尻ぬぐいのエリダヌス~駆け抜けて聖戦~   作:丸焼きどらごん

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8,烏星座のジャミアン

 アイオロスはグラードコロッセオへ向かう途中、ふと隣を走るリュサンドロスの顔を伺う。仮面で顔半分は隠れて見えないが、その下にある表情は容易に想像出来た。

 基本的にリュサンドロスは黙っているだけで機嫌が悪いのか? と聞かれるような強面だ。それは女になった今も変わらず、現在も他の誰かから見たら非常に機嫌が悪そうな美女という評価を受けるだろう。その場合、自分は恋人を怒らせた男にでも見えるのだろうか。遺憾である。

 

 しかしその機嫌が悪そうな表情は、実のところ不機嫌なのではなく緊張と焦燥によるものだ。

 

(良かれと思ったんだが、逆に少しからかいすぎたか)

 

 その表情を見て、アイオロスは少々反省の色を見せる。

 

 先ほど白銀達を回復させる際、リュサンドロスは落ち着いているように見えて身に宿す小宇宙はわずかに緊張の色をはらんでいた。それは十三年間、テレポーテーションを利用して頻繁に集まり情報交換、鍛錬を共にし、彼の小宇宙、彼の技を熟知するアイオロスだからこそ気づけた、ささいな違和感だ。おそらく本人ですら気づいていまい。

 しかしこれからの作戦で要となる回復の技を使うにあたって、わずかな緊張でもいつもと違えば支障をきたすかもしれない。ならばその緊張をといてやろうと、不謹慎と思いつつもからかうような、呑気な態度をとってみたのだ。

 結果としては、怒られてしまったが緊張は緩和したようだった。しかしその後になって、その態度故に「自分がもっとしっかりしなければ」とでも思わせてしまったのか、再びリュサンドロスの強面は更なるしかめっ面に変化する。総合して考えて、プラスマイナスゼロ、といったところだろうか。

 アイオロス自身としても、今後自分たちが果たすべき使命や十三年間苦境に耐えてきたであろう弟と再会することを考えると緊張しないわけでは無い。だがそのせいで、自分も相棒に対するフォローを少し見誤ってしまったようだ。

 

 

 

 リュサンドロスという男は、その強面に反して意外と根暗で小心者である。

 それが十三年間でアイオロスが得た、彼への評価だった。

 

 

 

  自分達より長く生きた経験により表面上はそれを取り繕っているが、その本質は存外普通だしもろい。それは幼いころから聖闘士としての過酷な生活をあたりまえのものとして受け入れてきた自分達と、平和な生活を当たり前のものとして享受していた時間を持つ彼との差だろう。根本的に価値観が違うのだ。今思えば幼いころに怖いと感じた無関心さは、その脆さゆえに生じていたものだった気もする。

 十三年前に抱いた疑念はつい先ほど少々晴れ、彼と共に運命を捻じ曲げるために駆け抜けようと改めて決意した。疑念自体は危機管理意識として捨てることは出来ないし、いざとなればリュサンドロスを自ら殺す選択肢も辞さない覚悟はあるが、それは紛れもなくアイオロスの本心だ。

 だからこそ、そんな彼の本質を理解できるようになってしまったからこそ、うまい具合に自分がフォローしていかなければともアイオロスは考えている。それは十三年間その感性を持つ彼と接し、一時的に聖闘士という役割から外れて別の視点から世界を見た自分だからこそ十全に果たせる役目ではないかとも。

 

 

 が、いざそれをやってみようとしてみたものの、今の所あまり上手く出来ていないようだ。これでは後でムウや老師にまで「しっかりしろ」と怒られてしまう。

 

「人生とは、難しいな」

「どうしたいきなり」

 

 思わず内心が言葉として飛び出すと、リュサンドロスから即座にツッコミが入る。アイオロスは「いや、なんでもない」と曖昧に笑って誤魔化すと、事に集中しようと真っすぐに前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(人生とは難しいな。これも耐えねばならんのか)

 

 アイオロスはつい先ほど口に出した言葉を、苦々しい心境で再度心の中で呟いていた。ちなみにその表情は盛大に引きつっている。

 

 

 現在彼らの眼前では、聖闘士を率いて地上の平和を守る愛と正義の女神の化身たるアテナが、カラスに紐で吊り下げられて空中浮遊の真っただ中であった。

 冗談みたいな光景だが現実だ。

 

 

 ちなみにアテナ沙織は純白のチュニックを身に纏っているため、手足を吊られた現在パンツが丸見えだったりする。正直怒りを覚えると同時に、居た堪れなくて仕方がない。何故自分たちはお仕えすべきうら若く清らかな女神のパンツがさらされる様を、黙って見ていなければならないのかと。

 

 

「流石に星矢達も助けるだろうから、我慢しろよ? ここからしばらくは女神と星矢達の信頼関係にとって大事な局面だ。本当に、押さえろよ?」

「ああ、分かっているとも」

 

 ミスティの件があったからか念を押すように言うリュサンドロスに、アイオロスが笑顔でもって返す。しかしその額にはくっきりと青筋が浮いていた。

 

 グラードコロッセオまで無事に帰還した星矢達を追って、アイオロスとリュサンドロスもまたグラードコロッセオに……白銀達の活動によってボロボロに破壊された闘技場へと到着した。そしてその地にて星矢達を待っていたアテナ、城戸沙織によって彼女自身の出生の秘密と聖闘士の使命が語られる事となる。ここで星矢達は、初めて城戸沙織がアテナの化身であると知ったのだ。

 しかし実の父親によって過酷な運命に追いやられた星矢達がそれをすぐに納得できるかといえばそうではなく、幼い頃に自分達をさんざん奴隷か家畜のように扱った城戸沙織が女神と聞いて、はいそうですかと信じられるわけもない。その場で仲たがいするような形で、星矢達はもう城戸沙織に関わるのはごめんだとばかりに去って行った。城戸沙織も頑固なもので、ならば自分一人でも正義のために戦うとキッパリと言い切りそれを引き留めない。

 その時点で両者の関係は、完全に拗れていた。

 

 そんな時、城戸沙織の元へ聖域からの刺客が現れる。城戸沙織がアテナであると気づいた偽の教皇……サガが、彼女を攫ってくるようにと白銀聖闘士に命じたのだ。

 その新たなる資格である白銀の一人、烏星座(クロウ)のジャミアンこそがアテナ沙織をカラスで宙ぶらりん状態にしている張本人である。

 

「ええい! カラスではなく自分の肉体で戦わんか!」

「もっともだが声が大きいぞアイオロス!」

「すまん!」

 

 そして現在、攫われた城戸沙織とカラスの後を追った星矢とジャミアンの戦いが始まっている。アイオロスはカラスを操り星矢にけしかけるジャミアンに、我慢できないと言った様子で憤りを口にしていた。

 ちなみに他の三人、氷河、紫龍、瞬は射手座の聖衣を持ち去ろうとしたジャミアン操る他のカラスの対応のため、この場には居ない。だがジャミアン以外の白銀の気配もこちら側に集まりつつあるため、青銅もまたカラスの対処が終われば星矢を追って、その内この場へと集まる事だろう。

 そうなれば複数の戦いが勃発。二人の回収、回復作業の第二ラウンドが始まるわけだ。

 

 しかしそれまでは流れを見守るしかなく、現在こうして再び物陰にコソコソと隠れて戦いを見守っているのだ。

 ミスティたちの時とは違い、アテナが直接危機に直面している現在の状況は、本来聖闘士として看過できるものではない。だがそこをあえて見過ごさなければならないというのだから、アイオロスとしては辛い所だ。

 

 その戦いのさなか、ジャミアンだけでなく蛇遣い座(オピュクス)のシャイナまでもが現れ、星矢を追い詰める。そしてジャミアンのカラスから取り戻した城戸沙織を腕に抱えた星矢は、突破口を開くために三百メートルはあろうかという崖から決死の覚悟で飛び降りたのだ。

 

「!」

 

 流石にこれには黙っていられなくなったアイオロスだったが、リュサンドロスと共に念力を用い落下の速度を緩めるにとどまった。それはアテナを危険にさらす苦渋と、無謀ともいえる行為でありながらアテナを守るための選択をした星矢、その彼を信頼し飛び降りる事を是としたアテナの勇気に対する敬意との狭間での、ギリギリの選択である。

 二人は怪我を負いながらも無事に崖下へ到達したが、心臓に悪い事このうえない。

 

「強いて、悪いな」

「……今さらだ」

 

 そのアイオロスの内心を感じ取ってか、リュサンドロスが短く言う。それにこちらも短く返答するアイオロスであったが、この先も勝利のための布石とはいえ、仕えるべきアテナが危険に直面する場面を見続けなければいけないかと思うと気が重い。心配すべきは、パンツどころではなかったか。

 

 幾度か行われた話し合いの中、ムウなどは多少の危機ならば乗り越えてこそ自分達を率いるにふさわしい、戦女神たるアテナの証拠ではないかとも言っていた。その程度やり過ごせないようならば、いずれにしてもこの先の困難に立ち向かうのは難しいだろうという彼は仕える主に対してもなかなか厳しい。

 しかしアイオロスとしては城戸沙織がアテナである以外にも、赤ん坊のころから知っているだけに恐れ多くも庇護欲のようなものを多少抱いている。それだけに今のような場面があるとなかなかに辛い。

 

「お、覚えていない部分は難しいが、串刺しと水責めと生首はなんとかする」

「是非そうしてくれ。というか、するぞ」

 

 気まずかったのか、この先城戸沙織を待ち構えている「黄金の矢で胸をぶっ刺され十二の火時計が消えるまでに助けなければ死ぬ」と「密閉された柱の中で全世界へ降り注ぐ災害級の雨を一身に受ける」と「大甕(おおがめ)に囚われ生首のような見た目で甕に血を吸われる」という運命は絶対に避けてみせると念押しするリュサンドロス。

 それらの過程が沙織を助けようとする星矢達の成長に関わってくるため難しい部分もあるが、流石にそれは知っていながら見逃すことなど出来ないだろうと話し合いの場でも満場一致で決定した。未来をある程度知っているからといって不確定要素が多いため、それらをよりよい形で実行できるかは今後の努力によるのだが。

 

 

 そして空気が重くなったものの、現在裏方の彼らの回収、回復作業は再開する。

 

 

 追撃を仕掛けてきたジャミアンを、気絶した星矢を庇ってアテナ沙織がその大いなる小宇宙でもって立ちふさがる。しかしそれに怯んだジャミアンがなんとか攻撃を仕掛けようとした時……あの男が帰って来たのだ。

 

 

 

「消え去るのはお前の方だカラス! この鳳凰の羽ばたきひとつでな!!」

 

 

 力強い小宇宙がジャミアンを襲い、一瞬で致命傷となりうる一撃!

 

 

『鳳翼天翔!!』

 

 

 

 

 

 フェニックス一輝が、その守護星座たる不死鳥のごとく富士山麓の地下より蘇り推参した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーらいおーらい、っと」

「ぐふっ」

「……派手に飛ばされたな」

「ナイスキャッチだ。さあ、他の白銀も集まってきたようだし、作業が増える前にさっさと回復させてジャミールに送るぞ」

 

 その陰で不死鳥の炎に焼かれたカラスは、ひっそりと回収されていた。

 

 

 

 

 

 




サブタイトルを女神のパンツと迷ったのは内緒

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