大きな犠牲が出るはずだった戦い。それを一つ避けたことにより、表面上はやや緩やかな期間が過ぎる。
しかし時は止まらない。
……いよいよ冥界との戦いが近づいてきた。
アスガルドに派遣されていたカミュ殿や氷河も聖域に戻り、五老峰に控えていた老師もデスマスクが迎えに行ったのでもうすぐ到着するだろう。
つまりこの聖域に、十二宮を守る全ての黄金聖闘士が集結するのである。
……いったいこれは、聖域の歴史の中でどれほど久しい出来事なのか。
少なくとも老師こと童虎殿はずっと五老峰の滝の前に坐していたわけだし、それを考えたら前回の聖戦時……二百五十年ぶりか? それを考えると、すごいな。
しかも白銀聖闘士も青銅聖闘士もかなりの数がそろっている上に、女神は女神の聖衣を手にしている。
更には仮とはいえ海界と同盟まで結んでいるのだ。
苦労はあったが、理想以上の体勢が整っているといってよいだろう。
これまですり減らしてきた心を思えば非常に感慨深い。
…………だが、そんな私の心は現在進行形ですり減っている。ついでに言うと私の隣で正座しているアイオロスの神経もすり減っている。多分。
ちなみに私も正座だ。
そしてそんな私たちの前には、並々ならぬ圧を発する一人の男がいた。
誰かと言えば、我が自慢の息子シュラである。
現在私たち二人は、よりにもよって女神神殿のど真ん中で。
…………仁王立ちシュラに見降ろされながら、正座していた。
何故こんなことになったかと言えば、原因はシュラの後ろで「てへっ☆」みたいなポーズをしている
あなたどこでそんな仕草覚えてきたんですか。
可愛いですが今は和みませんし騙されませんよ! 今シュラの前では何も言えませんがあとでお話しましょうか!!
「……それで?」
「「!!」」
シュラから発せられた一言に、私とアイオロスの肩が跳ねる。
い、いかん。別に何もやましいことは無いのだ。少し誤解を解いてだな、ちゃんと話せば済む話なのだ。無暗にビクついては無用の疑いを深めるばかりではないか!! 落ち着くのだ、エリダヌスのリュサンドロスよ!! 貴様それでも男か!!
心の中で自分を叱咤激励し、意を決してシュラを見上げた。
次の瞬間には視界に自分の膝が映っていた。
……シュラよ、成長したな。眼力だけでこの父を俯かせるとは……。
いや、だから俯いている場合ではない!
「それで、とは?」
私が自分の情けなさに打ち震えていると、隣からしごく落ち着いた冷静な声が聞こえた。
お、おお。さすがだぞアイオロス! それでこそ次期教皇に選ばれた心技体に優れた男の中の男! なおのこと自分が情けなくなるが親とは子に弱いものなのだ! 今は頼らせてもらうぞ!
心底年下ながら頼もしい相棒に感謝していると、シュラが重々しい小宇宙をまとった声を響かせる。
「白々しい。問いかけに問いかけで返すのか? あなたともあろう男が。俺が何を聞きたいのか分かっているだろう」
「それは、まあ……」
(アイオロス! もう少し頑張れアイオロス!!)
ふいっと気まずそうにシュラから視線をそらしてしまったアイオロスに頭を抱えたくなる。いや、内容が内容だ。お前ほどの男でも困ることはわかるのだが!!
しかし私たちがいくら困ろうとも、シュラには関係ない。だが頼むシュラよ。いつもの冷静さを取り戻してくれ。ここは女神神殿で、しかも最終確認の直前で、これからどんどん人が集まって……! というか、もう集まって……!
「あくまでとぼける気ならば再度問おう。分かりやすくな。……」
すぅっとシュラが鼻から息を吸い、ぷるぷると眉間の皺を震わせながら決定的な問いを口にした。
「
時は少々遡る。
もろもろの準備が整い黄金聖闘士も集結しつつある。場所は日本の城戸邸から移ってギリシャ
私の怪しい前世知識が幸いな事にここまで機能してきたが、現在置かれている状況はすでにそこから離れ未知の領域。私の本願は
神話の時代から争ってきた神々の戦いが、矮小な人間の知識ごときで本当にどうこうなるものか……。
「おい」
「わっ!?」
突然背を叩かれて、たたらを踏みながら振り返ればアイオロスだった。今日は射手座の黄金聖衣に身を包んでいるため、いつもより厳格に見える。
「難しい顔をしてどうした? 気になることがあるなら、私にくらい話せ」
「いや、大したことではない。気にするな」
「気になるから聞いているんだ。で?」
「くっ……!」
この男、相変わらず押しが強いな。しかも長年一緒に居たものだから、私がそういった態度に弱いのも知られている。良き理解者だが、時にその性質はやっかいだ。
……幼き頃が懐かしい。
立場だけなら以前より黄金である彼の方が上だが、それでも人生経験の差で少しばかりは大人の見栄を張れていた。それが今ではこの有様である。張れる見栄などあったものではない。
前世分を加算しなくとも、私の方がずいぶん年上なのだがな……。
これはわが身を情けなく思うべきか、年など関係なく人間として大きい男をたたえるべきか。おそらく両方だろう。
思わずため息が出た。ついでに留めていた弱音までも転がり出る。
「……。これから私の怪しい知識が通用しなくなることを考えていただけだ。最初から分かっていた事だというのに、今さらだろう? むしろ今までうまく進んできたことが幸運だったのだ。未来のことなど分からないのが普通だしな。そんなどうにもならないことで難しい顔を作っている私は、馬鹿みたいだろう」
「ああ、そういうことか。わかったから、そう拗ねるな」
「拗ね!? あ、アイオロス! 私はなぁ!」
一応年上なんだぞ! ……そう続けようとした時だ。
「まあ、お父さまにお母さま。今日も仲がよろしいですわね!」
ちゃめっけたっぷりに沙織ちゃんがいつものようにからかいに来たタイミングと。
「おと……おか……?」
バサッと手に持っていた書類を落としたシュラがここ……女神神殿に入ってきたのが同時だった。
……そして現在に至るわけだが。
とにかくタイミングが最悪なのだ!!
実のところ正座させられてから結構な時間が経っており、女神神殿には黄金聖闘士や海闘士達が集まりつつある。ジュリアンの体に入ったままのポセイドンまでもがすでに入室しており、奴は完全に見世物を楽しむ体勢に入っていた。あの野郎。すかした顔しよってからに……!
ちなみにシュラだが、何故ここまで怒っているのか分からないほどに周りが見えていない。驚くほどに見えていない。おそらく現在私とアイオロスしか見えていないのだろう。
どうしたんだシュラ。敬愛する女神に私たちが父母などと恐れ多い呼ばれ方をしている事がそんなに……気持ちはわかるが、しかし今は……!
だがいくら心の中で懇願しようと言葉にせねば届かないものもある。とりあえず、せめて時間を改めるか場所を改めるかしなければ色々な意味で恥だ。なんとかしなければ。
ここはやはり、年長者の私が頑張るしか……!
「あ、あのですね? シュラ、兄さん。だからこれは、その。
「何もないところに無意味なお戯れを仕掛けることなどないだろう」
「その、だな。まあ多少真実だがお前が思っているようなことでは……」
「真実!? なにが真実なのだ行ってみろアイオロス!! お前たちはどこまで親しいのかこの俺に教えてみろ!!」
「私にだけ勢いが強くないか!?」
「黙れ!」
「言ってることが無茶苦茶だぞシュラ! 私は喋ればいいのか? 黙ればいいのか?」
「喋りながら黙れ!」
「いや兄さん! 本当に言ってることが無茶苦茶なので! どうか一回落ち着いて!!」
「愉快なものを見せてくれるな。あれはどういう状況だ? アテナよ」
「うーん……なんといいますか……。とりあえず場の雰囲気も和ませたいところですし、もうしばらく見ていましょう」
「やはり貴女は性格が悪くなったな」
「強かになったと言ってくださいまし」
こうしてその後。
結局全ての戦士がそろうまで、その状況は続くのであった。