「あっ、なんですかー、その顔」
「あーうん」
「嫌な顔ですか!?そんな露骨に!?」
「うん、するよ。男子トイレに変態と思ったらも 同業者だなんて」
「印象最悪ですか私!?」
なんだろうか、この場違いなコントは。やるんなら広場だろ、嫌だけど、絶対
「まぁそんなことはいいんですよ、はい」
よくねぇよバカ
「重要なのは私はあなたの仲間だということですよ16番!」
この女、またもやドヤ顔をキメながらこちらに指を差す。なんともダサいポーズで
「うん、わかったから、もう帰れよお前」
「きついですねー、当たりが。まぁいいです、今日お渡しに来たのはこれなんで」
そういって14番がショルダーバッグからごそごそと取り出したものは拳銃の入ったホルダー。映画みたいだ、こういう銃の受け取り方って
「……?かなり重いな」
仮にも拳銃、携帯用にしてはいやに重いしでかい
「?どうしました?」
「いや、重いなと思って、何入ってんの?」
するとこの女、なんとも形容のしがたい悪そうな笑みを浮かべて一言
「見ればわかりますって」
多分俺より歳上、多分いい歳
「きしょ」
「え」
本来銃の扱いなんて知らないはずの俺がこんなことをしなければならない理由が思い付かない。でもそんなことを考えていたって
「………Mk.23?」
「ぴんぽんでーす!」
まぁ古くもなければ新しくもない印象を勝手に持ってるやつだ。性能面では高い評価を得たが、かなり取り回しが悪いということで軍への採用が見送られた、という中々拍子抜けするような経歴がある
なんでこれなのか
「他に無いのかよ?俺訓練なんて受けてないし体も鍛えてないぞ、撃ったら肩が外れるわ」
「いやでも個人で制圧しないといけない場面多々ですよ」
「つぅかこれであいつらんとこ戻ったら怪しいだろ、というか捕まるわアホ」
「えー、少しはテンションあげてくださいよマジでー。銃ですよ銃。不健全極まりない今の若者らしく喜びましょうよ」
「お前闇深そう」
「こんな仕事に就く?というか与えられる時点でまぁアレですよね」
「左遷?」
「半分正解ですかねー。まぁ勿体ぶらずに言うなら、実質人質ですね、全世界共同運営組織とかいう体裁で組まれた緊急時の対応組織ですし。闇どころか底なしですよ」
「えーじゃあ、今の段階でお前がヤバイと思ったやつらとかいる?」
「ええいますいます!SASの!めちゃくちゃクズ野郎なんです!私あんなのに口説かれたくない!」
願望というかなんというか、ためにもならなければ聞きたくもなかった衝撃のディスり。ただ、ホルダーはきれいに体にフィットしてることだけは素直に称賛したい。フリーサイズ?
「んで?こんなのを支給されるってことは仕事?」
これだけ言うと目付きがぎらっと変わる。仕事人とは厄介な
「いーえ、慣れておけってのと、やっぱりあなたを正式に迎え入れるためですね、私たちワイルドハントは対テロ組織という性質上、警察組織の裏の裏あたりに付くバックアップがメインになります。あぁ、この場合、バックアップというのは情報提供に狙撃、時に尋問も含まれます、かなり忙しいですよ」
「ふーん、殺しとかやべぇことはする機会無さそうで安心したわ」
「うーん、基本はどこでもそうですよ。でもでも、最悪なパターンだと私たちが一番動き回ることになりますね」
「最悪なパターン?」
「バイオテロですね」
「バイオテロとかもうどうしようもねぇだろみんな死ぬしかないじゃない」
「他人事ですねー。日本で起きる確率が今大なんですよ大」
「…なんでまた?」
「おっ、目が変わりましたねー。心配なのは、お友達ですか?ご家族ですか?」
「言ったら教えてくれんのかよ」
「まぁまぁ、ちゃんと教えますから」
「言ったかんな」
「ええ、わかってますとも。先日起きたロシアの化学繊維工場への爆破テロ事件、覚えてます?」
そういえば研究室のマウスの世話ついでに聞いていたラジオニュースでそんなのを聞いた気がする。機械に関してはレトロ趣味な教授なので、音質も既に十余年高音質に晒されていた俺の耳にはいまいちだったことを含めて覚えている
「あれ、半分本命、半分陽動なんですよね」
「化学物質狙いなのは別段珍しくはないだろ、IED製造が目的なんじゃないか?」
「ええ、そうですよ。ただ、そこにプラスアルファって感じです。ロシア政府は今、どうしてもアメリカを出し抜きたいのはわかりますよね?」
「あぁ、経済活動、あまり良い状態じゃないしな。今ってことは、スパイ容疑で四人が逮捕されたやつも絡んでる?」
「そうですね、この件でアメリカは糾弾してますし、中国もほぼ確定とはいえスパイ疑惑が強くなってますから、いわば磔なんですよ」
「スパイなんてどこでもやってるだろ」
「そうなんですけどねー、証拠がないと、ほら?というより、どこも一応はやってないことになってるんですよ」
「はぁ…」
ある意味冷戦時代より質が悪くなってる上に、より深層部分に突き込んでるのが今の諜報、冷戦が残したのは負の産物ばかりだというのはこれだけでも十二分に伝わる
「おっと、話が逸れましたね。で、その件で起きた汚点を挽回するために炭疽菌の特効薬開発をしようとしている、という流れですね」
「なんで炭疽菌?」
「ソ連時代には生物兵器開発に勤しんでたんですから、経験と研究してたっていう都合のよさじゃないですかね?だってかつて研究開発していたことがあるっていうのは、ある意味特効薬開発の先陣に立った時はかつてしていたことへの贖罪とも言えてしまう訳ですよ、それで簡単に手に入って簡単にバラ撒けて深い傷を負わせられる、現代脅威でも大きい炭疽菌を選んだんでしょう」
世論がそれだけで優しく抱きしめてくれるわけはないだろうが、なにもしないリスクよりはマシと思ったのか
「成る程ね。で、事件の時にそれを盗まれたと?」
「はい、丁度護送している時に。ロシア政府は内部にいると思われる内通者の炙り出しの最中ですからね、公表はせずにロシアの特殊部隊を中心に捜索を行い、必要とあらば私たちを動員する腹づもりのようです」
功を急いた、というわけではないが、読まれやすい動きになったのは間違いないだろう。にしても内通者か、皮肉な話だ
「わかった。まぁ当分は暇なことを祈るよ」
「ええ、それが最善策ですね。ところで~」
「ん?」
「で、どの娘がお好みなんですか~?」
「は?」
「嫌ですね~、あんなモテモテなくせして~」
「くっ、死ね!」
というわけで、ものの数分ながら俺はとうとう帰りたくなかった職場への帰還を果たし、胸の内を晴らしに行くという二大イベントの片方を片付け、ようやく本命のもう片方に向かうことができるようになった
「あっ、タカさーん!遅いよもう!」
「はいはい、悪かったよ」
「大丈夫ですか?」
「全然大丈夫だよ、気にしないでくれ。吐いてないから」
皆の所に戻るなり話しかけてきたのは今俺が迷惑をかけてるとこの双子。今更だけどすごい悪いことをしてる気分になってきた。すごいものを押し付けられて、ようやくわかった人の苦労。後悔しても遅いのはそうだが、戒める心と思えばまぁ、というところ。でもまぁ、なんでだろうか
「?」
紗夜と目を合わせるのを避けてしまうのは
許してクレメンス