正義執行   作:ラキア

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第28話

 一歩、二歩、三歩と歩みを進めて行き、そのまま奥の玉座の前にいる変わり果てた姿のスバルの元へと近寄っていく。向かいつつも拳を静かに握って殴る準備をしておく。そうしてスタスタと近寄って行くに連れ、スバルは口数が多くなる。

 

「……ぶっとばす? そう聞こえたがまさか、その歩みを止めずに来るのか? 自殺願望でもあるのか? その握った拳を私に向か───」

 

 言葉の途中で、スバルの目の前までたどり着いた。その視線を至近距離で受け止め、ただその視線に合わせて睨みあう形になる。それにスバルの苛立ちが頂点に達する。

 

「───馬鹿がッ!!」

 

 言った次の瞬間、スバルの動きがブレると同時に衝撃が走った。全身に打撃の嵐が突き刺さる。その一撃一撃が凶悪であり、常人ならば肉塊すら残さず文字通りバラバラに粉砕するだろう。

 その時間僅か一秒弱。それだけで相手を殺すには過剰すぎる攻撃を繰り出した。腕を引っ込め、態勢を元に戻す。周囲の地面が衝撃で粉砕され、辺りには煙が漂う。

 

「確かにあんたは強いよ。でも貴女やフェイト執務官、八神部隊長の実力でも、私のこの力には及ばない。だからいくら正義を振りかざそうとしてもこの結果だ。もう二度と人として活動できない状態にな───」

 

 言葉の途中だった。煙からなのはの姿が現れる。何食わぬ顔でこちらへと歩み寄って来たのだ。

 

「何───!?」

 

 驚愕した次の瞬間、スバルの顔面に拳が衝突する。吹き飛ばされて地面を削りながら後方へと身体を引きずって先ほどとは比べ物にならない衝撃が周囲に破壊していく。やがて壁にぶち当たり、玉座が吹き飛ぶ。それによって再びシステム音が警告を鳴らすが、そんな事はどうでもいい。問題はなのはが怪我はしているものの、大したダメージを負っていない事だ。壁にめり込んだ身体を直ぐ様抜き、なのはへと視線を向ける。

 

「力があっても悪を振りかざすと、大体そうなるんだよ。今の攻撃でスバルが強いのは何となく分かった。今までで一番強いと分かるよ」

 

 言った言葉は真実だ。事実、なのはは怪我をした。今まで怪我を負ったのはナハトヴァール戦くらいだったが、先ほどみたいな一瞬の攻撃でダメージを負ったのは経験上初めての事だった。

 

 ───しかし、はっきりしない点がある。

 

「……手加減されたのは初めてなの。やっぱり、スバルどこかで無理してると思う。戦闘機人を殺さなかったのもそうだし、完全に悪になりきっていないって」

 

 スバルの攻撃は確かに一番強力だった。だが、ナハトヴァールのようにこちらを殺すようなものが感じられなかったのだ。それがスバルだからなのか、それとも何か別の理由があるのかは分からないが、何にしても【甘い】というのは事実。

 

「……無理してる? 私がか?」

「うん」

 

 返事をした瞬間だった。後ろに気配を感じる。それは一瞬で移動したスバルだった。こちらの背後へと回って掴もうと襲い掛かるが、それを逆に掴んで背負い投げして地面へと衝突させる。

 これで大体の相手は終わるだろう。なのはもそう思っていた。

 

 ───だが。

 

「───どうやら、認識が間違っていたようだ。ぶっ潰す」

 

 周囲の地面が粉々になる程の一撃。恐らく今までの相手ならば立ち上がることがなかっただろう攻撃。それを受けてもスバルは立ち上がり、此方を睨みつけて今までとは違う乱暴な口調へと変化する。思わず目を丸くして驚愕を露にした。

 

 強い。とても強い。そういう相手がなのはの目の前にいた。その事実に自然と興奮してしまう。もう高揚感など味わうことが無いと思っていたが、今こうしてそれが高まりつつある。故に期待してしまった。

 

 なのはが待っていると、スバルは武術の構えみたいなものをした。それが一体どういう武術の構えなのかはなのはは知らない。唯一実家の兄姉などのを見ている程度で、格闘技などの経験は皆無だからだ。

 

「……いくぞ」

 

 その一言を合図にスバルは動いた。此方が認識するよりも速く、目を潰そうと手が顔面へと迫る。それを上体をずらす事によって回避するが、次には数多もの技がなのはへと襲い掛かった。

 だが見える。動きは確かに速いがなのはの視力ではそれを認識することは出来る。故にその一つ一つの攻撃をただ身体を動かして避けていく。

 

「(……なんて出鱈目で無駄な動きだ。それなのに奇跡的な動体視力と反射速度で私の技を避けている!)」

 

 格闘技や体術の経験が皆無ななのはは、その強さで今まで【ただ殴る】【ただ避ける】だけで今までやってこれた。故に経験する事もなかった。

 やがて目が慣れたのか、なのはの回避も余裕が表れ始め、スバルの攻撃の隙をついて拳を繰り出してくる。

 

 ───しかし、それは外れた。

 

「あ」

 

 避けられるとは思っていなかった為、意表を突かれたように声を上げる。その隙にスバルが攻撃を繰り出した。なのはの目を手をかざす事で一瞬塞ぎ、その隙に連続した拳の嵐を繰り出す。

 

「神殺瞬撃!!」

 

 ───神殺拳。文字通り神をも殺す拳。古代ベルカの数多もの英雄が体得していた格闘術の全てを組み合わせ、そして編み出した究極の殺人拳である。

 

 一瞬の視界が潰された為、なのはは反応出来ずにその連撃の全てを全身で浴びてしまう。怪我が蓄積されつつも何とか防ごうと腕を前に出すが効果は無い。連撃が終わると同時に足に力を入れて、地面を蹴って踏み込む。握った拳をスバルへと繰り出すが、それをスバルは見切り、回避する。その勢いを利用され、スバルの回し蹴りが首元に命中するが、それでもまだ動ける。振り返らずにそのまま後ろ蹴りを繰り出すが、その足を掴まれて動きを封じられる。

 

「神殺昇撃!!」

 

 次の瞬間にはなのはの顎に拳が突き刺さり、そのまま天井をぶち抜いた。勢いが止まる事を知らず、さらに追い討ちをかけてくるスバルの蹴りが胴に突き刺さったことで更に上へと突き上がり、やがてゆりかごの上へと貫通した。

 放物線を描いてなのはの身体は落ち、甲板へと衝突する。跳ね上がり転がるが、途中で立ち上がって体勢を立て直し、スバルへと向かって踏み込み、拳を突くが、それも避けられる。次の瞬間にはカウンターを食らう。

 

 何度も攻撃するが、結果は変わること無く反撃を受けるだけの形になった。連撃を繰り出すも相殺され、果てには逆に腕を引っ張られて顔面に拳が命中する。それによって脳が揺さ振られた為、全身が僅かに痺れて身体の感覚も僅かに鈍る。僅かに隙が生まれれば攻撃を受ける。故にスバルの連撃がなのはの全身に打ち込まれた。

 

「パワーもスピードもまるで化け物。今の私と張るかもしれないレベルだが、格闘技の経験が無いだろう? 私は様々な格闘技経験を全て遺伝子操作によって記憶継承している。故に相手の動きが手に取るように読める。構え、視点、動きのパターン解析だけでもある程度の見切りは出来るがそれに加え、重心の移動、筋肉の緊張、呼吸、気。それらを複合的に観察することで【次】が手に取るように分かるんだ。お前ほどのスピードの攻撃は反射で回避しても間に合わないかもしれないが、私はお前が攻撃する前に避けている」

 

 此方に指を差して、

 

「つまり、お前に勝ち目は無い。経験の差が明暗を分けたということだ」

 

 スバルは宣言した。その言葉通り、なのはのダメージはかなり蓄積されていた。このまま続けていれば間違いなく敗北するだろう。だからこそ、なのはは笑顔を作った。

 

「なんだ? あまりのショックで壊れたか?」

「いや、感動してるだけなの。こんな強敵と戦ったのは初めての事だから。……でも」

 

 なのははスバルへと指を差し、

 

「結局、スバルも本気出してないでしょ? 素人目でも分かるよ? やっぱり甘い」

 

 先ほどの攻撃は確かに強烈であり、なのはに傷を負わせたり肉体的に痺れを生み出すほどの物だ。だが確かな致命傷となる一撃は避けている。今の言葉が真実ならばさっさと急所をついて終わらせることが出来る筈だ。それをしないのは結局スバルが甘いという事だろう。

 だからこそ残念に思う。こんな強敵に会ったのだ。どちらかが殺し、殺される。そういう闘争を期待してもいいと思ったからだ。だからこそ、なのはは拳を構える。

 

 だったら、甘さを捨てさせるくらい、こちらが本気を出せばいい。

 

「私も本気になるよ。だからさ、やろうよスバル。多分それでお互いに気が晴れるから」

「……何?」

 

 上空の強風になのはの髪が靡き、スバルの首に巻かれたスカーフが揺られる。スバルが首を傾げて、

 

「お前は……今までが本気じゃなかったと?」

「うん、まあいつもの動きといった感じかな。でも割と強めにいったつもりだよ。でも、だからこそ今から本気出す。ここからは本気【マジ】モードでいくよ」

 

 言って、なのはは少し横へと駆けて行き、移動する。

 

「───必殺【マジシリーズ】」

 

 移動後、先ほどの衝撃で皹が入った甲板に手を突っ込ませ、なのはが呟く。同時にスバルは何かを感じた。その不安は何かは分からないが、何かが来る。直感的にそう感じた。厄介な何かをされる前に、見てみたい気持ちもあるが、その前に終わらせたほうがいいと判断する。踏み込み、なのはへと距離を殺そうとした刹那だった。

 

「……マジちゃぶ台返し」

 

 声が聞こえない。それも仕方ない。何せ、目の前に突如黒い壁が出現したからだ。

 

 甲板を粉砕させ、その瓦礫が全て宙を舞ったのだ。辺りの空間を全て埋め尽くすような瓦礫に視界が一気に悪くなる。

 

 だがこの程度で慌てる事はない。冷静に分析し見極める。宙に浮きながら近くの瓦礫に足をつけて移動する。こんなものは結局派手な演出だ。空中にゴミを散らして死角から攻撃を仕掛けるつもりだろうが、それは無駄だ。この程度の瓦礫はなんら障害にはならない。隠れているのならそれごと粉砕すればいい。スバルは拳での連撃を辺りに繰り出して周りの瓦礫を粉砕させた。

 

 気付く。感覚がおかしいと。

 

 この浮遊感はいつから続いていたと疑問に思った。普通無数の瓦礫を飛ばしたとしても直ぐ様重力によって落ちるはずだ。まして今ゆりかごは上昇中。よって甲板に落ちるのも直ぐの筈だ。だが未だに下が見えない。ゆりかごそのものから落ちたとは考えられない。だとすればなのはがそれほど上に飛ばしたということだった。

 

 不意に背後に気配を感じた。反応に遅れ慌てて振り返るが、もう遅い。向いた時には既になのはの連撃がこちらに襲い掛かり、攻撃が全身へと当たる。吹き飛ばされて幾つもの瓦礫が身体に当たって粉砕されていき、一際大きな瓦礫へと衝突して勢いは止まった。

 直ぐ様場所を移動する。瓦礫を跳びまわり、此方の隙を見せないようにする。動きが止まれば追い討ちを喰らうだけだ。

 

「……上等だ!」

 

 なのはが居た方向へと向けば、そこから迫り来る瓦礫が見える。小賢しい。飛んで来る瓦礫を全て拳で粉砕させていく。

 だがそれは囮だった。瓦礫を粉砕されたその後ろには既になのはが迫っていた。

 

「砕けろ!!」

 

 だが予想の範疇だ。スバルがなのはなら同じことをするだろう。故に構えは出来ていた。握った拳をなのはへと向けて打ち出す。

 

「神殺瞬撃!!」

 

 無数の拳の嵐がなのはへと襲い掛かる。対しなのはも拳を構え、

 

「両手連続マジ殴り」

 

 二人の連撃が互いの攻撃を相殺する。打ち合いは凄まじく、衝撃であたりの瓦礫が全て粉々になっていく。だが徐々にスバルの方が攻撃の速度が落ちていき、打ち合いで圧倒されつつあった。技術ではスバルが圧倒しているが、これは拳の打ち合いであり、なのはよりアドバンテージが無い。単純な体力勝負ならなのはに分があるからだ。

 動いて翻弄するしかない。一旦脱出するしかない。連撃から一旦距離を取り、スバルはもっと高い位置へと跳んでいった。一回不意を突かれて動揺しただけなのだ。慎重になって冷静に戦えば勝てる相手だ。だからこそ先ずは距離を取らなければならない。スバルがもっと高い位置へと跳ぼうとした時───。

 

 身体が甲板へと突き刺さった。

 

 感覚が完全に狂っていた。なのはは余裕を持って甲板へと着地する。直ぐ様上体を起き上がらせ、なのはから距離を取った。だが先ほどの攻撃でこちらには結構なダメージを負ってしまった。不味いと思考する。

 優位な状況であったが、これでは互いの負傷はほぼ同じとなった。なのはの攻撃は確かに強力であり、その一撃を直撃すれば負けるだろう。だが動きで言えばスバルが上であり、その技術でなのはの攻撃を避けるのは難しくない。

 

 なのはが攻撃を当てるのが先か、スバルがなのはをダウンさせるのが先か。そういう戦いになっている。

 

 スバルが先に動いた。距離を殺し、なのはの周囲を瞬時に移動して翻弄していく。その動きをなのはは目で負っていたが、スバルの速さはフェイトの速さを遥かに凌駕しており、動きの全てを見ることは出来なかった。背後に気配を感じ、後ろへと目線を向けるがそこにスバルの姿は無い。

 次の瞬間、無数の拳が全身に浴びせられた。正面からだ。後ろの気配は囮であり、その隙に正面へと回りこんでの攻撃。単調な動きではあるが、スバルのこの人外じみた身体能力ならでは可能な戦法だ。

 両腕で前方を覆って防ごうとするが、その腕を潜るようにして拳が全身に浴びせられる。防ぎきれず、ただ己の耐久力のみで耐えているだけだ。その一つ一つが強烈故に身体が悲鳴を上げているのが分かる。頭部には何度も拳を喰らい、血が流れているのに気付いた。

 どうせ防ごうにも防ぐ事が出来ないのだ。なのはは反撃の為、拳を構えて前方に向かって打ち込む。そうすることで衝撃波が生まれ、スバルが距離を置くことを余儀なくされた。

 後方へと跳び、着地するのと同時になのはは踏み込む。ただ正面に肉薄するだけ故に、簡単に回避される。だがその動きは先ほどと同様だ。ならと、なのはは腕を横に振るって裏拳のように繰り出す。それによってスバルの動きに僅かにだが隙が生まれた。その隙を見逃さず、拳を打ち出す。

 

「マジ殴り!」

 

 本気の一撃を胴に打ち込んだ。正面から捉え、ど真ん中にぶち当たる。だがスバルはそれを後方に逃す事によって威力を逃した。衝撃で身体を覆っていた黒い塊が砕け、本来の姿である漆黒の戦闘装束が露になる。

 しかし次の瞬間にはスバルがカウンターを入れる。なのはの突き抜けた腕を掴み、そのまま地面に向かって投げ飛ばした。全身に凄まじい衝撃が伝わり、骨が軋み、内臓が圧迫される。衝撃でクレーターが出来上がったところに、スバルは更に追い討ちをかけようと後方へと跳躍し、先ほどバラ撒いた瓦礫を使い、強大な塊を此方へと投げ飛ばす。

 命中すれば唯ではすまない。だからこそその正面から見据え、地面を蹴って飛んで来る塊を真っ向から突っ込み、拳で粉砕すると同時にスバルの顔面を捉えた。それによって頭部を覆っていた塊も砕け、黒く染まった髪と、印象が変わっていたスバルの顔が露となった。

 落ちるように吹き飛ばされていく。だが接触すると同時に衝撃を逃すように転がることによって直ぐに体勢を立て直し、口に溜まった血を吐き捨て、なのはを見据える。

 

「やっとスバルの顔が見えた……」

 

 笑顔を作り、額から流れる血を腕で拭ってスバルに言う。なのはのバリアジャケットもボロボロな状態で、息も上がっている。お互いにもう体力が無い状態だ。恐らくあと一撃喰らえばそれで終わるだろう。だからこそ互いに最後の一撃を仕掛けるタイミングを見計らう。

 

「……スバルは何で、世界征服なんか目指すの? そんな事をして何の意味があるの?」

 

 構えつつ、スバルへと問う。スバルは返答するか迷っていたようだが、少し間を置いてから口を開いた。

 

「……私が望むのは、こんな偽善で満ち溢れている世界ではなく真の平和だ。いくら争いの無い世界を目指そうにも、影では悪事が未だに繰り返されている。その小さな悪事が、やがて大きな事件を引き起こすんだ。この状況だってそうだ。ならその原因はなんだ。それは偽りの平和によって、人に余裕というものを生み、やがてその余裕が欲を生む。その欲が悪を膨らませ、やがて戦争を起こすんだ。だからこそ、人から余裕を無くせばいい。その答えが、恐怖によって支配することだ」

 

 その言葉は間違いでもあり、ある意味では正しいのかも知れないと思った。現になのははこれまで地球やミッドチルダの生活を得て、数々の悪事を見てきたからだ。強盗だってそうだ。結局、表面上の平和は影の悪事を隠しているのに過ぎない。

 

「管理局や……統治する組織は皆、人間も世界も何も見えてはいない。街で死にゆく子供一人も救えない狂った存在だ。だが世界の人間は管理局という組織に依存している。守られているのが当たり前だと勘違いしている。何かがあっても誰かが何とかしてくれると。災害が出ても対岸の火事。大半の人間の日常が変わるわけではない。その結果心に余裕を生み、それは悪へと変わる。偽善の象徴が偽者の平和を作り、人間を悪に染めるんだ」

 

 その言葉の真意に、スバルの意思だけでは無いと直感で感じた。恐らくその思いはスバルの中にいるベルカの王族達の思いもあるのだろう。古代ベルカについてはヴィヴィオを世話するにあたって軽くだが調べてはいた。詳細は諸説あり、確実なものは分かってはいない。だが、今もこうしてベルカ戦乱時代による無念などがスバルの中で渦巻いているのだろう。そしてスバル自身の世界に対しての思いが重なる事によって、その思考に行き着いたのかもしれない。

 

「だから私が為ってやる! 全人類を恐怖によって支配する強大な悪として! 生存の余裕が無い世界からは悪事も消える。イジメも差別も戦争も! 世の中に必要なのは不平等な正義ではない。平等な絶対悪だ! 全人類が強大な悪に怯えながら、皆が心を合わせて生きるために活きる! これ以上の平和があるか!?」

 

 感情を露にし、叫ぶようにして言い放ったスバルの言葉。それは確かに一理ある。人類に余裕がある限り、悪事も戦争も無くならないだろう。そしていつか戦争を繰すだろう。故に根本的な所を変えようとするのは、世界を変える一つの手段なのかもしれない。

 

 だが、その手段は間違っている。

 

「……やっぱりさ、私には分からないよ。だから賛同することは出来ない。ここで止めさせてもらうよ、スバル」

「最初から同意など求めていない。───いいだろう、これで終わらせる」

 

 言い終わると同時に互いに踏み込んだ。一瞬にして距離を詰め、互いが目の前に迫る。なのはは変わらずただ拳で殴ることしか出来ない。だからその拳に残る全ての力を込める。一方スバルも自分の技でなのはの拳を冷静に見切り、カウンターを入れて胴へと拳を入れた。

 だが、次の瞬間にはスバルの胴にも拳が打ち込まれる。自分が拳を受けると知っていてのゴリ押し。この土壇場でこんな手段を取るとは馬鹿げていると思ったが、なのはが戦法に関して素人だと思い出すと、妙に納得がいってしまった。

 

 僅か数秒。その一瞬で全てが決まり、互いに弾かれるようにして吹き飛ばされた。甲板を跳ね、倒れこむ。互いにピクリとも動かなかったが、片方の身体が動き始める。起き上がり、倒れる方に向かってたどたどしく歩き出す。

 

 ───スバルだ。

 

 目の前には倒れて動けないなのはの姿がある。見下ろし、トドメを差せば殺すのは容易いだろう。

 

 だが、スバルにはそれだけの体力はもう───残っていなかった。

 

 目の前まで迫り、そこで力尽きる。倒れる間際に仰向けになり、なのはの隣に倒れる。意識はあるが、もう身体を動かすことは出来ない。

 

「……私の、勝ちだね……」

 

 なのはが声を出す。言いながら片腕を空に突き出してガッツポーズを取る。なのははまだ僅かだが身体を動かす事は出来た。それに対しスバルはもう悔しさなど感じず、ただ呆然と空を見上げていた。

 

「……何だか、こうなるだろうなって……思ってました……」

「あ……口調元に戻ったの」

 

 スバルの口調やその雰囲気からはもう、先ほどの悪役らしいものは消え去っていた。作っていた演技とは違うのだろうが、あれもスバルの中にある無数の思いがそうさせていたのだろう。だから決して先ほどのスバルが偽りという訳ではない。

 

「……あのさ、スバルが言ってた事ね。私は思ったんだ。確かにこの世界から悪は消えないって。今回の事件だって多分色んな事情が交錯して起きたことだって思う。でもだからって、恐怖で支配するなんて間違っているって思う。その事はスバル自身も気付いていたんじゃないかな。だから殺さずに無意識に手加減してたんだよ」

「……」

 

 互いに空を見ながら、なのははそう言葉を口にする。

 

「だからスバル。その考えはやめてさ、別の方向で平和を作っていこうよ。何も恐怖で支配しなくたっていい。もっと皆が自由に、そして誰もが幸せになれる方法がきっとある筈だよ」

「……そんな事……出来る筈ありませんよ……」

「出来るよ。……だって、スバルは凄く強くて、そして強い思いを持ってるじゃん。スバルはさっき強大な悪に為るって言ってたけど、それは違うと思う……」

 

 なのはは上体を起こし、スバルの顔を見ながら言った。

 

【挿絵表示】

 

 

 

「───ヒーローに成りたかったんだよ、スバルは。世界の平和を守れる、真のヒーローに」

 

 

 

「……あ」

 

 その言葉に、スバルは目を見開いて声を漏らした。

 

「悪事とか戦争とか、人の欲望だとか、色々難しい事考えて変な方向に答えを出しちゃったみたいだけどね。でもそんな事じゃない。悪事が消えないんだったら、それを徹底してやっつければ良いだけの話だよ。いくらキリが無くても、困っている人、泣いている子がいたら、直ぐに助けられるヒーローを目指せばいいんだよ。それだけの力を、スバルは持っているんだから」

 

「……あ……ああ……」

 

 その言葉通りだった。何でこんな単純な答えを見つけられなかったのだろうと、スバルの目から涙が零れ落ちる。

 

「はやてちゃんもフェイトちゃんも、皆も。そういう世界を目指してる。だからスバル、皆と一緒に戦おうよ。その思いは、皆一緒だと思うからさ」

 

 言って、なのはは立ち上がってスバルの身体を両手で抱え、笑顔を向けて言った。スバルは泣きながらそれに頷く。その姿は、かつて自分が空港で救って貰った光景を思い出させた。

 

「とりあえず、先ずはここから出ようか。そして皆に謝ろう」

「……はい……ッ!」

 

 涙に濡れながらも、力強く返事を返した。その表情にはもう悪といったものは感じられない。なのははレイジングハートに言って飛行魔法を発動し、スバルを抱えてゆりかごから脱出する。

 ゆりかごの高度は既に高く、だいぶ降下した場所ではやての姿を確認した。その腕にはクアットロが抱えられており、あの後無事にはやてに救助されたと分かる。一方はやても、なのはに抱えられたスバルを見て、事情を何となく察したので深く追求しては来ない。細かい話は終わってからでいいだろう。

 

 その後、ビルの屋上に着地してから上を見る。そこには既にゆりかごは見えなくなっていたが、数秒後には空に大きな光が閃光した。クロノ率いるクラウディアの艦隊によって破壊されたのだろう。

 そうしていると、六課のメンバーがヘリで駆けつけて来るのが見えた。心配で駆けつけたフェイトもその場に現れる。色々と話すことは多々あるが、それは帰還してからでいい。先ずは無事に作戦終了という事で、安堵していいだろうとなのはは思った。

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