六課の隊舎からはやてとなのはが出ると、正面入り口で黒い車が止まる。フェイトの車だ。運転席を見ればフェイトがハンドルを握っている。こうしてフェイトが車を運転するのを見るのはなのはにとって随分久しい。しかもこんなスポーツカーは初めてだ。緊急車両という意味もあって速い車を選んだのだろうが、これが趣味で選んだとしたら意外な趣味だなと思っておく。まあフェイトのバルディッシュがどちらかというと格好良いデザインなのでイメージ通りといえばそうだが、と思考する。
ドアを開けてはやてが後部座席に座り、反対側からなのはがその隣に座る。さて、と口にしてはやてがフェイトに話しかけ、
「じゃ、行こうか、フェイトちゃん」
「うん、了解」
返事をして、フェイトがアクセルを踏む。広い敷地内を走って行くと、丁度訓練場に向かうヴィータと新人四人を見かける。当然だが今から訓練を始めるのだろう。ヴィータが此方に気付き、手を上げる。それに次いで新人四人も敬礼して挨拶した。はやてはそんな皆に手を振って挨拶。なのはも同じように返した。
正門を抜けて、港の道を走行して行き、やがて市街地の道へと景色が変わる。目的地は聖王教会だ。
「カリムと会うのは、なのはちゃんは初めてやっけ?」
「そうだね。何度か話は聞いてるけど、会うのは初めてかな」
聖王教会の騎士、カリム・グラシア。管理局の理事官で名目上は少将にあたる。クロノと共に六課の後見人の一人であり、後ろ盾として重要な人物である。魔導師としての実力は、戦闘能力では無く、情報を扱う部類に入るものだと記憶にある。
そして何より、レティ提督とともにはやての生活を保護してくれた恩人でもあるのだ。なのではやてにとっては親戚のような存在でもある。
そのカリムが長を勤める聖王教会。ミッドチルダでも外れのほうにあるその施設。そこには文字通り教会、礼拝堂、資料館や学校までの施設を揃え、病院もその敷地に存在するとても大きな場所である。
走行してしばらく経つと山道に差し掛かる。道は悪いが車で行けなくもない道だ。そのまま走って行くと、その奥に大きな施設が見えてくる。あれが聖王教会の施設だ。
今回、保護した娘は事件の重要人物である為、国営、民営の病院は使えない。そして六課の病棟も使えないことは無いが、聖王教会の病院には設備が整っている為、こちらで治療を受けた方が何かあった時でも対応出来るのだ。
正門に近寄った所で車を止め、門番である教会の人間が此方に近寄って来る。はやては車の窓を開けて挨拶を交わし、
「六課の八神です」
「お疲れ様です。お話は聞いております。どうぞ中へ」
「おおきに」
軽く会釈をして、再び車を走らせて門を通って中へと入っていく。施設内に入って駐車場まで辿り付き、そこに駐車してから車から降りる。辺りを見渡すと、ミッドとは違う西洋な外観が広がっており、植えている木々の数々からとても良い雰囲気が広がっている。地球で幼少の頃育ったなのはにとってはヨーロッパの街並みに近いなと考えつつ、案内してくれるはやてとフェイトについて行く。
歩くこと数分で立派な外観の正面玄関へと着く。そこには修道服のような衣服に身を包んだ女性が待っており、頭を下げてから口を開く。
「お疲れ様です。お待ちしておりました、騎士はやて」
「お疲れ様です。お出迎えありがとうございます、シスターシャッハ」
女性───シャッハ・ヌエラははやてと挨拶を交わし、次いでフェイトに目を合わせてから同じように挨拶を交わす。次になのはに視線が向けられ、はやてが先に口を開き、
「紹介します。こちら高町なのはさん。私とフェイトちゃんの親友で、今日から正式に六課所属になった娘です」
「初めまして、高町なのはです」
はやてに紹介され、頭を下げて挨拶する。
「お話は聞いております。シャッハ・ヌエラです。宜しくお願いいたします、なのはさん」
笑みを浮かべて挨拶を返す。笑顔がとても綺麗なシスターである。
挨拶も済んだ所で早速中と案内される。建物の内装もこれはまた綺麗なもので、例えるなら西洋の城などがなのはの記憶では妥当だろうか。そんな光景が視界を埋め尽くす。
正面の階段を上っていき、上階の通路を歩いていくとシャッハが一つの扉の前で止まり「こちらです」と手を促してくれる。シャッハがコンコンとノックすると、部屋の中から「どうぞ」と女性の声が聞こえた。「失礼します」とシャッハが言って扉を開いて中へと入る。
「騎士カリム。騎士はやてとフェイト執務官、そして高町さんをお連れいたしました」
「ええ。どうぞ中へ」
「失礼します」
カリムの言葉に従いってシャッハの後ろからはやて、フェイト、そしてなのはが順に入っていく。室内の壁には本棚が覆っており、上手の窓の前にはカリムの仕事場といえる机があり、彼女はその椅子に座っていた。こちらが入って来るタイミングでカリムは椅子から立ち上がり、此方に笑みを浮かべる。
「はやて、先日振りですね。フェイトさんも久しぶりです」
「カリム、先日はお茶ありがとうな」
「お久しぶりです、カリムさん」
はやてとフェイトが挨拶を返し、次になのはに向けて視線を移すカリム。先ほどと同じようにはやてが紹介をしてくれる。
「はやてから話は聞いてるわ。カリム・グラシアです。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそご丁寧に。高町なのはです」
カリムが歩み寄り、なのはに挨拶して手を差し出す。なのはもそれに応じて手を差し出して握手を交わした。手を離すとカリムははやてに視線を向けて「それで」と口を開き、
「今日は例の娘の様子を看に来たのよね? 話は聞いているとは思うけど、先ほど目を覚ましたわ」
カリムが言ってアイコンタクトをシャッハに向けると、シャッハは会釈をした後に扉を空けて静かに廊下へと出て行く。はやてはそれを横目で確認した後、
「その娘はまだ病室?」
「ええ……まだ目を覚ましてから様子もまだはっきりしていないし、しばらくベッドで休ませているわ。今も看護師に様子を診て貰っているけど───」
「───騎士カリム!!」
カリムが状況を説明し始めた途端、勢いよく扉が開かれた。先ほど廊下へと出て行ったシャッハである。その表情には緊張が走っており、何かあったのだと理解できた。
慌てた様子のシャッハに、カリムも含めた全員がシャッハに身体を向ける。一体どうしたのかとカリムが訊ねると、シャッハは慌てた様子で声を上げ、
「目を覚ました娘が、突然姿を消したと───!」
その言葉に全員が身体を強張らせ、同時に警戒に入る。姿が消えたという事は一人で消えたか、それとも何者かに連れ攫われたかのどちらかだが、ここは聖王協会の敷地内。そしてはやてとフェイトがそれぞれ周辺警戒を行っている。転移の反応も無ければ侵入者がいたとは思えない。
なら起きた少女が勝手にどこかへ行ってしまったのが最も考えられる。
「そう遠くへは行ってない筈や。手分けして探そう!」
はやての言葉で皆が頷き、全員が廊下へと出て行く。カリムとはやては建物内、シャッハとフェイトは病棟へ行き、なのはが外を探す。
廊下へと出て、一番最初に目に入った窓を開けてそこから飛び降りて外へと出る。後ろから驚くカリムの声が聞こえるが、失踪だとしたら早めに探した方が良いと判断して直ぐに外へと出るのが効率が良い。
下を見る。そこには芝生が生い茂った地面があり、壊れそうなものは存在しない。着地点を確認してそのまま地に足をつけて周辺を見渡せる場所へと移動する。
少女がどれくらいの速さで逃げたかは分からないが、あの体躯だ。それこそ異常な身体能力の持ち主でなければそう遠くへは行っていないはず。だとすればと、なのはは病棟からそう遠くない場所である中央の中庭へと進路を向けた。途中に建物が障害になる為、壁を蹴って屋根へと上っていく。高い場所なので敷地を見渡せる形となる。
その際に、なのははその驚異的ともいえる視力であるものをその視界に納めた。中庭の隅にある茂みが動き、そこから僅かにだが金色の髪が揺れるのを見つける。あんな場所に他のシスターがいるとは思えない為、恐らく当たりだろう。
『はやてちゃん、フェイトちゃん。見つけたよ、中庭の影に隠れてる』
念話にてはやてとフェイトに連絡する。二人は了解といってこちらへと向かってくる。なのはは少女がこれ以上どこかへと行かないように早めに接触することにした。
屋根から下りて、その落下衝撃を前方に進むことで逃し、そのまま少女のいる方へと向かう。流石に少女も気付いたのか、茂みに隠れる様子が映った。
「よいしょっと……」
少女のいる茂みまで辿り付き、近くで茂みを見る。気配からして隠れているのは分かる。だが、どう話しかけるべきか。
「(……子供の面倒なんて、看たことないしなぁ)」
幼少の頃からトレーニングの毎日と、子供離れした非日常を送ったなのはにとって、幼い子供と関わる事は無かった。故に、少女にどう接していいか分からないでいる。これがフェイトならば、彼女の経験から直ぐに対応出来るのだろうが。
そうしていると、茂みの影から僅かに顔を出して此方を見る少女の顔があった。どうやらなのはが何もしないので様子を見たのだろう。だが、なのはがそれに気付き目が合うと再び茂みに隠れてしまう。
「……大丈夫だよ、怖くないよ? だから出ておいで? 良い子だから?」
なのははそんな少女に対し、先ずはしゃがんで少女と目線の高さを合わせてから声をかける。手を広げて、少女が出て来易いようにする。
恐らくだが、目を覚まして知らない場所で怖かったのだろうと考える。もし自分が幼く、目を覚まして同じような状況ならば不安で一杯になる事だろう。
なのはがそうやって待っていると、少女は恐る恐るといった様子で茂みから頭を出し、そして影からその姿を出す。金色の髪とその左右に違う双眸が特徴的な綺麗な顔立ち。子供用の患者衣を身に纏い、手にはウサギのぬいぐるみを持っている。病室に飾ってあったものを持ってきたのだろう。
安心させるように笑顔でいると、少女はなのはへと歩みを進めていって、ついにはなのはの手が届く距離まで近づいてくれた。少女の髪やその服は茂みに隠れていたせいか少しだけ汚れている。
「お利口さん。ごめんね、不安だったよね? もう大丈夫だから」
言いながら少女の髪と服の砂埃を軽く払って落としてから安心させるように頭に手を乗せて撫でる。少女も少しだけ安心したのか、表情の強張りが穏やかになった。
「私、高町なのはって言います。君のお名前、聞かせて?」
「……ヴィ、ヴィヴィオ……」
少女───ヴィヴィオが小さく口を開いて、小声でそう言った。
「ヴィヴィオ。良い名前だね。ヴィヴィオはどこへ行こうとしてたの? 何か探しもの?」
不安でも、ここまで外に出るという事はヴィヴィオにとって何かをしたかったのではないかと考え、それを訊ねる。するとヴィヴィオのその目が涙で濡れ始め、
「……ママ……いないの……」
「……あ」
その言葉に、なのはは思わず声を漏らした。そうだ。普通に考えればこの少女は幼い。複雑な事情があるにせよ、子供には変わりはないのだ。ならば親がいなくて不安なのは当然の事。それをなのはは痛いほど分かっていた。
───この少女が、恐らくスカリエッティによって生み出された人工生命体であり、故に本当の母親が存在しないことも。それを理解しているからこそ、なのはは胸を痛めた。
だが、その事実をヴィヴィオに言う事なんて勿論出来る筈が無い。そういう現実は、この幼い少女に伝えるべきでは無い。だからこそ、なのはは安心させるように笑みを浮かべ、ヴィヴィオの頭を再び撫でながら、
「そっか……じゃあ、一緒に探そう? ね?」
「……うん」
言って、なのははヴィヴィオの手を握り、一緒に中庭を散歩することしか出来なかった。それしか、今ヴィヴィオを安心させる事が出来ないのだから。
なのはがヴィヴィオと共に教会の敷地を歩いて行くのを見届け、その様子を、先ほどこちらに駆けつけたはやてとフェイトも見ていた。丁度なのはがヴィヴィオの汚れを払っていた頃からだ。
「……なんや、珍しいなぁ。なのはちゃんがああやって子供と話すの」
「うん……でも、何だか上手くやっていけそうだね」
今までのなのはのその無気力さとずぼらさから、そういった事に関して不安を感じていたはやてが、ヴィヴィオに対する接し方を見ていて珍しそうに声を上げた。フェイトも頷くが、先ほどの様子を見る感じだと問題ないように見えた為、笑顔でその様子を見守った。