冥界の女王と呼ばれるハーデスの妻、ペルセポネ。
ギリシャ神話における最高神もとい、だいたいの事件の元凶であるゼウスと豊穣と大地の女神デメテルの娘である。つまり我らがアテナとは異母姉妹という関係性になるわけだ。
それを言ったらギリシャ神話の主だった神々などほとんど親戚だがな。……デメテルやゼウスの正妻のヘラだって、あれだ。時の神クロノスと大地の神レイアを両親とするきょうだ……改めてギリシャ神話怖いな。まあ神話なんてどこもそんなものか。
彼女に恋をし妻にと望んだハーデスとの神話は、ギリシャ神話の中でも有名な方だろう。
ハーデスはペルセポネ……もともとは乙女の意であるコレ―の名で呼ばれていた女神に惚れ、その父であるゼウスにそそのかされて地上から強奪。自分の妻とした。
が、それに怒ったコレ―の母デメテルが地上に豊穣をもたらさなくなりさて困った……やっぱりコレ―返して? となったわけで。しかしハーデスもこれに「はいそうですか」とはいかない。帰りがけにコレ―に冥界の食べ物、柘榴を渡し、それを食べてしまったコレ―は、その食べた実の数に応じて一年の四分の一を冥界で過ごさねばならなくなったのだ。
で、彼女が冥界で過ごす時期はデメテルが悲しむので地上の恵は失われ……冷たく厳しい冬が来る。
諸説あるだろうが、まあざっくりまとめるとこんな感じだな。
神々が実際に存在すると分かっているこの世界において、冬の始まりともいえるこの話は結構重要だ。
だが不思議なことにその女神……ペルセポネについて、この世界では奇妙なことに関連する神話がほとんど確認できないのである。
前世の自分がそこまでギリシャ神話に明るくなかったというのもあって、元世界に現存していた話と照らし合わせができるのか……という問題もある。しかしミントの元となったニンフのメンテ―や、美少年アドニスの神話くらいなら軽く知っている。たまたまゲームか漫画か何かで題材にされてたのを覚えていたのだよな。
創作の題材に使われるという事は、この二つも有名な話のはず。それがなんとこの世界では確認できない。
ペルセポネ……冥王の妃という地位に対して、不自然なほどに彼女の逸話が少ないのだ。
聖闘士星矢は少年漫画だ。
読者として読んでいた時は「ハーデスを敵として書くにあたって神話の詳しいあれこれを盛り込みすぎてもテンポ悪くなるだろうし削ったんだろうな。もしくは続編で追加敵で出てくる」などと思って、軽く流していたのだが……。
今や私にとってここは現実。この違和感はひっかかる。
私はこの世界で自身の存在をやっと確立させて(というか動かないと世界やばいと遅まきながら気づいて)行動を開始してから任務などで各地へ赴くたびに、
というのも、ハーデスとの戦いにおいてペルセポネの存在はけして無視できないと判断したからだ。
作中でアテナに対し愛など人間が生み出した妄想発言をしたハーデスだが……これには非常に物申したい。
あのな、そもそも愛に振り回されてるのはお前たち神も同じだろうがと!! 愛やら恋やらが原因で空に星座が増えたりなんだのした数を数えてみろよと!! お前ペルセポネにべた惚れだろう! 世界中で有名だぞ!! 愛めちゃくちゃ知ってるだろ! 恋しちゃったんだろ!? かっさらいたくなるくらいに!! かまととぶってんじゃねぇ!! 本当は仕事疲れとかその辺が原因と違うのか、ええ!? ギリシャ神話の中では実は比較的まとも枠の冥王様がよ!!
…………と。
まあ愛を向ける相手はペルセポネだけ。人間など愛を向ける価値もない羽虫……とかいう価値観ならばこのつっこみは意味をなさないが、しかし愛は愛。
あのハーデスとて他者を愛する感情そのものは知っているのだ。そこが重要である。
要するに平和的解決の一つの案として、奴がべた惚れしている(はずの)奥さんの方を説得して穏便に冥界編終わらないものかと。そういう考えがあったのだ。
我ながら見通しの甘い案のためアイオロスに与太話程度で話したことしかないが、あれだ。妻に色々言われると強く出られないのは私もだからな……ハーデスとてペルセポネの言葉ならなにかしら耳を貸すだろう、という確信がある。男は妻に弱いのだ。
それ以前にペルセポネを説得できるのかという問題と、更にその問題の前の前としてその存在自体がはっきり確認できないがために、望みはスターヒルの酸素以上に薄いとしか言いようがないのだがな。いっそ大気圏突入直前の空気より薄い。
存在したとしても説得のために彼女の元へ行けるのか、と考えたらそれも難しい。そんな難しい尽くしのため、これに関してはほぼあきらめてはいる。
「しかし、やはり気になるな……」
愛を否定する神の側に、愛したはずの女が居ない。
勘でしかないが、そこに何か意味合いがあるのでは……と、喉に小骨のように引っかかる。
「…………何が気になるんだ?」
「ぅおあ!?」
「気にかかることがあれば、相談くらいにはのるが」
「い、いえ。シュ……兄さん、お気になさらず。些末な事です」
「……そうか」
し、しまった。口に出してしまっていたか! というか側にこの子がいるのに物思いにふけるな自分よ!! とっさに気にするなと返してしまったが、心なしか肩が落ちてしまったではないか! す、すまんシュラ! けしてお前を頼りないだとか思っているわけでなく内容が内容で……ぐうぅ!!
挙動不審になる私を覗き込むようにして見てくるのは、実の息子……今は実の兄という事になっている、山羊座の黄金聖闘士シュラである。
どうにも最近アイオロスとセットで沙織ちゃんの側付きのように扱われるようになってしまった私は、城戸邸に留まっている。つまりここは日本。……現在、本来聖域の守護に留守番させられているうちの一人であるシュラの方が、定期報告というていでこちらに赴いているのだ。
ちなみにシュラ、これが日本初上陸である。
時間もろもろの猶予があれば何か日本らしいうまいものでも食わせてやりたいのだがな……。心なしかゆったりした時間が流れているとはいえ、現在すでに戦いの最中といってもよい。冥界もいつ動くかわからんし、そんな状態で「ちょっと飯でも」なんて誘ったら真面目なシュラに怒られてしまいそうだ。
認識はともかく……認識はともかく!! 誤解されたうえではあるが、ようやく関係が改善してきたのだ。余計なことをして可愛い息子の好感度を落としたくない。
私は動揺しつつもシュラに「なんでもない」というように首をふると、遅くなっていた歩調を速めた。今私は定期報告に来たシュラを沙織ちゃんの元へ案内する途中なのだ。
そういえば冥界の動きだが……ハーデス……というよりは三巨頭かパンドラの案だろうか? 奴らはやはり死した教皇シオンを先兵に仕立て上げて、聖域に乗り込ませるだろうか。いや、確実に使って来るだろうな。
今代の黄金聖闘士は死していないため彼一人に元々の冥闘士をつけるのか、それとも他の……例えば先代の聖闘士の魂を冥闘士に仕立て上げるのかは分からないが。どちらにせよ攻めてくることは確か。
シオン様が冥界の先兵としての役割を飲み込むには理由がある。誰かに情報を引き継がせる前に死してしまったがために、彼は敵に身を堕としてでも女神の聖衣について
……そのため、それさえ知れたならシオン様は敵のふりをする必要もない。あの方は元々アテナのために行動を起こすのだから、敵として脅威とみなす必要はないだろう。
そのため冥界勢が攻めてきた場合、用があるのは共に来た冥闘士の方だ。
引きこもりのハーデスと決着をつけるためには、危険であっても冥界に乗り込むことは避けて通れない。
奴め、仮初の体までも冥界の最奥であるジュデッカに置いている上にさらに本体は嘆きの壁を越えた先……エリュシオンだからな。引きずり出すのは困難だろう。
なればいずれ攻め込むにあたって、冥界の詳しい地理などについて深く知らなければならない。となれば、良く知る者に聞くのが一番、というわけだな。
だからこそ誘い込み、捕らえる。今聖域に留守番に残っている者達の主だった仕事はそれに備えることだ。
……だから本来、伝令に黄金聖闘士という重要ポジションのシュラが来るはずないのだよな。たった今思い当たったが。たとえばミスティでも誰でも、テレポートを使える白銀聖闘士の誰かを遣わせればよい。なのに何故……もしや。
これは自意識過剰かもしれないが、沙織ちゃんあたりに気を遣われての采配か? 家族として会う機会を多くしていただいてるとか……いやいやいや、これは考えすぎというものだな。
と、そんなことを考えている時だ。案内の途中で奥の方から軽快な声がかけられる。
「お、兄妹そろってどうしたんだ?」
(アイオロス……! 貴様、私の複雑な心境を一番知っているくせに面白がるんじゃない!!)
かけられた言葉に思わず口に出しそうになるが、そこはぐっとこらえて睨むにとどめた。
現れたのは軽く汗をかいた様子のアイオロス。現在彼は私たちと同じく城戸邸に逗留している星矢達の指導にあたっている。
様子から見て、今はその訓練のあとだろう。……今頃星矢達、へばっている頃だろうな。
星矢達……彼らは十二宮でそのポテンシャルを発揮し、別の世界線ではハーデスを打ち倒した。そんな青銅聖闘士達は実に稀有な存在である。そのため海界編を力技ですっとばした今、海界分の成長をアイオロスが指導に当たることによって促しているというわけだ。
「! あ、アイオロス」
「……ああ、もしや定期報告か。邪魔して悪かったな。
快活に笑うアイオロス。こ、こいつめ。私が泣く泣く断念した飯の誘いをこうもあっさりと……!
しかし言われた方のシュラはといえば、ぱっと見分かりにくいが明らかに動揺の気配が大きい。……なんだかんだと慌ただしかったし、場所も離れていたからアイオロスと二人で話す機会などなかっただろうしな。これも当然か。
十三年前、教皇の命令でアイオロス抹殺に向かわされたのはシュラだった。私が介入せねば聖闘士星矢の漫画の通りアイオロスはそこで死んでいただろう。助けた時には瀕死だった。
当時、次期教皇に選ばれるほどの実力者だったアイオロス。それがアテナを守りながらだったとはいえ一方的に攻撃をうけて深手を負ったのは……本人は言わないが、真実を知らなかったであろうシュラを気遣っての事だと思っている。
それを今ならシュラも理解しているはず。一応謝罪はしたらしいのだが、それでは済まないほどに気にしているのはこの態度を見れば明白。……うむ。どうしたものかな。
いや、それでか。アイオロスが飯でもどうかと誘ったのは。
「アイオロス殿。食事なら私も同行してかまいませんか?」
「ああ、もちろんだ」
「だそうです。兄さん、一緒に行きましょう」
「!!」
我ながら棒読みだが、私とアイオロス両方から誘われれば断り辛いだろうという打算である。アイオロスもそれを分かっているのか、私の口調に特にツッコミもせず笑って快諾した。……シュラの目の前でいつも通りに話すのは、立場的にフランクすぎるからな。
シュラの心境はどうあれ、話す場は必要だ。美味いものを食って話す。まずはそこからでよいのではないか? 歩み寄りというものは。
そんな私とアイオロスに挟まれて、沙織ちゃんへの報告を終えたシュラを町に連れ出したのだが……後でそれを知った沙織ちゃんに「わたしも行きたかったですわ」と拗ねられたのは余談である。
ちなみに食った飯は