機動戦士ガンダム Gジェネレーション(仮題)   作:北野ミスティア

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試験投稿その2です。

マツナガの機体を知っている人はたぶんジオニスト。


II.その名はガンダム

「ああ、あんたがたは、このモビルスーツの名前を知ってるんだったね」

 ケイは笑いながら二人に声をかけた。

「こいつの名前はフェニックス。まあお察しの通り、ガンダムと呼ばれる特徴も、持っちゃいるけどね」

 

 フェニックス。不死鳥。

 

 なるほど言われてみれば、目の覚めるような赤色、まるで鳥類の頭のような流線型の頭部、肩部から流れるようにつながる四対の羽のようなウイングなど、見た目は確かに神話にうたわれる不死鳥のようだった。

 

「開発部門のチームが、キャリー・ベースの万が一の防衛用に、ジェネレーション・システムから様々な機体のスペックデータをもとにして開発した、この艦の直擁機さ」

「へえ、つまりあんたたちが一から造ったガンダムってわけか」

「ええ。さっき話した通り、このチームの特性上、機体をすぐに調達できるとは限りませんし、時間もかかります。ですから、どの歴史の時間軸にも存在せず、なおかつどの世界へも実践投入できる機体、それがフェニックスというわけです」

 エリスが説明する。

「まあ、そういうわけさ。ただ、あまりに開発データを混ぜ込みすぎたせいなのか、OSを組み上げたとき、システム内に謎のブラックボックスが出来ちまってね」

 ケイはため息交じりにそう言った。

「昨日から何度もその解析を試みちゃいるんだが、OS自身がアクセスを受け付けやしない。『戦闘データ不足』っていうエラーメッセージが返ってくるだけさ。まあこの機体自身まだ一度も実戦には使っていないんだけどねえ」

「まああと三日あるんだ。解析できればよし、そうならなくても、最低限の活躍はできるように、武装の整備は進めておかないとな。頼んだぜ、ケイ」

「あいよ。アタシにもメカニックとしての意地があるからね。使い物になるようにしてみせるよ」

 マークの頼みにも、ケイはニッと笑って頷いた。

「ただ、ブラックボックスの解析ができないとなると、信用性の問題になっちまうから追加生産は当分見合わせなきゃならないねえ」

「ええ……とりあえず、この1号機はマークに任せるとしても、2号機からの配備には時間がかかりそうですね」

 目の前の状況に、エリスは難しい顔になってしまう。

「ああ、エリスには苦労を掛けることになるけど、こっちも何とかできるように、方法を考えてみるさね」

「はい、宜しくお願いします」

 それだけ言うと、ケイは元の仕事に戻っていった。

 

「随分と腕の立つメカニックだな」

「ええ、彼女の技術は我々の生命線です。いざとなれば、ケイ一人でもこの艦のメカニックの仕事をすべて賄えるくらいのテクニックは持っていますから」

「ふむ、これは我々のモビルスーツの仕上がりにも期待を持ってしまうというものだな」

「そちらはご心配なく。元のもの以上の仕上がりになりますよ。お望みであれば、追加武装の装備も承りますから、何なりとケイに伝えておいてください」

「……断られやしないのか、それは?」

 ジョニーが思わず心配の言葉を発したが、それを笑ってマークが否定した。

「いや、それはないだろうさ。あいつは遊んでる男は大嫌いだが、メカいじりは大好きだからな。仕事が増えても、小言を言いこそすれ、断ることは絶対にない。他のメカニックマンも、そんなケイを信頼してついて来てるからな」

「なるほどな。気が向いたら頼みに行ってみるとするか」

「意外だな、私も貴官と同じ感想を抱いたよ」

 ジョニーもマツナガも乗り気であった。

 

「ところで、さっきメカニックの人数が今のところ6名と言ったが、平時はもっといるのか?」

「え、はい、いつもならこの倍以上のメカニックがこの艦にいますが?」

 思い出したように飛んできたジョニーからの質問に、エリスは思わずぽかんとしてしまった。

「そいつらはどうして今ここにはいないんだ?」

「ああ、もうすでに気づいてると思うが、この艦に搭載できるモビルスーツは2個小隊分だ。が、今はもう片方の隊が別行動中でな。メカニックも半分そっちに回してるってわけだ」

「モビルスーツの手配はどうしているのかね? この組織の規模では、モビルスーツをそうそう調達できるとも思えないのだが」

 続いてマツナガの質問も飛ぶ。

「基本的には現地調達ですが、各部隊に1機だけ、リーダー用の機体としてこれを配備しています」

 エリスはフェニックスの隣にあった機体を指差した。

 

「…………へえ」

「…………ほう」

 

 それを見た二人は、思わず感嘆にも似た声を漏らした、なぜなら、そこにはまたしてもツインアイとV字アンテナを持つ人型機動兵器『ガンダム』がいたからだ。

 全体的にダークブルーを基調として、機体のところどころに赤と黄色と白を配した、所謂トリコロールカラーをまとっており、額のV字アンテナは左右の中央から端が天を突くように真上に伸びている。バックパックには対となった姿勢制御用と思われるフィンがある。

 

「この機体の名はトルネード。過去に我々が別の世界に出向いた時に、すでに廃墟となった軍需工場の格納庫に放棄されていたものを偶然発見したのです」

「しかも、それも1機だけじゃない、4機もだ」

 二人の説明に、ジョニーもマツナガも目を丸くした。

「なんと。ではどこかで、あの機体が数限りなく跋扈していることが現実にあったというのか」

 二人はある種の恐怖のようなものを隠せなかった。

 

 二人が知る『ガンダム』というものは、今見たものと姿かたちは多少なりとも違えど、火器を受け付けぬ堅硬な装甲に、戦艦の火砲を凝縮したような火力と、目で追うのがやっとなほどの機動性を兼ね備え、たった1機で不利な戦況をいとも簡単に覆しうる。そんなものであったからだ。

 

『白い悪魔』『連邦の白い奴』『白き流星』。

 

 その機体と相対したジオン兵は皆それをそう呼び、相対したことのないジオン兵の間でも恐怖と憎悪を込めてそれがそう呼ばれていたことを、二人はよく知っていた。

 そんな機体が複数、隊をなして襲い来る。二人は考えるだけでも背筋に悪寒が走りそうだった。

 

「性能も悪くなかったんでな、リーダー機として各部隊に1機ずつ配備してる。だから今ここにあるのは、俺たちの隊のってわけだ」

「それに、最悪現地調達ができなくても、時間はかかりますが、あれを使えば一から機体を組み上げることもできないわけではありません。もっとも、その機体の系列に連なる他の機体のデータがあれば、もっと手っ取り早くできますけれど」

 そういってエリスが視線を向けた先には、白く大きな直方体の形をした何かが鎮座していた。横幅がモビルスーツ1機分ほどもあり、時折中から機械のメカニカルな動作音と、金属がぶつかり合うような音が聞こえてくる。

「こいつは?」

「ジェネレーションシステムとリンクしたビルドマシーンです。システムとリンクさせることで、データベースに蓄積されているモビルスーツのスペックデータをもとに、ほぼ同じ機能を持った同型機を作り上げることができる装置です」

「凄いな……しかし、あんたたちの状況を見るに、こいつがあれば何でもすぐ完成できるってわけじゃないんだな?」

「ああ、アクセスできるとはいっても、閲覧可能なのは機体のほんの外回りの情報にしかすぎない。それにジェネレーションシステムは、その時代が進めば進むほど、情報のプロテクトが強固になっているからな。戦争末期に開発された高性能な機体なんかになると、手に入れるのはそう簡単ではない、ということさ」

「もっとも、そういう意味では、今回お二人の機体の情報をこちらが手に入れられたことは幸運ですね。この先しばらくすれば、モビルスーツや武器、機体のカスタムに使用できる部品くらいなら、お二人が所属していた軍のものについてはすぐに製造できるようになるはずです」

「そいつは助かるぜ。物資不足には慣れっこだが、さすがにメンテナンスや消耗品交換もろくにできないんじゃ戦いようがなかったからな」

 ジョニーはかねてからの心配が晴れ安堵する。そして、ハンガーラックで静かに眠るトルネードを見上げた。

 

「……まさか、二度目の生をガンダムと共闘することになるとはな……正直予想外だぜ」

 自分でも無意識に笑みを浮かべつつ、ジョニーはつぶやいていた。

「私もだ、ライデン少佐。よもや、連邦の白い悪魔と呼ばれていた者が、我らの味方に回るなどとは、私もたった今まで思いもせなんだ。敵にすると厄介ではあるが、味方に回ると、まさかこれほど頼もしいものとはな」

 ジョニーとマツナガは色めきだっていたが、マークはそれを諫めるように言う。

「そんなのは買い被りさ。ガンダムという機体が最強なわけじゃない。モビルスーツってのは、優れた機体に優れた乗り手が組み合わさってこそ、初めて伝説になるんだ」

「……ふむ、では、貴官らにとってのガンダムとは、どのようなものなのかね?」

 逆にマツナガに聞き返され、困惑しながら、エリスは答えた。

 

「…………そうですね……ガンダム……いわばシンボル、のようなものでしょうか……」

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 数多の世界には、様々なガンダムがいました。

 

 所属や勢力、思想や信条は乗り手ごとに違いましたが、たった一つ、共通しうることがあります。

 

 それは、乗り手が善であっても悪であっても、ある時は思いの、ある時は強さの、ある時は正義の象徴だったということ。

 

 人々は、いつの時代も、ガンダムという存在に、願いと希望を託して戦場に送り出すのです。

 

 

 願わくば、戦争を終わらせるために。

 願わくば、苦しみから解き放たれるために。

 願わくば、弱きものを、守りたいものを守るために。

 

 

 そして、ガンダムというモビルスーツは、その人々の願いにこたえられる力を持つもの。

 

 

 ゆえに、ガンダムとは、希望であり、乗り手の想いと、正義を体現するシンボルなのだと。

 

 

 

 私はそう思うのです。

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「なるほど、象徴か……言いえて妙だぜ」

 エリスの答えに、ジョニーも同意した。

「そうだな、今考えれば、連邦があのようなモビルスーツに組織の威信とプライドをかけていたこと、私も理解できる気がする」

「白い奴が無敵だったんじゃない、結局あれは、乗り手との組み合わせがこの上なく良かっただけのことだったんだな」

「……ガンダムという名を持つ機体は数多あり、歴史に名を残さず消えた機体もまた多くあります。あなた方の時代でいうガンダムとは、そのような存在だったのですね。こちらこそ、勉強になりました」

「なるべくなら、あんな奴とはもう二度と会いたくないがな」

 ジョニーは笑って両手を上げた。次回があっても敵う自信はないという諦めのような動きであった。

 

「なんだ? それじゃあ、俺とやり合うのもなしってことか?」

 

 突如として彼らの頭上から別の声が降ってくる。見上げると、若い男が上の通路から身を乗り出していた。ぼさついた髪に迷彩柄のバンダナを着用し、赤のインナーと埃っぽい黒のジャケットを着用している。

「もう、またですかラナロウ? 強者似合うとすぐ実力比べをしたがるのは、あなたの悪い癖です」

「少ねえ楽しみなんだよ、ほっとけ」

 ラナロウと呼ばれたその男は、エリスの咎めにも耳を貸さず、視線をジョニーに向けたままそう答えた。

「あんたは?」

「おっと悪い、自己紹介が先だったな。俺はラナロウ・シェイド。見ての通り、同じくこの艦のモビルスーツパイロットだよ」

「ってことは、あんたがたのチームメイトなのかい?」

「ああ、それでもって、ラナロウはあのトルネードの乗り手だ。言っちゃなんだが、トルネードの操縦なら、ラナロウがこの隊で一番だろうな」

「彼はもともとフリーの傭兵でしたので、戦闘技術は私もマークも認めているんですが、強いパイロットと出会うとすぐに実力を比べたがるのが癖で……彼が失礼をしました、申し訳ありません」

 エリスが申し訳なさそうに項垂れている。マークはそんなエリスを見て苦笑の表情を浮かべていた。

「はっはっは、いやいや、悪くない。私はああいう男は嫌いではないぞ」

 萎縮するエリスとは反対に、マツナガは笑ってラナロウの在り様を評価していた。勿論、横のジョニーも同様だった。

「ラナロウとか言ったか? 俺でよければ、ゲルググが直ってからいくらでもシミュレーションに付き合ってやるぜ。こっちも、怪我で鈍った腕を少しでも取り戻したいしな」

 ジョニーは彼を見上げながら大声でその意を伝える。

「本当か!? こいつは有難え、その約束、忘れるなよ」

 そう言うとラナロウは手を振って、デッキから姿を消した。

 

「はあ……本当にすみません。まさか初対面で喧嘩を吹っ掛けられるなんて……」

「気にしなさんな。俺も、ああいう闘志の多い奴に会ったのは久々でね。一人くらい、気兼ねなく腕を比べられる奴がいたほうが、気が楽ってもんだからな」

「そう言っていただけると、私としても助かります……」

 頭を抱えるエリスに対しジョニーは笑っていたが、マークはそっとエリスに耳打ちする。

「……ラナロウでこれならいいんだが、もしクレアと会ったらどうするんだ?」

 マークからの一言に、エリスの口から再びため息が漏れた。

「…………そうね、それが目下一番の問題だわ……とりあえず、後でクレアには忠告しておきましょう」

 二人はジョニーとマツナガに聞こえない声で密かに打ち合わせる。もしこの会話を誰かが聞いたのなら、この場にいないそのクレアという人物は、二人にとってラナロウ以上の悩みの種な存在であることは想像に難くなかったが、今それを知る者は他にいない。

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 人が世界に生まれ、育ち、子を育み。そして死ぬ。

 

 

 そんな当たり前のことですら、機械に管理されたプログラムであると知った。

 

 

 その時、俺、ラナロウ・シェイドは、自分という人間の根幹を激しく揺さぶられた気分になった。

 

 

 

 この世界に生きる人間すべてが機械の管理するプログラムなのだとしたら。

 

 

 俺のこの湧き上がる強さへの衝動が、そうなるように設定されたただの動きでしかないのか。

 

 

 

 いや、違う。

 

 俺は激しく首を振った。

 

 

 この内から湧き上がるものは、決して感情のない機械ごときに真似できるものじゃねえはずだ。

 

 

 ならば、これこそが、機械ではない、生物として生きている証拠でなくて何なんだ。

 

 

 

 とはいえ、やみくもに強さを求めてはみたが、答えは出なかった。

 

 

 気が付いてみれば、いつしか俺は傭兵稼業に手を出すようになっていた。

 

 

 強き者と戦い、弱き者を助ける。

 

 血生臭いことだって何度もしてきたし、命を落としかけたことだって一度や二度じゃねえ。

 

 

 だというのに、俺の中には、どういうわけかいつまでも満たされない、空虚な感情が居座り続ける。

 

 

 助けた者たちから感謝の言葉を述べられても、達成感は感じこそすれ、満足感は感じなかった。

 

 

 

 ラナロウ・シェイドという人間の、決して満たされぬ感情。

 

 これが満たされるとき、俺は人間として、やっと満足ができる生き方ができるんじゃないか?

 

 

 そうだ。

 

 

 この満たされない感情こそ、機械が定義できないものの証拠。

 

 問題に対して、明確な答えを提示できない何よりの証拠だと言えるじゃないか。

 

 

 

 なら、その機械サマとやらに証明してやろう。

 

 

 人間の欲する強さは、機械でそう簡単に定義できるプログラムのようなモノじゃねえってことを。

 

 

 

 せいぜい俺に強者をぶつけてくるがいい。

 

 

 ならば俺は、それを打ち倒すことで、漸くこの感情が満たされていくはずだ。

 

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「だぁ~ちっくしょう!!」

 コクピットから飛び出すなり、ラナロウは地団駄を踏んで悔しがった。

「いやあ、なかなかの戦闘センスじゃないか、思ってたより凄かったぜ?」

 そんなラナロウに、ジョニーは笑いをこらえながら言う。

 

 格納庫でラナロウから取り付けられた戦闘シミュレーターによる対戦の約束。ジョニーが応じたのは、それから二日後のことだった。

 

 結果はこの二人の反応を見ればお分かりいただけることだろう。ぼろ負け、というほどだったわけではないが、ラナロウはセンスではやはり本業のモビルスーツパイロットには及ばなかった、ということである。

「格闘戦ならたぶんお前さんのほうが勝ってたぜ? 俺も押し負けると思ったのは初めてだったしな」

「……押し負かせなきゃあ意味が無ぇんだがなあ」

 やはりラナロウは納得がいっていない様子だった。

「私も、クロスレンジでの格闘戦であれば貴公に分があると思ったぞ。ただ、それ以外の―――すなわちミドルレンジ以上の射撃戦では、ライデンの方がかなり上回っているな」

「へいへい、丁寧なご指摘に感謝しますよ」

 ラナロウは半ばやさぐれたような調子で答えた。望んでいた強者との戦いがようやく叶ったと思ったとたんにこの仕打ちである。傭兵たる彼が、センスという得意な分野で上から叩きのめされたのである、それでは彼がへそを曲げるのは無理ないことだとマツナガは思った。

 

「もっとも、今、あのガンダムを我々が使ったらいいかと言えば、そうでもないと思うがね」

「ああ、俺もそう思うぜ、マツナガさんよ」

 格納庫に並んで留め置かれているトルネード、そして真紅と白のゲルググ。それを見ながらマツナガはラナロウに聞こえないくらいの声でつぶやき、ジョニーもそれに賛同した。

「あのガンダムとやらは、全身が武器庫だ。ゆえに、火器管制を担うには、パイロットにそれなりのテクニックが要求されるはずだと思うのだが」

「ああ、それで言えば、あのラナロウという男、そのあたりに関してはかなりのものか……」

 傭兵という彼の肩書を聞いて、その二人も納得できるものがあった。戦場では手持ちの火器管理は重要なことだ。弾を切らすということが戦場では即、命の危機なのだ。だからこそ、パイロットは自分の機体の状態を常に把握していなければならない。

 

 二人がシミュレーターで対峙したトルネードガンダムという機体は、ビームライフルとビームサーベルだけではなく、腕部にガトリング砲、胸部に拡散ビーム砲が装備されており、小型ながらかなりの火力を有していた。モビルスーツごとに役割がある程度決まっていたジオンのモビルスーツと比較できるものではないが、全身が武器の塊のようなこの機体をコントロールできる人間は限られている。

 

 

「む!?」

 

 マツナガが何かに気づき、自分の機体のコクピットに駆け込んだ。

 

「これは……乱入……!?」

 

 マツナガ機のコクピットはシミュレーターモードが勝手に起動され、画面には外部からの挑戦者を示すアラートの表示が並んでいる。それらの表示を突き破るようにしてコクピットモニタに映し出されたのは、彼もよく見知った機体だった。

 

 純白の四肢、赤、黄色、青のトリコロールに彩られたボディーカラー、V字型のアンテナ、そしてモニタ越しでも伝わる、こちらの動きを先読みしているかのような機動性。

 

「――ガンダムか!!」

 

 操縦桿を握りしめながら、マツナガは忌々しきその機体の名を呼んだ。

 多くの同胞を屠った白い悪魔。かけがえなき同僚のエースたちがことごとく敗れ去った相手。ここで太刀合うことができるとは、これも生き恥をさらしたゆえの僥倖というやつか。

 

 敵に目を配りながら、自機の状況を確認する。

 

 MS-14B、ゲルググ高機動型。ジオンの最終量産機であるゲルググに、B型と呼ばれる追加スラスターを装備した高機動型バックパックを装備した機体である。

 

 前日にケイから自分の専用機のレストアが完了したと聞き及び、いざ格納庫に足を運んでみて、マツナガは驚いた。そこにあったのは、これまで自分が搭乗していたゲルググとは同種であるが異なる機体だったからだ。

 記憶が正しければ、自分が搭乗していたのはMS-14JG、ゲルググ・イェーガーと呼ばれる狙撃型のゲルググではなかったか。しかしそこにあったのはMS-14JGではなく、MS-14B。ジョニー・ライデンが使用している高機動型ゲルググと全く同種の機体だった。

 

「すまないね、シン・マツナガ。あんたの機体、出来る限り調達しようとしてはみたんだが、何せデータが足りなくてね。なんとかジョニー・ライデンの機体スペックを流用して間に合わせるしかなかったんだ」

 

 油にまみれた手で頭をかきながら謝罪するケイの技術屋としての悔しさをにじませた顔が、今さらながら思い浮かばれる。メカニックにとっては、パイロットの望むように機体をチューンアップするのが仕事であるはずで、それを完遂できなかった彼女の悔恨は察するに余りあるものがある。

 しかし、パイロットとしても意地はある。メカニックが、たとえ不完全でもベストを尽くせたのなら、その仲間を守るために、パイロットも戦場でベストを尽くすのが礼儀というものだ。

 

 やってみせよう。ケイ女史には今後も期待を込めてこの機体を使ってやらねば、失礼というものだ。

 

 

 ビームライフルとシールドはある。ビームライフルはゲルググの制式採用モデル。イェーガーで使っていたビームマシンガンと比べれば取り回しは軽い。操縦桿回りもイェーガーとほぼ同じだ。出力はイェーガーの半分ほどではあるが、相手がガンダムなら問題ない範囲だろう。

 

 足元のペダルを踏みこみ、スラスターを全開にする。座席が振動し、疑似的なGが身体にのしかかる。

 

 暫しの間、忘れていた感覚がよみがえった。そうだ。これこそ、ソロモンの白狼として、宇宙を駆けた、あの時のものだ。

 

 奴は忌々しきガンダム。しかし、姿かたちは奴そのものだが、しょせんはプログラムだ。あの戦争で活躍した白い悪魔の機体データであるはずはない。

 ならば、ここで一矢報いようではないか。死者の弔いではない。白狼という、戦士のプライドにかけて。

 

 

「ゆくぞ、白い奴!!」

 

 

 その純白の体躯、白狼の牙をもって、血の紅に染めてやろうではないか。

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 思った通り、白い機体が撃ってくるビームライフルは、噂に聞く悪魔のような弾道ではなかった。狙いはそこそこ正確だが、三次元機動をかけながらの射撃はまだまだ甘かった。撃てば足が止まり、こちらの射撃を回避すれば反撃が疎かになる。

「狙いはいいが、回避が甘いぞ!!」

 ローリングして一発を回避し、続けざま放ったビームライフルが、ガンダムのシールドの三分の一を溶かし砕く。衝撃を相殺しきれず、ガンダムが体勢を崩した。

「もらった!!」

 バックにマウントされたビームナギナタを抜き、腰から下を落とそうとマツナガは斬りかかった。が、ガンダムは動物的な勘を思わせる直感的な動きでこちらもビームサーベルを抜き、逆手でもってその一撃を防いだ。

「むっ!!」

 やるな、と思ったその時、ノイズが走る通信機から、相手のものと思しき声が飛び込んでくる。

 

「……わ……わわっ、やべーぜ、邪気……来たかぁ、ってね!!」

 

「……この声、女か!?」

 

 通信機から放たれた声は、間違いなくまだうら若き少女のものであった。おおよそ戦場という場には似つかわしくない、底抜けに明るい声に、さしものマツナガも一瞬気を抜かれた。

「ちぃっ、バレちゃあしょうがない!! 一か八か、やってみるさぁ!!」

 同時に、ガンダムはサーベルを切り払って振り向きざまキックをゲルググの胸部に直撃させた。

「ぐぅっ!?」

 そのダメージが計算された通りに、ショックを与えるべくシートが揺れる。直後、モニターからガンダムの姿が消えた。レーダーはガンダムが死角を取るべく、回り込むように動いていることを知らせていた

「くっ、甘く見ていたか……!!」

 マツナガは即座に思考を切り替えた。少女とはいえ、一端の戦士だ。気を抜けば、逆にこのサイバー世界の宇宙に、白狼の骸を晒すことになってしまいかねない。

 

 白き狼と呼ばれた戦士として一度死んだ身ではあるが、だからといって二度も晒し首になってやるほど、白狼のプライドは安いものではないのだ。

 

 

「白狼を、なめてもらっては困る!!」

 ビームライフルの火線が、ガンダムが携えるビームライフルを貫き、宇宙の火球、のち塵へと変える。

「まだまだっ、クレア・ヒースロー、吶喊しまぁす!!」

 しかし、まだガンダムも戦意を失わない。もはや形振り構わず、原形を留めなくなったシールドを捨て、両手にビームサーベルを構えて接近戦を挑みにかかってきたのだ。

 

「むっ!!」

 

 だが、ここでもやはりマツナガの戦士としての技術が上を行った。両刀のビームナギナタを巧みに動かし、左手の斬り下ろしを右の刃でいなし、続く右の斬撃をシールドで受け止める。矢継ぎ早に繰り出される太刀筋を的確にさばき、受け流していく。

 両刀という特性上、ともすれば自分を切りかねないビームナギナタではあるが、熟練した戦士にかかれば、二刀すら一本で受け止める業物と化すのだ。

「うっそ!?」

 モニターの向こうで、クレア・ヒースローと名乗った少女が驚愕の声を上げる。

「勘はいいようだが、動きが止まっているぞ!!」

 そして、驚きのあまり、距離をとることを一瞬忘れたガンダムのすきを、マツナガは見逃さなかった。

 

 ガンダムの右手のビームサーベルを受け止めていたシールドをそのまま前へ突き出し、ガンダムにバッシュを食らわせた。

 重い音が響き、両手がビームサーベルでふさがっていたガンダムはそれをかわせるはずもなく、もろに食らって体勢を崩す。ウィークポイントががら空きだった。

「はあぁっ!!」

 

 そして、繰り出されたビームナギナタの一閃。一つ目のビーム刃がガンダムの左手をビームサーベルごと切り落とし、掌で持ち替えた返す刀で切りつける反対の刃が、ガンダムのコクピットブロックを真一文字に切り裂いた。

 

 

 モニター越しの宇宙に閃光が走り、表示される『DESTROYED』の文字がマツナガが勝ったことを示す。

 

「…………」

 

 暗黒の宇宙に佇む白き狼は、自らの骸を獲るべく仕掛けてきた仇敵の散る様を、まるで崖から見下ろすように、理性の宿る獣のごとき目で、遠吠えも雄たけびも上げることなく、火球の光が暗黒に溶けきるまで、ただ静かに見つめていた。


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