の今の姿である。

 

 詳しい理由はともかくとして、あの次元の門での一件で神父様とイヴさんは融合してしまった。

 

 身体的特徴はイヴさんのモノに近いけど、精神性は神父様が主導権を握っているみたいだった。かといってイヴさんの意識も完全に消えたわけじゃないらしい。

 

 つまり、今の二人は一つの身体に二つの魂が宿っている……ようなものらしい。

 

 そしてその状態から再び別の身体に分離する事……つまり神父様のこの姿こそ、僕らが各地のブラックスポットを巡る理由なんだ。

 

 それを為すための一番の方策が、天使やキリストセカンドの聖骸を探し出して再び神父様に【全能者】になってもらう事なのだが、あれから様々なブラックスポットを巡っても僕らはそれらを見つけることができていなかった。

 

 門が閉じてしまった以上、新たに天使が来襲する可能性は限りなく低いだろうし、新たに門を開く事ももうできないだろう。

 

 キリストセカンドの聖骸にしたって、かつてのアダムプロジェクトで保管されていた物以外に現存しているとは思えない。

 

 そして神父様が全能者になるための天使や聖骸、あるいは他の方法が現状見つからない中で、今回の願いを叶えてくれるという話で、僕は融合してしまった神父様とイヴさんを分離できるのではないか……と一つの希望を抱いていた。

 

「じ、実は……かくかくしかじか……」

 

「何ィ!? 天使だと!?」

 

 なので僕はひとまず神父様に今までの事情を説明する。

 

 彼女が天使であると聞いて神父様は瞬時に警戒体勢に移ったが、対するその女性は慈愛に満ちたような表情で神父様に語りかける。

 

「此方を警戒する必要はありません。私はあなた方と戦うつもりなど一切ありませんので」

 

 その様子にはどこか余裕のようなものを感じた……のだけれど、神父様はニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「つまり……お前を食えばまた神の力が手に入るって事だな!」

 

「……はい?」

 

 神父様の言葉に、今まで慈愛と余裕に満ちていた天使を名乗る女性のその表情にヒビが入ったように見えた。

 

 それはまるで、予想外で理解不能な言葉を聞いたかのような……そんな事を言われる予定はなかったかのような……そんな感じだ。

 

「あの天使はクソまずかったが、今度はそんなことはなさそうだなぁ!」

 

「ひ、ひぃいッ!? カルバリズムが横行してるなんて聞いてないです!?」

 

「流石に横行してないです」

 

 というか神父様の言葉で完全にさっきまでの彼女が纏っていた雰囲気が消えてしまった。いやまあ食べる宣言されたら驚くだろうけど……とはいえこのままだと本当に神父様が行動に起こしかねない。

 

「し、神父様、多分この人食べても全能者にはなれないと思いますけど……」

 

「何ィ!? ならなおさら全裸に手袋にするしかねぇじゃねぇか!!」

 

「なおさらって何言っているんですか」

 

「ひぃ!? 妖怪『全裸に手袋』!?」

 

「何ですかその妖怪」

 

 というか天使も妖怪なんて言うんですね。ちなみにその理屈でいくと神父様は妖怪『全裸に靴下』でもあるんですが……いや今は置いておこう。

 

「こ、こんな所にはいられません! 私は失礼させていただきます!!」

 

「え? あの、願いは……」

 

「また来ますので! いいですかクルスさん! 願いが決まったら私を呼んでくださいね!」

 

 何やら次の登場シーンで死にそうな台詞を口にしながら天使を名乗る女性はその場を去ろうとする。が、それをただのうのうと見逃す神父様ではない。

 

「逃がすかァァ!! カンダタストリング!!」

 

「ヒィッ!?」

 

 神父様が指先から放たれた鋼鉄斬糸(カンダタストリング)が彼女の身体を瞬時に絡め――――空を切った。

 

「え!? き……消えた……!?」

 

 確かに糸が彼女の身体を絡め捕ったように見えたのに、気付けば天使を名乗る女性の姿は消えており、縛る対象を失った糸は切れた様子もなくそのまま地面へと落ちた。

 

 今までのが幻覚や幻影だった可能性もあるけど、違う気がする。おそらく瞬間移動(テレポート)のようなものだろうか……?

 

「チィ……逃がしたか。手袋め!」

 

「何ですかそのあだ名」

 

 

 ……ともかく天使を名乗る女性を逃した僕たちは一旦他の仲間たちと合流、意見を聞く事にした。

 

 

「――――なるほどね……」

 

 僕の話を聞いて、ディスクさんは少し考えこむ。僕の話を正確に判断しようとしているんだろう。

 

「天使……ぼくらは直接見てないから天使がどれだけの力なのか想像しがたいんだが……」

 

「本当にその女、天使だったんですか?」

 

 セトさんとソルヴァさんは懐疑的なようで、天使を名乗る女性が本当にそれほどの力を持っているか

 

「少なくとも僕にはあの時の天使とは別物に見えました」

 

「だろうな。かといってニードレスともまた違うように思えた」

 

「その根拠は?」

 

「ヤツの能力を覚えられなかった」

 

「何だって?」

 

 神父様のその発現に対して漏らしたセトさんのその言葉は僕らの気持ちを代弁するものであった。

 

「ヤツは俺の目の前で宙に浮いていたしその姿を消しもした。鋼鉄斬糸が空振った事から透明化じゃなく瞬間移動だろうが……その能力を俺は目視したにも関わらず、欠片も覚えられる感覚がなかった」

 

 今の神父様は女性の身体になっているとはいえ、能力は全盛期に近いものを有している。

 

 その神父様が彼女の異能を欠片も覚えられる気がしなかったという事は……

 

「つまり、彼女は少なくとも私たちとは全く別の異能力を所持している可能性があるわね」

 

 そして、彼女が別の世界からきたという話にも信憑性が増した事になる。

 

「それで、その手袋とかいう自称天使の提案はどうするんです?」

 

「その手袋の言っていることを信じるのならブレイドとイヴを再び分離させる事も可能だろうな」

 

「山田がいいんならいいんじゃねぇか? その手袋ってヤツの言ってる事を信じるんならよ」

 

「いや、あの人名前手袋じゃないですけど……」

 

 あの人の呼び名が手袋で定着されそうになっている……不憫だけど、僕じゃ止めようにも止められない……。

 

 いやそんな事よりも今は願いの使い道だ。他の皆も願いの使い道として神父様とイヴさんの分離に賛成のようだからそう使うべきだと思うんだけど……

 

「いや……」

 

 そんな中で神父様は僕らの考えとは違う言葉を口にしたんだ。

 

 

 

「その異世界とやらに興味がでてきた」

 

 

 

「え……!?」

 

「ヤツは明らかに俺たちとは別系統の異能を持っていた。現状イヴを分離させるための手段が見つからねぇ以上、その異世界とやらでその手段を探してみるのにも十二分に価値がある」

 

「確かに……私たちの能力、そしてこの世界の技術力ではブレイドとイヴさんを確実に分離するのは現状不可能。けどその不可能の部分を全く別の異世界での技術体系から補えればあるいは……」

 

「それにあの手袋の力を計る試金石にはなるだろうよ」

 

「ど、どういう事だ?」

 

「別世界へ渡る力なんて単なるニードレスでは不可能。それこそ全能者や次元兵器レベルの力がないとできないわ。つまり、それができるのなら天使を名乗る彼女は全能者になったブレイドと同様の能力を持っている可能性があるわ」

 

「……あのジジイと似たような考えなのが気に食わねぇが、仕方ねぇ」

 

「神父様……」

 

 そうだ。僕らがやろうとしている事は、あの最終決戦で戦った彼がやろうとしていた事と変わらないのかもしれない。彼を否定した僕らが、彼と同じことをしようとしている事に神父様は何か感じる物があるんだろう。

 

 けど、目的のために人類を犠牲にしようとした彼と違って、僕らは何かを犠牲にするつもりはない。その点は彼と同じじゃないんだと僕は思う。

 

 それで納得できるかはわからないけど、僕は神父様にそれを伝えようとして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――だがなにより、あの手袋以外にもカワイイ幼女の天使もいるのかもしれねぇからなっ!!」

 

 

「エエエエエエ!?」

 

「そんな理由かよっ!?」

 

「ダメだビョーキだ」

 

 それが杞憂だったみたいなのでやめた。そうだよ、神父様ってこういう人だった。

 

「うにゅ……むずかしいお話おわったー?」

 

「え、未央ちゃん寝てたの?」

 

「未央むずかしいことわかんないし」

 

「えーっと、こことは違う世界に行く事になったんだけど、未央ちゃんはいいの?」

 

「よくわかんないけどいいよー!」

 

「そっか。えっと、他の皆さんはどうですか……?」

 

「私もいいと思うわよ」

 

「金になりそうだ」

 

「私も構いませんよ」

 

「よくわからんが構わんぞ!」

 

 よくわかっていないみたいな未央ちゃんを含めた皆の了承も得られたことで、あの人に叶えてもらう願いは『異世界に渡る力を貰う』事に決まった。

 

「よーし、みおたんと他の下僕共もいく事に決めたみたいだし、さっさとあの手袋を呼べ!」

 

「あ、はい! …………あれ?」

 

「どうしたのクルス君?」

 

「あの人、なんて呼べばいいんだろう……?」

 

「うにゅ? 名前で呼べばいいんじゃないの?」

 

「手袋でいいだろ」

 

「いやそれ名前じゃないですし」

 

 そもそもただ呼んだだけで来るのかもわからない。確かにあの時呼んでくださいって言ってたけど、何か条件でもあるんだろうか……

 

「ギャルのパンティおくれー、で来るんじゃない?」

 

「何言ってるんですかディスクさん」

 

「ああそうね、今のクルス君なら自前で手に入るものね、ギャルのパンティ」

 

「いや、そういう事じゃなくてですね……」

 

「そうだぞ! 自分のと他人のじゃ価値が違うに決まってるだろ!」

 

「いやそう言う事でもないです」

 

「成程……なら『天使様のパンティおくれー!!』ってことね!」

 

「だからそうじゃない……というか何で僕の声で言ったんですか!?」

 

 というかそんなので来るはずが……

 

 

 

 ――――その時、突如としてピカーっと後光が差した。まるでさっき見たような光景だった。

 

 

「うぉっ!?」

 

「うゆ?」

 

「何だ!?」

 

「あっ(察し)」

 

「きちゃった……」

 

 

 そしてその後光が治まってくると、やはりというべきかそこには慈愛の表情を浮かべてどこか超然とした雰囲気を持った女性が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あの、私の下着で本当にいいんですか……?」

 

 

 ……少し赤面しながらこちらを窺ってくる先程の天使を名乗る女性がそこにいた。

 

「いやいやいや! 今の僕じゃないですから!?」

 

「え……? あっ、そうですよね。女性のクルスさんがわざわざ私の下着を欲しがるわけありませんよね」

 

「いや僕男なんですけど!?」

 

 少なくともこの人僕が元男だって知っているはずなのにどうして女性認定を受けるの!?

 

「また会ったな手袋ォ……!!」

 

「手袋……? ひぃっ!? あの時の危険人物!?」

 

「失礼な! 俺はただ全裸に手袋な女の子が大好きなだけだぁッ!!」

 

「変態じゃないですか!!」

 

 うーん、全く否定できないぞ。元の神父様の姿なら涙ぐんでる女性の姿も相まって完全にアウトな絵面だ。

 

「……どうだ、ディスク?」

 

「うーん、組成的にはあの時見た天使じゃなくて人に近いけど、エデンズシードの反応はないわ」

 

「つまりあの方はニードレスじゃない。にもかかわらず能力のような現象を起こしている、ということですね」

 

「つまり……どういう事だ?」

 

「あの方の話に信憑性が出てきたってことですよ、内田さん」

 

「内田言うな!」

 

 どうやらディスクさんの解析によると、やはりこの天使さんはニードレスではないみたいだ。

 

「で、では……クルス・シルトさん、改めてあなたの願いを聞かせてください」

 

 神父様を警戒しながらも襲い掛かってくる様子がないのを確認した天使さんは改めて僕に向かって問い掛けてきた。

 

「僕の願いは…………」

 

 さっきみんなで決めた願いを口にしようとする。けれど何故か口から言葉が出てこない。

 

 どう言えばいいのか、うまく言葉にできない……というよりも、何かノド元辺りで引っかかって言葉が出ないと言った方が正しい気がする。

 

 それでも、ちゃんと願いを言葉にしようとして……

 

 

 

 

 

「――――俺たちに異世界へ渡る力を寄越せ。手始めにアルカが(、、、、)いる世界(、、、、)だ」

 

 

 

 その前に神父様が先にさっき決めた願いに別の願いを付け加えたモノを口にしていた。

 

「え!? 神父様!?」

 

「……アルカはその飛ばされた世界で今回の願いの権利を手に入れた。ならそこには確実にそれに近しい技術があるだろう…………それに運が良けりゃまた姉にも会えるだろうよ」

 

「――――!」

 

 神父様、もしかして僕の事を考えて……?

 

「で、結局できんのか?」

 

「……可能です。ですが、クルスさんは本当にそれを願うのですか?」

 

「お前が貰った権利だ。お前が決めろ、山田」

 

「僕は……」

 

 天使さんと神父様の視線が僕へと突き刺さる中で、僕は建て前じゃなく自分の本心を踏まえた上で、それを言葉に出した。

 

 

 

「僕は……願います。異世界へと渡る力を……姉さんのいる世界へ向かう事を……!」

 

 

 

 ……今度の願いは、何かが引っかかるような感覚もなく、するりと口から出てきた。

 

 そんな様子を見て、天使さんは笑みを浮かべて、願いを受理しました、と口にした。

 

「ではさっそく……とその前に念のため伝えておきますが、異世界の言語翻訳を付与する場合、脳に負荷が掛かり過ぎて極稀に機能に不具合が起こる可能性がありますが、よろしいですか?」

 

「え? 具体的にはどうなるんですか?」

 

「控えめに表現して頭がパーになります」

 

「控えめでソレ!?」

 

 それはすごく不安だけど、でも言葉が全くわからないっていうのも厳しいものがある……どうするべきか。

 

「その点なら問題ない」

 

「ブレイド、何か対策でもあるの?」

 

「何故なら俺以外元々頭おかしいヤツらばかりだからなァっ!!」

 

「「「お前が言うな」」」

 

 

 

 今からまったく未知の世界に行こうとしているのに、みんなは不安なんてこれっぽっちも感じてない。

 

 そんな様子が、僕にとってとても頼もしかった。

 

 

 

 

 

「では、あなた方に神の祝福がありますように――――」

 

 

 

 

 

 い く ぞ 雑 魚 共 !! 

 

 

 

 

 

 お う っ ! 

 

 

 

 

 ――――こうして僕らは、新たな世界への一歩を踏み出したのだった。

 




続かない

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