十二宮の戦いから数日経った今、私たちは事後処理に追われている……こともなかった。
いや、色々と大変ではあったのだがな。聖域の運営自体はサガがしっかりとやってくれていたので、あまり手を出すことがなかったのだ。これから変えていく必要はあるだろうが、それは大きな戦いを控えた今、急いでやるべきことではない。急いては事を仕損じる、というやつだ。
全てが終わり、余裕が出た時にやるべきだろう。小さなことからでも出来たら、それはいいことなのだがな。
ともかくそんなわけで、トップが正式に
そして私と沙織ちゃん、アイオロスは現在日本の城戸邸の目と鼻の先にある療養所で平謝りをしていた。
誰に謝っているかといえば……それは星矢達。今回の功労者である。
「ったくよー! やってらんないぜ! オレたちがさぁ、必死こいて戦ってるのにお嬢様は呑気に観戦かよ! 銀河戦争の続きのつもりかー!?」
「す、すみません星矢」
「星矢……
「嫌だね! というか、あんたもだぜアイオロス! 人馬宮でのオレたちの涙を返せ!」
「ぐ……! あ、あれのことは忘れてくれ!」
口をとがらせて文句を言う星矢は、病院のベッドの住人となっているものの元気そうだ。怪我や疲労は未だ抜けず医者には安静を厳命されているが、意識不明の重体だった原作に比べたら良い方なのだろう。彼らには多大な苦労をかけてしまったので、治療を恩に着せるつもりはないが。
「ま、まあまあ星矢。気持ちはわかるけど、こうしてお嬢さんも何度も謝ってくれているわけだし……」
「甘いぞ、瞬。この人にはいい機会だし、たっぷり反省してもらおうか」
「まあ、この戦いでオレ達がひとつ聖闘士としての高みに近づいたのは事実だが……」
優しい瞬は腕を組んでそっぽを向く星矢をなだめようとするが、氷河はなかなか手厳しい。紫龍に関しては師である老師……童虎殿も一枚噛んでいたとあって、どう反応していいのか未だ考えあぐねている様子だ。自分たちと
「いや、そのな……。
「そりゃ、あんたにも腹は立ってるけどさぁリューゼさん! 日本で会った時、変だと思ったんだ。妙な恰好してたし」
「そういえばオレ達が倒したと思っていた白銀聖闘士……。彼らも生きていると聞いたが、その後どうなったんだ?」
紫龍の問いに応えようとした時だ。病室の扉が開き、二つの人影が入室してくる。
「リューゼさん! 頼まれてたもの買ってきましたよ!」
「あ、ああ。ありがとう」
「む……。紫龍、起きていて大丈夫なのか?」
「え……。あ、あーーーー!? な、なんでお前らが!?」
「い、生きていたのか!?」
ハキハキとした言葉使いで頼んでいた買い物を私に差し出してきたのは、褐色の肌に白髪の少年……ブラックペガサス。そして紫龍を気遣って声をかけた長い黒髪の少年はブラックドラゴン。かつて……といってもそれほど前でもないが、一輝と共に星矢達の前に立ちふさがった、
私は以前、自分の技でどこまでの回復が可能かを彼らで試した。成功し生き返った二人は適当な病院に放り込んできたのだが……。動けるようになった二人は、なんと城戸亭の前で門前払いをくらいながらもずっと私たちの帰りを待っていたらしい。助けてやった時に意識があって覚えていたのかと驚いた。
「ふん、死にぞこないの情けない有様だなペガサス」
「なにおう!? ……いやそれより、お前ら白銀聖闘士に止めをさされたんじゃ……その、俺たちの代わりに……」
反射的に言い返そうとするも、彼らの最期を思ってか歯切れを悪くする星矢にブラックペガサスがくいっと顎で私を示す。
「この人に助けてもらったのだ。……他の仲間は無理だったが、富士の風穴に埋まった遺体を掘り起こし埋葬する手伝いもしてくれた。オレ達はその恩をかえしながら、仲間の分まで生きようと考えている。一輝様も今は見当たらんが、お前たちと共に戦ったんだろう? ならまた、オレたちもついていくさ。あの人はオレたちのリーダーだからな」
「暗黒聖闘士がなにを、と言われそうだがな。
「助けたことは、別に気にしなくていいと言ってるんだが……」
私としては蘇生可能なのか実験のつもりだったから、そう素直に感謝されてしまうと気まずくてならん。
埋葬については蘇生できなかったブラックアンドロメダとブラックスワン含めて、もともと供養してやるつもりだったしな。
「そういえばオレやカミュも、リューゼさんが治療してくれたらしいな」
「人を傷つけるためじゃなく、人を癒すための小宇宙の使い方か……。ボクやっぱり、リューゼさんに技を習おうかな」
「そのことについては是非検討しておいてくれ。お前の師であるダイダロスにはもう話はつけてある」
「は、はは。嬉しいけど、複雑だよね。死んだと思った人がみんな生きているんだもの」
苦笑する瞬に私も苦く笑い返す。……あの後、人間模様は色々あったものなぁ……。
そして私はひとつ絶望的な現実を知ってしまった。
どうやら私の呪いを解く手立ては、そう簡単には見つからないらしい……という現実を。
私は深く息を吐き出しながら、数日前の事を思い出していた。
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各自名乗りながら膝をつく黄金聖闘士が揃い並ぶ様は壮観と言うほかない。星とわずかな松明の炎しか明かりが無いというのに、彼らが纏う黄金聖衣は燦然と輝いて見えた。…………約一名、上半身裸で脇に聖衣を抱えている男がいるが。
シャカ殿、気絶してるところを無理やり起こして連れてきたのは我々なので「何故君まで並んでいるんだね?」と心底不思議そうな顔で問わないでやってくれまいか。聖衣に見放されたとはいえ、そいつ以外に今のところ蟹座の黄金聖闘士に適性がある者がいないのです。
「そして五老峰におられる
代表してそう言い切ったムウ殿の言葉に、全員が
……が、約一名名乗り出ないままに私の横で跪いている男が居たので肘でつついてやる。
「おい、お前は名乗らなくていいのか」
「気まずいなと考えていたら、向こうに交じるタイミングを逃した」
「行けこの英雄が!!」
締まらないことを言っていたので、十三年前に
「この私、
「あ、アイオロスだってぇーー!?」
アイオロスの名乗りに驚愕の声をあげたのは星矢。今まで階下から黄金達がぞろぞろ集まってくるのを目を白黒させながら見ていたのだが、ついに我慢できなくなったらしい。ずかずかと沙織ちゃんの横まで歩いてくると、沙織ちゃんとアイオロスを交互に見る。
「どうりでアイオリアに似てるはずだ! なあ、聞きたいことは一杯あるけど、これってどういう……」
そして、言いかけた途中で電池が切れたようにバタンと倒れた。正面に居た沙織ちゃんの胸に。
「せ、星矢!?」
「星矢貴様!
「いや無理もないだろう。よく意識を保っていたもんだ」
ひょいと気絶した星矢を抱えたのはアイオロスだ。見れば星矢は先ほどまで激戦を繰り広げていた男とは思えぬほどの、健やかな寝顔を晒している。……今は休ませてやった方がいいだろうな。
「アイオロス、貸しな」
「む、いいのか? なら、頼む」
「……あんたにしちゃあ、よく頑張ったね」
アイオロスから星矢を受け取った魔鈴が、いつになく柔らかい声で星矢をねぎらった。……星矢め、損なことをしたな。本人に聞こえていないのがもったいない。
サガの体から悪しき心が抜けたあと、各宮で待機してた黄金聖闘士達も集まり(幾人かはたたき起こされ)
そして星矢の気絶と入れ替わるようにして、あの男が目を覚ます。
「あ、
震える瞼を持ち上げた彼……双子座のサガは、沙織ちゃんを前にすぐさま自らの心臓をえぐろうとした。
「いや待て!!」
「こちらの苦労を無に帰すな馬鹿者!!」
当然すぐ止めたがな! ノータイムで自殺しようとするんじゃない!!
「サガ、お前も体の中で聞いていたのだろう! 此度の反乱はすべて軍神アーレスの謀略によるものだと!」
「そんなもの関係ない!! このサガの罪、死して詫びたくらいで許されるとは思わないが、生き恥を晒しては
サガの顔がアイオロスに向いた。
「いや、そのな。生きているぞ、私は。さっきぶりだな!」
その時のサガの顔はおそらく今度一生見れない顔だったろうな、とだけ言っておく。ちなみにシュラも先ほどから頻繁にアイオロスの顔を見ていた。話させてやりたいが、今は少し無理そうだ。
こうして戦いが終わった後もごちゃごちゃと色々あったのだが、大半が負傷者の上に夜遅くまでまだ少女である
無傷、軽傷の者は聖域に残り事態の収拾と事後処理を。傷の深い者はアテネにある城戸財閥管轄下の病院で治療を、という具合に沙織ちゃんとアイオロス、ムウ殿が中心になって采配をふるった形だ。
ちなみに戦いがあったばかりで損傷の激しい十二宮で沙織ちゃんを休ませるわけにもいかず、彼女本人も自分のために戦い傷ついた星矢達の側に居たいという要望があったので、沙織ちゃんもまた護衛として黄金聖闘士を何人かつける形でアテネに行くことになった。
せっかく真の主を取り戻した十二宮だが、まだしばらくその頂きに女神を迎えることはなさそうである。
…………そしてこの私、リュサンドロスなのだが。
「ふ、フフフフフフ……! ついに、ついに男に戻る時が来たぞ!!」
一応アイオロスにだけ声をかけこっそり抜け出し、今私は
この巨像であるが、アテナ自身の血を使うことによって
なにしろ、邪を祓うということは……この私の忌々しい呪いも消し去ってくれる、ということだからな!!
私は八年間、これをあてにして生きてきたのだ!!
(アイオロスのパターンがあるのだ。男に戻ったら適当に理由をでっちあげて、実は生きていたと言って再びリュサンドロスとして戻ればいい! リューゼは動けなかった自分に代わって立派に役目を務めてくれたから、普通の生活に戻してやったとかなんとか言ってな! この辺りは
一瞬のうちに心での葛藤を終えると、私はアテナの盾を掴んだ。
「さあ、聖なる盾よ! 私にかけられた古の神の呪いを消し去ってくれ!!」
私の願いに応えるように、盾から聖なる光がほとばしる。その光にさらされついに私は男に……。
【戻れないわ。その姿こそ、あなたの真の姿だもの】
ぞわりと、身の毛がよだった。
まるで女の柔い肌のような感触が私の首に絡みつき、目玉だけ動かせばそれが白い腕だと知れる。ほっそりとした華奢で優美な指を私の体に這わせ、いっそ優しいくらいに抱きしめてくる。
なんだ。
なんだ、これは。
身をいっさい動かすことが叶わず、体温は奪われ体に氷でも詰められたようだ。
だというのに脂汗だけ噴き出ている。呼吸は乱れ、自分が息を吸っているのか吐き出しているのかも分からない。
そして、視界が暗転した。
「!!」
はっと意識を取り戻した時は、すでに山脈から朝日が覗いているところだった。
黎明の空は美しく、白亜の宮殿たちを朝日で染め上げていく。吹き抜ける風に身を任せたまま、私は完全に世界が朝で満たされるまでその様を呆然と見ていた。
時間が経ち、ゆっくりと体を見下ろす。
「…………ついてるし、ついてない……」
胸には私には本来不要のはずの双丘がいまだ健在であり、股間に相棒が戻った気配はない。
「なんだったというんだ……! あれは……!」
私は拳を強く床に打ち付けて、未だ呪いが解けぬわが身を恨めしく思うのであった。