エリオとキャロが異変に気づいたのは、店を何件かウインドウショッピングした後だった。街を歩いている人の波に従い、次の場所に移動しようとした時に、エリオが人並み外れた聴覚で、確かに音を聞いた。
ゴト、という鈍いを音を。エリオは眉根を歪め、
「……キャロ、何か変な音聞きこえなかった?」
「変な音?」
首を傾げる。エリオに比べ、キャロは異変には気づいていない。この街中の騒音である為、些細な音など気にする人間はいないだろうが、エリオにはそれと同時に魔力反応を感じ取った。辺りを見回して、その反応の元を探る。それが路地裏から近づいてくると分かり、駆けて行く。
ビルの間に位置して、薄暗い路地裏へと来ると、マンホールが下から開けられる。
そこには、小さな女の子が出てくる。汚れた身体にボロボロの布切れを身に纏い、息を切らして衰弱している。
直ぐに駆け寄って、女の子の元へ行く。地下から上がったところで女の子は気を失い、キャロがすぐさま身体を抱きかかえる。驚くべきなのは、その女の子の腕につながれた物だった。四角いケース。これは見たことがある代物。ロストロギア───レリックだった。
すぐさま状況の深刻さを理解し、キャロは緊急通信で全体へと状況報告する。直ぐに通信の向こうからはやてが応答し、その場で警戒しつつ、待機を命じられる。スバルとティアナにも直ぐに二人と合流するように命じた。
それから数分もしないうちに、スバルとティアナが現場に駆けつけてくる。その際に二人の後ろから見慣れた姿を目にする。高町なのはだ。
「エリオ、キャロ! 状況は?」
ティアナが軽く息を整えながら訊ねてくる。キャロは事の説明をし、エリオが鎖に繋がれたレリックについて説明する。既にキャロが封印処理を行っている為、暴走の危険性は無いが、鎖に繋がれたその形状から、レリックはもう一つあったと説明する。恐らく地下に落ちてしまったと考えられる。
とりあえずは、現在ヘリで応援が駆けつけている為、それまでの現場の警戒である。一通りの流れを済ませた為、キャロは聞きたかったことを口にする。
「えっと、それで何でなのはさんが?」
「あ、やっと喋れる! やっほーエリオ、キャロ。久しぶりと言いたいけどそうでもないか」
片手を挙げてフランクに挨拶をする。それにエリオとキャロが苦笑いを浮かべ、スバルがなのはと偶然会った事を説明する。緊急通信が入った時に、現場に向かう際になのはに一緒に来てくれませんかと聞いたら「いいよ暇だし!」と軽いノリでここまで来たのだ。───まあ確かになのはが居た方が凄く安心感がある。
新人たちにとって、今のところなのはへの認識ははやて、フェイトに並ぶ実力を持つ人物というもので、とても頼りになる感じがある。
しばらくすると、音声通信ではやてから連絡が来る。繋いで応答すると、はやては緊迫した様子で、
『皆、今シャマルとリイン、そしてフェイト隊長がそちらに向かっているから、それまで何があってもその子とレリックの死守を頼むな。咄嗟のイレギュラーで、心細いのもあると思うけど───』
言葉の途中で、ティアナがいたって平然に、あっと言葉を漏らし、
「大丈夫です。それに今、現場には偶然居合わせたなのはさんが居ますし」
『───なら大丈夫やね!』
手のひらを返したように、言葉の緊迫感が抜けて平然に戻った声色で言葉を返して来る。正直新人たちで現場待機は若干不安だったが、経緯はともかく、なのはが居るのなら安心である。
◇
しばらくして、近くのヘリポートに着地させて、シャマルとツヴァイ、フェイトが現場に駆けつける。当然三人はなのはが居ることに驚き、軽いノリで手を上げて挨拶してくるなのはに苦笑いを浮かべる。
「何でなのはがここに?」
「ん、散歩してたらスバルとティアナに会って、暇だから付いてきた」
「あー……」
フェイトは眉根を八の字に曲げて、納得したように声を漏らす。隣に浮遊するツヴァイも同様だ。
直ぐにシャマルが女の子の容態を調べる。緊急の医療キットで検査をしながら、しばらく経つと、ふうと声を漏らしてから口を開く。
「かなり衰弱しているけど、特に異常は見られないわ。命に別状も無し!」
その言葉に皆安堵して胸を撫で下ろす。レリックと女の子はこのままヘリで運んでいくことにして、フェイトとツヴァイもその護衛に付く。新人たちはこのまま地下水路を探索し、レリックの回収任務に移る。
フェイトはなのはに視線を向け、
「なのは、ごめんね。協力お願いできる?」
「うん、この子達の手伝いをするよ」
笑顔で了承すると、フェイトも笑みを浮かべて礼を言う。そして路地裏に新人たち四人となのはが残り、早速デバイスを起動して各々バリアジャケットを展開する。既に近隣には避難指示を出しており、魔法使用の許可も出た。
さて、と声を上げてから、なのはもレイジングハートに合図してバリアジャケットを身に纏う。五人で向かい会うように囲ってから、ティアナは困惑気味に視線をなのはへと向ける。指示などは自分がしてもいいのだろうかという事だ。なのははそれを察してから笑みを浮かべ、
「あ、私指示とかそういうの向いてないから、そういうのはティアナに任せるよ」
「分かりました!」
確認も取れたところで、早速ティアナが指示を出す。このまま地下に降りてから、キャロのサーチでレリックの反応を追って探索することになる。
警戒をしつつ、確実にレリックを確保することだ。
マンホールから地下水路に降りて、一体の場所をクリアリングしつつ、早速探索するとする。人数はこのまま集団で移動し、下手に手分けして探すことはしない。反応を便りに、水路を進んでいく。当然のことだが、辺りはかなり暗いため、魔力で視力を挙げつつ奥へと進んでいく。すると、
「───ッ! ガジェット反応、来ますッ!」
キャロが分かれ道に入った際に警告をする。それぞれの方向から反応があると知らせた。皆は一旦一本道へと下がり、迎撃態勢へと構える。衝突までの秒読みをして、それぞれデバイスを構える。
次の瞬間、暗闇からガジェットドローン一型が数基現れる。と同時に、ティアナが先制攻撃にマルチシューティングを行い、キャロの魔力保護もあって一気に撃墜する。だが、煙の向こうにはまだ反応がある。そこにスバルがローラーブーツを走らせて突っ込む。リボルバーナックルを回転させてから煙に突っ込み、同時に煙も霧散する。そこに居たのはガジェットドローン三型。
反応から居るのは分かって居た。故に力を溜めたリボルバーナックルを引き、それを前に突き出す。ガジェットドローンがこちらに迎撃姿勢をとる前に、その躯体の中央に拳を突き当てて、そのまま振動で全体を破壊する。爆発の勢いを利用して後方へと一回転し、着地する。
一方で後方からもガジェットドローン一型が迫るが、これはエリオが問題なく撃破して、第一衝突は問題なく迎撃完了する。基本的に新人たちの後ろでなのははその様子を見届ける。なのははへえ、と新人たちの動きを自分なりに観察して感嘆の声を漏らした。
「皆、前よりもかなり強くなっているじゃん!」
「ありがとうございます」
揃って礼を言う。ティアナの指示で、なのはには極力自分たちが処理できなくなったいざという時に助けに入るということになっている。相手が新人たちで対応できる範囲ならば、これは彼らにとっても良い実戦経験を積める機会であるからだ。
場所をクリアリングして、先に進むとする。すると
『───こちらギンガ・ナカジマ。聞こえる、ティアナ?』
「はい、お久しぶりになります、ギンガさん」
移動しながら通信を繋いで、ギンガと言葉を交わす。ギンガは笑みを含めつつ、
『挨拶は後でゆっくりとしましょう。それより───』
「はい、合流ポイントをこちらで指定します。そこで合流しましょう!」
『了解』
通信を切る。そこでなのははスバルに視線を向けて、
「ギンガ・ナカジマって……?」
「はい、私の姉です!」
横を走るスバルが笑顔で答え、ティアナが補足するように口を開く。
「ギンガさんはスバルのお姉さんで、私たちの上官に当たる人。スバルにとっては魔法の先生でもある人です」
「へえ、そうなんだー……」
ナカジマという苗字から姉妹かなと思った為、ふと思ったことだ。そういえば、空港火災があった時も、確か姉妹がどうのとうっすらと思い出す。なのはがスバルを助けて、フェイトがギンガを助けたのが事実だ。そういった意味では、ある意味なのはは初対面では無いのかもしれない。
思考しつつ、先を急いでいると、第二派のガジェットドローンの衝突が来る。先ほどと同様に、皆迎撃態勢に入った。
◇
上空では状況がかなり変化している。ヘリの護衛として空で待機していたフェイトだったが、空からのガジェットドローン二型の襲撃が分かると、それの迎撃でフェイトが出撃する事になった。海から来るガジェットドローンの数は分隊に分かれて相当数あり、囲まれたら結構厄介だ。
だが、陸士部隊の方に行っていたヴィータが緊急で戻って来て前線に参加した為、二手に分かれて迎撃する。ツヴァイもヴィータのサポートに回る為に出撃する。ヘリに関してはシャマルが乗っているので、大抵のことであれば問題は無い。
空から来るガジェットドローンはフェイトが。海から来るガジェットドローンはヴィータとツヴァイが。地下は新人たちとギンガ、そしてなのは。戦力も良いように分かれて順調に撃破して言ったが、ここで問題が発生する。
突如、空からガジェットドローンの増援がやってきたのだ。その数は第一波の二倍どころの話では無く、何十倍との数だ。一瞬で沸いて出てきたとしてはありえない数だ。
試しにザンバーで横に凪ぐと、数基は実機だが、ほとんどが幻影の類である。しかし反応はどれも一緒であり、見分けは付かない。
ザンバーでの一斉撃破でも取りこぼしが激しくなる為、防衛ラインを突破される危険が出てくる。どうするかと思考していると、
『フェイト執務官、部隊長命令や、防衛ラインの迎撃に回って!』
「はやて! その姿!?」
通信でつながれたホロウインドウ。そこに移っていたのは制服姿のはやてではなく、騎士甲冑に身を包んだはやての姿だった。背後の空から、現場に居ることが分かる。恐らく自前の転移でここまで来たのだろう。
『私が広域魔法を放って一気に数を潰す。フェイトちゃんは防衛ラインで迎撃しながら、ヘリの護衛を頼みたいんよ。……何か嫌な予感がするんや』
「───了解!」
はやての言葉に、フェイトは頷いて命令に従い、防衛ラインまで下がる。
フェイトが下がったのを確認してから、リンカーコアに意識を集中させた。次の瞬間に身体から白く光る魔力があふれ出てくる。
さて、と声を上げてから夜天の書を展開し、ページをめくる。
「……さて、久しぶりに超広域砲撃魔法、いってみよか!!」