いい加減私たちの尾行も慣れたものになってきたところで、現在は
……実はこれについて嫌な予感がして、以前アイオロスに問いただしたことがある。まさか人馬宮地下に妙な施設を作っていないだろうな? と。これは否定されることを前提で問うたものだ。だが私の予想は悪い方向へ外れることとなる。
「何故そのことを!?」
当時返ってきた答えがこれだ! おい!
本来原作の漫画における人馬宮では、射手座聖衣を介して星矢たちがアイオロスが残したメッセージを受け取るだけだった。だが何故かアニメにおいては尺稼ぎなのか、人馬宮は謎の罠が多く仕掛けられた他の宮からして異色の仕様となっていたのだ。「何故こんなアスレチックに?」というネットか何かで見た感想文が印象強くて私もよく覚えているぞ……。この記憶は完全に「ネタ枠」というカテゴリーで覚えている。
ここまで漫画仕様で来たというのに何故そこだけアニメ仕様なのだアイオロスよ!!
「おい、本当に罠は作動しないんだろうな……?」
「あ、ああ。もちろんだ。あれはもともと私が自分のトレーニング用に作っていたもので、対侵入者用ではない。そもそも宮内に崖だの洞窟だの作るわけがないだろう」
念を押す私にアイオロスが少々目を泳がせながら言う。……"作れない"ではなく"作らない"というニュアンスで言うあたり、怪しい。天を裂き大地をも割る聖闘士の頂点に立つべき黄金聖闘士……作ろうと思えば作れるのではないか? 実際そこまでいかなくとも、トレーニング用の罠とやらは作っていたようだし。
疑わしい目で見る私になおもアイオロスは言い募る。
「じょ、常識的に考えてだな、神聖な宮をそこまで自分勝手に弄らぬわ!」
「もし地下にもとから鍾乳洞のような空間があったら?」
「………………………………………………………………………………。いや、作らん! 誘導するんじゃない!」
「沈黙が長いわ!」
「シーッですわ! お二人とも、お静かに!」
「も、申し訳ない……」
「すみません……」
怒られてしまった……。オルフェから突き刺さる「何をやっているのだこの人たちは」と言いたげな視線が痛い……。
「と、ともかくだな。お前は自分の宮に責任を持つべく先に行け。この戦いは私たちで見届けるから」
「この真剣勝負の間を抜けて行けと?」
アイオロスの言う通り、氷河は格上相手にも必死に食らいつき、ミロもまたそんな氷河の姿に心打たれたのか青銅とあなどることなく真剣に正面から相手をしている。その戦いは見事というしかなく、この中に水を差す行為など野暮でしかないが……しかたがあるまい。万が一特に成長にもつながらず、悪戯に星矢達の体力を消耗させるようなことがあっては困る。
「アイオロス、もしよければこれを……」
その微妙な空気を気遣ってか、沙織ちゃんが差し出したのは私が貸していた変装用のコートだ。それを受け取りながらもアイオロスは疑問符を浮かべる。
「これは……?」
「もしや……」
私はここに来るまでに少々煤けてしまったコートを見る。……色合い的に、天蠍宮の床の色に似ていなくもない。
「ご、ご厚意痛み入ります
ようやく沙織ちゃんの意図をくみ取ったアイオロスがぎこちない笑顔を浮かべ、コートを頭から羽織ると地に伏せた。そしてそのまま光速を誇る黄金聖闘士の力をもって……全力の匍匐前進を開始。
『ダイアモンドダストー!!』
『スカーレットニードル アンタレス!!』
佳境に入っていた戦い。互いにこれが決着の技になると分かっていたからか、幸いにも氷河とミロの注意は膝から下に向いていなかった。そのためアイオロスは無事に二人の横を通り天蠍宮を抜けていったのだが……。
その姿に哀愁を感じたのは、きっと気のせいではなかったことだろう。
氷河はミロのスカーレットニードルの止めの一撃、アンタレスを受けて倒れるも、ミロの星命点を見事について見せた。そのことで纏っていたのが黄金聖衣でなければ負けていたのは自分だったと、ミロは戦いには勝てど勝負に負けたことを認めた。そして氷河への敬意と教皇に向ける不信感が生じた結果、ミロは氷河の真央点を突き先へ進ませるという決断を下す。「お前たちがこの戦い、何処まで行けるか見てみたくなった」と……。
青銅聖闘士達は自身の成長だけでなく、その眩いばかりの若き小宇宙を燃やすことによって黄金達の意識も変えながら進んでいるようだな。
「まあ、それはそれとして……だ。おい、ミロ殿!」
「! お前は……! エリダヌスのリューゼか? 行方をくらませていたお前が何故ここに居る! それにそっちはまさか琴座……?」
「今から説明する。それよりもミロ殿……御前だ」
「……何?」
「女神の御前だと言っている」
「!!」
後ろにいた沙織ちゃんを示し、見本となるべく跪いて
「初めまして、蠍星座のミロ。わたしは城戸沙織……。あなた方が
「ど、どういうことだ……。城戸沙織は黄金の矢に倒れたと……」
「あれはわたしの影武者。わたしはこうして健在ですが……わけあって星矢たちの小宇宙の成長を見守りながら、わたしたちもまた教皇宮を目指しているのです。正義に仇なす偽の教皇を討つために!」
ぴしゃりとした言葉にミロ殿は思わずといった風に跪いていた。
「! お、俺は何を……」
「ミロ殿、それは恥ずべきことではない。我らが奉じ、仕えるべきお方の前だ。自然と体が動こうというものだろう」
オルフェの言葉にばっと顔を上げたミロ殿がまじまじと沙織ちゃんを見る。沙織ちゃんもまた、臆することなくそれを見つめ返した。亜麻色の髪は赤みを帯びた神秘的な色合いへと変化し、瞳もまた虹彩が神秘的な碧とも翠ともつかない光を帯びる。その神気にミロ殿は気おされたように一瞬言葉を失った。
数秒ののち、ミロ殿は絞り出すように苦し気な声を発する。
「…………! 貴女が、本当に
「ああ、アイオロスならさっきそこを通らせてもらったぞ」
「は?」
私の言葉にミロ殿が「何を言っているんだこいつ」という視線を向けてきた。いやしかし、一応言っておかねばならんしな……。
「アイオロスは生きている。今は女神をお助けするべく私たちと共に動いているぞ。今は人馬宮へ先に向かってもらった」
簡潔に述べればミロ殿は一度に押し付けられた情報量に頭を悩ませているのか、眉間に皺をよせながら目を瞑った。
「あ~……すまん。少々、追いつかん……」
「いいのですよ、ミロ。ゆっくり理解してくれたらよいのです。……どうやらわたしの事は信じてくれたようですしね。これも氷河のおかげでしょうか」
「それもありますが、こうも雄大な小宇宙を間近で見せられてしまいましては……ね」
ミロ殿は苦笑すると、改めて姿勢を正しきびきびとした動作で沙織ちゃんに頭を垂れた。
「蠍星座《スコーピオン》のミロ、ここに貴方様への忠誠を誓いましょう。十三年間騙されてきた無知なる我らへの制裁は謹んで受け入れる所存です」
「制裁など誰が下せましょうか。偽の教皇のもとでとはいえ、聖域を離れていたわたしの代わりにあなた方は
「なんと慈悲深い……」
感動したように沙織ちゃんを見つめるミロ殿。どうやらここは穏便に通過できそうだな。
「! そうだこうしてはおられん! カミュ達にテレパシーですぐこの事実を……!」
「わー! 待て待てミロ殿!」
「連絡はお待ちください! あのあの、事情があってですね! 星矢達にはこのまま戦いながら進んでもらわねばならなくて!」
肝心の偽教皇の正体など話を最後まで聞かないままにテレパシーを使おうとするミロ殿に、私とそれまでの神秘的な雰囲気を放り投げた沙織ちゃんが止めに入る。
「な!? そんな、無謀だ! 確かに俺は奴らが何処まで戦えるか見届けたいと思ったが、こうして迷いが晴れた今、一丸となって教皇を討つべきではないのか!? じゃない、ないのですか!」
「それもそうなんだがまず話を聞いてくれると嬉しいんですがね!」
ミロ殿の言うことももっともなんだがな! そりゃあ黄金一丸となってかかればいくら裏サガといえど勝つのは難しいだろうよ! だが今ここでそれはダメだ! 最低限、最低限この十二宮での成長を経てもらわねばこの先の戦いが危うい! ポセイドン、ハーデスとの戦いを盤石のものとするべくこうして歯がゆい思いをしながら見守っているのだから!
この後ミロ殿に説明、説得をしている間に天蠍宮の火が消えた。
残る宮は四つ! ……我が息子、シュラが待つ宮も近い。