尻ぬぐいのエリダヌス~駆け抜けて聖戦~   作:丸焼きどらごん

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34,対海界作戦会議・完!海中神殿会議、始動!

 静謐な海中神殿の中、カツンカツンと、石畳に硬質な金属が接触する音が周囲に広がり反響する。それはこの場の天に満ち満ちた世界全ての海のいずれかにて、大波となり沿岸を飲み込むかもしれない。まるで密林の蝶の羽ばたきが荒れ狂う暴風となり果てて、超自然の猛威として世界を襲うように。

 そんなたわいもない想像に口の端を緩めた男……金と言うには赤みが強い、さながら熱帯に生息する美しい魚の鱗を彷彿とさせる色合いの鎧を身に纏った青年は更に歩を進める。向かう先は自らの主を出迎える場所だ。

 

 しかし青年が浮かべた皮肉気な笑みからは、主を敬うような感情は見受けられない。

 

(あるじ)……主か。くくっ、中身もその依り代も、全てはこのカノンの手のひらの上……だがな)

 

 だが利用すべきお飾りとはいえ、一応迎える準備くらいは整えねばならない。今夜、男……海龍(シードラゴン)のカノンの主である海皇ポセイドンを、この海底神殿に迎える手筈となっているのだ。

 海皇の魂は現在代々依り代としての役目を持つソロ家の御曹司の体に宿り、眠っている。その依り代を人魚の海闘士テティスが出迎えに発ったのはつい先ほど。戻るまでにはまだ猶予があるだろう。

 依り代の体が十六歳になるまで起こすなという海皇との約束を律儀に守ってやったのだ。これから自分の地上世界征服のための傀儡として、せいぜい役に立ってもらおうではないか。

 

 依り代を迎えに行かせると同時に聖域の主、女神アテナの化身である城戸沙織を他の海闘士に襲わせるつもりだが、ポセイドンの化身、ジュリアン・ソロを連れ去る際の目晦ましにでもなればいいところだ。本当に攫ってこられるなどとは思っていない。

 ものの見事に攫われてくれるならそれはそれで、聖域も堕ちたものよとあざ笑うのみだが。

 

(それにしても城戸沙織……現代のアテナ、か。女神も随分と俗世に近い存在となったものよ)

 

 海商王ソロ家の息子の誕生日に、城戸財閥総帥として女神がこの地に訪れているというからおかしなものだ。これもかつて兄が女神抹殺に失敗したがゆえの巡りあわせだが、本来聖域の十二宮を抜けた先で一部の者しか謁見できないはずの女神さまがテレビ放送に出る始末。

 銀河戦争などというお遊びを開催した時は、腹を抱えて笑ったものだ。

 

 

 

 カノンはかつて聖域に属していた。双子の兄は黄金聖闘士、双子座のサガ。

 

 聖人のような心の清さを持つ兄に対し、昔からカノンの心は真逆の悪に傾いていた。そしてその心をもって兄にアテナ抹殺をそそのかし、兄の怒りに触れスニオン岬の岩牢に幽閉されたのが十三年前。……サガはそのあとすぐにカノンが見抜いていた悪の心に飲み込まれ、教皇を殺しアテナをも殺そうとしたのだから様は無い。自分が言った通りではないか。

 その無様な兄を尻目に、カノンは岩牢から運よくたどり着いたポセイドンの海底神殿で新たな称号を手に入れた。それがポセイドンの海将軍(ジェネラル)海龍(シードラゴン)

 しかしそれは神を欺いた偽りの称号である。カノンはアテナの封印から目覚めたばかりの海皇を謀り、従うふりをして自分こそが地上を支配しようと企てたのだ。

 

 

 そのために準備を重ねた十三年間。

 

 

 七大海将軍(ジェネラル)を筆頭に鱗衣(スケイル)を纏いし海闘士(マリーナ)も順調に集まった。少し前に起きた聖域での内乱で多少でも聖域戦力が削れてくれていれば面白かったが……それなくしても海将軍達の実力は黄金聖闘士に引けを取らない。なにより兄を超える実力を有した自分が居る。

 

「サガめ、反逆者でありながらもおめおめと生き永らえたらしいが……。ならばこのカノンが、貴様の息の根を止めてやろう」

 

 海は飲みこむ、全てを飲み込む。そしてまっさらに均された世界の頂点に君臨するのは女神(アテナ)でも海皇でもない。この自分だ。

 海皇の魂にはそのまま眠っていてもらい、依り代であるジュリアンを利用してその力のみを使わせてもらおうではないか。

 

 今夜から三日後程度だろうか。海皇復活の宴とばかりに、ノアの大洪水を彷彿とさせる荒波の猛威が世界に襲い掛かるだろう。それを止めるには聖域側からこの海底神殿に赴くほかない。

 

 

 

 その時たっぷり料理してやろうと、カノンは笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、あなたがカノンですか。本当にサガそっくり。さすがは双子ですね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑みが固まった。

 

 

 

 

「は…………?」

 

 思わず零れた声は舌打ちしたくなるような間抜け声で、狼狽が隠しきれていない。取り繕おうにも、それを成すには混乱から抜け出せずにいた。

 

「君が海龍か……。ええと、初めまして? 私が君たちの主らしいポセイドンのジュリアン・ソロだ」

「あの、海龍(シードラゴン)様……申し訳ございません。何故かこのようなことに……」

 

 力強くも優美な流線を描く神々しい鎧。片手には勝利の女神の化身たるニケの杖。

 

 戦女神の名に恥じない姿で優雅に紅茶を嗜んでいるのは、見間違いでなければ女神(アテナ)その人ではないか? そして対面に座り、一応海皇ポセイドンの鱗衣を纏っているが戸惑いを隠しきれていない少年はジュリアン・ソロ。更にその横で申し訳なさそうに肩をすくめているのはジュリアンを迎えに行かせた人魚の海闘士テティスだ。

 見れば周囲には気絶した海闘士が山積みになっている。治療なのか、それらを丁寧に一列に横たえて小宇宙を注いでいる女が一人。女神(アテナ)の後ろには黄金の輝きを身に纏った男がひいふうみい……九人。

 

 

 

 九人。

 

 

 

 待て。いずれこの海底神殿で黄金聖闘士達含む聖域の面々と戦うつもりではいた。だが待て。いきなり多い!!

 

 

(…………! 冷静になれ、カノンよ。この程度想定しないでどうする? 現状まったく、いっさい、地上に対してなにもしていない、まして海皇ポセイドンとしてジュリアンを覚醒させてもいない段階で女神が黄金聖闘士を引き連れて乗り込んでくる程度……程度…………)

 

 いや、だから待て。冷静に考えれば考えるほど意味が分からない。そしてあの鎧はなんだ? あのすさまじく神々しくものすごい力を感じる鎧は。何故女神が聖衣のようなものを纏っているあんなもの知らんぞ。

 ジュリアンも海皇の鎧を身に纏ってこそいるが、こちらはまだ神の魂が目覚めていないからかあれほどの力を感じない。というよりもそもそも何故十二宮で守られるべき女神が自ら鎧を纏って出陣してくる? 訳が分からない。十二宮の意味はどうした。いや攻めてくる聖闘士達をくびり殺した後にいずれ十二宮から引きずり出す算段ではいたが、まず間違いなくそれは今ではない。そして女神の言葉を顧みるに自分の正体はすでにバレている。一体どういうことだ。

 

 一瞬のうちにして脳内を数多の思考が駆け巡ったが、それらは全て疑問と困惑へと帰着した。

 しかしこれでも神を謀った男。その図太さをもって、カノンはなんとかしてわなわなと震える体をおさえて口を開いた。

 

「…………ッ、これはこれは、我が主ポセイドン様並びに女神アテナ……ご機嫌麗しゅう。よくぞおいでくださいました」

「聖域の裏切り者が、何をぬけぬけと!」

 

 自分でもそう思う。

 絞り出した言葉に投げられた怒声に思わず素で頷きそうになるが、なんとかこらえた。

 

(あれは……蠍座(スコーピオン)のミロか。大きくなったな……向こうは俺を知らんだろうが……。! いや俺は何を考えている!?)

 

 海龍カノン。表面上は平静を装っているが、内心思考と自身その他へのツッコミで大忙しである。

 

「ふふっ、歓迎の言葉をどうもありがとうカノン。ところであなたには是非この話し合いのテーブルについてもらいたいのだけど、よろしいですか?」

「話し合い……とは」

「同盟の申し込みです。冥王ハーデスに対するための」

「なん!?」

 

 さすがに表面上だけとはいえ、これ以上平静を保つのは難しい。カノンの口から飛び出た驚愕一色の声に、女神(アテナ)沙織は「ふふふ、ジャブは上々ですね……邪武はいませんけど……」と小さくほくそ笑んだ。聞こえた者で突っ込む者はいない。

 

 

 

「では、改めまして。ギリシャ聖域(サンクチュアリ)女神(アテナ)、城戸沙織が海皇ポセイドンと海界に申し入れます。これより二百数十年の時を経てわたしの封印より復活し、地上を冥界の様相へ変えようとたくらむ神……冥王ハーデスおよび冥界の軍勢に対抗するべく、同盟の締結を求めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャブどころか初手アッパーカットだよ。

 

 そう思いつつ、私は少々の憐れみをもってカノンを見つつ海闘士たちに治療を施していた。ちなみにこの海闘士たち海底神殿につくなり果敢にも飛び掛かってきたのだが、護衛である黄金聖闘士が何かする前に沙織ちゃんが薙ぎ払っている。

 本人としては女神の聖衣の"ならし"のつもりだったようだが、戦女神の力をもろにくらった海闘士たちは死屍累々の有様だ。申し訳なさそうにする沙織ちゃんに私が彼らの治療を申し出たのは、つい先ほどのこと。……今度実戦形式で女神の戦闘訓練に付き合う必要があるかもしれん……ご本人が身を守れることこそ第一だが、あんな申し訳なさそうな顔になるなら力加減を覚えていただかないとな……。(私が)死なんといいが……。

 

 

 

 こうなるまでには少々時間を遡る。

 

 

 

 海界に対する会議から数カ月余り、ついにジュリアン・ソロの誕生日である三月二十一日を迎えた。だがこの時点ですでに我らが主、女神(アテナ)沙織はジュリアン・ソロとの友好を得ている。そのきっかけはジュリアン・ソロの父であるソロ家の総帥を、聖闘士が海難事故から救った事に起因する。

 

 ジュリアン・ソロの動向を監視する中、同じくソロ家の血筋である彼の父にも監視の目を向けるのは当然であった。もしジュリアンに何かあった場合、ポセイドンの魂が父親の方に憑依する可能性もあるからな。……というか私としては原作知識のフィルターがあったせいかすっぱりその可能性を失念していたため、ムウ殿に指摘されるまで気づかなかったのだが。不覚である。

 そしてその監視は、ソロ家の総帥と彼が乗っていた船の乗組員の命を救った。

 突発的な海難事故に遭い死ぬ定めにあった彼らを、監視についていた白銀聖闘士の蜥蜴星座のミスティ、白鯨星座のモーゼス、烏星座のジャミアンらが救出したのだ。

 復帰後の初仕事で成果をあげた彼らは女神直々に労われ、なかなかに誇らしそうだった。ミスティには無駄に自慢されたが。

 

 そして命を救った事でいたく感謝してきたソロ家総帥を通し、ジュリアン・ソロと手紙で交流を始めた沙織ちゃん。

 初めこそ自分が海皇ポセイドンの化身であるなどと突拍子もない話を信じるはずもなく「自分の気を引こうとそんなロマンチックな話をしてくれるなんて、ミス沙織はずいぶん可愛らしい方だ。どうでしょう、私の花嫁になってはいただけませんか?」などと恋文の様相を呈したジュリアンの手紙。それと根気よくやり取りをして先日ようやく信じてもらえたのだが、心なしか手紙を読んだり書いたりしたあとの沙織ちゃんは疲弊して見えた。

 ……ジュリアンめ、恐ろしい男よ。割愛した内容しか教えてもらえなかったが、いったいどんな濃厚な恋文を送りつけてきていたのだ。

 

 まあ本当の意味で彼が話を信じたのは、テティスと名乗る人魚の海闘士が本当に自分を迎えに来てからだろうが。

 その場に同席した沙織ちゃんが「ね! ね!? 本当だったでしょう!? ようやく信じてくださいましたか!!」とすごい勢いかつ満面の笑みで言っていたからな……。

 

 

 

 そして信じたらば、ジュリアンという少年はこのまま自分がポセイドンとして覚醒すれば世界を洪水が飲み込むと知って良しとするような人間ではない。

 

 その容姿と実力、家柄に見合った自信家ではあるが根は善良な人間なのだ。

 

 

 

 そして海皇を迎えに来たはずが、何故かその場にいた女神とその聖闘士まで同伴させるはめになり涙目のテティスに案内してもらい、海底神殿にたどり着いたというわけだ。

 …………まあ、しかたがあるまいよ人魚テティス。海皇の依り代自らと神、黄金聖闘士の圧を前に抗うすべなど無かろうよ。その心境を察するに同情だけはさせてもらうが。

 

 ちなみに事態を速やかに終結させるため今回は黄金聖闘士の大盤振る舞い、サガ、老師、カミュ殿を除く全ての黄金が女神(アテナ)に同行している。

 老師は言わずもがな、五老峰から動けない。カミュ殿は直前まで念には念を入れてアスガルドで待機。サガは…………建前としては残った聖闘士をまとめ上げ女神不在の聖域の守護をする役目を仰せつかったのだが、最終的に弟の事は丸投げさせてもらうとして最初からこの場に居たら話がこじれそうなので留守番してもらっているというのが本当のところだ。オルフェにも残ってもらっているため大丈夫だとは思うが…………うむ…………。

 

 

 逆にどうして私がこの場にいるのだ??

 

 

 いや、事態を近くで見守れるためありがたいのだが……私の事情を知らない面々から「何故こいつがここに?」という視線が会議時の比でないくらいに痛い。ああ、そうだろうよ。この面子に白銀一人混じっているのは違和感だろうよ。我ながら場違い感が凄いぞ。

 シュラが心なしか気づかわし気に見てくるものだからもっといたたまれない。簡単に終わる話でもないだろうが早く終わってほしい。

 

 

 

 そんな私の身勝手な考えをよそに、沙織ちゃんがカノンと……ジュリアンの中に眠るポセイドンの魂を見透かすように視線を強めた。

 

 

 

 

「そして、海界の返答はいかに」

 

 

 

 

 

 

 

 


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