地上本部の査察部から機動六課への査察を無事に潜り抜け、その数日後にマリエルとギンガが六課の隊舎へとやって来た。マリエルはシャーリーと共にメンテナンスルームへ。ギンガは早速スターズ、ライトニングと共に訓練に参加する事になった。
訓練にはいつもの様に教導官としてヴィータが。そしてシグナム、フェイト、そしてなのはが参加していた。なのははヴィータに付き添ってその補佐という仕事を行うが、特に難しい仕事ではない。今日に至ってはギンガとスバルの模擬戦を観戦して感想を述べるというものだ。
模擬戦の結果はギンガの勝利という形で終わる。ティアナの指導を終えて途中からその様子を見ていたヴィータが、最初から様子を観戦していたなのはに訊ねる。
「どうだなのは? 二人の戦闘を見て」
「そうだね。ギンガは先輩とあって皆より動きがいいと思う。けど、スバルもこの前に比べると良くなっているっていうのは分かるかな」
なのはは腕を組んで、一通り見た模擬戦の様子から、自分が感じた率直な意見を口にした。その言葉はアバウトであるが、それも仕方の無いことだ。なのはは確かに強いが、戦い方、動きという事に関しては素人なのだ。その事はヴィータも良く知っているので、あくまで感覚的にどう思うかだけを訊ねている。ヴィータは「そうか」とだけ呟いて、訓練が終了した皆の下へと歩み寄った。
スバルとギンガ、そしてティアナ。フェイトとシグナムに相手して貰ったライトニングの二人。皆が集まってヴィータやフェイト達に向かって整列する。
「皆ご苦労さん。ライトニングの二人に関してはフェイト執務官とシグナム副隊長も言うように、訓練第二段階の動きにようやく慣れてきたって感じか。ティアナもあたしとグラーフアイゼンの動きに対応して来ていると思うぞ。スバルは惜しかったな、動きに関しては悪くねーが、今回は経験の差が結果に出ちまったな。ギンガは流石と言っておくぞ」
内容が褒められた事が多かったので皆疲弊しながらも笑顔だった。スバルは悔しそうにしていたが、相手が姉のギンガだからか落ち込んでいる様子は無く、むしろリベンジに燃えているといった様子だ。
「じゃあいつも通り、最後にうちらと模擬戦……と言いたい所だが」
ヴィータが言葉を途中で区切り、なのはの方へと視線を向ける。するとニヤっと笑ってから視線を戻し、
「今からフェイト執務官と、高町教導補佐による模擬戦を行いたいと思う」
「え?」
突然のヴィータの言葉に、なのはは目を丸くする。すると斜め後ろにいたフェイトがなのはの隣にやって来て、
「ごめんね、なのは。これは私からのお願いなの。久しぶりになのはと手合わせしたいなって思って」
「フェイトちゃん……」
申し訳無さそうに言って手を合わせて頭を下げるフェイト。そういうのも、フェイトは自身の強さがどこまでなのはに通じるのか試していたいという欲求があった為だ。今までなのははあくまで一般人。管理局員が一般人に手を上げてはならないのは常識だ。その為、丁度なのはが六課に入った事によって今まで望んだ事が実現可能という訳である。
基本的に相手に命令されることを好まないなのはだが、今はお役所仕事に勤めている身であり、更には珍しくフェイトの我侭なのだ。なのはとしても驚いたが、こうなったら断る理由も無い。
なのはは苦笑いを浮かべつつ一呼吸置いたのち、フェイトに向き直ってから、
「いいよ。じゃあやろっか、フェイトちゃん」
「! うん! なのは!」
まるで子供のように表情を明るくするフェイトに、なのはも笑みを浮かべる。当人が納得した事により、早速模擬戦の準備を行うことになった。
訓練場は森林の舞台であった為、このままで模擬戦を行うことに問題ない。スターズ、ライトニング、そしてギンガとヴィータとシグナムが離れた場所に移動する。
移動しながらスバルが隣のティアナに話しかける。
「なのはさんとフェイトさんの模擬戦……何だか凄い事になりそうだね」
「そうね。なのはさんもそうだけど、フェイト執務官も人外じみた強さの持ち主だから……」
言って、ティアナは先日のフェイトの戦い方を思い出す。フェイトはその速さと対艦サイズのザンバーで相手を一瞬で一刀両断する。相手が多数なら地形ごとなぎ払うという、正に人外と呼べる実力の持ち主だ。
そして言わずもがな、なのははその拳で相手を瞬殺するという実力の持ち主。正直、この二人が戦ったら周辺に及ぶ被害がとてつもない事になるのではないかと心配になってくる。
「二人はどっちが勝つと思う?」
「「え?」」
スバルは前を歩くエリオとキャロに訊ねる。二人は不意に声をかけられたので目を丸くするが、直ぐに思考に耽る。先に口を開いたのはエリオだ。
「僕は……やっぱりフェイトさんかな。なのはさんも凄く強いけど、フェイトさんの速さは常人を逸しているから」
「私も、フェイトさんが有利かなと思います。フェイトさんのあのザンバーって、文字通り相手が何処に居ようが切り裂くって感じですから」
二人は今まで見てきた二人の戦い方を参考にした結果、フェイトが勝つ事を予想する。それは保護責任者がフェイトである事あって肩を持っている、という訳ではないだろう。冷静に分析した結果、自分らに考えられる事をまとめるとそういう結果になったからだろう。
ティアナにとってもフェイトのあのザンバーから逃れられるのかと考えると、確かにフェイトに分があると考える。
拳の範囲よりも圧倒的に対艦サイズのザンバーの方が範囲が広いからだ。さらにフェイトはザンバーの長さを変えることも出来る。速さもフェイトは凄まじい為、避けられた瞬間に近寄られて反撃を食らう、という事も考え難い。そう考えれば有利なのはフェイトと思う。
「……お前らも、まだまだ若いってことかな……」
会話を聞いていたのか、ライトニングよりも前を歩いていたヴィータが苦笑いを浮かべつつ、そう呟いた。その言葉が意味するのは、果たして何なんだろうとスバルは首を傾げた。
なのはとフェイトはそれぞれ互いに距離を取り、その身にバリアジャケットを纏わせる。他の皆も十分に安全圏へと移動した為、立体モニター越しにヴィータがカウントを始める。
『カウント始めっぞー。くれぐれも施設ごと破壊するのはやめろよなー』
一見冗談のように思えるヴィータの忠告が冗談では無い事は知っている。勿論、そんな事はしたくない。だが、訓練場が耐えられるまでのギリギリまでは全力を出していきたいとフェイトは思考した。
やがてカウントがスタートし、それがゼロになった瞬間に模擬戦が開始される。
「───!!」
先に攻撃を仕掛けるのはフェイトだ。即座にバルディッシュをいつも通りの対艦ザンバーに展開し、なのはへと向けて瞬発、離れた距離を殺して肉薄してザンバーで横になぎ払う。だがなのはにとってはその速さは十分目で追える距離だ。フェイトのその動きの軌道を見て、横に薙がれるザンバーを避けるために上へと跳躍する。
跳躍後にフェイトのいた下方へと目線を向けると、そこには既に姿は無く、気付いた瞬間にはフェイトはなのはに再び肉薄していた。気付くと同時にフェイトはその胴へと蹴りを繰り出す。跳躍からの勢いでザンバーを振るより蹴りの方が速く、次の攻撃にシフト出来る為だ。
胴に蹴りを食らった為、なのははその勢いで空中から一気に吹き飛ばされる。その姿を確認する必要は無く、フェイトは直ぐ様ザンバーを振るって予測地点へと薙ぎを振るう。
予測地点へと振るう。それだけでいいのだ。フェイトにとってはそこに敵が居れば、場所ごとなぎ払えば良い。それくらい単純で、それくらいの猛威でなければ頂の強さは得られないからだ。
巨大に伸びたザンバーの刃によって、周囲の木々ごと文字通り一刀両断される。着地点に対する攻撃であり、浮遊からの着地という隙を狙っての攻撃であり、物理法則の観点から言えば避ける事の出来ない攻撃だが、魔導師では話が変わってくる。
レイジングハートが瞬時になのはの足元に魔力で出来た床を展開。これはスバルやギンガが使うウイングロードを応用したものであり、あくまで足場となる僅かな範囲にだけ展開させた。瞬時に作られた足場によってなのはは蹴り上げて横へと飛んで斬撃を回避する。飛行魔法では間に合わないタイミング故にレイジングハートが判断したのだ。
優秀なデバイスに感謝しつつ、フェイトの方へ向く。だが当然のように姿が無く、横に気配を感じた為振り向く。
だが、気配の感じた方にはフェイトの姿が無い。
一瞬判断が遅れる。その遅れが、なのはに衝撃を与えた。
文字通り衝撃。ザンバーの切っ先がなのはの横腹に直撃したのだ。裂かれはしないが、その衝撃で吹き飛ばされていく。落下して地面を引きずり、そのまま木々を薙ぎ倒していき、大地に巨大な爪痕を生み出した。
衝撃がやっとの事で収まり、抉られた地面の出っ張りに背中を預けながら、なのはは目を丸くした。気配がしたが、気付けなかったのだ。フェイトの速さがそれほどまでに速くなっていたのだ。
フェイトもなのはが驚いているので一旦一呼吸を入れつつ、なのはの正面へと立つ。なのはの姿を確認すると、汚れてはいるが致命傷を負っているようには見えない。それは予想の範疇だ。
何より、この程度でなのはを倒せるとは微塵も思っていない。
なのははフェイトの姿を確認する、ザンバーを普通のサイズにして此方の様子を窺っている。待っているのだ。それに合わせてこちらも身体を起こす。頭を左右に倒してポキポキと音を鳴らす。そしてもう一度フェイトに目を合わせてから、仕掛ける。
行動は単純。接近して拳を繰り出す。だが当たらない。残像すらも残さずにフェイトは消える。だがなのはも反撃を許さない。気配を辿って拳を繰り出す。だが当たらない。四方八方に攻撃を仕掛け、そのどれもが虚空を突くだけだ。
何度目に繰り出した拳だろうか、なのははフェイトの気配が完全に消えるのを感じて攻撃を中断する。
一気に静まったことにより、潮風が身体に伝わる。
その瞬間、肩を叩かれる。
振り向くと、人差し指を作ったフェイトの姿があり、なのははまんまと頬を突かれる形になった。
呆気に取られていると、フェイトは珍しくいじらしい笑みを浮かべて、
「───これで、お相子だからね、なのは」
「……あ」
その言葉で思い出す。それはまだフェイトと会って間もない頃。それはジュエルシード事件の時だった。当時フェイトと決戦した時に、なのはがした事だ。しかも今回は頬を突かれるというおまけ付きでだ。
フェイトはなのはから距離を取り、こちらに向き合う。なのははそんなフェイトに笑みを浮かべ、
「……あーあ、やられたなー。フェイトちゃん、凄く速くなったね。正直、驚いているの」
「うん。実はなのはにこれをやり返そうって昔から思ってたんだ。だから私の中では結構満足してる。……でも」
と、フェイトはバルディッシュを構え、
「このまま、なのはに勝ちたいって欲もあるから!」
その刃を、なのはへと向けた。そう、まだ終わっていない。だから再び戦闘を始めるのだ。構えるフェイトに対し、なのはもその目を見据える。
「そうだね。フェイトちゃんも凄く速くなった。凄く強くなったって分かった。───なら、私も本気をぶつけないと失礼だよね」
その言葉を合図に、なのはの雰囲気が変わる。それをフェイトは肌で感じた。辺りは先ほどの衝撃で障害物が無い。ならばと、フェイトは動いた。
フェイトが動くと同時に、その周囲に信じがたいものが展開される。
それはフェイトの影だった。いや、影というよりは実体に近い。だがそこにフェイトがいるとは確認出来ない。なぜならば、その影は大量に周囲に展開されたのだから。
この光景に、観戦する皆が驚愕する。忍術で言う影分身のような光景だが、決して魔力で作り出したものとは違うからだ。
この技は、正真正銘フェイトの身体能力によって体躯しているものに他ならない。
それくらい、フェイトの速さは逸しているのだ。
だから、なのはは構え、対抗する。
「必殺【マジシリーズ】」
なのはの足が動いた瞬間、
「───マジ反復横跳び」
なのはが居た場所のその横一帯に、フェイトの残像とは比べ物にならない程の影が展開された。その影が一斉にフェイトに襲いかかった。
「あばッふッ!?」
目で追えないその光景に、フェイトはなす術無く、数個の影ごと巻き込まれて吹き飛ばされた。回避方法は他にあったのかもしれない。一帯から距離を取るなど方法はあった。
だが、それで回避したところで、このなのはの動きを目で追えない時点で結果は察せるのだ。
吹き飛ばされたフェイトは放物線を描いて地面へと落ちる。身体が動かない。空を見上げる形になったフェイトになのはが歩み寄る。
「……なのは、今のは、一体何なの?」
「反復横跳びしながら移動しただけだよ、フェイトちゃん」
いたって真面目に答えるなのはに、フェイトは遠退く意識の間際に薄ら笑いを浮かべ、
「……はは。その衝撃だけでこのダメージか。……私より、速かった……」
がくりと、フェイトは気を失った。これにより、模擬戦は終了となったが、観戦していた皆が驚きで声を失ったのは言うまでもない。
◇
模擬戦終了後、治癒魔法によってフェイトが意識を回復し、改めて訓練の振り返りをしつつ、午前の訓練は終了となった。
なのはとフェイトの模擬戦を見てスターズ、ライトニング、そしてギンガが改めてこの二人は凄まじいと認識する。ヴィータとしては、
「まあ、フェイトも十分人外なくらいに強くなったと思う。けど、なのはは駄目だ。こいつは何ていうか、チートだ。いや、歩くゲームオーバーと言った方が適正かもな」
「ヴィータちゃん、流石にそれは酷くない?」
「本当の事を言ってるだけだが?」
腕を頭の後ろに組んで、ヴィータが半眼で笑みを浮かべつつ、なのはへの認識を口にした。なのははそんなヴィータにそう言葉を口にするが、あながち間違いでは無いように思わされる。
ギンガは信じられないものを見たといった様子であった。スターズ、ライトニングの各々も、以前になのはと行った模擬戦が本気を出されていないと分かり、もはや苦笑いを浮かべることしか出来ない。
そろそろ隊舎へと戻ろうとした際、此方に来る人影があった。
「ママぁー!」
それは元気よく此方に駆け寄って来たヴィヴィオだった。アイナさんが用意して着せたのだろう可愛く着飾った服に身を包み、その頭にはリボンで髪をサイドで結ってアップしていた。その後ろからはヴィヴィオのもう一人の世話役として付き添う事になったザフィーラの守護獣としての姿がある。
「あ、ヴィヴィオ!」
なのははそんなヴィヴィオに対し、笑顔で手を振る。
「ママって?」
ティアナが疑問の声を漏らす。それはエリオ、キャロ、そしてギンガも同様だ。その疑問にスバルが説明する。
「なのはさん、ヴィヴィオの保護責任者になったんだよ。あくまで一時的にだけどね。その時にね、分かりやすくヴィヴィオに説明する為にママって言ったら、ヴィヴィオがそう呼ぶようになったんだ」
スバルの言葉通り、それは丁度ティアナがはやての同行に。ライトニングがフェイトと同行し、新人の皆がほぼ外出している時の事だった。ヴィヴィオの今後の事だが、育て親が見つからないうちは誰かが面倒を看るしかない。
その為、なのはが自ら保護責任者になる事を決めたのだ。なのはとしては自分に懐いているのもあり、このまま保護責任者になるのも悪くないと思ったのだ。
「でも、なのはさんってまだ
「あたしもそれは思ったんだけど、むしろなのはさんはそれで構わないってことで」
ティアナが言った疑問に、スバルはそう答えた。なのははまだ成人前であり、ましてや結婚もしていない独身女性だ。普通ならば思うところもあるのだが、
「うん。ヴィヴィオがそれで安心するなら、それでもいいかなって思ったから。悪い感じは全然しないし」
会話を聞いていたなのはがそう言葉を口にする。一瞬ドキッとしたが、穏やかに言うなのはに安堵した。
視線を戻し、駆け寄るヴィヴィオの姿を見る。と、その時であった。
───ヴィヴィオの足がもつれ、転びそうになった。皆が反応するが、なのはの反応はもっと早かった。
ヴィヴィオが転び、地面へと接触する寸前に、一瞬でヴィヴィオの元へと移動してその身体を優しく抱き止める。ヴィヴィオも何が起こったのか分からず、目を丸くする。
なのはは受け止めた腕を上げて、ヴィヴィオの身体を起き上がらせる。笑顔をヴィヴィオに向けて、
「大丈夫? 怪我は無い?」
「え? う、うん」
「そう。気を付けるんだよヴィヴィオ」
優しく言葉をかけるなのはに、
「うん!」
満面の笑顔で元気良く返事をした。
一瞬の冷や汗と、なのはの行動によって皆が安堵する。その光景を見たヴィータやシグナムは意外そうな表情をしながら、
「何か珍しいっていうか、変わったよな、なのは」
「今までのあいつの性格からは想像できない光景だな」
笑みを浮かべつつ、思った事を口にする。二人がこう思うのも、今までのなのはを知っているからこそである。それこそなのはが人に関心を示す。ましてや世話をするなんて考えられなかったからだ。無気力であり、無関心。それが今までのなのはである。
「だからこそ、良い傾向だと私は思います」
ヴィータとシグナムの隣に立ち、フェイトはなのはとヴィヴィオのやり取りを見ながらそう口にした。