結果的に言えば、カシオスは死ななかった。
当然だ。私は以前
サガの幻朧魔皇拳にかけられた者は誰かの死を見なければ洗脳が解けることはない。私はそれを仮死状態で解決するつもりだったが……伝説の魔拳の原理が分からない以上、そんな仮初の死で欺けたのかは実のところ分からなかった。だからこそカシオスの真に体を張った行為には私もまた、心から敬意を表する。
その……どうにも私が代わりに死ぬと思ったこともあって、飛び出してくれたようだしな。一番は私自身でなく私と交流のあったシャイナのためだろうが。
それでもなかなか嬉しかったぞ。飛び出した直後は引っぱたいてやりたかったが。
シャイナめ、いい弟子を育てたじゃないか。
しかも九死に一生を得たカシオスなのだが……。
「なんだ、この内から湧き上がってくるような力は! まさか、
死に瀕した影響なのか、己の中の小宇宙を爆発させる感覚を掴んだようだ。
私の回復技であるライフストリームエナジーは確かに相手の小宇宙を無理やり燃焼させる技だが、一時的なものであるためこれをきっかけに小宇宙……セブンセンシズやエイトセンシズに目覚めるのは本来難しいはずだが……。
「もしやこいつ、天才か?」
「というより、もともとシャイナの指導で地力はあったのでしょうね。ただきっかけが無かった。その燻ってた力の蓋を無理やりこじ開けた状態が今というわけです。まあそれも、運がよかったとしか言いようがありませんが」
冷静に分析するのはムウ殿だ。まあ……これで未来の聖闘士候補が増えたのは良いことだな。
そう満足していた私たちだが、ぼそりと不満のこもったボヤキが部屋の隅から聞こえてきた。
「くッ、何故俺がこんな雑兵ごときを助けねばならんのだ……」
出どころは半裸男その一……デスマスクである。ちなみに半裸男その二はアイオロスだ。何故半裸の男が二人も居るのか……うら若き乙女たる沙織ちゃんがいるのだぞ。今さらと言えば、今さらだが。
実は体の回復自体は問題なかったものの、カシオスの魂が完全に体から抜け出てあの世に旅立ってしまっていた。このままでは生きていても植物状態だと、急遽デスマスクを叩き起こして協力させたというわけだ。最初は紫龍の時のように沙織ちゃんがやると言ったのだが、流石にそう何度も女神の手を煩わせるのはどうかと周りが止めた。
デスマスクは当然拒むものと思っていたが、ぐるりと自分を囲む面々を見回した奴は大きくため息をついただけで……思いのほかすんなりと、カシオスの魂を積尸気から連れ戻してくれた。
これには私も驚いたが、デスマスクのどこかゲームに負けた子供のような拗ねた様子を見て、すとんと腑に落ちるものがあった。
……変えたのは紫龍か、それとも沙織ちゃんか、蟹座の聖衣か。
いや全部か。相当手痛く鼻っ柱をへし折られたからな。
表面上はどうあれ、この男の中で何かが切り替わったようだ。昔から、どこか冷めた部分のあった子である。頭も悪くはないことだし、この場で勝ち目がないのを冷静に見極めたというのもあるだろう。……指をさして笑ってやりたいところだが、今は一仕事してくれたのだしやめておくか。
まあそれはそれとして、後で老師からのきつい灸が待っているだろうが。可愛い孫娘を手にかけようとした罪は重いぞ。
さて、少々時間をかけてしまった。カシオスが無事回復したことは喜ばしいが、我々は先を急がねば。
「ということで、アイオリアに説明を頼んだぞアイオロス」
「先に行っていますよ、アイオロス。十三年ぶりの再会です。兄弟水入らずで話してきてくださいね」
「デスマスクは邪魔なので置いていきますよアイオロス。貴方たちでこのあと連れてくるかどうか判断してください」
「先に行っていますよアイオロス殿。あと、カシオスだったね。君は十二宮を下って師匠に無事を知らせに行くといい。きっと心配している」
私、沙織ちゃん、ムウ殿、オルフェと続けざまに隠すことなくアイオロスの名を呼び、背中や肩を叩いてからぞろぞろと獅子宮を通過していく。
それをやや引きつった顔で見送ったアイオロスは……弔おうとしていたカシオスの遺体を生者に戻した一団を前に、らしくもなく呆然としている
私より先に唯一の身内と向き合うことになったわけだが……。それは最初から分かっていたことだ。
「頑張れよ、アイオロス」
処女宮への階段を上る途中、何故か獅子宮から「ライトニングプラズマー!」と聞こえたのはきっと空耳だろう。
…………私もシュラに真実を告げた時、エクスカリバーの一本も覚悟しておくべきだろうか。
そしてようやく半分。六番目の宮となる処女宮に到着したわけだが……その直前で私たちはまたもや隠れる羽目になる。何故かといえば階下から小宇宙を滾らせた
今度ばかりは階段に身を伏せて隠れることもできず、やむを得なくフィジカル任せに階段脇にある岩壁に各自飛びのいた。
「む? 今何かいた気がしたが……」
(い、いいからさっさと先に行け!)
多分弟たちがピンチだぞ! 相手はあのシャカ殿だからな!!
いや……それにしても、そうか。ここで一輝が来るのだったか。カシオスもそうだが、そりゃあテレポート不可能な十二宮だ。普通に下から登ってくるよな。これでもう心配は無いだろうが、前後で挟まれる分隠密行動は骨が折れるぞ。
というか獅子宮も……抜けてきたのか……。アイオロスとアイオリアが今どうなっているか知らんが、それを見ただろう一輝の反応が気になる。
幸いにもちんたらしている場合ではないと気づいたのか、訝しみながらも一輝は炎を発するがごとく小宇宙を纏い処女宮へ全力疾走していった。
「どうやら完全に怪我は治ったようだな……」
「確か彼はカノン島で療養していたのでしたか。あそこは昔から聖闘士が傷を癒す場所として知られていますからね」
「まあ、そのようなところがあるのですか」
へばりついていた壁面から階段に降りて一息つく。一輝が通り過ぎて行ったあとの空気が、心なしか熱く感じた。
私が背負っているとはいえさっきから幾度か無茶な動きに付き合わせているが……沙織ちゃんは案外ケロッとしているな。流石は戦女神と言うべきか、それとも光政翁の教育というべきか。とにかく逞しくお育ちのようだ。
むう……。そういえば、シャカ殿もまたこの十二宮では死ぬはずのない方だ。油断はありえぬが、ここでは誰かを助けることなく戦いの行く末を見守るだけになりそうだな。むしろ勘の鋭いシャカ殿に見つからぬよう、出来るだけ少ない人数で窺うべきか。
その懸念を述べるとシャカ殿が女神の小宇宙には特に敏感かもしれないという事で、処女宮での戦いを見守るため私とオルフェが行くことになった。処女宮での戦いが終わり星矢達が先に進むまでは、ムウ殿に護衛してもらいながら沙織ちゃんは待機だ。
十二宮突入から五時間が経過。獅子宮の火が消える。
…………このまま最後まで誰も死なせること無く運命を超え、駆け抜けてやるとも。
現在死者、零名。
ちょっと短め繋ぎ回。兄弟の邂逅は次回以降に