尻ぬぐいのエリダヌス~駆け抜けて聖戦~   作:丸焼きどらごん

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20,処女宮

 始めは鏡を見ているのかと思った。次いで先日のように、兄の魂が再び自分に語り掛けるべく現れたのかとも思った。

 だが違う。自分より落ち着いた色合いの茶髪寄りの金髪はかつて追いかけた背中と重なるし、たとえ若々しく見えても……今のアイオリアよりも、そして記憶にある兄よりも確実に年月を重ねた顔立ちだ。

 

 生きて、月日を重ねてきたのだと。

 女神(アテナ)達が目の前の人物を「アイオロス」と呼びかけながら獅子宮を出て行ってから……ようやく理解した。

 

 困惑するアイオリアの行動は、ただひとつ。

 

『ライトニングプラズマぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

「いや待てアイオリア!?」

 

 脳で受け入れようとも体が、心が素直にその事実を受け入れられない。となれば欲するのはさらなる確証。

 結果アイオリアは「兄ならこの程度の攻撃、当然避けられるはずだ」と考え、迷うことなく小宇宙を高め技を放ったのである。病院で女神(アテナ)沙織に拳を向けた時とほぼ同じ思考パターンであった。

 しかしその行動が悲劇を生むことなく、彼が目した通り…………男は、自らの兄であるアイオロスはアイオリアが放った拳に無様に打ちのめされること無く対応して見せた。それも避けるという形でなく一秒間に一億発も放たれる閃光のごとき高速の拳を、全てその手で受け止め相殺してみせたのである。

 

 一発だけ、アイオロスの頬を拳がかすめ血が流れた。アイオロスはライトニングプラズマの拳の嵐が過ぎ去ると、その血をぐいっと豪快にぬぐう。

 そしてアイオリアにとって遠い記憶の中にあった……懐かしい笑みを浮かべてみせた。

 

「強くなったな、アイオリア」

「…………これだけ完璧に防がれては、説得力が無いな。形無しだ」

「ははっ、違いない。だがそれは私がもっと強くなったからだ」

「そう……か……」

 

 間違いなく渾身の力で放った拳を真正面から受け止められ、これ以上出てくる言葉が無い。

 本当は言いたいことが、問いただしたいことがたくさんある。普段見ないふりをしながらも、十三年間葛藤し続け渦巻いた様々な感情も胸に沈殿していた。

 しかし目の前の男はそんなものを全て吹き飛ばしてしまうほどに、あまりにも自然体で。

 理不尽なほどに大らかで、淀みを空の彼方へ連れ去るがような、風のような小宇宙はなんだ。この気持ちはなんだ。その姿に湧き上がる怒りも確かにあるのに、心は驚くほどに穏やかだ。

 

 一瞬。青く澄み渡った空の下……草原で吹き抜ける風に煽られたようなイメージが脳裏をかすめた。

 

 

「ずるいな、あなたは」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 

 ぼそりと零れたのはあまりにも子供っぽい本音だった。聞こえなかったのは幸いだ。

 だが何か勘違いしたのか、アイオロスは途端にばつの悪そうな顔になり頭部をかく。

 

「まあ、なんだ。……流石に今の技は受けるわけにはいかんが、それとは別に一発殴れ」

 

 その言葉にわずかばかり逡巡するも、気づけば拳は握られていた。後の行動は早く、振りかぶった拳がまっすぐに自分と似た顔に吸い込まれていく。……拳に伝わってきたのは紛れもなく実体のない亡霊でなく、生身の人間の体温。

 

 この瞬間十三年の時を経て、一組の兄弟の時間は再び動き始めたのだ。

 

 

 

 

 

 ちなみに初手ライトニングプラズマに聖衣もなく無防備だった某蟹星座が余波を受け、獅子宮のすみに転がっていたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

+++++++++

 

 

 

 

 

 

 いざ見守り始めた処女宮での戦いであるが、私とオルフェがひっそりと宮に入ったころには戦況はそれなりに進んでいた。先ほども獅子宮にて似た様相を呈したものの……シャカ殿に歯が立たなかったのか、星矢、瞬、紫龍は床に転がって気絶している。自身を遥かにしのぐ強敵との連戦に次ぐ連戦なのだから、当然といえば当然の結果だ。

 そして彼らを守るべく今シャカ殿と戦っているのはフェニックス一輝である。シャカ殿の攻撃は精神に影響するものが多いため一輝が一方的に攻撃し、いなされている以外は彼にどんな攻撃がされているか可視するのは難しい。だが着実に一輝は追い詰められているようだ。一度は聖衣も破壊された。

 ……不死鳥の聖衣は黄金聖衣にも備わっていない瞬時に完璧な状態に戻る恐るべき自己修復機能を備えてはいるが、いくら蘇ろうがそれもまた破壊される。

 ……話の内容を聞くに、シャカ殿の天舞宝輪(てんぶほうりん)で五感までも奪われ始めたか。

 

「恐ろしい男だな、あのシャカという方は」

「ああ。もっとも神に近い男と言われているだけある」

 

 共に様子を伺っていたオルフェも思わずと言ったように喉を鳴らして唾を飲み込む。その顔には冷や汗も見て取れた。……私も似たような顔をしているのだろうな。あの方は幼いころから浮世離れしていたが、成長するにつれそれに拍車がかかっている。正直今ここに隠れていることも見透かされていそうな気さえするぞ。

 

「あの方には僕のデストリップセレナーデも効果があるか怪しいな……。なんというか、かかってくれるイメージが湧かないんだ。見ているだけでこちらまで惑わされそうになる」

「確かにな。……それにしても、人の本質を見抜く力が逆に仇となっているとは……」

 

 先ほど「お前ほどの男が何故教皇に加担しているのか、お前も悪の片割れなのか」という一輝の問いに対してシャカ殿は教皇の本質は正義だと答えた。

 ……確かに、それは正しい。だが間違ってもいる。何故なら本来のサガは間違いなく善性を持つ者でありながら、その裏に潜む人格は真逆の心を備えているからだ。

 サガの体本来の持ち主は表のサガ。ゆえに真の心が正義だとシャカ殿は見抜いたのだろうが……それが逆に真実から遠ざける要因となってしまったのだ。

 

 だからこそこの戦いが終わった後、説得自体は容易だろうが。その真実を見抜く目をもってすれば、女神(アテナ)である沙織ちゃんを見れば一発だろうからな。疑う事はすまい。

 

(それにしても……一輝め。大した男だ)

 

 第七感(セブンセンシズ)の小宇宙を増大させるため、あえてシャカ殿の技を受け入れ五感ならず第六感までも失うとは。この燃え上がった小宇宙を見るに、この処女宮での一輝の成長は完全に成ったと見ていいだろう。……こうして実際に彼らの成長を見ると、やはり今後の戦いで彼らは必要不可欠だと感じる。勝利の女神であるニケの加護があるにしても、この成長速度はすさまじい。

 凄まじい小宇宙を使ったばかりにシャカ殿と時空の狭間に消えてしまったが、捉えにくいものの二人の小宇宙は健在だ。双方しぶとい男ゆえ、死ぬことはあるまい。帰還するためには誰かの手助けが必要だろうがな。

 

「その役目は私は引き受けましょう」

「ムウ殿」

 

 一輝の犠牲(生きているのだが)を乗り越えて先へ進む星矢達を見送りつつ思案していると、宮の外で待機していたムウ殿と沙織ちゃんが中に入ってきた。

 

「シャカだけならば時空の狭間と言えど帰還は容易ですが、あれだけ小宇宙を燃焼しつくした今の一輝では難しい。私がサイコキネシスで出口まで誘導します」

「そうか……。ならば、頼みます」

 

 やっと半分だ。一輝の……不死鳥の男の事だ。何もせずとも舞い戻ってくる気もするが、実際に視覚の範囲外に行かれてしまうと途端に不安になる。成長は促したいが、万が一があってはダメなのだ。ここはムウ殿に任せよう。

 

「では、わたし達は先に進みましょう。……消えた氷河の小宇宙も気がかりです」

「かしこまりました」

 

 沙織ちゃんに促され、今度は私とオルフェ、沙織ちゃんの三人で次の宮へ。

 

 命をつなぎとめるべき相手は残り四人。……先はまだまだ長そうだ。

 決死の覚悟で戦う青銅たちを陰から見守るだけというのは彼らの頑張りが素晴らしいものであればあるほどもどかしいが、私たちには私たちの役目がある。それを忘れてはいけない。

 緊張を緩めぬために気を引き締めなおしていると、背中を豪快に叩かれて前につんのめってしまった。痛いわ、この馬鹿力め!

 

「お、間に合ったか!」

「! アイオロス。アイオリアとは、もういいのか?」

「ああ。だいたいの説明はした後、宮の守護とデスマスクを任せてきた。流石に本来の十二宮守護の役割をアルデバラン一人に負わせるわけにはいかないからな」

 

 天秤宮へ行く前に、どうやらアイオリアに説明を終えたらしいアイオロスが追い付いてきた。その表情は明るいのできっと再会は悪いものにはならなかったんだろうが……うむ。顔の片面が派手に腫れあがって一瞬誰か分からない感じになっているな……。やはり私もシュラの時を考えて覚悟を決めておくか……。

 

 

 三人改め、当初の四人。

 十二宮の階段はまだ長く遠く、続いている。

 

 

 

 

 

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