尻ぬぐいのエリダヌス~駆け抜けて聖戦~   作:丸焼きどらごん

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14,金牛宮

 いよいよ始まった星矢達の十二宮での戦い。それを陰から見守るべく、白羊宮を抜け次に向かうは金牛宮。牡牛座(タウラス)のアルデバラン殿が守護する宮だ。

 彼は覚えている限り冥闘士と戦うまで生き残っていた貴重な黄金聖闘士だし、本人の実力と人柄もよく知っているためあまり心配はしていない。しかしかといって、油断は禁物だ。不測の事態というものは、いくらでも起こりうるのだから。

 

 私とアイオロスは女神(アテナ)に私たちの事情や知っている情報を話すために、ムウ殿が白羊宮で星矢達の聖衣を修復している一時間を階下にて使用した。星矢たちの小宇宙が移動し始めてからすぐに追いかけているから、おそらく金牛宮での戦いには間に合うだろう。だが、やはり星矢達を視界に捉えられていないのには不安を覚える。急がねばな。

 

「あの、重くはありませんか?」

「まさか。羽のようです」

 

 背中から遠慮がちにかけられた可憐な声に、私は微笑ましさを覚える。おかげで緊張でこわばっていた顔に、笑顔を浮かべることができた。……はたから見たら大して変わっているようには見えんかもしれんが。シュラにも赤ん坊のころ、よく泣かれたものだ。

 私は今、女神城戸沙織を背負って一二宮の階段を駆け上がっていた。その気配は温かい。

 彼女の女神としての慈愛に満ちた小宇宙に癒しを感じる事も事実だが、それ以上に普通の少女のような姿が心を和ませてくれた。遠くで見守っていた限りでは、原作の通り毅然とした大人びた少女に成長していた沙織ちゃん。初めての接触で一気に距離を詰められたことに戸惑いもしたが、親愛の情を向けてもらえるというのは嬉しいものだ。……ここ数年、息子とまったく触れ合えていないだけに余計にそう感じてしまう。

 

 ……ううっ、シュラよ。この件が終われば呪いを解く目処はついているのだ。今しばらく待っていてくれ……! 父は必ずお前のもとに戻るからな!

 男として! 男と、して!!

 

 ……まあ今現在は紛れもなく女の体なので、女神を背負って走る役を志願したのだが。

 

「な、なんといいますか……。背負われる事なんて初めてなので、少し照れてしまいますね」

「光政翁におんぶしてもらったことはないのですか?」

「おじい様も小さい頃よく抱き上げてくださいましたが、背中は初めてなのです」

 

 まあ、言われてみれば上流階級の人と言えばおんぶより抱っこというイメージはあるな。子供を抱き上げる時、使用人がいるであろう彼らにとって両手をあける必要はない。

 そういえば聖域に来てからは歳の近い聖闘士候補生の前だからか恥ずかしがってしまってなかなか機会が無かったが、よくシュラを背負って散歩したものだ。懐かしい。

 

 …………背中、か。

 私がリュサンドロスだったころ、シュラに立派な父としての背中を見せてやれていただろうか。今の彼が以前の私より強くなっている事は明白だが、もし自分の存在がその一助にでもなれていたなら誇らしい。

 

 この十二宮を駆け上がる先、十番目の宮にあの子はいる。

 ……絶対に、死なせてなどやるものか。

 

 愛しき息子よ。このリュサンドロス、お前のためにこの命と小宇宙を尽きるまで燃やしてみせる。必ず。

 

 

 

 

 

 

 

「女神、金牛宮です」

 

 そう言って先に見えてきた神殿を示したのは、白羊宮から共についてきたムウ殿だ。「ここまできて、白羊宮で待っている必要がありますか?」とのことである。……まあすでに敵の正体がはっきりしている上に、女神自ら仲間たちの救命に動いてくださるのだからもっともだ。彼の超能力や強力な防御壁であるクリスタルウォールは、人命救助にあたっておそらくとても強力な助っ人となるだろう。ありがたい。

 

「お、やっているな。見事にふっとばされているぞ」

「星矢が?」

「星矢が」

 

 小宇宙で感じ取ったのか、アイオロスが真っ先に戦況を把握する。どうやら青銅達は実質初めての宮にて苦戦を強いられているようだ。……もともと、青銅と黄金との間の実力差とはそう簡単に縮められるものではないから当たり前なのだが。

 しかし彼らはそれをこれから幾度も覆してゆく。それを思うと、なかなかに感慨深い。

 そして私たちが遠目に見守る中、星矢が石の壁を突き破って金牛宮内部から飛び出てきた。他三人の小宇宙は内部から感じるが、どうやら気絶でもしているのか動きが無い。

 ……むぅ、彼の成長にはなるだろうが、星矢にとってはなかなか厳しい状況のようだ。以前アイオリアと対峙したことがあるとはいえ、黄金聖闘士のプレッシャーはやはり大きい。

 

「星矢!」

 

 沙織ちゃんが思わずと言った風に声をあげるが、ムウ殿が穏やかにそれをなだめた。

 

「女神、ご安心を。アルデバランは本気を出していませんよ。……彼が本気を見せたら、今頃この辺りは血の海です。そうでないところを見るに、彼もまた教皇に不信感を抱いているのでしょう。だからこそ、あなたが本物の女神かどうか星矢たちを通して見極めようとしている。真っすぐに向かってくる星矢達の姿を見て、何かしらを感じ取るでしょう」

「そう、ですか……」

 

 一応の納得をみせつつも、本心ではやはり心配なのか落ち着かない様子の沙織ちゃん。彼女なりに女神として振る舞おうとしている部分はいくつも見受けられるのだが、こういうところを見るとやはり十三歳の少女としての繊細さを感じてしまう。

 ……何故女神アテナが他の神のように成長した依り代に憑依するのでなく、人としての生を受けて降臨するようになったのか、その経緯は知らない。だが矮小の身で想像するに、彼女は「人の弱さ」とそこから生まれる「人の強さ」と知ろうとしてくれたのではないか、と……そんな事を考える。

 聖闘士星矢という物語では主人公である星矢達と共に、アテナ沙織もまた強く、気高く成長するのだから。

 

 私はもともと全てが億劫で、聖域での不便な暮らしを疎ましく思っていた人間だ。だから聖闘士として、神としてのアテナにあまり信仰心を抱いているとは言いにくい。口に出せばアイオロスに怒られそうだが。

 だがこうして「人」として。同じ目線に立ち戦ってくれる相手を、好ましく思わぬはずがないのだ。

 女神でありながら、少女でもあるこの方を少しでも支えることが出来たらいいと思う。たとえそこに打算的な考えがあったとしても、それもまた紛れもない私の本心。

 まあ私が一番に愛を向ける相手が妻と息子である以上、彼女には頑張ってもらわねばならないので必要以上に過保護になる事は出来ないが。その分今こうして体重を預けてもらえている分くらいは、支えになれたらいい。

 ずるい大人の自己満足だと言われたらそれまでだが、結果的に全てまるっと収まればよいのだ。そのためなら、罪悪感などいくらでも飲み込むさ。

 

 ……そういえば、まるっと、といえば本当に先ほどは全て話してしまったな……。

 すでに沙織ちゃんは私の正体も知っているし、その私が知っている未来の知識の内容も知っている。時間的に全てを事細かに話す暇は無かったが、少なくともこの世界で私の事を真に知る人間がアイオロス、ムウ殿、老師、沙織ちゃんの四人に増えたことになるのだ。

 ちなみにオルフェと魔鈴には、沙織ちゃんに話す間席を外してもらっていた。あまり私だけの判断で知る人間を増やしたくはなかったからな。……あとで問い詰められそうではあるが、その時はその時だ。二人とも優秀な人材なのだし、いっそ引き込んでしまうのもありだろう。

 

 多分この十二宮の戦いが終わった後は、完全に私が知る未来から外れる。主要人物が数人、不完全とはいえ未来の情報を手に入れた。その時点で未来が変わらぬはずがない。……しかし幸いにも、情報を知りえた人物たちは私などよりよほど情報を生かしてくれそうな相手だ。

 

 これは不確定要素が増えたことを嘆くよりも、喜ぶべきことだろうな。

 もとよりどこかで運命がずれてくるのは想定済み。ならばあとは、運命の渦中にある我々次第である。

 

 

「よし! 流石だ星矢!」

「!?」

 

 つい思考の海に浸っていると、アイオロスの声に急に現実へと引き戻された。一応私も見てはいたのだが、それよりも考えるほうへ意識を割いてしまっていたようだ。

 先ほどまで劣勢だった星矢だが、彼は今回も再び戦いの中で成長してみせた。本気を出してはいなかったとはいえ、それでも青銅を屠るには十分な威力を誇るアルデバラン殿の必殺技グレートホーンを弾いたのだ。しかもそのうえでアルデバラン殿の黄金聖衣頭部パーツの角をへし折った。

 ……たかだか角一本、などと思う者はこの場にはいまい。黄金聖衣を傷つける。それは星矢の実力がすでに青銅の域を超えている、ということを示していた。

 金牛宮での成長も、無事成されたようだな。

 

 どうやらアルデバラン殿は「角を折れたら敗北を認める」と星矢と約束していたらしく、呵々大笑すると気持ちの良い態度で星矢たちが金牛宮を通過する事を許可した。番人の役割を果たすものとしては褒められたことではないが、これは彼の柔軟性を表している。……きっとアルデバラン殿も、迷っているのだろうな。以前から噂がなかったわけではないが、魔鈴に聞いたところここ最近で特に教皇への不信感を抱く者が増えたらしい。となれば、教皇に近しい黄金聖闘士がそれを察しないわけがないのだ。聖域および女神への忠誠ゆえに、その狭間で動けないのもまた事実だろうが。

 

(でも、はて。ここ最近で……?)

 

 はたと、思い至る。

 サガは一見隙が無いように見えて、二重人格ゆえにその入れ替わりや悪の心を封じる際に隙が生じる。その隙を目撃してしまう可能性が一番高いのが教皇の側近や世話係の雑兵であるが、いくらなんでも正体を見た相手を殺めた後に適当に野ざらしにするのは処理が雑過ぎないだろうか。一度ならばともかく、それが何度も重なれば誰が疑われるかなどわかりきったこと。アナザーディメンションという、言ってしまえばどこでもゴミ箱があるのに何故……。………………。

 

 いや、それだな。

 

 アナザーディメンションだな。

 

 敵をどことも知れぬ異次元へと吸い込むアナザーディメンションは双子座の黄金聖闘士、サガの技の一つ。しかしこの十二宮の戦いにおいて、その技は必殺となりえない。何故なら完ぺきに技にはめて異次元へ葬ったと思った相手が、まさかの近場……十二宮内へ出てくるからだ。

 誰だったかはよく思い出せないが、おそらく次の宮でおこる出来事。倒したつもりが上の宮へのワープ装置代わりになってしまうところに、サガの運のなさがうかがえる。といっても、本来一丸となって進まねばならない星矢たちを分断したという点では戦略としての脅威だが。

 そして本当に推測なのだが……。サガは始末した相手を、気づかれないようにアナザーディメンションで処理したはずだ。そして本当の本当におそらくだが、そのことごとくが聖域内に異次元の出口が現れてしまったのでは……?

 

 …………いや、やめよう。この推測が当たっていたとしても亡くなった者を悼むべきであり、黒幕兼被害者を憐れむのは違う。断じて違う。だから私よ、「今どれだけ抜け毛が増えているんだ?」と考えるのはやめろ。この次は直接奴がいないにしても当事者の宮だぞ。余計なことを考えるな。だからやめろ。ここ最近と聞いて「書類仕事を振れる相手が減ってストレスが増えた結果、失敗が重なったのか?」などという推測まで引っ張り出すんじゃない。敵への憐れみなど不要だ!!

 

「では、女神よ。アルデバランへの説明は同じ黄金聖闘士のムウ殿に任せて先へ進みましょう」

 

 ぶんぶんと頭を振ると、気を取り直して沙織ちゃんを促す。説明役をふられたムウ殿は「仕方がありませんね」と言いながらも、説明役を快く引き受けてくれた。多分それが一番早いと理解しているのだろう。アイオロスだと説明することが増えてややこしいからな。オルフェでもよいのだが、同格かつ知恵者のムウ殿がやはり適任だ。

 

 そのあと「おい、ちょっと待、なんだゾロゾロと!?」と、いきなりの大人数で横を素通りしようとする私たちに当然待ったをかけようとしたアルデバラン殿をムウ殿に任せ次の宮……双児宮へ。

 

 

 さあ、ここからは星矢たちが分断される可能性が出てくる。そうなれば、当然私たちも複数に分かれなければならない。正念場だ。

 

「絶対に見失うなよ」

「そっちこそ」

 

 私とアイオロスは、互いに背中に張り手を食らわせ気合を入れた。ただその視線は、ひたすらに前へ。

 

 

 

「絶対に、誰も死なせんさ」

 

 

 

 

 

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