富士山麓、青木ヶ原に存在する風穴の一つ。そこが星矢達とフェニックス一輝、暗黒聖闘士達との戦いの場だ。
しかし私とアイオロスは風穴の中へとは入らず、外から中の様子を窺うに留めている。……とはいえ、中の様子を把握できていないかと言えばそうではない。
ここ十三年で私は呪いで封印されたかつての力を取り戻すために、アイオロスは更なる研鑽を己に課してきた。その中でサイコキネシスやテレポーテーションなどの超能力に優れたムウ殿の世話になる事も多く、互いに小宇宙を用いた超能力に関しては以前より成長したといえよう。そのおかげで意識を研ぎ澄ませば、個人の小宇宙を探り中でどのような戦いが繰り広げられているかすら事細かに把握することができるのだ。テレパシーの応用で会話内容とて把握できる。盗み聞きのようで少々はしたないが。
…………しかし現在その少々はしたない行いのせいで、私とアイオロスは非常に気まずい思いを味わっている、
『い、一輝! お前右腕が……。そんな右腕でお前は今まで戦っていたのか……』
『フッ、関係ないさ。たとえ氷河に右腕を凍らされていなくても、この戦いはお前の勝ちだ星矢……』
『ちがう……。オレ一人じゃなく、みんなの友情が……』
『友情ではない。兄弟愛がお前に勝利をもたらせたのだ』
『え?』
『今こそ言おう。我が弟星矢よ!!』
「………………」
「………………」
私とアイオロスはそっとテレパシーをきった。そして落ちる重い沈黙。
「……いやぁ、光政翁は……凄いな……色々と……」
「稀代の精力を有している方だったな」
「みなまで言うな」
「すまん」
沈黙に耐えかねてごにょごにょと言葉を発すれば、アイオロスが言いにくい事をはっきりと言う。あ、アイオロス。どこまでも真っすぐな男よ……。恐ろしい子だ……。
「今さらだが、彼らには悪い事をしたな」
「それこそ言うな。我らが背負っている罪の一つだ」
「……ああ」
再び訪れる沈黙。……気まずい。
六年前、城戸光政翁がアテナのために集めた聖闘士候補生の孤児百人。それは無作為に選ばれたものではなく、彼らは母親こそ違うが皆、城戸光政の実子なのだ。つまりペガサス星矢もドラゴン紫龍もキグナス氷河もアンドロメダ瞬もフェニックス一輝も、実の兄弟。
この時点で普通「は?」となる。私も漫画を読んだ時言った。ちなみにアイオロスもムウ殿も言った。そして言った直後にそんな色ボケジジイにアテナを預けておいていいのかと大論争になった。今は懐かしき思い出だ。
実際のところ何故城戸光政がそんなに子供を作ったのか分からないが、彼はアテナのために己の実子達に父親として接することなく、過酷な聖闘士の世界に放り込んだ。光政翁の決断力そのものには感服するが、放り込まれた子供たちはたまったものではなかっただろうし、私にその選択は理解出来ない。
私も結局息子を聖域で引き取り聖闘士の道へと進ませてしまったため人のことを言えないが、それでも精一杯の愛情をもって接してきた。しかし光政翁は己が彼らの父親だという事すら知らせず、選択肢を奪ったうえで孤児として無慈悲に聖闘士の道へと進ませた。そのことで生じた憎悪は、フェニックス一輝が体現している。
全てはアテナのために。そう見ず知らずの男が思い我が子すら捧げてくれたのなら、本来ならばまさにアイオロスと光政翁の出会いは運命だったと言うべきだろう。実際彼の子供は青銅になり、そして青銅の力の域を越えて神に届くまでに成長するのだから。
しかし感謝はしても理解など到底できない。私には彼の選択が狂気にしか思えんのだ。
そしてそれを知ってなお、青銅になれた子供たち以外を切り捨てた私たちも狂っている。
きっと彼らは、我らが姿を現してアテナを光政翁よりあずかり「ここまで女神を育ててくれたことに感謝する。これからは自分の子供に愛情を注いでくれ」とでも言えば、もしかしたら死ぬようなことはなかったかもしれない。星矢達も聖闘士にならずにすんだだろう。
だが私たちは星矢達を物語の中心に引きずり込みアテナに勝利を勝ち取ってもらうために、その選択肢を捨てた。
背負わねばならない罪だろう。いずれこのことで星矢達に恨まれようとも、その時は甘んじてそれを受け入れるつもりだ。今さら何をしてやれるわけでもないが。
言い訳にもならないが、一応星矢達を始め孤児たちの様子を修行地に送られた当初は気にかけていた。しかし世界各国に散らばった彼ら全員をカバーできるはずも無く、私にも任務と修業があった。ひとつ探らねばならないこともあったしな。アイオロスに関しては死んだことになっているため、候補生の師匠たる聖闘士に見られる危険を冒せない。私も止めた。
そのため結局、彼らを生き残らせることは叶わなかった。もとより聖闘士を目指す過程で命を落とす者は多いが、だからといってそれを良しとしているわけではない。……不甲斐ない私の一人のあがきでどうこうなる問題では無かったが、そのことは未だ私とアイオロスの中にしこりとなって残っている。
が、そんな事を考えて感傷に浸っている時だ。
富士の風穴が崩れた。
「「あ」」
同時に言葉を発する私とアイオロス。
そして直後、ジャミールに居るはずのムウ殿からのテレパシーが私たちの脳を殴る様に飛んできた。
『何を呆けているのですか! 気が抜けていますよ!』
「む、ムウ! お前は確かジャミールに……」
『この大事な時にそのままジャミールで待機しているわけがないでしょう。今、聖域より刺客として差し向けられた白銀聖闘士が破壊した風穴より青銅達を救い出しテレポーテーションしている最中です。八人も私に運ばせておいて、あなた達は今何をしているのです? まさか白銀聖闘士の接近に気づいていなかったわけではありませんよね?』
声を荒らげているわけでは無いが現状をほぼ一息に事細かく伝え非常に冷ややかな響きを纏ったムウ殿の言葉に、私とアイオロスは顔を見合わせた。
「いや、気づいてはいたが……。その、てっきりこのままここで戦うものだと思ってな」
「まさか風穴を壊すとは思わなかった」
『これが元教皇候補と古参聖闘士とは嘆かわしい』
何も言葉を返せなかった。やはり感傷に浸ってる場合では無かったらしい。
くッ、死した星矢達の兄弟には申し訳ないが、悪いが今は忘れさせてもらおう! 我らの役目を果たさなければ!
「すまないムウ殿! すぐにあとを追う!」
『ええ、そうしてください。まったく……』
「す、すまんムウ」
『謝るのはいいですから、行動してください』
ぐうの音も出ない正論を突き付けられて、私とアイオロスは少々肩身が狭い心境でムウ殿の後を追ってテレポーテーションした。
そして白銀聖闘士の件で色々あった後、私は全裸の白銀聖闘士ミスティを殴り飛ばしに行こうとするアイオロスを必死に押さえつけていた。
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富士地底の決戦の地は、
そしてその後を追ってミスティは転移先の海岸へと現れた。彼を始め白銀聖闘士もまた、移動距離は個人個人違うもののテレポーテーションを使えるのだ。
彼は聖域より「みだりに私闘をくりひろげ聖闘士としての掟をやぶった」という名目で、ムウが連れていた星矢に制裁をくだす。とどめこそ星矢の師であり、ミスティと同じく白銀聖闘士の刺客として派遣された
しかしそれは、ムウが施した幻覚である。
青銅達の代わりに葬られた遺体は、富士山麓で瀕死となった暗黒聖闘士のもの。実は魔鈴も星矢にとどめなど刺してはおらず、青銅達は体の傷こそ深いものの未だ生きていた。白銀たちはムウの幻惑により、ブラックペガサス、ブラックドラゴン、ブラックスワン、ブラックアンドロメダにとどめを刺して葬っていたのである。
しかし他が聖域へと引き上げようとする中、リザドのミスティのみが星矢の生存に気づいた。そして再び繰り広げられる青銅と白銀の戦い。ムウはそれをともにジャミールより連れてきた弟子の貴鬼と静観しながら、ちらりと海岸の岩場へと目を向けた。正確にはそこにこそこそと隠れる二人組に。
(迅速かつ正確、白銀に気づかれぬほど静かにこの地まで降り立った洗練されたテレポーテーション。お見事と言う他ないが、それだけにあの有様が情けない……。昔のリュサンドロス殿は、もう少し落ち着きがあったはずだが。それにここ十三年でリュサンドロス殿に影響でもされたのか、あの仁・知・勇に優れたアイオロスまで妙に小物臭い動きをするようになってしまった。言う事も俗っぽくなってしまったし……。食べ物の味付けが薄い? 勝手にマヨネーズでもかけていなさい!)
つい最近言われた言葉を思い出し、ムウは若干イラっとする。直接言われたわけではないが、アイオロスがぼそっとこぼした一言を耳ざとく聞いていたのだ。
(……信頼していないわけでは無いが、あの二人はちゃんと計画通りにやってくれるのだろうか)
一抹の不安がよぎる。しかしそれを微塵も表に出すことなく、ムウは堂々とした面構えでペガサス星矢とリザドミスティとの戦いを見守った。
やはり白銀と青銅では地力が違いすぎるらしく、星矢は苦戦しているようだ。そしてミスティの必殺技「マーブルトリパー」で海に落ちてしまったが……。ムウの感知では未だその小宇宙は燃え尽きていない。まだ静観していても構うまい。
が、問題はその後だった。
「ちっ、返り血か。汚らわしい……」
そう言って一度も攻撃を受けたことが無く痛みも知らないことを誇りに思っているらしいミスティは、その汚れを落とすためになんと全裸になった。
全裸になった。
「海の水で洗い流そう。このミスティの体にホコリ一つ、ついてはならん」
ミスティは海の中に歩を進める。
「神よ、私は美しい」
「バッカじゃねぇのかお前」
「馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「む?」
「え?」
聖衣も衣服も脱ぎ去り、産まれたままの姿で前を隠しもせず海に入り何やら自分の美貌に浸っているらしいミスティ。そんな彼に海に沈んだものと思われた星矢が苦しくも海中から身を引きずって再び戦うべく現れたが、その彼の言葉にかぶさるように特大の怒声が海岸に響き渡った。当然その声の主に向けて、ミスティと星矢の視線が向けられる。
ムウはそっと目を伏せ、額に手を添えた。
「おち、落ち着け! ちょっと待て!」
「離せ! 俺は男として、戦士として、あの馬鹿を殴らねばならん! 痛みを知らない? ならば私が教えてやろう! それがあいつの為でもある! 敵を前にしてなんて醜態だ!! いくら実力差があったとて、余裕と油断を履き違えている!」
「気持ちは! 分かるが!! でも落ち着け!!」
視線の先には巨大なサングラスで顔のほとんどが隠れ、あきらかに付け髭だと分かるうさん臭い髭をつけた、黒皮のライダースーツを身に纏った金髪の男。そしてそれを羽交い絞めにして押しとどめようとする、頭全体を覆い隠すヘルメットをかぶったトレンチコートの女。くぐもった声でもかろうじて女だと言う事は分かるが、こちらは見た目だけだと女か男かは分からない。
ムウの眉がぴくりと動いた。
(もっとましな変装はなかったのか……)
「ムウ様。あれって……」
「言うな貴鬼。見てはなりません」
「え、でも」
「見てはなりません。ないものとして扱いなさい」
「は、はい」
彼らを知る貴鬼が気づいたようだが、繰り返されるムウの言葉に大人しく引き下がる。それでも気になるのか、チラチラと視線は向けているが。
ともかくいきなり現れた怪い二人組を、ミスティとしても放っておけなかったのか声をかける。全裸のままで。
「おい、そこの君たち。一般人は速やかにこの場から去るがいい。運が悪かったと言う事で、命は見逃してやろう」
「貴様はせめて前を隠せ!! そして服と聖衣を着ろ!!!!」
金髪の男の怒声に、星矢も「だよな……。俺だって全裸の奴と戦って勝っても嬉しく無いぜ」と深く頷いていた。
「ほう? 聖衣を知っていると言う事は一般人ではないようだな。それともこの日本で行われていた銀河戦争とか言うくだらない催し物で知ったのかな?」
「だから! 何を言うにもまず服を着ろ!! 押さえているこっちの身にもなれ!!」
「……? ! その声は、まさか尻ぬぐいのエリダヌスか!?」
「嘘だろ」
あくまでも全裸のままで話を進めるミスティに女……リュサンドロスからも怒気を含んだツッコミが入るが、まさかの一発ばれである。ムウはそれに関しては少々感心した。「蜥蜴座のミスティは、星矢の事に気づいた事といい観察眼が優れているようですね。覚えておきましょう」と。
しかし正体を見抜かれたリュサンドロスはといえば、冷静でいられるはずも無く思わずサングラス髭男ことアイオロスを押さえていた腕を放してしまう。そしてヘルメットを砂浜に叩きつけた。が、すぐに駆け出したアイオロスの足元にスライディングキックをかまし足止めをしていた。冷静なのか慌てているのかと言われれば、混乱しているというのが正確なところだろう。
一連の動きに流石のミスティも困惑したようだ。全裸のままで。
ちなみに星矢は海からあがり蜥蜴座の聖衣とミスティの衣服を拾い集めると、「着ろよ」と言ってミスティに差し出していた。なかなか器の大きい男である。
ミスティは「ふん、大きなチャンスを逃したな。馬鹿な男だ」と言いながらやっと服を着始めた。拾っておいてもらって言える台詞ではない。彼もまたある意味で器の大きい男なのだろう。おそらく。
「エリダヌスのリューゼよ。聖域より突然姿を消した君も、場合によっては粛清対象だ。何故ここに居る?」
「え、リューゼさん?」
リューゼとはリュサンドロスが女になって以来名乗っている偽名である。それを口にしたミスティは厳しい視線をリュサンドロスにむけるが、星矢の方は聖域にて会った事のある相手の名前に反応する。そしてヘルメットの下に更に口元だけ見える仮面をつけていたリュサンドロスを見て、確かに自分が知っている相手であると納得し頷いていた。
そして仮面をかぶった顔が、ムウへと向けられる。
どうしましょう。
「知るか」
普段からの丁寧な口調を捨てたムウの無慈悲な声を、すぐ隣にいた貴鬼だけが聞いていた。