尻ぬぐいのエリダヌス~駆け抜けて聖戦~   作:丸焼きどらごん

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17,教皇宮での邂逅

 これはドラゴン紫龍が巨蟹宮にて蟹星座(キャンサー)のデスマスクに勝利する少し前の事。

 

 アンドロメダ瞬は困惑していた。それが何故かと言えば、正体不明の双子座(ジェミニ)の聖闘士に攻撃するべく異次元へと向けて放ったチェーン……敵を見つけ出し攻撃する性能を備えた(スクエア)チェーンが、何故か不審者を吊り上げたからだ。

 

(妙に重いと思ったら……)

 

 最初その者こそが双子座の聖闘士かと身構えたが、どうにも様子がおかしい。異次元から出てくるなり着こんでいたシャツを脱ぎ顔に巻き付けるという不審極まりない行動に加え、まったく敵意が無いのだ。証拠に角チェーンは不審者を吊り上げはしたものの、現在反応をまったくみせていない。これは瞬が感じているだけでなく、アンドロメダ聖衣もこの不審者に敵意を見出していないということだ。

 

「あー、ごほんっ! 助かったぞ! 異次元を彷徨っていたところに偶然このチェーンが現れてな! 脱出のために掴ませてもらった!」

「は、はあ。ということは、まさかあなたも双子座の聖闘士に……?」

「まあ、そんなところだ」

 

 シャツで顔を隠しているためどんな顔をしているかは分からないが、声は快活で嫌味が無い。話している内容は胡散臭いが。

 

(飛ばされた異次元で、偶然……?)

 

 流石にその話を鵜呑みにすることは出来ない。だが男の鍛え抜かれた体躯を見るに、聖闘士かは分からないが戦う者ではあるようだ。もしや自分たちと同じように教皇に不信を抱き、十二宮に挑んた者が他にもいた、ということだろうか。

 疑念を抱く瞬に、男は驚くべきことを言う。

 

「そういえば白鳥座(キグナス)の聖闘士が私と同じく異次元を彷徨っていたから、先に出しておいたぞ」

「氷河を!? ……いやでも、あなた僕のチェーンに掴ったから脱出できたんですよね? なのに他の人間を、どうやって?」

「なに、白鳥座を呼び寄せるような小宇宙を感じたのでな。出口が十二宮だったから、そこに投げ飛ばしてやったまでよ」

 

 答えになっているような、なっていないような。色々気になることはあるが、まずは根本的なことを確認しなければならない。

 瞬は二本のチェーンを構えて男を見据えた。

 

「…………あなたは、何者ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、どうしたものかな)

 

 アイオロスは油断なくこちらの一挙手一投足を見逃すまいと緊張しているアンドロメダの聖闘士、瞬を見る。少女のような顔立ちだがその表情はまさしく戦士。本人の芯の強さが伺える、良い眼だ。

 

 なぜアンドロメダ瞬と白鳥座氷河を陰から見守っていたアイオロスがこうして表に出てくることになってしまったかというと、原因はサガの必殺技アナザーディメンションにある。

 

 基本的に今回自分たちはエリダヌス星座のリュサンドロスが有する、未来の情報をもとに行動している。だがその情報を知る者は本人含めて全員が、それを本当の意味で信用しているわけではない。

 なにしろリュサンドロスの前世が由来だという情報はひどく断片的で曖昧、詳しく覚えているかと思えば大事なことを忘れている。つい先ほど十二宮を上る前も、オルフェがいなければダイダロスが自分たちのあずかり知らぬ場面で死んでいたかもしれないと肝を冷やしたばかりだ。ゆえにその厄介なほどに断片的で曖昧……だが的確に未来をなぞる、わずかな情報を頼りに各自が臨機応変に動くことが最重要。そのためアイオロスは先に可能性として聞いていたものの、氷河が異次元の闇に吸い込まれるのを黙って見過ごすことが出来なかったのだ。もしどうせ戻ってくるだろうと見過ごして、異次元の塵と消えましたでは洒落にならない。

 アイオロスは瞬がアンドロメダチェーンに助けられ持ちこたえるのを見ると、すぐさま気配を絶ち氷河を追って異次元空間に飛び込んだ。

 幸いすぐ追ったからか、氷河は発見することができた。更に都合の良いことに異次元の壁を越えて、氷河を引き寄せようとする思念を見つける。

 

(これは、カミュか。なるほど、私が要らぬ世話を焼かなくても氷河はきっと異次元を抜け出せていたな……)

 

 アイオロスは納得したように頷くと、せめて手助けくらいしてやろうと異次元空間に翻弄される氷河の肉体を引き寄せ……おそらくカミュが待ち構えているであろう、十二宮へと続く異次元の裂け目へと空間の法則を無視して投げ飛ばした。氷河はこれで抜け出た先で師と対峙することになるだろうが、呼ばれているのは氷河だけ。今は共に時空を抜け出すことが出来ないため、ここはなんとか頑張ってもらうしかあるまい。一応、一度目の邂逅ではどちらかが死ぬことは無く氷河が氷漬けになるだけだと聞いている。異次元の塵になるよりは氷漬けの方がましだろう。

 

「!? あなたは、アイオリア……!? いや、違う。この小宇宙は……!」

 

 投げ飛ばされる直前、アイオロスの小宇宙に保護された氷河が目を見開く。だがそれもすぐに次元の狭間に消えていった。今頃カミュが待つ十二宮のどこかに放り出されていることだろう。

 

「さて、何処に出るか」

 

 一仕事終えたとばかりに一息ついたアイオロスは、うねり逆巻き流れ停止する、全ての感覚が狂ってしまいそうな異次元空間でも腕を組んで泰然としている。かつてのアイオロスならば彼とてこのアナザーディメンションに抗うのは難しかっただろう。だが十三年間、使命を胸に鍛え上げたアイオロスにとってこの空間はさざ波のようだ。受け入れて流し、帰るための(しるべ)を見失わないかぎり恐れることは無い。

 ただ元の場所に狙って戻ることは難しい。聖域という大きな範囲でならすぐにも可能なのだが、ピンポイントで双児宮……もしくは氷河が出た場所に出るとなると調整が必要だ。

 

 そんな時だ。都合よくアンドロメダチェーンが異次元空間に割りいってきたのは。

 

 「おお、よいところに! 氷河を探しに来たのか?」

 

 つい反射的に掴んでしまったアイオロスだが、掴んでからチェーンに攻撃の意志を感じ、はてと「いや、このチェーンはサガの所に行こうとしているのではないか?」と思い至った。後の祭りである。

 そして迷宮を作り出す双子座の聖闘士を追って空間を割いていくチェーンに連れられ、出た先は教皇宮。

 

 ……目の前にはかつて別れた友の姿があった。

 

「ば、馬鹿な! 次元の空間を飛び越えてこの私の体に直接攻撃してくると……は……」

 

 チェーンの先端にある(スクエア)に教皇の衣装である仮面とロザリオを落とされた男は狼狽するように立ち上がるが、その瞳は……かつては清らかな天上のごとき碧(ヘブンリーブルー)だった色は、血のように赤く塗りつぶされていた。黄金の髪も闇を凝らせたような漆黒に染まっている。顔こそ同じだが、そこにかつて神のような男だと言われた聖闘士の面影は無かった。

 

「貴様は……!? 馬鹿な、お前は、死んだはず……!」

(……う~む……しまった……。氷河を異次元から十二宮に戻してやるまでは良かったんだが……)

 

 現在アイオロスは変装のためのサングラスを沙織に貸し出しているため、顔を隠していない。奇しくも仮面を落とされたことで、互いに姿を偽ることなく十三年の時を超え……再び相まみえたのである。

 とはいえ、時間がない。アイオロスはとっさに主人のもとに戻ろうとするチェーンを握って抑えていたが、このままでは逆に瞬が異次元に落ちてしまう。すぐに戻る力に任せ、自身も離脱を図らねば。

 

(それにしても、これが裏の人格か。以前はこちらも余裕が無かったが、実際に見てみると……ふむ、なるほどな。これはリュサンドロスの憶測も、間違ってはいないかもしれん)

 

 冷静にサガを観察しながらも、アイオロスはこの場をごまかすために芝居を一つ打つことにする。この場で自分が生きていることがバレるのは、流石にまずい。

 

 アイオロスは出来るだけ生身の気配を消し、自身を包み込むように黄金の小宇宙を揺らめかせ纏う。それに呼応したのか、飛行機内で待機していた射手座の聖衣が空気を読んで十二宮に飛んできたようだ。

 瞬間、十三年ぶりに全ての黄金聖衣が十二宮でそろい聖衣が呼び合うかのように共鳴し合う。当然それを双子座の黄金聖闘士たるサガも感じ取るので、演出としてはバッチリである。

 

「ば、馬鹿な……! 射手座(サジタリアス)の聖衣が、十三年ぶりにこの聖域に戻ってきたというのか!?」

 

 アイオロスが「よくやったぞ、射手座聖衣よ!」と心の中で射手座聖衣に向かってサムズアップした。そして微妙に声色を変え、サガに語り掛ける。

 

『サガよ、時は来た。真の女神(アテナ)の聖闘士が、いずれここへたどり着くだろう……』

「ぐ……く! 貴様、やめろ、出てくるな!」

『ど、どうかしたか?』

「ぐ……あ……! アイオロス、本当に、アイオロスなのか……!? わた、私は……! ぐうぅ……!」

 

 急に苦しみだしたサガは、よく見れば髪の色が黄金に戻りかけている。瞳も片目だけもとの色に戻っていた。どうやら第二人格を押しのけて、本来のサガが出てきているようだ。

 アイオロスは思わず演技を忘れて駆け寄りたい衝動にかられたが、ぐっと堪えて言葉を続ける。今の自分は青銅達を見守るアイオロスの魂のていで話しかけているのだ。日本で入手した私服のままのため違和感がすごいが、そこは雰囲気と射手座聖衣の演出でごり押して誤魔化すつもりである。なかなかに強引な男だが、人格の狭間で揺れる苦しみのせいなのか今のところサガはその雰囲気にのまれているようだ。

 

『……ッ! サガよ、安心しろ。いずれその悪はこのアイオロスの後継者たる男が打ち砕いてくれる。そして、お前は戻ってこい! 今度こそ、お前が信じる愛と勇気、正義でもって導くのだ』

「私に、そんな資格は……!」

『贖罪の念を抱くなら、それを力に変えて見せろ! かつて私が認めた男はそんな軟弱者だったのか!?』

「う、ううう……! ぐ、くぁ! え、ええい……! 忌々しい、魂の残滓めが……!」

 

 再び苦しみだしたサガ。第二人格が元のサガを飲み込もうとしているようだが……潮時を感じチェーンに掴りアイオロスがこの場を去ろうとした時だ。

 

 サガの手が、アイオロスにのばされた。

 助けを求めるものではない。それは…………まるで何かを掴みたいかのようで。

 

 

「アイオロス、私は……!」

 

 

 その言葉を耳に、アイオロスは教皇宮から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあり双児宮に戻ってきたはいいが、流石にもうアイオロスの魂のふり作戦は出来まいと、瞬に顔を見られる前にとっさにシャツを脱いで顔を隠した。

 だがそうして出来上がったのは何処に出しても恥ずかしくない不審者である。何者かと問われ、思いつく言葉が出てこない。

 

 ただ一つ、言えることがあるならば。

 

「私は味方だ」

「信じられません」

 

 バッサリと切られた。アイオロスは落ち込んだ。

 

「……あなたから敵意を感じないのは認めましょう。だからといって、信じられるかどうかは話が別です。氷河を助けてくれたことには、お礼を言いたいけど……。せめて顔を見せたらどうですか?」

 

 もっともである。

 

 だがここで馬鹿正直に話すことも出来ず、悩んだ末にアイオロスは……。

 

「うぶっ!?」

「すまんな、さらばだ! またいずれ会おう!」

 

 …………………………………………黄金の光をも超える速度でもって瞬に自身のシャツを巻き付け視界を奪うと、何食わぬ顔で気配を消して物陰に隠れた。

 

 

「な、なんだったんだ!? いったい! ……いや、こんなことで時間を食ってる場合じゃなかった。先に進まないと」

 

 

 アイオロスのシャツを床に叩きつけた瞬は腑に落ちない顔をしながらも、迷宮が晴れた双児宮を抜けていく。アイオロスもまた、そのあとを追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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