蒼が目覚めて1週間ほど経った。
リハビリも特に問題はなく進んでいる。
「羽依里、今日も付き合ってくれてありがとう♪」
「リハビリを手伝えてこっちだって嬉しいよ」
リハビリを終えた後、こうやって蒼と笑い合えるのがとても幸せだ。
リハビリを手伝えていること自体も嬉しいが、手を握ってる時の蒼のにやけた顔を見ていると、俺も嬉しくなる。
あと、今日は1つ嬉しい発見があった。
「蒼ちょっとずつこっちに重心かけなくても歩けるようになってきたよな」
「そう?確かにちょっとずつ歩く感覚みたいなのは戻ってきたわ」
ふふん、と誇らしげに蒼が言ってみせる。
リハビリの効果が順調に出ているんだろう。
一緒にリハビリに取り組んでいる者としても、蒼の彼氏としても素直に嬉しい。
体力は昔ほどに戻るのには時間がかかるが、体調自体はここ数日何も悪いところがない。
**********
そんなわけで、今日はこれから駄菓子屋の方まで散歩する予定だ。
「本当に久しぶりねー」
「そうだな。ほぼ1年ぶりだからな」
蒼が居る駄菓子屋か…。
たまに懐かしんで駄菓子屋に行くこともあったが、この1年間は蒼が不在で、俺が店番をすることもなかった。
おばーちゃんも蒼が駄菓子屋に顔を出すのを楽しみにしてるだろう。
蒼の車椅子を押しながらなるべく木陰を歩く。
島の夏は日差しが強いが、木陰だと風も気持ち良くて案外過ごしやすい。
ゆっくり歩いていたが、いつの間にか蒼がよく眠っていた道まで来ていた。
そう言えば…。
「なあ、蒼」
「なにー?」
車椅子から蒼がこちらを見上げた。
「いや、ここでよく寝てたけど、やっぱり木陰だし夏でも気持ちよく眠れたのかなぁってさ」
「あー、そうね。七影蝶探ししてる時はあんまり暑さとかも気にならなかったし…。暑くても眠気の方が勝ってたわね」
蒼は「七影蝶探し」の所で少し小声になってキョロキョロと辺りを見回した。
「そっか……。ところで、多分七影蝶のこと知ってる人にはもうバレてると思うぞ……」
「うぐぅ…!さすがにそうよねー…。退院したらさすがにお小言は貰うかもしれないわ…」
蒼は頭を抱えた。
「まあこれからあんな危ないことしなくても大丈夫だし、今回限りだろうけどな」
少し憂鬱になってる蒼に俺は苦笑した。
「でも、もうここで寝てる蒼を起こすことはないかもしれないんだなぁ……」
蒼が眠たかったのが七影蝶探しをしていたからだとすればそういうことになる。
思い出の場所なだけに少し寂しいな。
「そうねー。夏は前ほどはここで眠ったりしないかもしれないわ」
「夏……は?」
「まあもともと木陰が気持ちよかったから、たまーに昼寝したりしてたわよ?」
そっか。
ならまたここで蒼を起こすこともあるかもしれないな……。
それにもう1つ気づいたことがある。
この1年間ずっと一緒に過ごしてきたつもりだから、あんまり気にしてなかったけど…。
よく考えれば、俺はまだ夏の蒼しか知らないんだよな。
これから蒼のことをもっと知ることが出来るのかと思うとなんだか嬉しくなってきた。
「あんた、大丈夫……?」
怪訝そうな顔で蒼がこちらを覗き込んでいた。
「え?何が?」
「いや、いきなりニヤニヤしだすから…」
「あー、いや何でもないよ!」
「……ふーん。前もこんなことあったわね。羽依里も結構妄想癖あるんじゃない?」
「ぎくぅ!」
「それ…口に出す人初めて見たわ……」
いつかの蒼の真似なんだがな……。
「ま、単に蒼とのこれからが楽しみになっただけさ」
「あたしとの……これから…!」
何を妄想したのか蒼の顔は真っ赤に染まっていた。
そんな蒼を見て、なんだかまた嬉しくなって俺も顔が緩んだ。
**********
「おっす、羽依里と蒼じゃん」
駄菓子屋の前には良一と天善がいた。
「良一、天善。今日もここで暇してるのか?」
「……ふん!ふん!俺はっ…とっ…くんっ…中だ!」
天善はいつものように素振りの練習をしていたし、良一はメロンバーを食べながらぼーっとしていた。
まあ、つまり暇なんだろう…。
「おお、蒼ちゃんや。久しぶりじゃのう…。元気になったかえ?」
奥からおばーちゃんが嬉しそうに出てきた。
「うん!おばーちゃん!今すぐ駄菓子屋の看板娘として復帰出来そうなくらいよ?」
「お、おい。蒼。さすがに…」
元気に蒼はそう言うが、ちょっと不安になる。
体調は問題ないが、無理はさせたくない。
「大丈夫よ。……だって、その…羽依里も手伝ってくれるんでしょ…?」
潤んだ目で問いかけてくる蒼にダメだと言う事はできなかった。
蒼のこの表情にはほんと弱いなー、俺。
でも蒼が元気に駄菓子屋でバイトしているところも俺はまた見てみたい気持ちも確かにある。
「まあ、そうだな」
蒼が言ったとおり、俺が補助してあげれば負担も減るだろうし……。
「これが……ラブラブってやつか……!」
良一が小声で何か言っていたが、よく聞こえなかったので、気にしないことにしておく。
「そもそもこのお店の店番で大変なことなんてないだろうし」
去年なんて、鑑定勝負したり、かき氷食べたり、駄菓子食べたり、こいつらとだべってたりしてた記憶しかない。
…………。
あれ?店番なのに駄菓子屋としての仕事ほとんどしてなくね?
「うーん、そんなことは無いんだけどね?」
蒼がなにかを思い出したようにそう言った。
「そうなのか?勝手に買っていくシステムが出来あがっていると思っていたけど……」
「たまに秘密の買い物みたいなのがあってね…。その時の心労がね……」
蒼は小さくため息をついた。
秘密の買い物…。気になるな。
俺は1度もそんな買い物してるところ見たことがないけど。
「それじゃ。ちょっと外に出てくるからの」
そんなことを考えているうちに、おばーちゃんはどこかに出掛けてしまった。
「俺もそんな買い物あるなら見てみたいが……」
「ま、あんまり気にしないの。とりあえずかき氷食べる?」
「じゃあ貰おうかな」
「100万円ね」
100円を渡す。
「99万9千900円足りないじゃない」
「味はブルーハワイで」
「実はどれも同じ味だけどね」
蒼とこのやり取りをやるのも1年ぶりか……。
1年って考えると長いが、そんな気がしない。
過ぎてみれば短いとはよく言うが、確かにそうなのかもしれない。
蒼が氷をかき氷機にセットしようとする。
「いや、氷は俺がセットするよ」
リハビリが順調とは言え、氷の塊はそこそこ重いからな。
「あ、ありがと」
何気ないやり取りだが、少しこそばゆい。
「ほう」
「やるなぁ」
良一と天善のこんな冷やかしも懐かしい。
**********
「羽依里にはこの駄菓子屋の使い方を教えてやるぜ」
店番をしながら、しばらく他愛ない話を4人で話していると、良一がそんなことを言い出した。
「例の秘密の買い物ってやつか?」
「そうだ。おばーちゃんは頼めばどうやってか分からないがなんでも取り寄せてくれるんだ」
なるほど。
少なくとも良一の使い道は分かったな。
「良一は多分エロ本だろ?」
「ああ。……って、なんで分かったんだよ!?」
「まあ、合ってるわね……」
「間違ってないな」
良一は大袈裟に驚いていたが、蒼と天善はうんうんと頷いていた。
「……あの偏りは酷かったわ」
「おい、蒼。そこから先言うなよ…?だいたいあの後親にめちゃくちゃ言われたんだぞ!?島中に伝わるし……」
「あんたが、変なこと言わせるからでしょ!?当然でしょ?」
良一の趣味か…。
天善は巨乳好きだとわかるが、良一の趣味は案外分からない。
「まあ深くは詮索しないが、蒼にどんなことを言わせたんだ……」
「端的に言うと『お兄ちゃんダメだよ』って言わされたわ…」
なんだそれ。
俺も言われたい。
とは言え、蒼になかなかな要求をしていた良一に少し冷ややかな視線を送っておく。
「おい、なんだよ!その顔!俺が言わせた訳じゃないからな!?」
「いや、むしろ懇願してたじゃない……」
「らしいが?」
「蒼おおおおおおお」
良一は血の涙でも流しそうな勢いで叫んでいた。
「天善は何かそういうの買ったりしないのか」
「俺か?俺は特にそういうのはないが…。強いて言うなら、そのダンボールの中にあるものか。宝石とも言えるオレンジピンボールいつか手に入れてみせる!」
天善らしい。
だが…。
「買えないのか?」
「ああ、これは卓球であたしかおばーちゃんに勝たないと渡せないことになってるの。さっさと持ってってほしいんだけどね…」
「なんだそれ。あー、良一が蒼に変なこと言わせたのもそのへんが理由か?」
「まあねー。おばーちゃんが変な条件を付けてるのよねー。とは言えお金を払うかその変な条件をクリアしてタダで受け取るかなんだけど……」
「ふむ、ところで良一はそんなに払えないような額だったのか?」
「うぐっ」
まあバイトする場所も少ない島だし、時給1000円でも驚かれたからなぁ…。
「今5万円つけてあって、エロ本買う度にそれを請求することになってるわよ?」
「5万!?」
蒼の口から衝撃的なことを聞かされた。
良一はどれだけエロ本買ってんだ…。
確かにここまでつけてると気軽に払えないな。
「しょうがないんだよ……。前も話したかもしれないけど、この島にそういうの売ってる場所がほとんどないんだよ!」
まあ1年間ちょくちょくこちらに来ていてそれは何となく分かるが…。
「羽依里だってこっちで暮らしてたら、お世話になるかもしれないんだぞ!?」
「いや、それは無い」
「なにぃ!?」
良一が裏切られたような顔でこちらを見る。
「俺は蒼の嫌がることはもうしないって決めてるからな」
「ひゅー。やるなぁ…」
「あたしのために……。えへへへへ…」
良一は少し冷やかし、蒼はいつもの如く照れていた。
まあ蒼のことは大切にしたいからな。
蒼のこの笑顔は、見ているといつも心が暖かくなる。
「でも、むらむらしたらどうするんだ…?」
良一はここで余計な一言を放った。
「どうするんだ…って…」
蒼が無理をしないで良くて雰囲気もそうならまあ…。
蒼の方をチラッと見たが、蒼は赤面して俯いていた。
妙な沈黙が数秒ほど続いた。
「まさか…お前ら…」
「ふっ!さすがにもうデュースしていたか!」
良一も天善も察したんだろう。
さすがに俺も蒼も恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
また沈黙が続く。
この空気には耐えられない!
俺は無理やり話題を変えた。
「と、ところで、天善は蒼に卓球で勝てなかったのか?」
あんなに練習してるのになんだかんだ天善が卓球で勝ってるところをあまり見た事がない。
「うぐっ、ま、負けてなど…」
「あたしの胸にケチつけたから、KOしたわよ」
蒼は少し不機嫌そうにそう言った。
蒼も胸に結構自信があるからなあ…。
実際色んな意味で凄いのだが…。
「ふっ、大きさこそ全て…」
「あたしだって大きいわよ!あの時は水織先輩のおっぱいを触った感想を聞くだけで動揺したから、その隙にKOしたわ」
蒼がジト目で天善を見る。
「ど、動揺などしてない!?」
「動揺しまくりじゃねーか…」
良一のツッコミの通り、動揺してるようにしか見えない。
天善の巨乳好きは島の同年代にはほとんど知られているからな。
このまま聞き流してもいいのだが、1つ物申しておきたい。
「蒼の胸も凄いぞ?」
「ちょっと、羽依里!?」
蒼が驚いてこちらを見るが、彼女の言われなき汚名は晴らさなければならないだろう。
それが彼氏ってやつだろう。
「ほう?バスト85など中途半端に揺れる贅肉でしかないだろう?」
ちゃんと釣れるあたりが、天善らしい。
「まず、天善。お前はまだおっぱいの触り心地を知らないだろう」
「ぐっ!確かにそうだが、そんなもの代用出来るものならいくらでもあるだろう!」
浅い…。
浅いぞ天善…!
「確かに大きさも大事かもしれない。…揉んだ時の乳の動き…。優しく触った時の肌の質感とその感度…。そして触った時の反応…。天善勘違いをしているようだが、これらは分かつことの出来ないもの。そう何か1点における代用などありえない。全てをひっくるめておっぱいなんだ!」
良一が共感したのか頷く。
「それじゃあ俺は未だおっぱいを目にしていないというのか…!?」
天善は衝撃を受けていた。
「ああ」
「あと蒼は着痩せするから脱ぐと結構……」
「「なん……だと……!?」」
良一と天善が蒼の方へ振り向く。
「な、何よ!」
蒼は良一と天善から視姦されるとでも思ったのか、自分の身体を抱きしめるように胸の部分を隠す。
「あー、大丈夫だぞ?もう今更そういう対象としては見てないからな」
「うむ」
「なんかムカつくわね!」
まあ彼女がそういう対象として見られないことはいい事だとは思うのだが、少し複雑な気分だ。
「だが、そうか。俺はおっぱいについてもう少し考えを改めた方が良さそうだな……。すまなかった。」
「ああ。分かってくれて良かったよ」
俺と天善は握手をして、お互いに涙した。
友情っていいな…。
その事が再確認できた。
「羽依里もたいがい馬鹿よね……」
ただ、蒼からの冷ややかな視線が痛かった…。
俺達はそれから他愛ない話を小一時間ほどしていた。
蒼は笑ったり、恥ずかしがったり、呆れたりと、とにかく色んな表情を見せてくれた。
蒼が島のみんなと笑いあって、何の憂いもなく過ごせる夏休み……。
そこにあったのは紛れもなく俺が目指したものの姿だった。
**********
昼頃になっておばーちゃんが帰ってきた。
久しぶりに駄菓子屋でだべって色々楽しめたし、ここへ来てよかったな。
「蒼、そろそろ昼食を食べに行くか?」
「そうねー。朝リハビリした分お腹も空いてるし……」
診療所で外食の許可は取っている。
昼食をとって、そのあと診療所までぶらぶらするかな。
蒼の車椅子を動かして駄菓子屋か離れようとする。
そうだ。
「俺たち飯食いに行くけど、良一達はどうするんだ?」
みんなで昼飯でも楽しいだろうし。
「いや、俺達は今からやることがあるから遠慮しておくわ」
「やることだと……?そんなもの無いだろう……」
「ここはそう言うのが男の友情ってやつだ」
良一が蒼には聴こえないような小声でそう言った。
何だか気を遣われたようだ。
「そっか。じゃあ。また今度な」
「ああ。またな!」
良一が親指を上げてニカッと笑った。
なんだか気持ち悪かったが、言わない方がいいだろう……。
**********
良一達に気を遣われたが、なんだかんだいつもの食堂に来てしまった。
「蒼は何か食べたいものあるか?」
「んー。じゃあクリームパン定食で」
「じゃあ俺もそれで」
もはや慣れてしまったメニュー名。
最初は絶対合わないと思ってたけど、意外に合う組み合わせで驚いたなぁ。
「はいよ」
黙々と食べる。
やはり美味しい……。
「そうだ。リハビリ終わったらさ。蒼の手料理とか食べたいなー……なんて」
自分で言っててちょっと恥ずかしかった。
「あたしの手料理を毎日……!?」
「いやまあ毎日でもいいけど……。そんなの大変だろ?」
何となく勘違いしたのは分かっている。
でも、そういう気持ちがあるのも事実だし。
「否定……しないんだ……?」
蒼が頬を少し赤らめる。
俺も多分ちょっと顔が赤くなってるんだろうな。
妙な空気がその場に留まる。
……じー……
食堂のおっさんがニヤニヤとこちらを見ていた。
「っ!!か、帰ろうか……!」
「そ、そうね!」
俺はお金を払い足早に店をあとにした。
「若いっていいねぇ……」
店内の方から何か聞こえた気がしたが、聞き取れなかった。
**********
車椅子を押して、診療所の方まで歩く。
さっきまでの空気をまだ引きずってるせいか、少し気まずい……。
でも口に出しておくべきなんだろうな……。
1年前、引っかかってたことを言えなくて後悔した。
言って何か変わるか分からないけど、後悔するよりマシだ……。
「あ、蒼」
「ひ、ひゃい」
お互いこういう空気にはまだ弱い。
「俺はそういうつもりだから!」
蒼は少しきょとんとしたあと、少し優しい顔になった。
「うん……。あ、あたしもそういうつもりはある……から」
少しずつ小さくなっていく声に苦笑いした。
こんな遠回しな言い方しかまだ出来ないけど、それでも多分伝わったんだと思う。
また沈黙は続いたが、さっきまでの空気より幾分か心地よさが増した。
**********
「遅いです!」
帰ると俺だけ藍から叱られた。
「散歩ってそんなに長いものではないでしょう!」
ぐっ……、確かに……。
入院してる人間とする散歩にしては長いかもしれない……。
「すまない……」
「そんなに長くなるなら私に一言言ってください!私も付いて行くので!」
「そこ!?」
「当たり前です!蒼ちゃんを独り占めし過ぎです!」
「はあ……。まあ次は他にも車椅子押す人間連れて来るか」
何となく理不尽な要求な気がしたが、藍には何故か頭が上がらない。
良一と天善もこんな気持ちなんだろうなぁ……。
**********
夕方くらいまで部屋にいて、蒼と藍と話していたが、そろそろ帰ることにした。
「蒼、藍。じゃあ俺はそろそろ帰るな……」
「うん」
「はい」
一応この夏休み中のお役目は俺がやりきらないと駄目だし。
そろそろ支度しないとな。
椅子から腰をあげる前に1つやることがある。
今日は何となくいつもより恥ずかしいけど……。
蒼を優しく抱きしめる。
いつもならすぐ離れるんだが、蒼が少しこちらに体重をかけてきた。
「羽依里……。今日のが散歩じゃないなら、その……デート……よね?」
そう小声で言って蒼は俺を離した。
「……じゃ、じゃあね?」
「あ、ああ……」
藍に怪しまれないうちに帰ることにした。
**********
「なあ……。蒼、可愛すぎないか……」
俺はお役目中、その夜イナリに向かってこんなことを呟いた。
「ポンポーーーン」
今更気づいたのかと言いたげな鳴き声が山に響き渡る。
~続く~