尻ぬぐいのエリダヌス~駆け抜けて聖戦~   作:丸焼きどらごん

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回想録4:蟹と二度目の初対面

 古参聖闘士リュサンドロスでなく、リューゼという新米エリダヌス星座の聖闘士として実力をつける。それはいくら努力したところで簡単なものではなく、私は改めて身に受けた呪いの厄介さを思い知っていた。

 呪いのせいもあるが、単純に女と男の体が違いすぎるのだ。前世を含めれば半世紀以上を男として過ごしてきた私にとって、その違和感は早々にぬぐい切れるものではない。しかしそれでも、息子に向けられた怒りとも軽蔑ともとれる憎悪の瞳が忘れられず、これまで白銀聖闘士として生きてきた中でも無かったくらい必死に鍛錬に打ち込んだ。

 そしてなんとか白銀として再びエリダヌス星座の聖衣を手にすることとなったのだが……。

 

 二度目の奴との任務時初対面は、とにかく最悪だった。

 

「待て待て待て貴様ぁぁぁぁ!! なんの、ために、私が、補佐に、来ていると!!」

 

 薙ぎ払われるように一気に周囲へと広がった死の気配に、私は腕に抱えた一般人をその効果範囲内から無理やり遠ざける。思いっきり投げてしまったが、まあ少し怪我をする程度ですむだろう。

 

「フンッ、白銀ごときがオレに指図するか」

 

 偉そうに、そしてこちらを見下すように鼻で笑う男は蟹星座(キャンサー)黄金聖闘士(ゴールドセイント)、デスマスクと呼ばれる男だ。ちなみにこの子はシュラと同い年である。

 

 現在私は黄金聖闘士の補佐としての任務を受けこの場に居る。が、何故私は味方からの攻撃で逃げ惑っているのだ!!

 

 

 

 

 

 

 私はデスマスクが聖域(サンクチュアリ)に来た経緯を知らない。というか、他の者もほとんど知らんが。

 

 ……昔ほど周囲に興味が無いわけではないが、聖域に来る聖闘士候補生のほとんどに親がいないところから、過去はあまりほじくり返してよいものではないとも思ったのだ。その代わり、戦いばかりの過酷な道とはいえ……聖域で友が出来ればよいと心のどこかで願うようになっていた。これは我が妻アナスタシアと出会ってからの心の変化が大きいが、一応私にも友と呼べる存在はいたのだ。みな先に逝ってしまったが、彼らも地に足つかない私を繋ぎとめてくれていた大事な者たちだった。

 そのため最初に教皇の命があったからとはいえ、以前の私の行動、聖闘士や聖闘士候補生の補助が役に立っていたなら今の私の心は少し救われる。

 

 おっと、思考が逸れた。

 まあ生い立ち諸々知らないデスマスクであるのだが、私が男だった頃……リュサンドロスとして聖闘士候補生の補助にあたっていたころから何かと相性が悪い。ある意味良いとも言えるのだが、良い方に作用したことがないのでやはり悪いのだろう。我ながら言っていることがよく分からんが。

 

 デスマスクは要領が良かったが、常にどこか周囲に一線引いていた。

 それは他の者にも多かれ少なかれ言えたことだが、彼の場合は壁を作るわけでなく、引いた線から一歩、二歩、三歩……後ろに下がった位置で、自分を含めて観察しているような子供だったのだ。その視線はひどく乾いて冷めたものであり、どことなく無関心だったころの自分に重なって見えたのをよく覚えている。

 デスマスクという通り名がつくまで、誰も彼の名を知らなかったのも異様だろう。私も名を問うたことがあったが、「お前とか、どうとでも呼びようはあるでしょう。適当に呼んでくださいよ」などと返された。……訓練を抜け出すことも多い子で、探しに行ったとき墓場で「ここが落ち着く」とでも言いたげに寝転がって空を見上げていたのは印象的だったな、そういえば。訓練をさぼっても後れを取らない器用さが小憎たらしかったが。

 

 そしてその乾いた空虚な心を埋めるかのように、黄金聖闘士となり任務をこなしだした彼のやり方は苛烈だった。

 無関係な周囲を巻き込むこともいとわない、力こそ正義とばかりの信念。デスマスクはそれを己の体に刻むように、否、その信念を己の芯となるべき金属とし、熱し叩いて鍛えているようだった。……私にはそう見えたのだ。

 一見歪んで見えてあまりにも純粋に自らを鍛え上げるその様は、諦念に支配されていた私とは真逆のもの。私は彼のやり方に眉を顰めつつも、似ていると思ったからこそ憧憬も抱いた。似ているのに、自分で地に足をつけた彼に。

 

 まあそんな主観はともかく、ある種の同族嫌悪なのか嫉妬なのか、どうも相性が悪かったのが私達だ。

 補佐として回る時いちいちやり方に小言を言う私をデスマスクは疎ましく思っていただろうし、私はやり方はどうあれ乾きを自分で克服し好きにやるデスマスクがなんとなく気に食わなかった。大きな衝突こそなかったが、互いに好ましい相手ではなかったのである。

 

 

 そして私が女になりこれまでの関りがリセットされたところで、関係はあまり変わらない。

 

 むしろ古参聖闘士としての立場がなくなった今、なめられて悪化したと言える。

 

 

「デスマスク殿! 効率重視も結構だが、もう少し周囲に気を配ってはいかがか! 子供もいたのですよ!」

 

 今回私はデスマスクの補佐として派遣されたわけだが、いざ来てみると予想はしていたが案の定というか……。戦いのためのサポートでなく、被害を拡散させないための補佐だった。ついでに言えば後片付けも任務に入っているのだろう。

 

「知った事か。これも悪を倒すためと思えば、ささいなことだろう?」

 

 私の言葉などどこ吹く風、肩をすくめてこちらを馬鹿にするような仕草までセットという丁寧具合だ。いらんわそんな丁寧さ。

 

 確かに今回の任務、少々難しいものだった。デスマスクのおかげですぐに事態は収束したが、なんでも古の呪物を破壊したことが原因だかで蔓延した呪いによって、住民が次々に死霊に取りつかれ化け物と化していたようだ。そのさまは、正に地獄絵図。デスマスクの積尸気冥界波で死霊もろとも冥界に叩き落さなければ、被害は拡大していたことだろう。

 だがそれはそれ。これはこれ。

 まだ被害にあわず健常だった者まで巻き込んだことは看過できない。未熟だった昔ならばともかく、成長し更なる強さを得た今の彼なら余裕をもって避けられたことだからだ。

 

「……師匠が師匠なら、その弟子もやかましいな。鬱陶しいものだ」

「鬱陶しい……だと?」

 

 ピクリとこめかみがひくつく。おいお前、私がリュサンドロスの時に何回後始末してやったと……。今回だとて私自身が積尸気冥界波に撃たれそうになりながら、それをかいくぐってどれだけ走ったと思っているのだ。敵を避け、一般人を回収したうえでだぞ。しかもこの後その生き残りに対して隠蔽工作もせねばならん。一応助けた側であるのに、逆に死霊を操っただとか誤解されたり家族を殺されたとかで恨まれては敵わんからな。

 

「クックック。死んだ師匠をけなされ一丁前に怒ったか? 新人」

「……別に怒ってなどいません」

 

 煽るような言い方をするデスマスクに、いや私の方が大人なのだからと我慢する。だが何が気に食わないのか、デスマスクはなおも言葉を重ねた。

 

「ほう? ……それにしても、貴様の仮面はずいぶんと半端だな」

 

 なんだか絡む方向変えてきたな!?

 確かに私の仮面……女聖闘士がつけるべき仮面のデザインは奇妙だろう。通常は顔の全面を覆うが、私のは鼻まで。半分だ。これにはあくまで自分は男であるとひっそり主張する目的と、単純に飯が食いにくいという理由がある。

 しかしそれをわざわざこいつにとやかく言われる筋合いはないため、自然と棘のある声が出た。

 

「それが何か?」

「なに、女を捨てた女聖闘士でありながら、捨てきれていない軟弱者の証拠かと思ってな」

 

 言うなりいきなり硬い手で荒く顎を掴まれ、顔を仰向かされた。

 

「ぐ!?」

 

 何をする。そう言う前に、先ほどの飄々とした態度から一転。非常に忌々しそうな、怒りを露わにしたデスマスクの顔がすぐそばにあった。なんだこいつ、情緒不安定か?

 

「そのような弱者が、このデスマスクに意見するなど百年早い! 身の程を知れ!」

「はああ!?」

 

 弱者と罵られ怒鳴られ、それをきっかけにリューゼとして初めて聖域に来た時……息子に「父の後継として認めない」と言われた時のことを一気に思い出した。私にとって、非常に悲しく苦しい記憶だ。

 そのトラウマが私の沸点を一気に下げさせ……爆ぜる。

 

 私はデスマスクの手を振り払うと、逆にその胸倉を掴んで引き寄せた。

 

「貴様にこの仮面についてとやかく言われる筋合いは無いわ! 教皇にも許可は頂いている! それに、聞き捨てならんなぁ! 弱者? ああ、弱者だとも! 今はまだ! しかし私は常に黄金をいつか超える覚悟でもって鍛錬している! だから軟弱者と言われては黙ってられん!」

「はっ! このデスマスクに吠えたことは褒めてやろう。だが唾を飛ばすな! 汚いぞ! それに手を放せ無礼な奴め!」

「無礼は貴様だろう! それに黄金様なら私ごときの腕、さっさと振り払えばよろしい!」

 

 しかし私にそう言われても、デスマスクは振り払わない。……これがガンの飛ばしあいだということを理解したのだろう。

 現在私とデスマスクは仮面越しとはいえ真正面から相手の目を睨みつけている。この場合先にそらした方が敗者だ。何の敗者かなど当事者である私たちでさえ知らないが、ただ先に目をそらした方が格好悪い。そんな空気が、今この場にはある。ゆえに私はその挑戦受け取ったと、舌戦へと移行した。

 

「どうせだから今一度言わせてもらうが、きさ……ゴホン。貴方はもう少し周囲への配慮を考えてはいかがか! 補佐する身にもなっていただきたいものだ!」

「はっ、今更多少言葉遣いを取り繕っても滑稽なだけだぞ尻ぬぐいのエリダヌス!」

「その呼び名はやめろ! 馬鹿な、黄金にまで広まっているのか!?」

「ああ。まったく、後始末が得意な貴様にちょうどいいあだ名をつけられたもんだな? たしか、日本人の聖闘士候補生が言っていたのだったか」

「ぅぐっ」

 

 胸倉を掴まれているお返しとばかりに、片手で両ほほをつぶすように掴まれる。しかしこの程度で黙らんぞ私は! この際だ。以前から貯めていた不満をぶつけさせてもらおうか!!

 ……ちなみに何故日本語である尻ぬぐいなどという呼び名で呼ばれているかというと、聖闘士星矢が主人公、星矢が原因だったりする。というか、魔鈴……か? そんな言葉を教えたのは。私はよく魔鈴に世話になっているものだから自然と弟子である星矢に会うことも多かったのだが、ある日言われたのだ。

 

『リューゼさんって、いつも誰かの尻ぬぐいしてるよな。疲れないの?』

 

 と。

 

 

 星矢よ……その気遣いは嬉しかったが、結果的に私は今猛烈に羞恥心を感じる羽目になっているのだがどうしてくれる。

 

 いや、今はもうそれは置いておこう。

 

「〜〜〜〜! そんな事よりも、貴方の仕事の仕方ですよ! 話を逸らさないでもらおうか! いいですか? 力こそ正義、その考えもまあいいでしょう。だが避けられる実力がありながら面倒臭がってやらないのは怠惰でしかないだろう! 雑なんですよ仕事が! 雑!!!!」

 

 雑、という部分に最大限力を込めて言ってやった。これで人の命がかかっていなければ、まだ話は別なんだがな!

 

「言ってくれるじゃねーか! そんな口を聞いてタダで済むとでも思っているのか!?」

「ああ、やだやだ小物っぽいなぁ言うことが! これが黄金聖闘士とは嘆かわしい!」

「弱いくせに口ばかり回る奴よりはマシだろう!」

「申し訳ない! 何分まだ弱者でしてね! そうだ、この際だから聞きますけど巨蟹宮のあの悪趣味な床や壁や天井、あれあのままでいいんですか? あれ貴方、普通に呪われてるだけでしょう! 恐ろしげな事言って自分の力を誇示するために使っているようだが、成仏できない魂が周りに溜まってるって、単純に呪われてるだけでしょう!! 自分で出来ないなら、シャカ殿に頼んで一掃されてはどうか! きっと清々して、その小物っぽい性格も少しは改善されるかもしれませんぞ!」

「言わせておけば……! ……いや待て、何故貴様ごときが巨蟹宮の中を知っている」

「師匠に聞きました! ちなみに師匠も同じことを言われていた!」

「あんのクソ親父……!」

「おい貴様誰がクソ親父だ」

 

 

 

 

 ……とまあこんな事があってから、私とデスマスクは会えば常に嫌味は言い合うようになってしまった。自重を忘れた自分が情けないが、過ぎてしまったものは仕方がない。

 

 ……だが!!

 

 嫌味程度甘んじて受け入れてやるが、任務が重なるごとにわざわざ仕事を増やして嫌がらせしてくるのはどうにかならんのかあの男! くそっ、万が一シュラに何か言われたらと思うと手も抜けん! 忌々しい!!

 件の最初の補佐任務の時、最終的に掴みあいになりうっかり今の実力も忘れて瞬殺されたのも気にくわない。もとより強くならねばならないが、一層モチベーションが増したぞ。

 

 白銀聖闘士リュサンドロス改めリューゼ。いつかあの小僧に一発叩き込んでくれるわ!!

 

 

 

 

 …………今度アイオロス殿に愚痴を聞いてもらおう。

 

 

 

 

 

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