「本当にシュラの妹なのだな……。目元なんか特にそっくりだ」
「は? ……ああ、なるほど」
治療を終えて一息つくと、隣で氷河にヒーリングしていたミロ殿がそんなことを言うので顔を触れば、シュラが巻いてくれた布がいつの間にか取れてしまっていた。
……まあ、あの暴風で取れない方がおかしいか。
宝瓶宮で吹き荒れた三人もの
処女宮から追いついてきたムウ殿に問えば、シャカ殿と一輝は無事に異次元より帰還したらしい。そしてシャカ殿は事が終わるまで通常通り処女宮の守護……加えて、ムウ殿が先に進んだ後、タイミングを見計らって一輝を起こしてくれるとか。
どうもまだ一輝は元気のようだからな、目を覚ませば一目散に追ってくるだろう。……また隠れる準備をしておいたほうがよいだろうか。
そんな現状であるが、ここまでくればあと一息だ。気を抜くわけにはいかないが、少々感慨深いものがある。
そのため素顔程度今はどうでもよい。……もともと私は男だしな。これを言うとシャイナなどに怒られるが、女聖闘士の掟はどうも肌になじまない。
「妹……ですか」
「うっ」
いやどうでもよくなかった。ムウ殿がいた。
私とミロ殿の会話を聞いていたムウ殿の視線が、背後から突き刺さっていることには気づいたが……怖くて振り返れん。ど、どう説明すればよいのだ……!
などと私がもたついていたらミロ殿に先を越された。
「なんだムウ、お前はずいぶん前からリューゼ達と動いてるらしいのに知らなかったのか? このリューゼはな、なんとシュラの妹らしいぞ!」
「ほう」
「…………」
私は嫌がる気持ちを抑え込むと、なんとか振り返ってムウ殿に口パクで「合わせてください」と懇願した。……振り返りはしたが、彼の目は見られそうにない。
「……………………それは私も初めて知りました。随分と水臭いですね、こうして今まで同志として協力してきたのに」
「も、申し訳ない。無暗に私情を挟むのも良くないと思いましたので……」
私情優先で動いている身で何をと思いつつ、合わせてくれたムウ殿に感謝する。……声に込められた感情が冷ややかというよりも"無"に感じるのは、気のせいだろうか。
「まあいいでしょう。さて、星矢達も残すは双魚宮のアフロディーテと教皇の間のサガだけです。私たちも最後まで気を抜かずに行きますよ」
「ああ」
「ええ、もちろん」
三人で頷くと、シュラ達を宝瓶宮に寝かせたまま私たちは先を行く。
……そこそこ時間が経った。もう双魚宮での戦いも結構進んでいるかもしれんな。
「ダイダロス先生の仇! くらえ
双魚宮についた途端聞こえてきたのがアンドロメダ瞬のこんな声だったもんだから、一瞬固まってしまった。……今頃火時計のふもとにいるダイダロスの奴、くしゃみでもしているのではなかろうか。
ダイダロスは表向き、
師を殺した仇。争いを好まぬ瞬がいつになく闘争心を滾らせている理由はそこにあるのだろうが……なんというか、今さらながら少年たちの心を弄んでいるようで心が痛む。本当に今さらだが。
そう思って遠い眼をしていると、亜麻色の髪をなびかせて沙織ちゃんが胸に飛び込んできた。……むう、こういう時は女の胸も役に立つな。受け止める時、よいクッションになる。
「リューゼ、ムウ、ミロ! よかった、無事で……!」
「ご、ご心配をおかけしたようで不甲斐ないばかりです」
「いいえ。よいのです、貴方たちが無事なら。氷河たちの小宇宙も消えていない……成功したのですね」
「どうやら宝瓶宮の方はうまく行ったようだね。……それにしてもかなり強い小宇宙の暴発を感じたけど、大丈夫だったのか?」
「あ、ああ。しかしシュラとカミュ、氷河は負傷し気絶した。今は宝瓶宮で休ませている」
双魚宮で待っていたのはオルフェと沙織ちゃんの二人。アイオロスは星矢を追って行ったか……。護り手が一人の状態で沙織ちゃんを先に行かせサガに近づかせるのはよろしくないだろうから、彼女はここに残ってもらって正解だろう。
……それにしても、星矢達が火時計のタイムリミットに間に合うように一人が相手を引き留め仲間を先に進めるという方針をとっているため仕方がないが、よく分散するな私たちも。
宮内の様子を伺えば、丁度アフロディーテ殿が薔薇の花びらを用いた花吹雪で姿を眩ませているところだった。むせ返るような薔薇の香りに酔いそうだ。……いかんな、吸いすぎるとこちらまで毒をうける。
「ムウ殿、サイコキネシスで気流を変えられますか」
「ええ、可能ですよ」
ムウ殿が請け負ってくれた途端、薔薇の香気が遠ざかる。これで万が一にも沙織ちゃんが薔薇毒の影響を受けることはないだろう。オルフェが何もしていないところを見るに、もしかするとここに香ってきている分は毒気を含まないものかもしれんが。念には念を入れておいて間違いはない。
そして私たちが見守る中、瞬は薔薇の嵐に惑わされること無く
「ば、馬鹿な。ここまで
「ダイダロス先生……。先生を倒した
その言葉を皮切りに戦いはより激しさを増していく。
瞬を侮っていたらしいアフロディーテ殿も、瞬が相手をするにふさわしい男であると認めたことで一切の容赦を捨てたようだ。
会話を聞く限り瞬はすでにアフロディーテ殿のロイヤルデモンローズの毒に侵されているようだが、アフロディーテ殿は直接戦闘時に用いる黒薔薇、ピラニアンローズでの攻撃も始めた。すると瞬の攻撃と防御の要である
その攻防を息をのみつつ見守っていたが、瞬は聖衣を破壊されようとも諦めなかった。ついには優しい彼としては使いたくなかったであろう最終手段を開放し、瞬は更に小宇宙を高めてゆく。
その力……鎖を無くした瞬が自らの拳から放った星雲の気流、ネビュラストリームを受けアフロディーテ殿は身動きを封じられる。そしてアフロディーテ殿。彼もまた、自らの最終手段である白薔薇に手をかけた。
…………が、その途中のことだ。
二人の会話の中で、少々ひっかかるものを覚えた。
「他の黄金聖闘士はいざ知らず、少なくとも
シュラが教皇を悪と知りつつ、力ある者を正義として従ってきたことは知っていたが……その正体までは知らなかった様子だ。ならばなぜ、力ある者という理由だけで、正体も知らぬ相手にあそこまで付き従えた?
紫龍と戦った後の憑き物が落ちたようなシュラを見た後なだけに、どうも引っかかる。
"力こそ正義である。力ない赤子に何が出来たのか。教皇がいたからこそ今まで大地の平和は保たれた"……そうまで言い切ったアフロディーテ殿。
彼ら……デスマスク、シュラ、アフロディーテ殿の三人に共通して「力こそ正義」という概念が刻まれているようだが、それにしたって降臨時赤子であることは
憶測だが、万が一己の所業がバレた時のために、事実を知りながらも自身に忠誠を誓う手駒を教皇……裏人格のサガが、意図的に作り出したのではなかろうか。黄金聖闘士の中でも比較的、"力"に傾倒しやすい者を選んで。
(総合的に考えて、いよいよ例のことも憶測が確信めいてきたな。だとすればこれらを含めて列挙すれば、なかなかの説得力になるのではないか?)
正直その辺の真実自体はどうでもよいことだ。いや、どうでもよくはないかもないかもしれんが……。
こちらが考えている事態の畳み方として、都合がいいのは事実。これも一応頭の隅にとめておくか。
などとごちゃごちゃ考えていたら、決着間近だったようだ。
アフロディーテ殿が瞬に回避不可能な白薔薇……心臓に突き刺さり、赤く染まるブラッディローズを放ち、瞬はそれまでアフロディーテ殿の改心を信じて留めていたネビュラストリームの力を解き放つ。
その力は
一点集中型の必殺に、面で飲み込む必殺。……だが瞬の真の力の解放が見られた以上、このぶつかり合いをそのまま見ているわけにもいくまい。
私は戦況を見守る中で示し合わせていた通り、私とムウ殿、オルフェとミロ殿で別れそれぞれ動いた。
まず私とムウ殿のサイコキネシスで瞬の
これは先ほどのように小宇宙のぶつかり合いに力をねじ込むのではなく、力の方向性だけ変えてやるだけのため暴発はおきない。"だけ"とはいうが、これには非常に繊細で強力なサイコキネシスの技量が必要となる。……ムウ殿が追い付いてくれて助かった。私だけでは危うかったぞ。
方向性が変化し、強力な力を受けて双魚宮の天井がふっとんだが致し方あるまい。この程度の被害、黄金聖闘士が死ぬことに比べたら些事にすぎん。
そして白薔薇の方だが、回避不可能なら同等の力をぶつけて相殺してやればいいと言わんばかりにミロ殿のスカーレットニードルが炸裂する。
それで一度は弾かれた白薔薇だが、回避不可能と言うだけある。一回転した後、再度瞬の胸に吸い込まれるように心臓めがけて襲い掛かった。対して、今度迎え撃つのはオルフェのストリンガーフィーネ。琴の弦はまるで行く手を阻むトラップのように広がり白薔薇の前に張り巡らされ、動きを阻害した。
が、更にそれすらも突き破り前進する白薔薇。……だがそこにはもはや直前までの威力は無く、仕上げとばかりにミロ殿が踏みつけた。
ネビュラの嵐を抜け、真紅の輝きを受け、白銀の網目を貫きながらも進んだその恐るべき一撃は、敵に突き刺さることなく地に落ちたのだ。
「威力が弱まろうと敵の命を奪わんと突き進むさま、なかなか好ましい。が、まだ改良の余地があるのではないか? アフロディーテよ」
「ミロ!? どうして君がここに。それに、お前たちは……」
驚愕するアフロディーテ殿。力を使い切り気絶した瞬を抱え上げながら、さてどう説得したものかと考えていたが……。
誰かが口を開くよりも早く、ずんずんとアフロディーテ殿の前に進み出たお方が居た。
我らが女神、沙織ちゃんである。
「あ、
「お戻りください! 危険です!」
アフロディーテ殿はまだ明確に敵対の意志を残しているはず。今その前に出ては危険だ!
しかし狼狽する私たちの声を気にした様子無くアフロディーテ殿の前に進んだ沙織ちゃんは……その白魚のような御手で、ぱんっと小気味よい音を立てながらアフロディーテ殿の顔を挟み込んだのだった。
「!?」
これには不意をつかれたアフロディーテ殿も驚いた様子。ギリギリと挟まれているため美しい顔がへちゃむくれになっているところがなんとも笑いを誘うが、こちらとしては笑うに笑えな……いやミロ殿だけ噴き出しているな。顔だけは真顔だが、ムウ殿とオルフェの肩もわずかに振るえていた。
……悪い、実は私も少なからず笑いたい衝動をこらえている。
「初めまして、
「にゃに……!?」
「!!」
い、いかん……! アフロディーテ殿の妙な発音につい噴き出してしまった。申し訳ない、申し訳なく思っているからこちらを睨まないで頂きたい。
なんとか腹筋の痙攣をおさえようとしている中、沙織ちゃんは美しい笑顔を浮かべ話を進める。……いつの間にかアフロディーテ殿の顔に爪が食い込んでいる気がするが、気のせいだろうか。
……十三歳とは思えぬほど、圧が強い。
あれか、実際に自分のために戦ってくれる星矢達を見てきたことで、彼女の中でも何か滾るものが育まれたという事か。デスマスクへの一撃も見事であったし、女神としての成長の一助となっているならば共に十二宮を上ってきたかいもあったというものだが。
うむ、強く育つことはいいことだ。
「ところであなたは力で正義を示すことを良しとするお考えのようですね。……事実わたしが不在の間、地上の平和を守っていたのは教皇。それは認めましょう。ですが彼の掲げる従わぬものを排除するような正義で、果たして愛は育まれるでしょうか? 愛のない正義に、人は心安らかにあれましょうか」
一瞬苦悩するように瞼を閉じた沙織ちゃん。私たちは一過性の笑いの衝動を乗り越えると、いつでも彼女を守れる位置に移動し二人を見守る。アフロディーテ殿もまた潰された間抜けな顔を晒しながらも、まるで魅入られたように沙織ちゃんを見つめていた。……それだけ、彼女の放つ小宇宙は雄大で底がしれない。
「わたしは人の強さも、人の弱さも等しく愛しい。わたしはわたしなりの正義をあなたに示します。……これを否定したいのなら、わたしを倒してごらんなさい。受けて立ちましょう」
アフロディーテ殿の顔から手を放し、彼の前に堂々とした仁王立ちする沙織ちゃん。
その姿は気高くも、同時にとても力強いものだった。
「ここに来るまで星矢達は幾度も幾度も限界を超えてくれました。今度はわたしがそれに応える番です。どうしました? アフロディーテ。あなたの目には、彼らが弱く見えましたか? 力無き者に見えたのですか! 正義と力を捉えるならば、彼らに示す敬意は教皇への忠誠に劣りますか!」
「……すいぶんと、強かに育たれたようだ……」
半ば呆然と言ったのち、アフロディーテ殿はその優美な見た目に似合わず豪快な動作で床に腰をおろした。
そして深く息を吸い、吐き出す。
「その雄大な小宇宙も相まって、ずいぶんと大きく見える。……城戸沙織さん。あなたが真の
「アフロディーテ、お前この期に及んで……!」
「いいのです、ミロ」
沙織ちゃんは身を乗り出そうとしたミロ殿を手で制し、アフロディーテ殿に頷いてみせた。
「今はそれで充分です。では宮を通らせていただきますよ」
「ご随意に。……正直に言いますと、私は現在立つこともままならないほど消耗していましてね。黄金聖闘士が二人も居るこの面子を止めることなど、始めからできませんよ。貴女もそれは分かっていたでしょうに律儀な方だ」
目を伏せ静かに頷くアフロディーテ殿を確認すると、沙織ちゃんはきびすを返して宮を抜けるための道を進み始めた。
その背中に「この先は魔宮薔薇の園。星矢はその中で息絶えているかもしれませんよ」と、アフロディーテ殿が少し意地悪気に呼びかける。
それを聞いた沙織ちゃんはくるっと身をひるがえすと、再びずいずいとアフロディーテ殿のもとまで詰め寄ってきた。その勢いにアフロディーテ殿の肩が少しだけびくっとしたのは見なかったことにしてやるべきだろうか……。
「星矢がそれしきで死ぬとは思えませんが、それはそれとして解毒剤をお渡しなさい。もちろん瞬の分もです」
「え、ええ。どうぞ」
差し出されたのは小ぶりの桃色の薔薇。……解毒剤ひとつにとっても芸が細かいな。これも彼の美学か。
それを笑顔で受け取った沙織ちゃんは、瞬に解毒剤と治療が施されるのを待つと、今度は私の手を掴んでから歩き出した。
「さあ、行きますよ! 目指すは教皇の間です!」
一言に鼻息と言ってしまうには可愛らしいそれを荒くし、胸を張って進む姿。その様子からはどうも先ほどまでの女神としての威厳というよりは、人間として育ったゆえの強さを感じる。
神と人間の強さを併せ持つ姿は頼もしいが、その勢いの良さにはどうもハラハラさせられるな。……そうか、この行動力ゆえに敵の親玉のもとに二度も乗り込むのか…………なるほど……。
「それにしても、よく説得出来ましたね」
前半はともかくセリフの後半がどうもごり押し気味に聞こえたので、ついついぽろっとそんな言葉をこぼせば、沙織ちゃんはにっこりと笑いこう言った。
「すべて本心ではありますけれど、ああいった場合は相手に考える余地を与えず勢いで押した方がよいのです! おじいさまもそう言っていました!」
元気いっぱいに答えられてしまい、私もムウ殿もオルフェもミロ殿も、どう言ってよいのか分からず曖昧な笑みをかえすのみであった。
…………光政翁、あなたの教育は良くも悪くも沙織ちゃんの中で息づいているようです……。