瞬がアフロディーテの相手を引き受けてくれたことで先に進むことができた星矢だったが、双魚宮と教皇の間を繋ぐ階段に敷き詰められた薔薇の中を進むうちに段々と五感が麻痺し、いつの間にか意識を失ってしまっていたのだ。
(お、オレはここまで来て何故気絶なんか! あの薔薇が原因か!?)
体は依然として麻痺状態にあり、意識だけが覚醒する。……しかし体が動かないにも関わらず、星矢の視界に映る階段は一段一段、確実に上へ向けて進んでいた。
それを疑問に思い何とか首だけ動かすと、どうやら自分は誰かに肩を貸されているらしい。色こそ視界がぼやけて定かでないが、癖の強い髪質だ。
そこでふと……星矢はこの相手が師である魔鈴ではないかと思い当たった。日本で別れて以来どこかに姿を消した師匠……そして、もしかしたら自分の姉かもしれない女性。
(いつも勉強を教えてくれた姉さん……遊んでくれた姉さん……オレを慰めてくれた優しい姉さん……まるで母親のようだった温かい姉さん……この世でたった一人の、オレの姉さん……)
寄り添う暖かな気配からは敵意を微塵も感じない。包み込むような大らかな気配だ。
「魔鈴……さん……?」
麻痺を押しのけてそれだけ口にすると、支えてくれる人物が星矢の顔を覗き込んできた。
そして星矢は体の不調も吹き飛ぶほどに仰天し叫ぶ。
「ぎええ!?」
「なんだ、ぎええとは失礼な! 魔鈴でなくて悪かったな!」
そう言って憤慨した様子を見せるのは、上半身裸で何故か布らしきもので顔を隠している謎の男。鍛え抜かれた肉体はただ者でないことをうかがわせるが、寝起きに見るものとしては遠慮願いたい。特に自分の先走った勘違いとはいえ、姉や姉かもしれない師匠を想像していただけに、受ける衝撃は大きかった。
しかしはっとなって周りを見回せば、先ほどまで階段を覆いつくしていた薔薇が花びらだけを残して綺麗さっぱり無くなっている。
この場に他の人影はなく、誰がやったかは一目瞭然だった。
「あ、あんたが助けてくれたのか……!?」
「む……まあ、な。出しゃばったマネをするようで気は進まなかったが、多分あのままだとお前は死んでいたし」
「いや、助かったよ……。ところであんた、何者だ?」
「黙秘する」
「なんでだよ!」
「ふっ、なかなか元気が出てきたようではないか」
覆面姿のため表情は分からないが、どうやら今笑ったらしい。怪しさ全開であるがそのどこか憎めない人柄や……師や姉のものではないにせよ、そこはかとなく懐かしく、安心する気配に星矢は知らず毒気を抜かれた。
(なんなんだこの人……。……? あれ、もしかしてこの人、日本でリューゼさんと一緒に居た人じゃ……?)
「さあ、行け。私はゆえあってここから先は助けられん」
星矢が気力を取り戻したことを確認すると、支えていた腕を外した男は階段の上を指さす。
「教皇は手ごわい。覚悟はできているか?」
「……! 当然! オレを先に進ませてくれた兄弟のためにも、
星矢の答えに満足したのか、男はひとつ頷くと星矢の背中を叩いた。
「では行け、
「お、おう! ……今は急ぐからこれ以上聞かないけどさ。全部終わったら、あんたの事教えろよな!」
「ああ、教えてやるとも。いくらでもな」
「その言葉、忘れるなよ!」
星矢の視線はまっすぐに教皇の間に固定される。
すでに十一番目の火時計は消えた……。残りひとつが消える前に、なんとしても教皇に
「首を洗って待ってろよ、教皇!!」
星矢は知らないことであるが、この世界とよく似た世界線ではこの場に現れるのは彼の予想通り師である魔鈴であった。彼女は教皇の正体を探るべくスターヒルと呼ばれる聖域に侵入し、その帰りがけに星矢を発見し助けてくれるのである。
しかしその魔鈴はといえば、現在白銀聖闘士の同僚であるシャイナと共に十二宮を上っている途中。当然彼女の助けが間に合うはずもなく……そこで星矢を陰ながら追っていた彼、射手座のアイオロスがやむをえず星矢を魔宮薔薇の園から救出したのである。
(サガとの戦いが控えているのだ……。この程度の手助けなら問題あるまい)
ちなみに肝心の未来の情報源たるリュサンドロスが詳しく覚えていなかったため、問題ないどころかファインプレイである。
「さて……私も行くか」
いよいよこの十二宮での戦いも終盤に近付いてきた。
数時間前に分かれたサガとの本当の意味での再会も……近い。
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「ありがとう、本当にありがとう……!」
「今のを聞いて私もひやっとしたぞ……」
「すまん……」
双魚宮を出て教皇宮……教皇の間に到着した私は、真っ先にアイオロスに感謝し謝罪することになった。
いや……魔鈴がスターヒルに登らなかった弊害がこんなところに出るとは思わなかった……危うく主人公が死ぬところだったなどと、笑えない。これだから中途半端な知識というのは嫌なんだ。
幸いにも沙織ちゃんがアフロディーテ殿からもらってきた解毒剤を使わずとも、星矢はサガと戦えているようだ。瞬もそうだったが、どうも無意識のうちに小宇宙を燃焼させることによって毒を中和しているようだな。おそらく先ほど治療を施した瞬も、解毒剤を使わなくても死ぬことはなかっただろう。
そして教皇の間での戦いだ。
アイオロスに聞けばサガは始めこそ裏人格をおさえて、表の人格が星矢を女神神殿のアテナ像の元へ向かわせようとしたらしいが……。途中でサガの髪の毛は黒く、瞳は赤く染まり体は裏人格に乗っ取られたそうだ。現在星矢と交戦しているのは、当然そいつである。
そして奴は現在
「全裸だったな……」
「ああ、全裸だ」
「全裸でしたね……」
「二度と双子座聖衣に触りたくありませんね」
「気持ちはわかるがそう言ってやるなムウよ。気持ちはわかるが」
「金属に直接……擦れないのだろうか」
「オルフェ、あんたその綺麗な顔でそういう事言うのやめな」
「いや、それもまた奴の強靭さと思えば侮れないんじゃないかい」
ちなみにこの会話、私、アイオロス、沙織ちゃん、ムウ殿、ミロ殿、オルフェ、シャイナ、魔鈴である。先ほど邪武たちに辰巳殿の護衛を任せてきた魔鈴と、カシオス帰還後に今度こそ居てもたってもいられなくなったらしいシャイナが私たちに追いつき合流したのだ。…………恐るべき速度で十二宮を上ってきたなこの二人……。
そして星矢の危機に飛び出そうとするシャイナをなんとかなだめようとした時だったのだが、そのタイミングでサガの双子座聖衣の全裸装着である。
全裸装着である。
…………思わず反芻してしまったが、サガめ。まず教皇服の下が全裸なのはどうなんだ。しかもそこに直接聖衣を装着するなどと……オルフェの疑問に思わず「もっともだ」と頷いてしまった。あれで股間は大丈夫なのか、股間は。緊迫した場面だというのにこちらを困惑させるでないわ。
「……で? 星矢が勝つまで、このまま見守ろうってのかい。これだけ雁首揃えておいて」
真っ先に困惑から立ち直ったのはシャイナだ。
一応ここに来るまでに魔鈴から我々の事情を説明されていたらしいが、傷つき倒れる星矢を見ているのは気が気でがないらしい。恨めし気な視線をこちらに送ってくる。
「ああ。だが決して死なせない。そして私たちは星矢の勝利を信じている」
「……そうかい。というかあんたはあんたで顔!! 何普通にさらしてるんだい! 仮面はどうした!」
「そこか!?」
「そこだよ! 相変わらずそういうところ無頓着だね!」
「ちょっとあんたたち、静かにしな! 気づかれるよ」
まさか今そこをつっこまれるとは思ってなかったことを指摘され動揺していると、魔鈴に怒られた。な、何故だ……。
……とまあ、私たちがそんなことをしている中でも戦いは続いているわけだ。それにしても実際に目にするとものの見事に髪の色が変わっているなサガの奴。
聖闘士星矢はアニメ媒体と漫画媒体で髪の色が違ったりするが、サガの場合は漫画での髪色になっている。そのためアニメの青から銀髪への変化でなく、金から黒への変化のため印象の変わり具合がすごい。
「黙れーーーー! お前さえいなければ、私はとっくの昔に大地を支配していたのだ! いつも肝心な時に邪魔をした、それさえなければぁぁーーーー!!」」
どうやら表人格のサガが抗っているらしく、裏人格が攻撃に徹しきれず苦しみの声をあげる。……十三年もこの我の強い人格に呑まれず抗ったことを思えば、いかにサガが強靭な精神をもっているかがよくわかるな。四六時中あれと一緒か。抜け毛も増えるわけだ。
そして星矢を殺すための攻撃が出来ない裏人格は、その五感を奪い去り廃人にすることを選んだようだ。ひとつひとつ星矢から五感が奪われていくたびに、誰かしらが拳や歯を食いしばる気配を感じる。……見ているだけという、酷なことを強いていると改めて感じた。
しかし五感を奪われてなお、星矢の小宇宙は強く光り輝き……ついにはペガサス流星拳が光速の域に達した。魔鈴が「やれやれ、これは本当に追い抜かれたね……。よくわたしが教えた流星拳を、あの域にまで高めたものだわ」と、平坦な中に嬉しさをにじませて呟いていた。師匠としたらこの弟子の成長は、嬉しいだろうな。
だがたとえ光速拳といえど、サガはそう簡単に倒されない。
その後星矢が自分ごと、決死で放ったペガサスローリングクラッシュをうけてなおサガは健在だ。
……その時だ。
双子座聖衣のヘッドパーツ、正義の面が涙を流し始めたのが。
「ば、馬鹿な。何を泣く……! この私が大地を支配することがそんなにいけないことか!? 力ある者が大地をおさめて何が悪い!!」
(いや、全裸で装着されたから泣いているのではないか?)
(全裸のせいだなきっと……)
(全裸で装着されたら聖衣だって泣きたくなる……)
(全裸はあまりにも聖衣が憐れですね……)
(……前言を撤回しましょう。双子座聖衣よ、次に整備するときはちゃんと磨いてあげますから安心なさい)
(彼はあらゆる意味で自身を振り返った方がよいのではないか……?)
(全裸はない)
(全裸はないね)
…………うむ…………。
それぞれ言葉にせずとも、だいたい何を考えているのか伝わってくるこの空気感どうすればよいのか……。
これも全て全裸で聖衣を装着したサガのせいだ。せめて下着をはけ。
「城戸沙織のような小娘では守れん! 私こそがこの時代の救世主なのだ!」
サガは声高らかにそう言い……直後に制裁を受けることとなる。
「フンッ」
「おぐ!?」
「
「はっ! わたしとしたことが、つい……!」
今何が起きたのかというと、女神の小宇宙がこもった石がサガの顔面に投擲された。クリーンヒットである。
これは流石にバレるかと全員の緊張感が高まった……その時である。
「邪魔をしたのは貴様か……! フェニックス一輝!!」
「(まだ何もしていないが……)フン! 貴様の悪行もここまでだ教皇!」
処女宮から走ってきた、不死鳥の男が到着した!! ナイスタイミングだ!!
この瞬間、図らずして上司たちからの株が上がったことを一輝は知らない。