Summer Pockets蒼ルート SS   作:早崎いるか

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対象:全ルートクリアした人
全ルートクリア後に、すべてのヒロインルートでグランドルートにつながる何かがあると思って書いた話です。



願い(4話)

夢を見た。

 

暖かい夢だった。

なんてことは無い夏の一場面。

 

「チャーハン……?」

 

その言葉が何となく口から漏れだした。

夢に誰かが居たのは分かる。思い出せそうなのに思い出せない。夢ならよくあることだが、もどかしく感じる。

 

「うーん、まあいいか」

 

ただの夢だし……。

 

俺はいつも通り朝食をとって、診療所に向かった。

 

最近は少し早起きして、蒼を起こしに行くのが楽しみになっている。

 

**********

 

蒼の寝顔を思い浮かべると、自然と顔が緩む。

最近は寝起きに抱きしめていても叫ばれなくなった。

心を許してくれているからだと思っていても、そういうところはちょっと寂しい。なんと言うか……、寝起きに驚く蒼も好きだったからな。

 

ただ、今の寝起きに甘えてくれる蒼も可愛いからなあ。自分でも少し彼氏馬鹿だとは思うが……。

 

そんなことを考えて歩いていると、いつの間にか診療所に着いていた。

 

小さなノックをし、静かに病室のドアを開けた。

まだ藍も蒼も眠っているようだ。

 

「すぅ……すぅ……」

 

ベッドの横にある椅子にゆっくり腰掛けて、小さめの声で目覚めを促す。

 

「蒼、朝だぞ……」

 

「ん……、はいりぃそこは弱いからぁ……それ以上はだめぇ……。すぅ……すぅ……」

 

起きてはいないが、妙に艶のある声でそう反応する蒼。

またエロい夢でも見ているのか。蒼らしいとは言え、こんなの聞かされてたら、なんだかんだ我慢してるこっちの身が持たないんだがな。

 

下半身の高ぶりを必死で抑え込んで肩を少し揺さぶってやる。

 

「ん……う……は、いり?」

 

「おはよう、蒼」

 

「おはよー」

 

にへー。

 

まだ少し寝惚けているみたいだ。

蒼の意識がしっかり覚醒するまで、頭を撫でたり、くすぐったり、抱きしめたりしてると……、起きた藍に怒られた。

 

**********

 

「羽依里、お役目の方は大丈夫?」

 

蒼からそんなことを聞かれた。

そう言えば、お役目の話は今までしてなかったな。

 

「そんなに大変じゃないぞ?イナリも手伝ってくれてるしな」

 

「そっか。触る理由もないんだから触っちゃダメだからね?」

 

「蒼を起こしてからは1度も触ってないから大丈夫だぞ。それに、触れそうになったらイナリが教えてくれるし……」

 

蒼が起きてからイナリは何かとはりきってる。毛並みももふもふ具合も心做しか増した気がする。あれは極上の触り心地だ……。

 

ただ、お役目で少し気になっていることはある。

特に気にするようなことではないと思うのだが、一応蒼に伝えておこうか……。

 

「蒼、その、特にどうって話ではないんだけど。……今年は小さくて色あせた七影蝶をよく見かけてる気がする」

 

去年は見たことがない色のあせた蝶が飛んでいるのを最近よく見かける。

 

「色あせた……?うーん……、大きさは年によっても確かに偏ることがあるけど……」

 

蒼にはあまり心当たりがないみたいだ。

 

「まあ、お役目は導くだけだし、気にしなくてもいいとは思うけど……。だいたい触って覗いてもどうすることも出来ないし……」

 

「まあ、そうか」

 

気にし過ぎかもな。確かにお役目は導くことしか出来ない。もし、触ってもほとんどの場合、蝶に乗せられた想いを救ってやることは出来ない。以前は蒼のおっぱいを揉んで解決したこともあったが……。

 

「でも、些細なことだけど……その、教えてくれてありがとね」

 

蒼ははにかんで、嬉しそうにそう言った。

 

「なるべく蒼とは色々共有しておきたいからな」

 

少しだけ頬を赤らめた蒼に、頬が緩みきった俺。

 

そして、それを無言で見続ける藍……。

 

 

…………

 

「さてと、蒼、散歩でも行くか!」

「そ、そうね……!」

 

 

2人してあの視線には耐えられなかった。

 

**********

 

蒼はリハビリの甲斐あって、車椅子には1人で乗れるようになった。

まだ長い距離を歩いたりは出来ないみたいだが、いずれはそれも出来るようになると医師は言っていた。

 

俺が手伝わなくても車椅子に乗れるようになったのはいいことだが、何となくスキンシップの機会が減ったようで寂しい……。

 

「それじゃ、藍行ってくるわねー」

「行ってらっしゃい蒼ちゃん」

優しい笑顔で藍は蒼を見送る。

 

(「筋肉が回復してきたと言ってもまだエッチなことは許しませんよ。退院する

までは許しませんからね」)

 

(「もちろん分かってる」)

 

1年間ずっと診療所に通ってたからか、藍と目で会話出来るようになった。

というか、藍の眼力に何か念のようなものを感じる…。

義姉怖い……。

 

(「誰が義姉ですか!!」)

 

是非いつか義姉になってもらいたいので、スルーして蒼と散歩に出かけた。

 

**********

 

「確かに、相思相愛みたいですし?羽依里さんになら任せてもいいとは思ってますけど?まだ早いですからね!まだ、蒼ちゃんはお嫁にやりませんからね!!」

 

羽依里さんと蒼が病室から出ていって、私は少しだけ毒づいた。

 

認めてはいるけど、まだ……。

もうちょっとだけ私のそばに居て欲しい……。

私も蒼ちゃんともっと色んなことをしたかった。

蒼ちゃんの幸せのためなら、私の想いなんて大したものでは無いけれど……。

それでも少し寂しい気持ちにはなる。

 

「それにしても…。色あせた蝶……。どこかで見たような……」

 

でも、それがどこでなのか今の私には思いだすことは出来なかった。

 

**********

 

「羽依里、藍と最近仲良いわよねー」

 

蒼の頬が不満そうに少し膨らんでいた。

藍とのやりとり、気づいていたのか……。

 

「嫉妬してるのか?」

 

「し、嫉妬なんかしてないしー?ただちょーっと気になっただけだしー?」

 

 

蒼は引きつった笑顔で冷や汗をかいていた。

また下手な誤魔化しを……。

 

「まあ1週間に1回は蒼に会いに来てたから。同じ部屋にいた藍とそこそこ話す機会もあったからな」

 

本当にそれだけの事だ。

あとは頻繁に無言の圧力をかけてくる藍だからこそなのかもしれないが……。

 

「ううう……。そんなんじゃないって分かってるんだけど、ちょっとだけもやもやしちゃう……」

 

 

お互いの気持ちを面と向かって伝えあったからか、1年前より蒼も素直な気持ちを言ってくれるようになった気がする。

それ自体は嬉しい。

でも蒼が本当に気にしているなら、彼氏としてちゃんと不安を取り除くべきだとは思う。

実際藍とは何も無いんだが……。

蒼もそんなこと分かってるんだろうけど……。

悩んだ結果、言葉よりも行動をすることにした。

 

「蒼、俺の目を見てくれ」

 

「ん……?」

 

(「愛してるぞ」)

 

(「……!?……ありがとう……」)

 

蒼は少し俯いて頬が赤くなった。ちゃんと伝わってそうだな……。

 

「俺と蒼も目で通じあえてるだろ?」

 

「……でも、」

 

「でも?」

 

「今心の準備が出来てないというか。体力に自信がないというか。だからまだエッチなことはダ、ダメなんだからっ!でも……羽依里がどうしてもって言うなら……」

 

本当に伝わっていたのだろうか……。心配になってくる。

まあ、蒼はむっつりだしな。

 

「む、むっつりちゃうわ!!」

 

「ちゃんと伝わってるようで良かったよ」

 

いつも通りの蒼だった。

**********

 

蒼の妄想も落ち着いたようだし、ちゃんと言葉でもフォローしておく。

 

「そもそも俺も藍も蒼が1番好きだし、俺と藍の共通の話題なんて蒼の恥ずかしい出来事とか可愛いところとかを言い合うのがほとんどだから大丈夫だぞ?」

 

 

要らないことまで口走ってしまったかもしれない。

 

「はああ!!?それあたしが大丈夫じゃないわよ!?……そう言えば寝てる間に、何かよからぬ気配を何度も感じたことがあったわ……。2人して何してんのよ!!」

 

目覚めてから一番の叫びだった。

120dbくらいはあったんじゃないか?うん。

 

「小さい頃の蒼も可愛かったとちゃんと藍から教えてもらったぞ。写真もほら?」

 

「なんでもってんのよ!?」

 

「蒼の可愛さについて話しているうちに、共感の印としてくれたぞ」

 

「ちょっと!それ渡しなさいよ!!」

 

怒った顔で、取ろうとするが届かない。

 

「彼女の子供の頃の可愛い写真くらいいいだろ!?」

 

「ダメよ!!」

 

「なんで!?」

 

「ダメったらダメ!!!だって、恥ずかしいし!!」

 

蒼が必死になって取ろうとするが立っている俺の手から座っている蒼が奪えるはずもない。

そう思っていた。

 

が、車椅子から少し蒼の腰が浮いた。

 

「取った!!!」

 

油断していた。

そう言えば少しは自力で歩けるくらい回復してるんだった。

 

しかし、変な姿勢で立ち上がったせいか、蒼は体勢を崩した。

 

「おい!蒼!!」

 

蒼の身体を抱き寄せた。

 

咄嗟のことで、俺も少しバランスを崩して、蒼を抱きかかえながら尻もちをついた。

 

「きゃっ!」

「うぐっ…」

 

蒼を抱きしめたまま、盛大に尻もちをついてしまった。

 

「……蒼大丈夫か?」

 

「うん……ごめん……」

 

元気になってきたからってはしゃぎすぎたかもしれないな。蒼はどこも打ってなさそうだ。俺も頭とかは打ってない。

 

ほっとして、腕の方を見ると蒼が恥ずかしそうに縮こまっていた。

会って初めのころだったら、「はーなーせーーー」とか理不尽に言われてたな……。

 

「なあ、蒼……」

 

「ん?」

 

「好きだよ」

 

「知ってるってば……」

頬を少し赤らめて、嬉しそうに呟いた。

 

そのまま、草むらに蒼と二人で横に並んで寝転がっていると、島の人達が微笑ましそうにこちらをみて通り過ぎた。

 

さすがに恥ずかしい……。

 

「そろそろ散歩に戻るか……」

 

「そ、そうね……」

 

2人で立ち上がり蒼を座らせて、車椅子を押し始めようとしたところでひとつ気になることに気づいた。

 

「ところで写真は……」

 

「ダメ!」

 

やっぱり没収かー。

 

まあ別に構わないんだけどな。

 

とりあえず元データを貰っていることは蒼には内緒にしておかないとな!

 

あの可愛い蒼の写真を手放す気にはなれない……。

 

**********

 

「あいつら昼間っからいちゃつきすぎだろ……」

 

良一は羽依里と蒼の甘いやり取りの一部始終を見ていた。

 

「秘密基地に行こうとしてたら、まさかあんなの見せられるとはな……」

 

 

小さい島だから、蒼と羽依里が散歩している時の様子は島中に拡がる。見かけなくても、そのいちゃつきっぷりは良一も知っていた。

 

「のみきは鉄塔で倒れてるんだろうなぁ……」

 

今頃は普段ならのみきは鉄塔にいる。免疫のついてないのみきが顔を真っ赤にして倒れている姿を良一は思い浮かべた。

 

「あいつもほんと耐性ないよなあ」

 

 

 

そして良一は気づいた……。

 

今は追うものが居ないのだと。

 

「今なら、裸になっても撃たれない!!!絶好のチャンスじゃんかよお!!!…ん〜パーーージ!!!」

 

 

久々に撃たれる恐怖から解き放たれた良一は元気よく服を脱いだ。

 

背後の気配に気づかずに、それはもう元気に!

 

「ふむ。楽しそうだな。で、誰が誰に撃たれないって?」

 

「そんなの決まってるだろ!俺がの、みきに……。……のみき、なんでここに!?」

 

「まさか免疫がついたってのか!!?」

 

「ふっ、一度は倒れはしたが、起きたらお前が見えたんでな。あいつらによからぬちょっかいをかけないようにこちらまで出向いてきたというわけだ」

 

「早々倒れていたのか……」

 

「う、うるさい!あんな小っ恥ずかしいことを外でやってるあいつらが悪い!」

 

色々思い出したのか、のみきは顔を赤くした。

……が、すっと顔色をかえた。

 

「コホン。ところで良一何故裸だ?」

 

「いや……」

 

「言い訳など聞かない。ハイドログラディエーター改マークⅡ……ファイア!!!」

 

「ぐあああああああ!!……理由聞いといてひでぇ……」

 

ドサッ

 

「懲りないやつだ……」

 

「それにしても、昨夜コイツを使う練習が出来て良かったな。お陰で新しいハイドログラディエーター改マークⅡでもしっかり仕留められた。やはりあの壊れない的は良いものだな……」

 

うんうんと感慨深そうにのみきはそう呟いて歩き去っていった。

 

**********

 

今日は港まで来た。

漁師のおっちゃん達にも元気な蒼を見せてあげたい。

 

「こんにちはー」

 

港の店に入った。いつも通りの決まったメンツだ。

 

「おお!ボウズと空門の娘さんか!元気になったか?」

 

「うん♪そろそろ駄菓子屋の看板娘として本格的に動けそうよ!」

 

「おお、良かった良かった!またちゃんと回復したら駄菓子屋に寄らせてもらおう」

 

蒼が眠りについた時、島の人みんなが心配していた。藍のときと違ったのは蒼が駄菓子屋の看板娘だったことだ……。老若男女問わず、島中の人に慕われていたんだと思う。

 

散歩で、こうやって色んなところに顔を出しているのは、みんなを安心させるためってのもある。

 

楽しそうに蒼がおっちゃん達と話している。

 

最近は豊漁だとか、子供達のこととかなんでもないような日常の話だ。

 

夫婦喧嘩の相談をする人もいた。

 

「今朝奥さんと喧嘩しちまってさぁ……。前も似たようなことで喧嘩して、その時は仲直り出来たんだけどどうやったのか全く覚えてなくてなぁ……。何かいい方法ないかい?」

 

奥さんと喧嘩か……。

俺も蒼と喧嘩する日が来るんだろうか。

なまじ蒼はちょろいからなぁ……。

俺も蒼が笑ってくれている方が嬉しいし。

 

「そんなの!」

 

蒼が嬉々としてアドバイスする。駄菓子屋もとい何でも屋の看板娘だ。色んなことに対応出来るんだろうな。

こんなふうに、蒼が島の人達と元気に話しているのを見ているだけでも俺は楽しい。

 

おっちゃんは蒼のレクチャー(?)を真剣に聞いていた。

 

「助かったよ……」

 

「どういたしまして。でも前はどうやって解決したかって分からないの?」

 

「前に解決したことがあるならその方法を使えばいいもんな……」

 

「羽依里も馬鹿ねー。女の子はそんなに単純じゃないんだから。同じことで何度もやり込められないわよ?」

 

蒼が「分かってないわねー」という顔をしていた。

 

「蒼もいつまでもちょろくないってことか?」

 

「ちょ、ちょろくないし!」

 

おっちゃんはそんな俺たちを見て笑いながら言った。

 

「ははは!仲がいいなあ2人は。まあ何となく誰か女の子にとりもって貰った気はするんだが、どんな風に仲直りしたのか忘れちまったなあ」

 

「蒼じゃないのか?」

 

「さすがに似たような喧嘩に関わってたら覚えてるわよ」

 

「うーん、駄菓子屋のばあさんでもないし。まあ覚えてないなら仕方ないさ。とりあえず俺は仲直りしてくるわ」

 

戦場にでも行くような背中を見て、俺達は「頑張れー」としか言えなかった。

 

やはり嫁さんというのは怖いものなのだろうか……。

蒼ともしも喧嘩した場合、藍がいる以上、こちらの言い分が認められることは無いだろうし……。嫁さんがというより義姉が怖い感じか……。

 

しばらく蒼はおっちゃんや俺とだべっていたが、遅くなりすぎると藍にまた叱られるので、今日はそろそろ診療所に戻ることにした。

 

**********

 

「ただいまー」

 

戻ってくると、藍は本を読んでいた。

以前見た七影蝶に関することが書かれている書物だ。

鏡子さんが「当分は貸しといてあげるね」と言ってくれたのでお言葉に甘えてこの病室に置きっぱなしにしていた。

 

「で、なんだそのメガネ……」

 

「伊達メガネですよ。眼鏡かけてると何だか真剣にしているように見えるじゃないですか?」

 

「そうだな、だけどその発言でちょうどそう見えなくなったところだ」

 

「冗談が通じないですね……」

 

真顔で言われて冗談と受け取る人間もなかなかいないだろう。

 

「で、藍はなんでその本読んでるの?」

 

蒼が不思議そうに聞いた。確かに蒼が起きてから一度も触れていなかったしな。

俺も少し気になる。

 

「今朝、羽依里さんが見たという七影蝶について調べてたんです」

 

あの七影蝶のことか。

 

「なるほどねー。藍、何か分かった?」

 

「そうですね。……この書物にもそのことには触れてるところは無いみたいです。まあ珍しいってだけで特に気にするような事でもないのかもしれませんけどね」

 

藍は少し、いつも置いている場所に本を積み直した。

 

それからはその話に戻ることはなく、夕方まで3人で駄べっていた。

 

「じゃあそろそろ俺は帰るよ」

 

今夜もお役目があるし。

藍に「じゃあ」と声を掛け、いつものように蒼を抱きしめて、別れの挨拶を言う。

 

「じゃあまた明日な。蒼……」

 

「うん」

 

最近は何となく照れも少なくなった。

それでも蒼の柔らかい部分があたると時々むず痒くなる。眠っているマッサージしていたせいか、以前より蒼のおっぱい大きくなってる気もするし……。

 

その感触を惜しみながらも蒼の身体をそっと離した。

 

「いつもあたしの代わりにありがとね。でも無理しちゃダメよ?」

 

「ああ。分かってるよ。……それじゃあ行ってくるな」

 

蒼は笑顔で見送ってくれた。

起きてから数日は何となくか細くて甘えるような笑顔が多かったが、最近は笑顔に元気が感じられることも増えてきたように思う。

 

これもリハビリのおかげだろうか。

それとも俺と一緒にいるから……とかだったら嬉しいな。

 

俺は病室から出て、少しにやけながら、山へと向かった。

 

**********

 

途中でイナリと合流していつものように山を練り歩く。

 

「ポン!」

 

暗い山の中、イナリが七影蝶の存在を知らせてくれる。

 

触る必要も無いから、ただイナリが反応した方向に歩くだけでお役目は終わる。

時々、イナリが

 

 

「イナリ」

 

「ポン?」

 

「今日も蒼は可愛いかったよ」

 

「ポンポーン!」

 

「楽しそうにしてる時とか、こっちもなんかこう顔がにやけてくるよなー」

 

「ポンポンポーン!!!」

 

同意の鳴き声だ。

いつもはこんな風に蒼の可愛いところとかについてイナリと漢の話をしているといつの間にか迷い橘に着いてそれで終わりだ。

 

今日もそうやって終わると思っていた。

 

「ポン!!!」

 

イナリの緊張感のある鳴き声を聞くまでは……。

気づいた時には1匹の七影蝶が俺の背中にとまってしまっていた……。

 

**********

 

またあいつと喧嘩してしまった。

何度目か分からない夫婦の危機だ。

今度こそダメかもしれない……。

 

だが、その時、「俺」たちの目の前に小さな女の子が現れた。

 

最近この島に来てる加藤さん家の子だ。買い物などによく来てくれている。

その子は「俺」たちの間に入って話をしてくれた。

 

 

その子と話してると、いつの間にか俺もあいつも謝って仲直りしていた。

 

「これからは夫婦仲良くしてくださいね!」

 

その子の笑顔は少しだけ悲しげだった。

なにか遠いものを見ているようなそんな感じがした。

 

ああ……。

この子が何を悩んでいるのかは分からないけど、「俺」はこの子を心の底から笑えるようにしてあげたい……。

 

**********

 

 

「う……」

 

少し意識ははっきりしないが、現実に戻ってきた。

 

「ポンポーン!」

 

イナリがどうやら取り憑かれていた俺を起こしてくれたらしい。

 

「ありがとうな、イナリ」

 

「ポン!」

 

それにしてもこの記憶は……。

 

背中の方を見ると、色あせた七影蝶が力無さげに舞っていた。

 

今まで見てきた蝶とは根本的に違った。後悔も執着もなく、ただの日常の記憶。

 

それに記憶の中に出てきた子に何か既視感を覚えた。

多分、今朝の夢でも見た子だ……。

 

確か……あの子の名前は……。

 

「うみ……」

 

 

そうだ。うみちゃんだ……。

でもなんで忘れていたんだろ……。去年の夏たった1ヶ月だけとは言え、それなりに仲良くはしていた。それこそ同じ家にずっと居たのに……。

 

なぜかうみちゃんに関することだけすっぽりと頭から抜け落ちていた。

 

「蒼のことで必死だったから忘れていた?」

 

有り得る話ではある。1年間他のことなんて考えられなかったしな。

だけど、さっき見た記憶のことを考えるとそんな話では無いような気がしてくる……。

 

俺はもやもやしながらも七影蝶達を迷い橘のもとへ連れていった。

 

「くあぁ…」

 

久しぶりに記憶を覗いたせいで、少し疲れたな。

家に着いたらさっさと寝よう……。

 

今日見た記憶について答えが出ないまま、俺は家路に着いた。

 

**********

 

「羽依里さん……。起きてください」

 

誰かの声が聴こえる。

そのフレーズは何となく懐かしい気がした。

 

うみちゃん?

 

「誰がうみちゃんですか!早く起きないとせっかく持ってきた蒼ちゃんの下着渡しませんよ!」

 

「下着!!?」

 

俺ははねおきた。

 

「やっと起きましたか……。ちなみに下着は嘘です」

 

「ひどい……」

 

「そもそも蒼ちゃんの下着は私のものです……」

 

「え?今なんかとんでもないこと言わなかった?」

 

「気の所為ですよ。まだ寝ぼけてるんですか?」

 

一瞬、藍が少し笑っているように見えた

 

「で、なんで藍がここに居るんだ?」

 

なんならこの家に藍が来たのは初めてなんじゃないか?

 

「やだ。忘れたんですか?昨夜はあんなに激しく……」

 

「してないな」

 

それにまだ夜中だ。

 

「即答ですか。何となく腹が立ちますね」

 

 

藍はちっとも残念じゃなさそうにそう応えた。

 

「蒼とならするけどな」

 

「……もしかして今日散歩中に、したんですか?」

 

藍は怒気を潜ませもせずにそう聞いてきた。

 

「そう言えば昼間イチャついてる2人を見かけたな。いやーあれは激しかった」

 

のみきが藍に要らない情報を与える。

 

「約束……破ったんですか?」

 

いや、目が怖いわ!

 

「てか、してないから!!ただ蒼と寝っ転がってただけだからな!」

 

「でも、抱きしめあってたそうじゃないですか。島のみんなから聞いてますよ。よくもぬけぬけと……」

 

いや、それは蒼が転けそうになったからで……。

 

「というか、のみきもなんでここにいる!?」

 

藍の車椅子の後ろからのみきが顔を出していることに気付く。

 

「私が藍を連れてきたんだ」

 

「あー、散歩の途中で立ち寄ったのか?」

 

藍の散歩は基本的にしろはかのみきが連れて行っている。

 

「散歩だとしてもなんでこんな夜中に……」

 

「羽依里さんはアホなんですか?」

 

「失礼な!」

 

寝起きからボコボコである。

 

「話すことがあるから来たんですよ」

 

藍は先程までとは違った真剣な口調でそう言った。

何か嫌な予感がする……。

 

「もしかして蒼に何かあったのか!?」

 

「いえ蒼ちゃんには特に何もありません。強いて言うなら今日もとても可愛いかったです」

良かった……。

 

「蒼にぞっこんだな……本当に……」

 

のみきは微妙そうな顔をする。そうは言うが、可愛い彼女を心配するのは当然だ。

 

でも藍が蒼以外のことでこんな真剣な顔をしているのは少し不思議な感じがした。

 

「なんの話なんだ?」

 

「実はあの書物に少しだけ羽依里さんの言っていた七影蝶のことが書いてあったんです」

 

「あー、七影蝶の話か。でもなんで昼間教えてくれなかったんだ?」

 

「あの場には蒼ちゃんもいましたから……。蒼ちゃんに聞かせると、無理をしちゃいそうな気がしたからです……」

 

「……なるほどな」

 

藍らしい理由だ。実際藍を目覚めさせるために蒼はだいぶ無茶なことをしていた。藍自身、蒼にもう無理をして欲しくないんだろう。

 

 

「それに……」

 

それに?

 

「いえ、なんでもありません」

 

藍には他に何か気になることでもあったのかもしれない。

 

***********

 

「端的に言うと……。鳥白島でしか見られない蝶みたいです」

 

「この島でだけ?」

 

「そうです」

 

「その色が薄くなった蝶は代償を支払い過ぎた人のものだそうです……」

 

「代償……?」

 

小さく肯定するように頷いて、藍は話を続ける。

 

「そうです。代償です。でも、その話をする前に。羽依里さんはシロハネの伝説というのを知っていますか?」

 

シロハネの伝説……?

 

「いや、聞いたことないな」

 

「それじゃあまずそれについてお話します」

 

そこから1時間ほど藍からシロハネの伝説について聞かされた。

 

行きたい場所に行ける。

 

強い想いを持って身を投げれば時空さえ越えて……。

 

寝惚けた頭には難しい内容だった。

 

「そんな伝説があるのか……」

 

「はい」

 

藍は少し間を置いて

 

「そして……、信じられないかもしれませんが、しろはちゃんの家は、シロハネの伝説を再現できるみたいです」

 

「は……?」

 

それは漫画とかで言う異能力とかいう……そういった類のものか……?

地に足が着いてない感じがする……。

初めて蒼のお役目を見かけた時に近い感覚だ。

 

「まあ私が眠りにつく少し前に、しろはちゃんに聞かされた話なんですけどね……。私も聞いた当時はあまり本気にしていませんでした」

 

「でも七影蝶の存在をその夏に蒼ちゃんに教えて貰ってからは、もしかして……とは思うようになりました。空門家が七影蝶を通して過去の記憶を見ることが出来るなら同じく巫女の家系の鳴瀬家にもそんな能力があってもおかしくはないですしね」

 

俺も七影蝶を見たことがなかったらそんな不思議な力受け入れられなかったかもしれない。

今だからこそまだ驚きは少ないが。

 

「なるほどな。というか、しろはも巫女の家系なのか……」

 

それも俺には初耳だった。

 

「そうですね。今は形だけという感じもしますが、鳴瀬家は大昔、未来を見て災害からこの島の人を守ったという話があるんだとは蒼ちゃんから聞かされたことがあります。あの時はまだ私は眠っていましたけど……」

 

蒼はそんな記憶も見ていたのか。

 

……。

 

「なあ、藍」

 

「なんですか?」

 

「俺が見た七影蝶はしろはのなのか?」

 

 

もし、そうなら……。

 

「そんなわけないでしょう……。蒼ちゃんと羽依里さんが散歩中にしろはちゃん見舞いに来てくれましたし。それに1羽や2羽ではなかったんですよね?」

 

 

「確かに……」

 

「色が落ちている理由ってなんなんだろうな……」

 

「色に関しては恐らく、やりすぎたんじゃないかと思います……」

 

「やりすぎた?」

 

何をやりすぎたんだ?

 

「羽依里さん。過去に行けるのに代償がないなんてそんな都合のいい話があると思いますか?」

 

「それが最初に言っていた代償か。つまり、代償によって七影蝶が色を失うってことか……?」

 

だとしてもいまいちピンと来ない。そもそも七影蝶自体について、残留思念とかそういうものとしか俺は知らないからな……。実は大きさや色とか動きにはなにかの意味があるのかもしれない。

 

「それで具体的に何を失っているのか分かりませんけどね。伝説では身を投げていますし。多分、それに相当するものは寿命か心か……。それとも存在か……」

 

背筋が凍るような感覚がした。時空を超えることの代償が小さくないわけがない。

 

もし存在が消えるのだとしたら……。

 

死ぬよりも何か恐ろしいことなような気がした。

 

「まあ可能性の話です。実際どうかは分かりません。それに誰の七影蝶なのか、なぜ何羽もいるのかは私には分かりません」

 

藍もこれ以上はお手上げといった感じだ。

 

「嫌な話だな……」

 

のみきは終始、静かに聞いていたが、少しうつむいていた。

 

もしも誰かの存在が失われようとしているなら、どうなるんだろう。

 

漫画みたいに、その人についての記憶や記録が無くなるのか……?

 

そう仮定すると何かが引っかかった。

 

「藍、今日のお役目の時にさ。例の七影蝶に間違って触っちゃったんだけど、その記憶、漁師のおっちゃんの記憶だったんだ……」

 

「それは……しろはちゃんの家は関係なさそうですね」

 

 

俺も関係あるとは思っていない。

 

「それでさ……。思ったんだけど、もし、存在が代償だった場合、その人にまつわる他人の記憶って七影蝶として抜け落ちることってあると思うか……?」

 

藍は不思議そうに一度こちらを見た。

 

「そうですね……。ありえるとは思います……」

 

藍から可能性を否定されなかった。嫌な予感が少しずつ心に積もってゆく。

 

それでも俺はあの子を知っているであろう人間に聞いておくべきことがあった。

 

「なあ、のみき。少し聞きたいことがあるんだが」

 

「私にか?」

 

自分に話が振られると思っていなかったのかのみきは少し驚いていた。

 

「……加藤うみって分かるか?」

 

こんな予感は外れて欲しい。

 

「……いや、聞いたことないな……。加藤ということは、鷹原の親戚か?」

 

だけど、悪い予感は外れてくれなかった。

うみちゃんの存在が消えかけている。

いざその事実を認めると、言いようもない恐怖に襲われた。

 

たった1ヶ月しか一緒に過ごしていない。特に思い出深いことがある訳でもない。なのに、俺はひどく心がかき乱された。

 

「羽依里さん……。大丈夫ですか?」

 

多分俺は酷い顔をしていた。藍が珍しく心配そうにしていた。

 

「もしかして、その加藤うみという子……」

 

さっきのやり取りで藍ものみきも察したんだろう。深刻そうな顔で3人で沈黙していた。

 

「その子はしろはちゃんの関係者ですか?」

 

「いやそこまでは知らない……。去年、あの子が俺と同じようにこの島に来たとしか鏡子さんから知らされていないからな……」

 

 

「そうですか……」

 

「羽依里さん……。たぶんですけど、鏡子さんは知ってるんじゃないですか?」

 

「え……?」

 

「羽依里さんを呼んだのも、その加藤うみちゃんを呼んだのも、鏡子さんなんですよね?」

 

言われてみれば……。

 

「ですから、羽依里さんは朝になってから聞いてみたらどうですか?」

 

「確かにな……。そうしてみるよ……」

 

うみちゃんの存在が消えかけているからと言って俺に何か出来るのか分からない……。

だけど、知らないまま忘れることはとても悲しいことな気がした。

 

「そろそろ私も帰りますね。蒼ちゃんが心配するかもしれませんし……」

 

「鷹原、邪魔したな。私が藍を連れて帰る」

 

「ああ。夜も遅いし、二人とも気をつけろよ?」

 

「ふっ、獣だろうと変態だろうと私のハイドログラディエーター改マークIIがあれば1発だ」

 

なんだか、昼間、1匹屠ったかのような言い方だ……。

 

「あと、羽依里さん……。蝶に触れないように気をつけてください。もしもの事があったら蒼ちゃんがとても悲しみますから」

 

「……ああ、気をつけるよ……」

 

俺も蒼に心配させたくない。

 

それにしても今夜は色んなことを一気に知ってしまった気がする。

 

俺は藍たちを見送ってから、糸が切れたように眠りについた。

 

**********

 

「ふぁーあ」

 

眠たい……。

それに悪夢にうなされたようなそんな気分だ。

いつもと同じように朝食を摂るが、味があんまり感じられない。

 

「羽依里くん、なんだか眠そうだね。それに気分も良くなさそうだよ?」

 

鏡子さんが心配そうに聞く。

 

「いえ、大丈夫です。その……、鏡子さん。聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 

「……?うん、いいよ」

 

鏡子さんは一瞬キョトンとしていたが、話を聞いてくれた。

 

そして、答えてくれた……。

 

**********

 

「……これが私の知っていることだよ」

 

 

信じたくない話だった。

 

それでも……、たぶん、鏡子さんは全部本当のことを教えてくれたんだと思う。

なんとなく納得してしまう自分も頭の中のどこかにいた。

 

 

うみちゃんはしろはの子供で、亡くなったしろはに会いに来た。

 

この島の人たちはもうじき、うみちゃんの存在を忘れる……。

 

そして……。

 

この世界にうみちゃんがもう産まれてくることは無い……。

 

 

うみちゃんが生まれなくなったこの世界ではしろはは生きながらえる……。

これじゃ……あまりにも、救いが無さすぎる……。

 

 

「鏡子さんはずっと前から知ってたんですか?」

 

「……そうだよ。昔ある子から聞かされていたからね……。その子は元気で過去なんか振り向いてる暇なんてないくらい一瞬一瞬に一生懸命だった。だからこそ、そ子の最後のお願いは聞いてあげたかった」

 

鏡子さんは何となく懐かしむようにしてそう語った。

 

お願い……?

 

「……うみちゃんが消えることがお願いなんですか……?……それに、もし存在が消えるとしても、これからうみちゃんが産まれて来ないなんて分からないじゃないですか!」

 

「羽依里くん……。それは言っちゃいけないことだよ……?」

 

「それとね羽依里くん……。それはあの夏を、羽依里くんが空門さんと過ごした夏を否定することになるんだよ?」

 

「……どういうことですか?」

「羽依里くん……、本当に聞くの?」

 

「ここまで聞いたんですし、聞きますよ……」

 

聞いてはいけなかったのかもしれない。

 

でも、もう遅かった。

 

「羽依里くんが空門さんと一緒になるとね。うみちゃんは産まれてくることはなくなるんだよ」

 

…………。

 

何を言っているのか分からなかった。

 

「何の話……ですか……?」

 

身体が宙を浮いて体中の感覚を忘れてしまったような気分だった。

俺と蒼のすべてを否定された気がした……。

「それに例え産まれてきてもこの世界じゃ生きることは出来ないの」

 

「また過去にきて、また存在を失ってしまう」

 

「うみちゃんは大きな鳥かごに捕らわれているの。この鳥かごから出ない限りその運命は変わらないんだよ」

 

あまりにも多くの情報が、色んな感情が流れ込んできて、俺は何も言うことが出来なかった。

 

だけど、鏡子さんの目を見て俺には嘘を言っているようには思えなかった。

 

俺はうみちゃんのことを、少しだけ一緒に過ごしていた親戚の子供としか思っていない。

 

それでもこんなことがあっていいわけが無い。

 

でも、何か出来ることを考えようとしても、何も思いつかなくて……。蒼と一緒に居ればうみちゃんは生まれてこなくて……。それでも、俺は確かに蒼を愛していて……。

 

頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 

「鏡子さん……、少し出掛けてきます……」

 

「あ……、羽依里くん……」

 

鏡子さんが何か言いかけていたが、俺は家を出てしまって聞き取ることができなかった。

 

**********

 

俺は島のはずれで寝転がっていた。

何も考えないでボーッと。

 

いつもなら蒼と散歩に出掛けている時間だ。

 

蒼を心配させているかもしれない。

 

でも、この状態のまま会っても心配される。

 

悩んでいるなら蒼に相談した方がいいのかもしれない。

 

でも、俺自身、何に悩んでいるのか分からなかった……。

 

何も決めることが出来ないまま時間が過ぎる……。

 

「わっ……、何、してるの……?」

 

驚いた誰かの声がした。

起き上がって後ろを見ると、しろはが立っていた。

 

どうやら、釣りをしに来たらしい。

 

こんな時にしろはと出会うなんて……。

俺はしろはにどういう顔をしていいのか分からなかった。

 

「ちょっと考えごと……」

 

「そっか……」

 

ちゃぽん。

 

しろはは何事も無さげに針を海に投げ入れた。

 

「蒼、心配してたよ」

 

だろうな……。

 

蒼を幸せにすると決めたのに俺は今どうしていいのか分からずにいる。

 

「あと、藍が怒ってた」

 

容易に想像はつくが、それは聞きたくなかったな。

 

「その考えごと……、蒼に相談しないの?」

 

「話してもどうにもならないし、蒼を悲しませる気がするからな……」

 

「……そっか」

 

あの子に対して俺たちがしてあげられることは何も無い……。

だからこそ、蒼はそんなその子のことを想って苦しんでしまう……。俺はそんなことを望まない……。

 

「でも……。蒼はその相談事聞きたいと思うよ」

 

「……なんで?」

 

「理由は特にないけど」

 

無いのか……。

「恋人同士って……そういうもの……じゃないの?」

 

 

「……」

 

 

しろはの言うことはもっともだ。

しかし、あまりにも重すぎる話だ……。

 

記憶が失われるまで隠し続けるべきか……。

蒼に話すべきか……。

 

俺は……。

 

「蒼と話して来るよ……」

 

「うん、……頑張って」

 

蒼に隠し事をすれば、俺は蒼と一生心を通わせることができない気がした。

蒼を悲しませることになるのだとしても……、そのことの方が耐えられない……。

それに、その悲しみもどうにかすることも俺の役目だと思った。

 

決心はしたものの、足どりは重い。

心に重い石が置かれているようだ……。

俺は診療所へとゆっくりと向かった。

 

**********

 

蒼の部屋まで来た。

ノックをする。

 

「どうぞー」

 

蒼一人の声だった。

藍はリハビリ中か。

 

「羽依里?」

 

ドアを開くと蒼が嬉しそうな顔をしていた。

 

「もう夕方だけど、どうしたの?」

 

夏休み中は毎日蒼と過ごしていたからか、少し心配そうに蒼はそう聞いた。

 

「ふふん。分かった。あんたのことだから、もしかして七影蝶に触っちゃって今まで寝てたとか?」

 

それでも蒼は元気に楽しそうに聞いてくる。

 

「その……。蒼に知らせておきたいことがあって……」

 

「ん?なに?」

 

**********

 

蒼は最初は笑顔で聞いてくれた。

でも徐々に顔から笑顔は消えて、困り顔になっていった。

苦しかった。蒼にそんな顔をさせたくなかった。罪悪感で、悔しさで押しつぶされそうだった。それでも勝手に忘れてはいけないことだと、知っておくべきことだと思った……。

 

**********

 

話し終わった。

 

蒼は俯いていた。

 

「……なんで……」

 

「やっと藍も起きて、あたしも羽依里と一緒に過ごせるようになったのに……」

 

「蒼……」

 

「なんで……?あたしと羽依里は一緒になっちゃダメなの……?」

 

「ねぇ、はいり……」

 

蒼の頬には涙が流れていた。

 

蒼を泣かせてしまった……。

 

 

「蒼……、俺たちが付き合っていなくても、うみちゃんの存在はいつか消える……。だから別に蒼と俺が一緒にならなかったからって……」

 

「そんなのどうして分かるのよ……。……あたしと羽依里が一緒になっちゃったせいで……、その子が生まれることも無いんでしょ……。だから、存在も消えてなくなるのかもしれないじゃない!」

 

「……」

 

蒼の言う通り未来のことなんて本当は分からない。

俺だって鏡子さんから聞いただけだ。

俺が浅はかだった……。

 

蒼のすすり泣きを聴きながら、蒼の涙を拭いてやることもできずに時間が過ぎてゆく。

 

「羽依里さん……。何してるんですか?」

 

「……っ!」

 

藍がドアの前に立っていた。

 

いつもの無言の視線のようなものじゃない。

 

弁解など許さない冷たい拒絶の目。

 

出ていけと藍の目は言っていた。

 

「蒼、ごめん……」

 

俺は藍の横を通ってとぼとぼと病室から出た。

 

***********

 

羽依里が病室から出て、あたしと藍だけのいつもの部屋になった。

そう、ずっと昔から……、羽依里が来る前からあった光景……。

 

「藍……。あたし……、その子に申し訳なくっ…て……、羽依里との関係が間違いだったんじゃないかって……おも……って……」

 

涙が止まらない。

要領を得ない嘆きが部屋に響く。

藍はあたしを抱きしめてくれた。

 

「蒼ちゃん……。何となくどんな話だったのか予想はつきます。蒼ちゃんは優しいですから、自分よりも他人を大事にしようとしてしまうのも分かります。それなのにそんな話をした羽依里さんを私は許せませんし。このまま蒼ちゃんが羽依里さんとお別れするのも自由です……」

 

羽依里と……別れる……?

そんな想像をするだけであたしは息が苦しくなった。

 

「でも……、蒼ちゃんは羽依里さんのこと愛してるんですよね……?」

 

もちろん、あたしは羽依里のことが好き……。誰よりも好き。羽依里が居たから、今のあたしが居る……。羽依里と一緒にもっと笑っていたい……。

 

だけど……。

 

「確かに、居たはずの人間が、1人居なくなるのは怖いことです」

 

「でもその子は何かをしたくて過去に来たんです……。悲しまれるよりは励まされる方が嬉しいんじゃないですか?」

 

「存在が……消えるのに……どう励ましたらいいの……よ……」

 

もう居ない子の背中は押すことは出来ないじゃない。

 

「たぶん蒼ちゃんもその方法を知っているはずですよ」

 

 

藍が何を言っているのか分からなかった。

 

「眠っていたときの夢のことを思い出してください」

 

夢?

 

「そこにはたくさんの人に色を分けて貰っていた蝶がいたはずです」

 

夢の迷い橘の下でそんな蝶を見かけたことがあったかもしれない……。

その子に色を分ければいいのかしら……?

なんだか、やるべきことが分かった気がした。

 

「だから、ほら……、蒼ちゃん。今日はもう寝て、明日羽依里さんとまたお話しましょう」

 

藍が涙を拭ってくれた。

 

「うん……。ねえ藍……、羽依里に嫌われてないかな……?」

 

「そんなことあるわけないじゃないですか」

 

そう藍は優しく微笑んだ。

 

なんだか昔を思い出した。

島のみんなとは仲良しで、でも、今よりずっと藍にベッタリだった時の自分を……。

 

**********

 

俺はボーッとイナリと一緒にお役目をしていた。

イナリは俺の様子を見て励ますように元気を振りまいてくれていた。

 

「ポンポーン!!」

 

今日は一段と七影蝶の数が多い……。特に、色が落ちたような七影蝶が沢山飛んでいた。

 

……うみちゃんに関する記憶が島の人から失われていく……。

 

なにも出来ないのが歯がゆい……。

本当に俺に出来ることは迷い橘のもとへ導くことだけなのか……?

 

今日のお役目もいつも通り神域に連れていくだけで終わった。

 

山の麓でイナリと別れ、俺は家へと戻った。

 

**********

 

家に着くと鏡子さんが玄関で待っていた。

 

「羽依里くん、ちょっとお話があるの」

 

恐らく今朝のことだろう……。

 

「羽依里くんはうみちゃんが居なくなることがお願いなのかって聞いたよね……」

 

あれは言ってはいけないことだった。

 

「ごめんなさい……」

 

「いや、いいんだよ……。確かにひどいことだったかもしれないから。でも瞳はね。あ、瞳って私のその友達の名前なんだけどね。瞳は、運命を変えたくて私にそうお願いしたんだと思うの……」

 

「運命を……?」

 

「うみちゃんがこの運命に捕われてるのはね……。今朝も言ったと思うけど、羽依里くんと空門さんがお付き合いしたからとかそんなんじゃないの。もっともっと昔にそれこそ10年前くらいの出来事がきっかけなの……。そしてそれを変えない限りはどうすることも出来ない運命なの……」

 

「でも……」

 

「もし、何かしてあげたいなら、うみちゃんのこれからを祈ってあげて。それが、うみちゃんが……、あの子が運命を変える手伝いになるはずだから……」

 

祈る……。

七影蝶は想いだ。確かにうみちゃんの力になるにはそういうことが一番いいのかもしれない。

それに鏡子さんが、嘘を言っているようには見えなかった。

 

**********

 

 

次の日、俺は起きてすぐ診療所へと向かった。

 

小さくノックする。

 

「…どうぞ……」

 

珍しく早く起きているみたいだ。

 

「おはよう……。蒼……」

 

「うん……。おはよう羽依里……」

 

妙な沈黙があった。

 

「蒼。昨日はごめん!」

 

分かっていたことなのに、蒼を泣かせてしまった。それだけで俺は自分が嫌になる。

 

「ううん……。羽依里があたしに聞かせてくれたことは嬉しいから。その……取り乱しちゃって……、ごめんね……」

 

蒼は昨日とはまた違う涙を流していた。起きた時、想いを伝えた時と同じ、そんな暖かい涙だった。

 

「それでさ。俺、うみちゃんのこと……」

 

 

「応援してあげるんでしょ?」

 

蒼は元気な笑顔で微笑みかけてくれた。

 

***********

 

俺は蒼にもう1つ伝えたいことがあった。

 

「蒼、愛してるよ。もう蒼を泣かせない」

 

「今あたし泣いてるけど……?」

 

「えっ、いや、それはノーカンだろ……」

 

蒼はクスッと笑った。

 

「冗談よ。あたしも……羽依里のこと……愛してる。……これからもよろしくね♪」

 

見つめ合う。

そのまま蒼を抱きしめようとするが、外野から静止がかかる。

 

「羽依里さんと蒼ちゃん、仲直り出来て良かったです。でも羽依里さん。私からの制裁を受けるまでは抱きつくのは許しません」

 

「制裁……!?」

 

「蒼ちゃんを心配にさせた罪、泣かせた罪。どれも重罪です。1発でチャラにしてあげますから、大人しくそこに立っててください」

 

藍が拳を作っている。リハビリで回復してきているとは言え、女の子の力なんて大したことないだろう。まあケジメだ。ちゃんと受けるべきだろう。

藍のベッドの前に立ち、制裁を待つ。

 

「いい覚悟です。では、みきちゃんやっちゃってください」

 

「は?」

 

藍じゃなくて、のみき?

 

「鷹原……。蒼を泣かすなと言ったよな?」

 

「げっ……」

 

そう言えば去年そんなことを約束したな。

 

「ハイドログラディエーター改マークII、ジェノサイドモード……ファイア!!!」

 

本気だった。

 

「ぐげぇ……」

 

カエルの潰れたような声をあげて、俺の意識は沈んでいった。

 

 

うみちゃん……。俺には何も出来ないけど、もし飛べなくなったら、力を貸すよ。

 

**********

 

今日のお役目は俺だけではなく、みんなが一緒に居た。

 

あの後、鏡子さんや蒼、藍とどうすれば力になれるか話し合って、全員で迷い橘の木の下でうみちゃんに想いを届けようという話になった。

 

 

蒼に、藍、のみき、しろは、静久、天善、良一、鏡子さん、それに1年ぶりくらいに見かけた鴎や紬も呼んでみた。

 

蒼は俺が、藍は天善がおぶって山を登った。

 

藍は男に背負われるのは嫌みたいだっただが、今回だけは我慢していた。

天善も何か我慢しているようだった。具体的には背中の柔らかい物体に対して。

 

うみちゃんについては大まかにだが、みんなに説明してある。

 

その時、鏡子さんが、しろはに何か耳打ちをしていた。

しろはは少しだけ動揺しているようだった。

 

「大丈夫か?」

 

しろはこちらを見て、少しだけ静止していた。

 

「……うん、ただ……」

 

「ただ?」

 

「やっぱり……なんでもない!」

 

「えーー、そこで言うのやめるのか……」

 

気になる。

 

「どすこい!!」

 

 

久々に聞いたなそれ……。

 

 

わりとどんちゃん騒ぎしながらみんなで、迷い橘のもとまで向かった。

 

 

俺と蒼、のみき、あと何故か紬しか七影蝶は見ることができない。

 

 

イナリがその分頑張ってみんなと七影蝶の距離を開けてくれた。

 

 

「ポンポンポーン!」

 

 

イナリには何かご褒美をあげないとな……。

 

 

 

まだ8月も2週目だ。

 

迷い橘は満開だった。

 

 

そしてそれを前にみんなそれぞれ想いを念じる……。

 

 

もう七影蝶が抜けて忘れているやつも居るだろうけど、それでも他人から言われると何となく微かに思い出せるらしい……。

 

 

俺たちはそれぞれうみちゃんを応援した。

 

 

(「うみちゃん……。俺には何も出来ないけど、もし飛べなくなったら、力を貸すから」)

 

 

(「頑張ってね。もし道に迷ったらあたしがここまで導いてあげる」)

 

 

(「神域では少しお会いしましたね。頑張ってください」)

 

 

(「卓球を極めろ。さすれば道は開ける!」)

 

 

(「頑張ってね。それと、おっぱいを信じなさい。そうすれば必ず成功するわ!」)

 

 

(「力になってあげる!7つの海も越えてもし暇になったら、海賊船探し手伝ってね!」)

 

 

(「うみちゃん、瞳、長い旅だと思うけど頑張ってね……」)

 

何人かは酷いメッセージを送っていそうだった。

 

 

(「うみちゃん……。ごめんね……。私のせいで。今の私には実感がないから、こんなことを言うのはおこがましいかもしれないけど。子供の私をよろしくね……」)

 

しろはだけはみんなと少し違う顔をしていた。

 

 

**********

 

 

次の日俺たちは昨夜何しに迷い橘まで行ったのか忘れていた。

 

 

でも、何だか、心は晴れやかだった。

 

 

今日も蒼のもとに向かう。

 

蒼と今日したいことを考えながらにやけながら歩いていた。

 

 

ありがとう……。

 

 

一瞬、中性的な声が聞こえた気がしたが振り返っても誰も居なかった。

 

 

気のせいか?

 

 

(続く)

 

 

 

 




次は蒼と島のみんなとBBQとかしようかなと( *´艸`)
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