尻ぬぐいのエリダヌス~駆け抜けて聖戦~   作:丸焼きどらごん

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31,インターバル

 男に戻れなかった。

 

 その事実は私を強く打ちのめしたが、それを思い悩む暇も多くは与えられない。

 何しろ身内争いが終わった後は、いよいよ神相手の戦いになってくるからな。ちなみに当然のごとくアーレスはノーカンである。あれが本当にアーレスだったかなど私は知らん。

 

 ……悩む暇も無いとはいえ、呪いを解こうとした時の女の腕がなんだったのかは気になるがな。

 女神(アテナ)の盾をもってしても解けぬ呪いなど、いったい私に呪いをかけた古の神の残骸は何者なのか。すでに倒してしまった相手なだけに問いただすこともできん。クソッ!

 一応無断で女神(アテナ)の盾を使った謝罪と共に沙織ちゃんにも報告したが、彼女としても私の呪いがどういったものか分からないらしい。私事で申し訳なさそうな顔をさせてしまった事が悔やまれる。

 八年あてにしてきた解呪法が失敗し、いよいよもって男に戻る方法が分からなくなってしまった。

 

 だが、それを嘆いている場合でもないのだ。此度の戦いで死者こそ出さなかったが、次の敵も気を抜けん相手だからな。

 

 …………いやアイオロスに愚痴をぶちまけてヤケ酒をかっくらう程度には荒れたが。……吐くまで飲んだのは久しぶりだ。安酒だったのもいかん。三日ほど気持ち悪かったぞ。

 

 

 

 

 ……ともあれ、次の戦いだ。

 

 次に戦うべき敵は海王ポセイドン。だと思われる。

 

 

 

 今までの事を総合すると、この世界は私が知る「聖闘士星矢」の漫画側の物語に沿って進んでいるようだ。

 アニメではこのタイミングでシリーズ内でも人気の高い"北欧編"が入るのだが、今のところそんな様子は見られない。

 だが油断もできん。一応アスガルドの民というのは居るらしいからな……これは北欧へ調査と監視に向かってくれた、カミュ殿の報告待ちだろう。

 ……カミュ殿と言えば、彼とシュラには驚かされたな。最近やっとジャミールから聖域に帰還したミスティ等白銀聖闘士達は、私の粗治療の影響がまだ完全に抜けきっていない者もいる。

 しかし同じく私が治療を施した黄金聖闘士である二人は、目覚めてから間を置かずして動いていた。消耗度や怪我の度合いもあるのだろうが、これが格の違い、ということか。

 まあ、原作と違って邪魔した甲斐があり、ほとんど死に直面するような傷を負ったものが居なかったのは幸いだ。私の技など使う機会が少ないに越したことはない。

 

 …………ん? 多分だが、この戦いの中で一番危険だったのはカシオスなのではないか……?

 ……なんというか、奴には改めて申し訳ない気持ちが湧いてくるな。今頃シャイナのしごきにひーひー言ってる頃だろうから、折を見て何か差し入れのひとつでもしてやるか。

 

 

 ポセイドンとの戦いの時期についてはおおよそ見当がついている。その日まで北欧に変化が無ければよいのだが……。

 

 アスガルドまで巻き込んだとあっては首謀者たるサガの弟、カノンの罪が重くなるのであとあと面倒極まりない。奴にもハーデス戦ではキリキリ働いてもらわねば困るのだ。

 沙織ちゃんの話では白銀聖闘士が完全に回復次第、カミュ殿の応援に数名北欧に送るらしいのでもし万が一があっても全力で阻止していただきたいものだ。予兆があれば私もすぐさま北欧に赴き何が何でも邪魔をするぞ。

 ……そしてもしアスガルド編が無い場合であるが、のんびりもしていられないがそこそこ時間の猶予もある。

 

(ジュリアン・ソロの誕生日まで、あと三か月弱か)

 

 現在十二月。調査したジュリアン・ソロの誕生日は三月二十一日。

 海王ポセイドンの依り代であるジュリアンが海底神殿に迎え入れられるのは、ジュリアンの誕生日パーティー後のことである。ジュリアンがそのパーティーの席で沙織ちゃんにプロポーズなんぞするシーンがあったから、印象が強くこれについてはなんとか覚えていられた。

 この件については忘れていないで本当に良かったと思う。何故なら忘れていた場合、ポセイドン降臨後にかの神が引き起こす未曽有の大洪水が世界中を襲うからだ。我らが女神(アテナ)と星矢達の戦いは、その大きな犠牲のあとから始まるのである。

 時間はともかく津波のことは忘れないで本当によかった。ふざけるなよカノン及びポセイドン。

 

 もちろんそんなことをさせてたまるかと、今からその時期が早まった場合も考えて対策に動き始めている。

 ジュリアン・ソロの近辺にもすでに監視の目と、海闘士(マリーナ)が来た場合彼が攫われぬよう対処にあたる護衛が潜んでいた。

 例によって時系列はよく覚えていないが、十二宮での戦いの後本来ここまで時間の猶予は無かった気もするのだ。私が気付いていないだけで、もしかすると十二宮の戦いの時期が早まっている可能性もあるが……。そうなると誕生日だけを目安にしていると痛い目を見そうだからな。

 十二宮の戦い後すぐに海界もといカノンが行動を起こさなかったのは、聖域がほぼノーダメージであることを知って様子見をしていたと納得できるが……アスガルドに工作をぶち込んでいないことを切に祈る。やめろよ貴様。その部分だけアニメサイドの動きをするんじゃないぞ。フリではないからやめろよ。

 

 

 とにかく、だ。

 おそらくこれらの動きによって、海王との戦いは十二宮の時と異なり確実に私の知る未来とはかけ離れたものになるだろう。

 私の前世を含めた未来の知識と事情を知るものは現在四人。

 

 

 女神(アテナ)城戸沙織。

 

 射手座(サジタリアス)のアイオロス。

 

 牡羊座(アリエス)のムウ。

 

 天秤座(ライブラ)の童虎。

 

 

 未だ全てを知るのはこの四人のみであるが、その内訳がそうそうたる面々だ。これで未来が変わらぬはずがない。

 だがけして、悪い方向へ行かせる気はなかった。

 

 ……そういえば変わった未来といえば、沙織ちゃんにいたっては私に聞くなりさっそく病院で血液を採取して、女神(アテナ)の聖衣を復活させ手に入れていたな……。女神神殿の女神(アテナ)像が消失したと、サガが卒倒したのは記憶に新しい。

 女神(アテナ)の聖衣を早いうちから手に入れたのは喜ばしいことなのだが、その事を伝えにハーデスに寝返ったふりをしてまで聖域に乗り込んでくるだろうシオン様に少々申し訳ない。

 長らくスターヒルに放置されていたシオン様の遺体は先日ムウ殿によって手厚く墓地に葬られた。今度供え物と花をもっていって、手を合わせておこう。

 

 …………こうして私の知る未来からは徐々に外れていっているが、そもそもその知識はネタばかり強く覚えている、起こりうる事態の時系列も曖昧で中途半端なもの。

 女神(アテナ)の聖衣や、覚えている限りの敵の手の内。これからはそういった、物語から外れようともあまり関係ない部分の知識を有効活用していきたいものだ。

 

 

 

 

 

 ……………などと、これからのことに思いを馳せていると手から書類が滑り落ちる。

 

「おっと」

 

 床に落ちきる前に掴もうと手を伸ばすと、それは私より早くのばされた手に捕まれた。

 

「ああ、申し訳ない」

「いや」

 

 差し出された書類を受け取る。

 目の前の豪奢な金髪の下で未だ複雑そうな……どう接していいかつかみ損ねているような顔をした男に、思わず苦笑が零れた。

 

 現在ここは聖域の執務室の一つ。

 私はここ最近は主に日本と聖域をテレポーテーションで行き来しながら、以前のようにサガの仕事を手伝っていた。

 ……全てが終わった後になるだろうが、早急に書類仕事が出来る人材の育成が求められる。何故当然のように私はここに配置されているんだ。

 

「サガ殿、いい加減慣れてはどうか。今までとやっていることは同じなのですから」

「そうは言うが……な」

 

 双子座(ジェミニ)のサガ。現在彼は今までと同じように、聖域の運営に関する仕事を任されている。

 とはいえこのまま継続してはどうかと女神(アテナ)に薦められた"教皇"の地位は断固として辞退し、それどころか双子座の聖衣さえ現在は女神(アテナ)に自ら返却しているため、今の彼は黄金聖闘士でもないただのサガだ。周りはまったくそのように思ってはいないが。

 

 黒い執務服に身を包んだサガの表情からは、憂いが未だ抜けきらない。

 というのも彼は自身が神に操られていたという私のホラ話に対し懐疑的だからだ。そんな都合のよいことがあるものか、あれは紛れもなく自分の弱い心に潜んでいた悪だったと……口にこそ出さないが、そう疑っていることが窺える。

 例のホラはサガを働きやすくするための(サガが聖域の運営から外れたら真面目に痛手である)周囲の印象操作という狙いもあったが、主目的はこいつのメンタルケアだったのだが……人の心は、そう簡単に思うようにはいかないものだ。

 

 ……カノンのこともあるし、もう少し精神が安定したら私の知る未来に関する情報だけでも話したいんだがなぁ……。

 優秀な男だ。是非とも巻き込みたい。

 

「慈悲深くも女神(アテナ)は私を許してくださったが……。十三年も聖域を謀っていたというのに、逆に同情の視線を寄せられるのはなかなかきついものがある。アイオロスや、正直……君にも、どう接していいのか分からない」

「そういうものですか……」

 

 まあ同情と言ったって、割り切れない者だってたくさん居るだろうし、恨みの籠った視線だって向けられるだろう。でもそれだけじゃ、この男には足りんのだろうな。

 その真面目さは好ましくもあるが、それ以上に難儀なものだ。

 

「私などに接し方など迷われますな。今まで通り、仕事をするだけです」

 

 そもそも事務的なことしか話さないのだから、会話など気を使わなくていい。そう言ったつもりなのだが……どうもサガの気配がしょぼくれた気がした。

 …………あれか。愚痴でも聞いてほしかったのか。まあ同格の黄金相手では逆に言いにくいだろうというのもわかるが……。

 

 聞いてもらいたいだけ、という気分の時は誰にでもあるものだ。

 それは先日散々男に戻れなかったことをアイオロスに愚痴った私としてはよくわかる。

 

「ま、まあ黙々と仕事をするだけでも味気ないですね。私は今日は一日こちらの手伝いなので、よければ何か話していただけるとありがたい。武骨者ゆえ、気の利いた言葉は返せませんが」

 

 先に慰めるようなフォローは期待するなよと予防線だけ張っておく。おそらく己の罪を誰かに断罪してほしいであろうサガにしたら、最初からそんなもの期待しとらんだろうが。ただ返しに困ることを言われた時、無言というのも居心地が悪いからな。それ用の予防線だ。

 

 が、私の言葉にどこかほっとしたような表情をされてしまい、じわじわと罪悪感が湧いてくる。

 いや本当、気の利いたことは言えんぞ。

 

 ……年長者としてここはフォローすべきなんだろうが、私は私のことで色々と精いっぱいでな……すまん……。色々とな……はぁ……。

 

 

 

 

 

 

 仕事の手を動かしながらサガの独り言にも似た話しを聞くという、なんとも居心地の悪い時間を過ごした後。私は精神的な疲労を抱えたまま帰路についた。

 

 そして小屋の前で扉を叩こうか叩くまいか迷っている人影を見つけてしまい、溢れんばかりの嬉しさと胃がきりきり締め付けられるような痛みを同時に味わう。地獄か。

 それでも無視など出来ようはずもなく、諦めて帰ろうとする背中に声をかけた。

 

 

「どうしました。シュ……に、兄さん」

 

 

 

 考えることはたくさんあるが……それらよりもなによりも、私が今一番悩んでいるのはこれである。

 

 声が裏返ってしまったのは、どうか許してもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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