尻ぬぐいのエリダヌス~駆け抜けて聖戦~   作:丸焼きどらごん

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回想録3:偽教皇の抜け毛

 呪いで姿が変わってしまった事を機に暗躍のため正体を偽ろうと、エリダヌス星座の白銀聖闘士(シルバーセイント)リュサンドロスから、その後継者たるリューゼと名を変えて聖域に戻ってからしばらく。自室の簡素な椅子に座った私は、これまた簡素な机の上に乗せられた「あるもの」を見ながら複雑な心境を抱いていた。

 余談だが、リューゼという女性としての偽名は単純に本名と響きが似ていれば馴染みやすいと思っただけであり、特に意味はない。呼ばれた時咄嗟に反応できないと怪しまれるからな……。

 

 

 そして現在抱く複雑な感情の真ん中に鎮座しているのは、「裏人格のサガは結構アホの子ではないか」、という考えである。

 

 

「最終的にわざわざ自分で聖域中に自分の罪状を意気揚々と語るからなアイツ……。あれか? テンション上がっちゃったか? 」

 

 思わずこぼれる独り言。秘密が多い身としては控えるべきだが、どうしても自室だと気が緩みがちなのだ。

 

 今から五年前。前教皇たるシオン様を亡き者にし同じ黄金聖闘士(ゴールドセイント)だったアイオロスにその罪をかぶせ、アテナ暗殺をもくろんだ男。それが黄金聖闘士、双子座(ジェミニ)のサガ。

 奴は神のようだと言われるほど清い表の顔と、地上をアテナに代わり支配しようと野望を抱く裏の顔を一つの体に秘めた二重人格者なのだ。聖闘士星矢という漫画において、星矢達の前に立ちふさがる強敵である。

 

 

 でも、サガな……。あいつ十二宮編での最終決戦時、星矢との戦いの最中にわざわざテレパシー使って聖域中に教皇を殺したのは自分で、自分こそ地上に君臨する神だ! とか言ってしまう子なんだよな。

 前世の私が幼心に「え、それ言っちゃっていいの?」って思ったからしっかりと覚えているぞ。……私は本当に肝心な時系列もろもろ忘れているくせに、ネタ的な部分はよく覚えているな。

 

 あれはなんというか、表人格のサガにしてみれば「ちょ、おまっ」と言わざるを得ない状況だろう。私ならば言うぞ。

 だってなぁ……もし勝ったとしても、その後は生き残った黄金、白銀、青銅に囲まれてフルボッコ確定である。まさかまさかでよしんばそれに勝ったとしても、そうなればVS冥王軍に対するのは自称神のごとき男サガ、ロンリーワン。……う~む。これは完璧に他人事だった場合、なかなか愉快な詰み具合。笑えないが。

 更にもしもで力こそパワー! 的にゴリ押しで聖闘士達に認められたとしても、わざわざ人間の姿で降臨して現場で戦おうとしてくれていた上司(アテナ)を亡き者にしてしまった後では、勝利は難しいだろう。

 戦女神アテナと、錫杖に姿を変えたアテナの従属神、勝利の女神ニケ。その両方があってなお、地上を守るための戦いは常に薄氷の上にあるのだから。

 

 まあサガのあの発言は私に一つの可能性を想起させ、その予想が外れたとしてもいい感じに利用できそうだから覚えておいてよかったと思える事の一つなのだが。とはいえそれを使うにしても、まだまだ先の事だから今は考えまい。

 

 今問題なのは……いや私にとっては問題というほど問題ではないのだが、気になる事は別にある。

 

「日に日に増えているな……」

 

 再びぼそっとこぼれ出た独り言。それが指すものは、机の上に広げられた布切れに乗っているキラキラ光る糸である。そしてそのキラキラした糸が何かといえば、サガの抜け毛だ。

 

 

 

 サガの抜け毛だ。

 

 

 

 現在偽の教皇として聖域に君臨しているサガは、アテナが成長し星矢達と共に聖域に乗り込んでくるまでは泳がせる予定でいる。しかしいざという時に備えて、教皇が偽物であるという証拠を突き付けられるように保険を得ようと思ったのだ。そしてその保険こそが、髪の毛。

 もし十二宮の決戦前にサガを糾弾する必要性が出てきた場合、聖闘士達を無傷で奴から離反させる手段としての物的証拠。正直前世の私が生きていた時代より過去にあたる星矢世界では、DNA鑑定なんでものがいつごろから一般化されたのか分からない。しかしそこは天下の城戸財閥。アテナこと城戸沙織にちょちょっと化学部門的なところに命じてもらえば、なんとかなるだろうと踏んでいる。

 とても文明的とは言えない旧時代の生活を続ける聖域では、まさかDNAがどうのこうのという発想は出てこまい。ゆえに、さしものサガも抜け毛程度気にしないだろうと見越しての事だ。他の証拠を押さえようとすれば私の命が危ないからな。このあたりが限界だろう。

 ……物的証拠としてつきつけるには、他の聖闘士にとっても馴染みが無さすぎて信じてもらえるかどうか、という問題はあるが。まあ、保険だ保険。保険は自分が安心するためのものでもあるのだから、無いよりあった方が私の精神衛生に良い。

 ちなみに比較対象である前教皇のシオン様のDNAについては、未入手である。…………うむ、我ながらガバガバな保険であったわ。スターヒルに行けば余裕で入手可能だが、そもそも侵入が余裕では無い上に、その場合シオン様のご遺体というDNAなどよりよほど信憑性のある物的証拠があるしな。

 

 まあ、それはともかくとして。

 

 証拠用にとサガが政務のために教皇の間から十二宮の下へ降りてくる機を狙って、私は目を皿のようにして奴が髪の毛を落とさないかと観察した。がっちりとほぼフルフェイスの教皇の仮面をかぶり、常に清潔にしている教皇服をまとうサガからは髪の毛一本とはいえ入手するのは難しいだろう。……最初はそう思っていた。

 だがふたを開けてみれば目の前の収穫量である。一本どころか、すでにちょっとした束になるくらいの量を入手済だ。

 

 それを見た私はひとつ仮説を立てた。

 もしかしてサガ、いや裏サガか。いやどっちでもいいんだが。とにかくあいつ、教皇の仕事の引継ぎというか……詳しい仕事内容もろもろを知らないまま、シオン様暗殺に踏み切ってしまったのでは?

 

 

 

 

 ………………うむ。

 

 

 

 

(アホかーーーー! その状態でバレずに偽教皇やってるのは凄いが、馬鹿か! さすがに表サガがちょっと可哀想だろうが馬鹿!)

 

 机に額を叩きつけて叫びたい衝動を押さえた私偉いぞ。だが勢いをつけすぎたのか、ちょっとばかり額が割れて血が出てしまった。むぅ……まだまだこの体は脆弱だな。鍛えねば。

 

 多分だが、この仮説はまんざら外れでもないはず。

 サガは黄金聖闘士の年長者として、アイオロスと共に他の者より教皇の近くでその人柄や仕事を見てきているのだろう。それに教皇が残した手記や聖域の記録などを見れば知識の補完も可能だ。だが口伝で伝わる重要な情報、たとえばアテナの聖衣についてなど知らないだろうし、他の事についても知っているのと実際にやってみるのとでは訳が違う。しかも他人を演じながら全てをこなさなければならない。……いかに優秀な男とはいえ、かなり苦労しているだろうことは簡単に想像がつく。

 

 

 だが、待ってほしい。

 それらを全てこなすのは教皇暗殺に踏み切らせた裏人格のサガではなく、良心の呵責に苛まれている表のサガなのだ。

 

 

 サガは確かに優秀な男だ。

 だが突然本来の彼の意に沿わぬ形で尊敬する教皇シオン様を自分の手で殺した上に、そのシオン様……二百年以上生きた前聖戦の生き残りの元黄金聖闘士教皇という難しい役柄を演じながら、聖域のトップとしての仕事を全てこなす必要性が出てきた。

 しかも近年は大きな聖戦が近づいている影響なのか、ピンからキリまで神々やその眷属の動きが活発化してきているため仕事量は増加傾向にある。聖闘士としての力を持ちつつも、力に溺れたり聖衣に選ばれなかったりで道を踏み外した聖闘士崩れの対処も聖域の仕事だ。……要は、対応すべき案件が多い。

 

 だというのにサガが教皇になり替わったばかりの頃は、聖域の最高戦力である黄金聖闘士は実力はともかくまだ十に満たない幼い身がほとんど。経験が少なかった。

 他の白銀や青銅も、またしかり。

 

 ……そんな中、ほぼ手探りで聖域の運営をしつつ聖闘士をまとめ上げ、修行地に送り出して成長を促したり、世界中に散らばる聖闘士や聖闘士候補を把握しつつ、更に世界中に散らばる聖域が対処すべき問題を精査したうえで仕事を振り分けてと……。

 ちょっと考えただけでも、その仕事内容に私なら窒息しそうだが……さらに言うなれば当時サガはピチピチの十四歳。思春期真っただ中のティーンエイジャー。五年経った今でも十九歳。ギリティーンエイジャー。

 ……多感なお年頃である。

 

 これはストレスでハゲても仕方がないだろう。いやまだハゲてはいないが、しかし目の前の抜け毛の量を見るとサガのあのふさふさした黄金の髪の毛の将来は危うい。

 

 

 

 

 断言しよう。このままだと十二宮編後に生き延びたとしても、間違いなくサガは将来ハゲる。

 

 

 

 

「う~む……」

 

 いかんな。あまり勘繰られたくないため基本的に教皇……サガとは極力距離を置くつもりなのだが、仕事をぶん投げられている表のサガが少々不憫に思えてきたぞ。

 

 サガがシオン様を暗殺してから、私が呪いで女になってしまうまでのリュサンドロスとしての五年間。私が偽教皇に気づいていると知られる事を避けるため、教皇に対して表面上はこれまでと同じ対応をしてきたつもりだ。それでも距離をおくために、世界各国の聖闘士や聖闘士候補生の補佐をする時間を以前より増やしたが。そんな中シオン様の時のように多少書類関係の仕事を手伝う事もあったのだが……。サガはよくやっていたと思う。教皇としての執務を、真実を知らねば私とて騙されそうなほど完璧にこなしていた。

 

 しかしそれが不憫な男の必死な努力の上に成り立っていたのかと考えると……うむ……あれだ……。ちょっと憐れではある。なんというか、サガは白鳥みたいだな。綺麗で優美な姿の水面下で、必死に脚を動かして水の上を滑っている感じが。

 それに、もしかして……本当にもしかしてなのだが、多少仕事を手伝えていた便利屋こと、この私リュサンドロスが居なくなったことが彼の負担になって抜け毛が増えたのではないか? そう考えると、多少申し訳ない気持ちも湧いてきてしまう。

 

 

 

 

 

 

 と。

 抜け毛をきっかけに芽生えたその同情心が悪かったのだと、私はこの少し後に思い知る事となる。

 

 

 

 

 

 

 

「教皇。資料をお持ちいたしました」

「! ほう……。見つけにくい所にあったと思うのだが、早かったではないか」

「前任のリュサンドロスから引き継ぎがありましたので、多少は」

「…………ほう」

 

 ある日の事。

 珍しく人を通さず直接教皇に任務に関しての書類を提出する事になり、その時ついでとばかりに書庫から文献を探してくるように命じられたのだ。

 

 一応私も古参聖闘士。単純に任務をこなす以外にも、書類仕事や文官まがいの仕事を割り振られた経験も多い。

 そのため教皇……サガに命じられた雑用もさほど苦も無く終わらせることが出来たのだが、新参者が何故そんなに早く分かり辛い場所の資料を探して持ってこられたかと勘繰られるのが嫌で、咄嗟に「前任から引き継ぎがあった」と言ってしまったのだ。

 これがまず初めの間違いである。

 

「そういえば、お前の報告書はリュサンドロスのように整っていて分かりやすいな」

「勿体なきお言葉です」

 

 いきなり褒められたことに不安になる。……嫌な予感がするが、きっと気のせいだろう。

 

「……少々聞きたいのだが、リュサンドロスは自分がこなしていた職務内容を全てお前に教え込んでいたのか? 聖衣を受け継がせただけでなく」

「は? は、はあ。ええ。まあ……」

 

 職務内容などという事務的な言葉が出てきた事に妙に不穏さを感じたものの、歯切れの悪い返事と共に頷いておく。

 心なしかサガの雰囲気が明るくなった気がした。多分気のせいだろう。

 

「ふむ……。ではすまないが、こちらの報告書をリュサンドロスのようにまとめてみてはくれまいか」

「え」

 

 そう言わればさっと手渡された、各聖闘士の手によって製作された任務に関する報告書の束。ずしりと重いそれは、ちょっとした山、と言ってもよいかもしれない。

 

「いや、その……。これは文官の仕事では……」

 

 聖域には聖闘士と雑兵の他に、数は少ないが女官と文官がちゃんと存在する。

 だというのに、何故私は今報告書の束を手に持っているのだ。

 

 いや…………私は知っている。この後にくる言葉を。

 

「……文官は、他の仕事で忙しくてな」

 

 それな! お前のそのセリフ、前にシオン様にも言われたやつではないか!!

 

 分かっている。その忙しい内容は、分かっている。

 ……実は聖域は約二百五十年前の聖戦での被害で、歴史の中で積み重ねられた貴重な資料をいくつも失っているのだ。それを復元、再編するのが聖域での文官の主な仕事である。更に言えば、聖闘士がこなした任務からあげられた報告書をもとに新たな資料の製作もしなければならない。

 言葉にすれば数行で済むことだが、これがとても簡単な仕事とは言えないのだ。しかも聖域という特殊な場所の都合上、文官は聖闘士以上に人手不足だったりする。加えて人材育成も難しい。

 よって書類仕事は現場担当のはずである聖闘士も、自ら行わなければならない。専門職に丸投げなどという甘っちょろいことは出来ないのだ。「自分の事は自分でやれよな!」。……聖域の基本である。

 

 

 ……そして、それは教皇もまた同じ。

 教皇は地味で地道で根気のいる作業が、実は多い。

 

 

 だから出身地のお国柄色々、報告書の書き方もバラバラ。そんな聖闘士達からの報告書をすぐに読める形でまとめるだけでも、かなり助かるのだと。…………シオン様にも言われた事があったな、そういえば。

 

 一応聖闘士になる時の各指導に置いては戦闘面だけでなく座学も師匠の仕事となる。だが子供のころから弟子を育成することが多いからか、どうしても生活面で必要な知識や戦闘面に関しての知識の習得が優先され……。結果として、仕事面での事務仕事は師匠に教わるよりも、聖闘士になってから現場で覚えていくことが圧倒的に多い。むしろやらない奴、出来ない奴も居る。

 しかも修行して強くなるのに必死、任務で敵に勝つことで必死なため、それが終わった後の報告書となるとおろそかになりがちだ。しかたがない……で済ませられれば良いのだが、その仕方がないは最終的に上の統括者に重荷となって蓄積される。シオン様などは流石に経験豊富でうまく処理していたようなのだが、それでも時々古参とはいえ部下の聖闘士にぼやく程度には、面倒くさいものだったらしい。

 

 教皇をも疲労させるアバウト文化。それが聖域だ。

 

 まあそれを知っているからと言って、仕事を引き受けるかどうかは別の話だが。

 私は女になった事で失った力を取り戻すための修業と、息子シュラに今の私を少しでも認めてもらうための作業もろもろで忙しいのだ。書類仕事などにかかずらってる暇は、ない。

 

「……………………」

「……………………」

 

 数十秒、サガと私の間に沈黙が落ちる。

 仕事を押し付けられたくない私と、少しでも仕事を出来るものに投げたいサガとの無言の攻防だ。

 

 が、そこでふと跪く私の目の前に何かキラキラ光るものが、風に舞ってはらりと落ちてきた。

 

 

 

 

 髪の毛だった。

 

 

 

 

 

「…………少々、お時間を頂きますがよろしいでしょうか」

「構わぬ」

 

 これが二つ目の、そして致命的な間違いだった。

 

 その後提出した書類がサガの満足のいくものだったのか、私は忙しい中、定期的に書類仕事を割り振られる事となる。

 それをきっかけに、時に何故か他の聖闘士の報告書製作の代行までする羽目になり……私が「尻ぬぐいのエリダヌス」と呼ばれる事態に拍車をかけるなど。そんなこと、思いもしなかったさ。ああ、しなかったとも!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 私はアイオロスと時々話す未来の聖域についての改革案の中に、真っ先に文官の一定数確保と育成をねじ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サガって抜け毛多そうだよねってだけの話が何故か6000字を越えました。

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