金牛宮の次に向かった先は三つ目の宮、双児宮。……本来ならば
といっても星矢たちをただでは通す気がないのか、双児宮は現在サガの小宇宙に満たされているわけだが。まったく、遠い場所から器用なことをするものだ。
「どうやらサガの意識は完全に星矢たちに向いているようだな。これなら俺たちが入っても気づかれることはあるまい」
アイオロスの言葉に頷くが、ふとあることに気付いて目を見開く。
「全員、伏せぇぇッ!!」
突然の私の大声に驚きつつも、すぐにその理由に気付いたのか全員がその身を地に伏せ階段の石に体を張り付けた。
ちなみに私は沙織ちゃんを背負ったままなので、私と沙織ちゃんで二段重ねの餅のようになっている。女神を地につけるわけにはいかないからな。
そして身を伏せてから、しばらく。
「出たぞ!」
「……いや待て。ここは元の場所だ!!」
双児宮の入り口からは、先ほど元気に中へ駆けて行った星矢たちがその勢いのままに飛び出してきた。会話の内容から、サガが何をしたのかは一目瞭然。幻覚を使い星矢達を宮の中でUターンさせたのだろう。
サガの小宇宙により星矢たちの小宇宙が覆われ気付きにくくなってはいたが、それでも早めに感づけて良かった。でなければ私たちは戻ってきた星矢たちと鉢合わせだ。宮の中ならともかく、この階段あたりだと身を隠せる場所が無いからな……。階段に伏せている現状なら、上からはギリギリ死角となって見えないだろう。ギリギリ。……傍から見たら間抜けなことこの上ないが、仕方があるまい。
そして星矢たちが再び中へ入って行ったのを見届けると、体についた埃を払いながら身を起こす。
「
「いいえ、気になさらないでください。不謹慎ですが、スリルがあってちょっと楽しかったですよ」
悪戯っぽく笑う沙織ちゃんにほっとしつつ、双児宮へと目を向けるとアイオロスに声をかけた。
「おそらくここから、サガは星矢たちの分断にかかってくるぞ。奴が直接手を出せるポイントはここしかないからな」
「ああ。となれば、我々も分かれるしかあるまい。……どうする?」
「私は……出来れば紫龍が居る方を追わせてもらいたいのだが……」
歯切れが悪くなるのは、これが完全に私情だからだ。
それでもばつの悪さを感じてしまい、うつむき気味に視線を合わせられずにいると……バシッと頭を叩かれた。
「痛ッ!?」
「もとより承知だ、気にするな」
「……すまん」
相変わらずのからっとした笑顔に、思わず苦笑した。一番事情をよくわかってくれている男に、無用の気遣いをさせてしまったようだ。
「では女神よ、ここから二手に分かれますが……貴女様はアイオロスと一緒に行かれたほうがよいでしょう」
「いいえ、リュサ……リューゼ。わたしはこのままあなたと一緒に行きます」
思いがけず一緒に来ると言われてしまい、少々困った。私もそこそこ強いとは思うが、黄金聖闘士であるアイオロスと比べればどうあがいても見劣りする。この二択ならば、アイオロスこそ女神の護衛に適任のはずだ。
「ですが……その、よろしいのですか? 黄金聖闘士であるアイオロスの方が、護衛にふさわしいと思いますが」
「……駄目、ですか?」
「う……!」
どういった理由で私の方についてくると言ったのか。それを問う前に上目遣いで小首を傾げるなどという技を使ってきた……だと!? け、けしからん。そんな愛らしい仕草をどこで覚えてきたのだこのお方は! 我が妻もたまに使ってきたが、どんな願いも聞いてしまいたくなる魔性の技ではないか……! 既婚者の私だったからいいものの、そこらの男ならコロッといくぞコロッと! それはそんな軽率に出していい技ではない!
「あ~、ゴホン! 女神よ、あまり男の前でそのような愛らしい仕草をですね……」
「ではオルフェ、お前もリュサンドロスと共に行動してくれ。女神をお守りするのだ」
「構わないが……。アイオロス殿、貴方は一人でいいのか?」
「問題ない。これでも、元黄金聖闘士なんでな」
「………………」
私が女神にお小言を言う前に何やらアイオロスがさくさくと進め始めた。ああ、いや時間がないことは分かっているのだが……。なんだこのやり場のない虚しさのような感情は。いや、時間がないのだ。ここはアイオロスへの感謝にとどめて口を噤もう。
胸を叩いて「任せろ!」とオルフェに示して見せるアイオロスの姿は堂々としていて頼もしい。しばらく彼一人の行動となるかもしれないので申し訳ないが、そこは友を信じよう。
……そうなると、後から追ってくるだろうムウ殿はどちらに来るだろうか。普通に考えたら女神をお守りする戦力としてこちらに来るだろうが、ムウ殿はあれで女神にも厳しい一面があるからな。シビアに人数を均等にするという意味で、アイオロス側に向かうかもしれない。戦力的には黄金×二となるので偏るが、こちらには黄金と同等の実力を誇るオルフェがいるしな。戦力を抜きにしても能力的なバランスを考えると、救命という目的において攻撃以外にも多彩な技をもつムウ殿はアイオロス側に行ってくれた方が良い。……まあ実際に二手に分かれるかはまだ分らぬし、その時の判断は切れ者のムウ殿本人に委ねるべきだろう。
そういえばアルデバラン殿だが、実は彼がムウ殿と一緒に登ってくる事は期待していない。それはアルデバラン殿を信用していないからではなく、その逆だ。信頼するがゆえに、彼は来ないだろうと思っている。
いくら教皇が悪と分かったところで、それと宮の守護とは話が別なのだ。本来十二宮は外敵を迎え撃ちアテナをお守りするためのもの。……原作では無かったが、このタイミングで海界勢力が攻めてきていたっておかしくはなかったはず。まだポセイドンの依り代であるジュリアン・ソロはポセイドンとして覚醒していないだろうが、それでもすでに
現状では他の宮がどれだけ防壁としての役割を果たすか怪しいだけに、アルデバラン殿こそが最初で最後の十二宮の番人と言っても過言ではないのだ。守るべき本物の女神が上階へ歩を進めていると知ればなおのこと、持ち場を離れることはできないだろう。
彼は守護という面において、物語の中でも一番の役割を果たしていた傑物なのだから。
さて、分かれた場合の方針も決まったことだし私たちも中へ……。
「ストリンガーフィーネ!!」
「「おぶふぁ!?」」
行こうと思ったらオルフェに琴の糸でアイオロスと二人して転ばされた。沙織ちゃんはいつの間にかオルフェに連れられ、私たちより下の段で身をかがめている。
「出たーーーー!!」
何をすると問う前に、星矢たちが再び双児宮から出てきたことで危なかったと冷や汗を垂らした。ううむ……いち早くそれを察知し、私だけでなく黄金聖闘士たるアイオロスまで容易く転ばせるとはオルフェ、流石は伝説の聖闘士と呼ばれた男よ……。
それにしても、サガめ器用なことを。どうやら青銅達の会話を聞く限り、現在の星矢達には双児宮が二つあるように見えているようだ。サガの幻覚の対象になっていない私たちにしてみれば双児宮は相変わらずひとつしかないため、堂々巡りを打破するため別々の双児宮に入っていった……らしい星矢たちを追うのは容易い。彼らは仲間たちを遠く離れたように思うだろうが、私たちには彼らが2メートルほど間をあけて並走しているようにしか見えないからだ。
しかしサガの強烈な小宇宙を感じるに、対象となっている星矢達は幻覚だけでなく実際に異次元を彷徨わされているのかもしれんな。
そしてどうやらサガは片方ずつ始末することに決めたのか、双子座の聖衣を操り先に
その後出口付近まで来た星矢と紫龍だったが、どうやらまた幻覚で惑わされているのか数十分ほど出口の前でぐるぐると円を描きながら走りまわっていた。そして止まったかと思えば「紫龍、どうやらこいつが双子座の聖闘士らしい」などと言い始めたので、今度は彼らの前に幻影の双子座の聖闘士が立ちふさがっているのだろう。
……非常に申し訳ないのだが、あれだな。幻覚に惑わされている者をしらふで遠くから見ていると、シュールだな。
しかし流石というか、その幻影は打ち破られた。現在失明している紫龍が、心の目でもって真実を見抜いたのだ!
(流石だぞ紫龍! それでこそシュラに聖剣を託される予定の男!)
まあ託されようともシュラは死なせんが! ……シュラを助けるのは大前提として、どうにか
まあダメだったとしても、シュラはきっと紫龍の事を気に入るだろう。のちのち弟子として指導し、正規の手段で技を伝授してもよいのだ。そのためにもまず生き残ることこそ重要である。
「さて、その前に他の奴らだな。……次は巨蟹宮か」
思わず独り言をこぼすと、おんぶしている沙織ちゃんが話しかけてきた。
「次の宮に、何か嫌なことでも?」
「ああ、すみません。声色に出てしまいましたか」
む、いらぬ心配をかけてしまったか。申し訳ないことをした。
……しかしなぁ、次の宮は宮の主含めて、あまり沙織ちゃんに見せたくないな。教育に悪い。
個人的に鬱憤がたまっている相手でもあるから、助けないといけないと分かりつつも若干気が進まないしな……いや助けるが。
(まあ、仕方がない。適当にさくっと助けてやるか)
気を引き締めねばならぬというのにこのような適当な考え不謹慎だが、この際だ。聖衣強制脱衣という恥ずかしい場面、しかとこの目に焼き付けてやるからなデスマスクよ!! ついでにカメラにも焼きつけといてやるわ!! お前のためにわざわざ持ってきてやったのだ。ありがたく思うがいい!
私はこれまた不謹慎にもにやついてくる口の端を抓ると、沙織ちゃん、オルフェと共に第四の宮。巨蟹宮へと向かうのだった。