───小さい頃の自分は泣き虫で臆病で、弱い人間だった。嫌なこと、辛いこと、痛いのから逃げてばっかりだった。
新暦○○七一年。ミッドチルダ臨海第八空港にて大火災が発生し、子供だった自分はそれに巻き込まれた。家族と離れてしまい、気付けば辺りは火の海であった。ひたすら炎が広がっていない方へ歩いてきたが、それもエントランスにて行き止まりとなってしまった。更に背後の道が爆発し、吹き飛ばされる。膝や顔を擦りむいてしまい、酷く痛い。
徐々に炎が迫ってくる。逃げ道など無い。あふれ出す涙が止まらない。自分はここで死ぬのかと思ってしまった。
そんな自分に、背後の像が崩れて自分目掛けて倒れてくる。避けられない。もう終わりかと思った瞬間───。
突然像が木っ端微塵に破壊される。
何が起こったのか理解出来ない。ただ、自分の目の前に人が現れて、像が跡形も無く壊れたというだけ。目の前に現れた人物を見ると、その人は白いバリアジャケットに身を包んだ女性だった。長い髪をサイドテールにしたのが特徴。その右腕は斜め上に掲げられており、握ってある拳からかすかに煙が残っている。拳で像を破壊したのだろう。
その人は腕を下げてから此方に振り返り、自分の顔を見る。その人は、自分の身体を抱える。すると上を向いてから、ゆっくりと膝を曲げる。
「今すぐ安全な所に移動するから、少しだけ歯食い縛って我慢して」
その人の言うとおりに従い、歯を食い縛ってから頷く。するとその人は地面を蹴って跳躍すると、そのまま天井目掛けて飛んだ。当然コンクリートの天井が迫るが、その人は空いている腕で拳を作ると、その拳を天井に突き刺す。それだけで天井が粉砕された。破片などは防御魔法を展開してくれていたので当たることは無く、そのまま空港の上空まで飛んでいった。
その時見た綺麗な夜空と、そして助けてくれた女性の人が、とても眩しくて。
だから、私は生まれて初めて心から思った。泣いているだけなのも、何も出来ないのも、もう嫌だ。
───強くなるんだ。
◇
―――新暦○○七五年、四月。
風を全身で受けるように、廃ビルの屋上の端で深呼吸しながらそれを感じる。少し風が強いと感じるがこの程度なら自分の機動力に大した影響は出ない為、問題ない。既に装備しているバリアジャケットも問題なく、身体にフィットして自分の動きを全快で引き出せるようになっている。足に装備したローラーブーツの履き心地も問題ない。風を受けつつ、右手で拳を作りその腕についたアームドデバイス【リボルバーナックル】を見る。全体的に黒く、リボルバーのように回転するパーツが特徴のデバイスは母の形見であり、ここ数年自分を戦いと訓練で支えてきたデバイスだ。
時間を確認する。もうじき指定された時刻に迫るが、別段不安になる訳でもない。既に情報はパートナーが集め、そして分析も終わっている。その結果、今の自分達であれば問題ないということが分かっている。故にこの場所───管理局訓練用として確保されている廃棄都市区域で行われる魔導師試験に一緒に参加するパートナーに視線を向ける。
オレンジ色の髪を頭頂部で二つに結っており、その手には拳銃型のストレージデバイス【アンカーガン】を持ち、その軽いメンテナンスを行っている。彼女も既に白とバリアジャケットを装備し、カートリッジの薬莢を確認している。彼女がここ数年での自分の親友でパートナーとなった仲であり、彼女が頭脳で、自分が動くという役割のコンビネーションで幾つもの場を乗り越えてきた。彼女と自分が揃って試験に受けられるという心強い気持ちがありつつも、自分ももう一度調子を見る為に身体を動かしていく。
身体をあたためる様に拳を左右交互に繰り出してから、足に装備されたローラーブーツでステップを取る。このステップに慣れるのもかなり時間がかかった。このローラーブーツを装備した理由は機動力の向上であるが、これを履いた状態での細かいステップはかなり難しい。これをパートナーに初めて見せた時はそれはもう訝しげな視線を向けられたのは言うまでもない。
すると───。
「……スバル。あんまり暴れるとそのローラー壊れるわよ。元々オンボロなんだから、本番に故障したらどうするのよ」
「ちょ、ティアー。そんな不吉な事言わないでよ。ちゃんと油差してきたから試験終了まで問題ないって」
「油差せば壊れないって訳じゃないわよ。メンテくらいちゃんとしなさいよ」
ティア───ティアナ・ランスターに言われ、自分───スバル・ナカジマは苦笑いを返す。確かにメンテナンスはしっかり行いたいところなのだが、訓練校の入学前から使っている装備であり、なにより機械式である。自分達では技術力が足らず大規模なオーバーホールが出来ないし、そんな事をデバイス工房に頼むお金も無い。だから時折貯めた金で細かいパーツを交換するくらいしか出来ないのだ。
コンディションも整えたところで、互いに顔を見やる。調子については悪くない。故に問題は一切ない。軽くストレッチしてから、ビルの屋上にある中心部へと移動する。
『───おはようございます。魔導師試験受験者二名、揃ってますかー?』
空にホロウインドウが出現し、そしてその中に女性が映し出される。その言葉に腹から声を出すようにはっきりと返事をすると、女性はうんうんと頷く。
『元気があるのは良い事だと思います。でもそれだけなら誰にだって出来るのですよ。肝心なのはその元気に見合った実力を証明することです。という訳で改めて、今回の試験の試験官をやらせていただくリインフォース・ツヴァイ空曹長です。貴女たちをスバル・ナカジマ二等陸士とティアナ・ランスター二等陸士と確認します。今回受ける試験内容が、陸戦CランクからBランクへの昇格という内容で間違い無いですか?』
「はい!」
「間違いありません!」
『はい。では試験内容を確認しますね』
ツヴァイがホロウインドウを更に出現させ、そこに様々なターゲットを表示させる。
『小型の浮遊砲台型ターゲット、そして攻撃能力の無いエネミーマークのついた人型ターゲット、姿だけは一緒で攻撃してはいけないダミーターゲット、そして最後に中型浮遊砲台型ターゲット。以上四種類のターゲットがここ廃棄都市の試験用区間に設置されているですよー。ターゲットを撃破する事で点数が入り、ゴール時の残りタイムで点数が加算されます。───でも、こんな言い方をするのはあれですけど、普通の動きをされても高評価を得られないと思って下さいねー。試験内容をどれだけ優秀な動きでクリアするか、それを見ていると思って下さい』
と。予め調べていた情報とツヴァイからの話を聞いて試験のルールを確認し直す。ゴール時点も前々から確認していた場所だ。そこに齟齬はないので問題ない。
『では説明は以上です。何か質問はないですか? あ、因みにとりあえず何か聞かなきゃ心証が下がるとかそういう古臭い考えは無いので、何も無ければ無いでいいですよー?』
「えと……」
自分だけでは細かい点には気付けないので、目線だけティアナに向ける。彼女としても特に何も無かったようで、はっきりとありませんと答えるので自分も同様に声をあげた。言うとツヴァイは最後に頑張ってと一言残し、ホロウインドウが消失する。他のウインドウも同様であり、代わりに出現するのはカウントダウンを示すタイマーだった。三秒前を示すそれが出現した瞬間、思考が全てこれから行う事を最適化する為に切り替える。
カウントが三秒前になる。ティアナに視線を向けると完全にスイッチを切り替えているのが確認できる。屈んでいつでも走り出せるようにして、カウントを待つ。二秒、一秒となり、軽く力をほぐして無駄な力を抜く。力を抜きすぎても駄目であり、大事なのはバランスである。どんな状況でも精神を落ち着かせ、冷静な判断と思考をし続けなければならない。
スタートダッシュをする為術式を展開する。ティアナもアンカーガンをほどよく握っている。問題ない。
カウントが終了する。
同時にローラーブーツを走らせてロケットスタートする。ティアナは打ち合わせ通りに背に乗り、それを腕で固定しながらビルから勢いよく飛び降りる。ティアナは既にアンカーガンからその名のとおりアンカーを射出して適当なビルの上に固定し、振り子のようにして移動する。同時に此方はビルの中に固定されたターゲットを殲滅する為に、勢いをつけて窓を突き破り、此方が認識される前にターゲットを破壊し、床に着地と同時に勢いを利用して回転することで次の行動に繋げる。回転しながら地面を蹴ることで、回し蹴りを部屋の端にいたターゲットに命中させ、粉砕する。
そのまま部屋を出て中央の通路をローラーで走らせる。すると遠くのエントランスでターゲットを数個確認する。調べていた情報通りだ。この試験は事前に調べようと思えば細かいところまで情報を集めることが出来る。情報が開示されているのだ。それはBランクの試験内容はターゲットの破壊をどれだけ効率的に行えるか、という所にある。つまり事前に情報収集し、把握することも試験内容に含まれており、評価対象になっているのだ。
はっきり言えば自分はこの事に気付けなかったが、そこは頭が回るパートナーのお陰で何とかなっている。だから自分はティアナから得た情報を頭に叩き込み、そして打ち合わせ通りに完璧に行動する。それが役目である。
そうすれば、躓く理由など存在しない。
ターゲットは全部で一五程度、うち一○基ほど砲撃形であり、魔道障壁を展開するタイプである。こちらの姿を確認する事によって障壁を展開する特性を持つ為、真っ直ぐ突撃を仕掛ける此方に気付いて既に障壁を展開している。遠距離から確認される前に破壊する技もあるが、それは射撃に特化したティアナの役目だ。自分は中距離からの射撃、並びに近づいて殴ることしか出来ない。故に、構わず突っ込む。
やる事は一つ。障壁ごと吹き飛ばして破壊する。リボルバーナックルに魔力を集中し、同時にカートリッジを装填する。すると拳に魔力弾【バレットシェル】が形成され、それを射程距離まで近づいた所で放つ。拡散性能を持つそれはターゲットを全て破壊する事に成功し、他にターゲットが無いことを確認してからその場を去る。
ビルから出て合流地点に着くと、予定通りにティアナも合流して立ち止まることなく先へと進む。迷う事無く背に乗ってくるティアナを腕で支えてからローラーブーツを全快で走らせて、次のターゲットが集まる幹線道路の方へと向かっていく。
背でティアナがアンカーガンを構えて遠くにあるターゲットを狙撃しつつ、橋の横の地点にアンカーを固定して背から離れると同時に安定して着地する。それに合わせるように機動力を生かしてティアナの周囲のターゲットを破壊し、勢いを殺す為にコンクリートの柱に垂直に着地してから跳躍するようにして回し蹴りをターゲットにぶち込む。勢いはそこで止まり、一瞬の隙が生まれるがティアナが直ぐ様援護した為ミスは無い。全て予定通りだ。
このまま幹線道路を進み、ターゲットを破壊していく。基本的に自分が敵陣に突っ込み、囮となってティアナに撃墜して貰う。通常なら危険極まりない荒業であるが、相手は機械だ。此方が微かに身体を動かすことによって回避できる故に、攻撃を避ける事も迎撃する事も容易い。だから組み立てた方程式を解くように一番荒業で効率が良い事を実行できる。
崩れた道路等の遮蔽物を利用しつつ一気に殲滅する。自分がクリアリングをしながら、ティアナはホロウインドウを出現させて時間を確認する。時間にはまだ余裕があると告げられ、一度深呼吸を行う。余裕があるといってもゆっくりするつもりは無い。幹線道路は二層になっており、この上の道路には一○程度のターゲットが待ち構えている。普通に進めば集中砲火を食らうことになる。
「さて、打ち合わせ通りにいくわよ」
「頼もしいティアのお陰でこっちも落ち着けるよ」
冗談混じりに言葉を返しつつ、ティアナがアンカーガンにカートリッジをリロードして仕舞うと同時にアイコンタクトをしてくる。それに頷いて答えつつ幹線道路から飛び、ビルの壁を蹴る事によって上層へと移動する。一直線に伸びる道路の向こうにはターゲットがある。このまま進めば集中砲火を浴びて殆どの受験者は落ちるが───。
関係無しにローラーブーツを全快で走らせて突っ込んで行く。
当然砲台ターゲットが砲撃を放って来るが、機会的な砲撃など自分の脅威にすらならない。少なくとも此方が接近するのみであれば先ず当たることは無い。ステップを挟みつつ砲撃を避けながらリボルバーナックルにカートリッジを装填する。先ほどと同様に中距離拡散砲撃を浴びせる為だ。
スバルが正面から突撃するのに集中しているターゲットの隙を突き、ティアナは道に空いた穴から上層に上り、ターゲットの密集地点の背後に回る事に成功する。が、それに何基か気付いて砲撃を放ってくるが、横に身体を転がしながら瓦礫の背後に回って回避する。その間に魔力を集中し、マルチモードに切り替える。
タイミングを合わせ、発動する。
スバルが拡散砲を放ってターゲットの殆どを撃破し、残りのターゲットをティアナが狙撃して撃破する。クリアリングをしつつ、時間を確認する。予定通りだ。
「残りは中型浮遊砲台型ね」
確認する為にティアナが言葉を零す。スバルがそれに頷いた後にティアナが足に強化魔法をかけて、幹線道路を駆ける。上の道路が途切れ、空が露になることで高い位置から二人の姿を確認出来るようになる。となれば中距浮遊砲台の射程範囲内に入っている為、一角のビルから巨大な砲撃が飛んでくる。誘導弾であるが故に、確実に此方を当てに来てるが、即座にティアナの前に出て、そして砲撃を拳で打撃する。拳に相殺され砲撃は消える。
事前に調べた為に、次の砲撃が放たれるまでの秒読みも完璧に頭に叩き込んでいる。相手が攻撃した為位置は特定した。故にティアナは魔力弾を銃口に形成し、弾丸を射出する。するとターゲットに命中した爆発音が聞こえるが、まだ中破といった所だ。だが砲撃の秒読みを伸ばすことには成功した。故に後はトドメを指すだけである。ウイングロードと呼ばれる、魔力で構築した道を展開し、それをターゲットがいるビルまで一直線に結ぶ。
ローラーブーツを全快で走らせ、リボルバーナックルのカートリッジを装填する。砲撃によって壁は破壊され、障壁を展開出来ない砲台の姿が見える。なら一撃を打ち込むだけだ。魔力強化した拳をターゲットに叩き込み、轟沈する。直ぐ様踵を反して幹線道路を真っ直ぐ走るティアナに向けてウイングロードを展開して、合流する。
最初と同様に此方の背に乗るティアナを腕で固定して、そのままゴールまで突っ走る。ゴール前の最後のターゲットをティアナが狙撃して、全てのターゲットを撃破する。徐々にスピードを落として、ゴールイン。到着してティアナがスバルから降り、ハイタッチを決めると、試験官のツヴァイが近寄ってくる。
「終了です。お疲れ様でしたー」
「「ちっさ」」
ホロウインドウで見た時には普通の女性だと思っていたので、事実を目の当たりにすると驚愕を隠せない。思わずツヴァイの姿を見て同時に呟いてしまう二人。幸い相手には聞こえていないようだった。近づくツヴァイに姿勢を正し、緊張と共に姿を見る。
「ターゲット全基撃破。タイムも良好。監視スフィアで動きも見ていましたが、荒削りなものの、非常に効率の良い動きをしていました。個人的感想を述べると、間違いなく合格には十分だと思う結果です」
その言葉にスバルは笑みを浮かべ、ガッツポーズする。ティアナも少しだけにやけていたが、自分が飛び跳ねたりして嬉しさを表していると、冷静になったようで、直ぐにいつもの表情に戻り、溜息を吐いた。