機動戦士ガンダム Gジェネレーション(仮題) 作:北野ミスティア
「本当に、申し訳ありませんッ!!」
しばらくの後、格納庫に、マツナガに深々と頭を下げるエリスの謝罪の声が響き渡った。
「ははは、謝ることはない。なに、私も腕を戻す機会だったと思えば、大したことではないだろう」
「すみません……彼女にはきつく言っておいたのですが……」
「えぇ~、だってホンモノだよ? ここで一戦交えなきゃ、オンナが廃るってもんでしょ」
「貴女はもっと敬意をもって接して、クレア!!」
呑気な声に容赦なく被さるエリスの怒声。彼女の隣には、先ほどマツナガにシミュレーター戦闘を挑んで敗れた張本人、クレア・ヒースローと名乗った少女が、エリスに無理矢理頭を下げさせられていた。
エリスよりも丸くて可愛らしい目つき、黒いショートヘアに丸く柔らかな顔立ち、それでいてスレンダーだが女らしいふっくらとしたボディーラインと、こちらもエリスに負けず劣らずの美女だった。
性格も話をするだけでわかるほど底抜けに明るいようで、先ほど敗れたことをまったく気にしておらず、それどころかまるでジョニーやマツナガの知り合いであるかのように話しかけてきたのがつい数分前のことであった。
そのあと、事態を察知したエリスが駆け付けたが時すでに遅く、クレアはエリスに雷を落とされたのち、こうして頭を下げさせられているわけである。流石にマツナガもこう猛烈な勢いで頭を下げられては怒る気にもなれず、それどころかクレアの明るさにつられ、却って笑いが浮かんでくる始末であった。
「それくらいにしておいてやれ。戦士はあまり細かいことを引きずるものじゃあないぜ」
ジョニーに諫められたエリスは、ため息をつきながらクレアから手を放す。
「申し訳ありません……クレア、せめてまじめに自己紹介くらいはしておきなさい」
「はぁい」
エリスにつかまれて乱れた髪型を直し、クレアは二人に向き直る。
「それじゃあ改めて。エリスと同じ部隊に所属してます、クレア・ヒースローですっ。お二人のことは、よくシステムのデータから見させてもらってました。お会いできて嬉しいです!」
口調こそ垢ぬけていたが、背筋の伸びや敬礼の動きは、紛れもない戦士としてのものだった。そのあまりの意外さに、ジョニーもマツナガも一瞬ぽかんとしてしまう。
「あ~……そうか、まあ、よろしくな」
ジョニーはやっとのことでそれだけの言葉を返した。
「クレアは歴史マニアでして……ジェネレーション・システムを介して、いろいろな時代のエースパイロットの経歴や武勇伝を調べるのが大好きなのです。挙句の果てには、シミュレーションの上でもエースパイロットの機体で訓練する始末で……」
エリスがため息をつきながら説明した。なるほど、システムの上でしか知らなかった世界のエースパイロットが眼前にいるのだから、彼女の燥ぎようも納得が行くというものだ。さしずめアイドルに遭遇したファンの気持ちというやつだろう。
「まあ、そう気にしなくてもいいぜ。エースってのは、他の連中の目標になる為にいるんだからな。あこがれを持たれるなら、それはむしろ普通のことさ。腕試しさせてくれと言われりゃ、受けてやるのがエースの義務だ」
「うう……本当にすみません、そこまでさせてしまって……」
「心配せずともよい。貴官も間違いなく戦士の端くれ、お世辞にも強いとは言えぬが、魂はしかと篭っていたぞ」
「ホント!? うわやったあ、白狼に褒められたあ!!」
マツナガの称賛の言葉を聞くが早いか、まるで子供のようにぴょんぴょん跳ね、全身で喜びを表現するクレア。久しく接することのなかった純真無垢というものに、二人の心は和らぐ。
その時、ニキの凛とした声が格納庫に響く。ブリッジからの招集命令だった。
『ブリッジより通達します。MSパイロット、およびクルーは全員ブリッジに集合してください。この後の作戦概要を伝達します』
「……来なすったか」
「……ああ」
ついにその時が来た。ジョニーもマツナガも、顔を見合わせずに空を見たままつぶやいたのだった。
◇ ◇ ◇
守りたいものを守るため、力を欲する。それ自体は、生物として当然の帰結であり、自然の摂理の中で生きるための術でもある。
だが、守りたいものを失ったとき、守るために得たその力がどこに向けられるのか。
世界のため。
そう建前をつけて、あくまでも戦いに身を投じる。それもよいだろう。
だが、世界のため、今の世界を変えねばならぬ時。
そしてそれが、守りたかったものを踏みにじって成されるならば。
戦士として生きた人間は、どのような選択肢を取ればよいのだろう。
守りたいものを守るのか。
それとも、守るべきだったものを捨てて、世界のため、非情な選択をするか。
二者択一が余りにも大きな結果をもたらすと知ってなお、戦い続けねばならぬ戦士の宿命。
それは時としてあまりに惨い運命を戦士に迫る。
世界を守らんがため、守るべきだったものから刃を向けられた時。それでも世界のため、戦士は果たして大切なものを踏み砕いて進めるのだろうか。
その答えは、その選択を迫られた者のみぞ知る。
◇ ◇ ◇
「では、ブリーフィングを始めます」
マーク、エリス、ラナロウ、クレア、そしてジョニーとマツナガ。メンバーが集った艦橋で、ニキが手元のコンソールを操作し、モニターに作戦データを映し出す。
「今回我々が攻略する世界線はここ―――ジェネレーション№0233、ワールドコード『SEED』。時にして
「ふむ、大戦、というからには、それなりに長期の戦争だったということか?」
「はい、コズミック・イラ暦の上では70年2月11日から72年の3月10日まで、おおよそ25か月にわたって、地球とその周回軌道上に位置するコロニーを巻き込んだ大戦が行われたとあります」
マツナガの質問にニキが答え、モニターにもそのようにデータが表示される。
「すでにお分かりの人もいるでしょうが、事情を知らないお二方のために説明いたしましょう」
モニターにはさらに別のデータが映し出される。
「まず勢力の上では、この世界では主に通常の『ヒト』たる『ナチュラル』と呼ばれる者と、遺伝子操作によって後天的・人工的に優勢的資質を付与された『コーディネーター』という人種のふたつが存在しています」
「遺伝子操作だって?」
当然のように、ジョニーは驚いた声を上げる。が、ニキは予想済みであったのであろう、至って冷静であった。
「そうです。コズミック・イラの世界では遺伝子工学が発達していて、デザイナーベビーが、お金さえ用意できれば簡単に得られる世界となっているのです」
「…………む」
「元は人間の持つ、無限の可能性を広げるための技術だったのだろうがな。とはいえ、世の中遺伝子工学で優れた人間を生み出せば解決できる問題ばかりなどと、そんなことはない」
二人をやや置いてきぼりにしたニキの容赦ない講釈に見かねたゼノンが、開いた口の塞がらないジョニーと唸るばかりのマツナガに助け舟を出した。
「…………どういうことだ?」
「なに、簡単なことだ。遺伝的にあらゆる分野の才能を得て生まれてきたコーディネーターと、結果を得るには努力を積み重ねるしかないナチュラル。才能的にここまで対照的な人種が存在していれば……後はわかるだろう?」
「……ふむ、成程、ナチュラルが努力の結果ようやく成し得ることを、コーディネーターはいとも簡単にやってのける。そうなれば、それを見せつけられるナチュラルに鬱屈した感情が溜まって行くのは当然のこと、つまり、それが戦争の火種と化した、ということだな?」
「ご名答です、シン・マツナガ。最初こそ、コーディネーターに寛容だった世界でしたが、彼らが学問や芸術、スポーツなどあらゆる分野で結果を出し続けていれば、下位に甘んじるナチュラルに不満が溜まるのは、至極当然のことです」
ニキは内心、ようやくその答えが出たか、という思いだったが、顔には出さなかった。
「もちろん、ナチュラルの側も対抗はしたのだ。コロニー従事者だったコーディネーターたちが自治独立を求めてきても、自治権と武装を決して認めなかった。逆に生産ノルマを課し、あくまでも地球の従属国家でいさせようとしたわけだな」
「そして、そんな対立を延々繰り返していれば、当然テロや武力衝突に発展していかないわけがありません。そこから先は、貴方方にも覚えがありますね?」
「…………ああ。俺たちもスペースノイドの自治独立のために戦った身だ。宇宙に追いやられた人間たちの憤りってのは嫌ほどわかるぜ。才能の優劣は抜きにしても、自分たちの都合で宇宙に追い出しておきながら、地球のために重い税金を、それも水や空気という宇宙には無いものにまで払わなければならなかったのか、ってな」
ジョニーの言葉にマツナガも横で頷く。自分たちはスペースノイド。地球の人間はアースノイド。そう言って、宇宙の側がいったいどれだけの不利益を課せられてきたか。それは二人にとって嫌というほど身に染みた忌々しき戦いの発端。
それを考えるだけで、二人は古傷がえぐられるような、鈍い痛みにも似た感覚を覚えた。
「だが、ことこの世界では、構図が少々逆のようだな。宇宙側の人種が優秀すぎたがため、地球の側はその利権を少しでも多く得ようと、和平ではなく圧政を選択したとみえる。これは……地球側がすでに体力がなかった、ということでよろしいか?」
「その通りです。この時代にはすでに石油資源は枯渇し、度重なる民族紛争や宗教間の争い、世界的な経済不況などで、もはや何十億という人間を養えるだけの力は、地球には残されていなかったのです。それこそ、工業生産をコロニーで行わなければならないほどに」
「……結局、人類はどこの世界でも、己の世界を顧みずに増え続けるってのか? 俺たちが言えた台詞じゃないが、皮肉といえば皮肉な話だな」
ジョニーはため息をつきながら頭をかくしかなかった。
「もっとも、コズミック・イラの世界では、最初のうちは平和的な解決を望もうと、スペースコロニーの建設を急ピッチで進め、改暦から10年後には宇宙への移住が可能だったがな」
「ですが、その世界に突如として遺伝子操作されたデザインベビーが現れたことで状況は変わったのです」
映し出された一人の男の写真。がっしりとした体格に聡明さをうかがわせる顔つき。
「この男は誰かね?」
「彼が世界で最初のコーディネーターとされるジョージ・グレンです。出生は60年経った今も謎のままで、どのような経緯と技術を持って生み出されたのか、それはジェネレーション・システムの中にもはっきりとしたデータは残されていません」
「勿論、この男は自分の存在が人種間対立をあおることは考えこそすれ、願ってはいなかったがな。だが結果として、世界には極秘出生のコーディーネーターが溢れ、そうでない人間、すなわちナチュラルは次第に活躍の場を奪われていったのだ」
「そして、ナチュラルの不満が高まるにつれ、この『プラント』と名付けられたコロニーに向けたテロが頻発し、武装を認められていなかったコーディネーターたちは、対抗として地球の工業製品の生産をやめると脅しをかけるのです。そして、やはりというべきでしょうか……地球側はこれを武力で威嚇し、無理矢理にでも自分たちの都合のいい生産拠点で居させようとしたわけです。ですから、ますます溝は深まりますね」
「コーディネーターが食糧生産をするようになると、地球側が武力で威嚇し、これにプラントはモビルスーツを開発して対抗した。そして、武力開発による軍拡の道が開かれるのさ」
マークが補足を入れた。
「プラントは、食糧の輸入だけはあくまでも地球側に頼っておったからな。その命綱を切られるわけにはいかなかったのだ。だが、結果として、幾度かの武力衝突を経て、事態は最悪の結末へ向かうことになる」
そう呟くゼノンの目つきは真剣なものだった。
「時にしてコズミックイラ70年2月11日、プラントの農業用コロニーのひとつ『ユニウスセブン』に、地球側が核ミサイルを撃ち込み、コロニーは壊滅。24万3000人の人命が一瞬にして宇宙の藻屑となりました」
「なんだって!?」
ここまで冷静だったジョニーとマツナガであったが、さすがにこの一言には声を上げざるを得なかった。他のブリッジクルーは至って冷静なままであった。二人の驚きに満ちた声が、ブリッジ内に反響するのがやけに長く聞こえた。
「ことを起こしたのは地球軍のタカ派である『ブルーコスモス』と呼ばれる組織ですが、これはこの際置いておきましょう。これによって反発が頂点に達したプラント側は、それから2か月後に大規模な地球侵攻を開始し、その際『Nジャマー』と呼ばれる装置を、地球上に百とも千ともいわれる数、投下したのです」
「正式には『ニュートロンジャマー』と言ってな、まあ簡単に言えばその装置の周りでの核分裂によるエネルギーの生成を阻害するもの、と思えばいい」
ニキの説明に今度はマークが補足した。
「成程、核がよほどやつらの癇に障ったということか」
「それもありますが、これによってプラント側は、原子力に頼っていた地球上のエネルギー生産を瀕死に陥らせ、そのうえで、自分たちに非戦であるという確約を取り付けるのなら、エネルギーを輸出するという、これまで地球側が行ってきたことと似たような交渉を展開したのです」
「もっとも、地球軍はプラントに従う姿勢を見せた地上の国家も敵とみなし、宣戦布告を行っていたようだがな」
「やれやれ、結局どこまでいっても、地球の人間たちは地球に住むこと自体が特権の証だと信じて疑わないってわけかい」
ジョニーはますますあきれた素振りを見せた。
「前置きが長くなりましたが、ここからが今回の本題です」
ニキはさんざん説明をして停滞感のあった場を咳払いで仕切りなおす。
「前にも説明したかと思いますが、我々の目的は、本来歩むべき歴史と異なる流れに乗ってしまった世界を、元の流れになるよう修正することです。そこでまずはこちらをご覧ください」
ニキが差したモニターに別のデータが表示される。
「これは、ジェネレーション・システムが記録している『本来の世界』の流れからどれほどズレているかを示したものです」
詳しい内容が何かはジョニーにもマツナガにも分からなかったが、世界のいろいろなデータをまとめたものであろうことは察しがついていた。そしてそのデータには、ところどころに文字化けやノイズが混じっている。
「これがそうなのかね?」
「はい、我々が今から進入するコズミック・イラの世界は、今はまだ異変のレベルは小さいですが、放置しておけばこの世界を崩壊させかねないほど重大な歴史改変につながりかねないでしょう」
「先行して第2小隊が、おおよそ半月前からこの世界で偵察とデータ収集を行っている。まずは彼らと合流を目指すのが、当面の目的ということになる。質問はあるか?」
ゼノンの問いかけに、二人は数刻黙ったままだったが、やがてジョニーが口を開く。
「……俺たちが、その世界にモビルスーツで出撃して、敵を撃墜する、それでその世界に影響は出たりしないのか?」
「そうですね、その説明をしておくべきでした」
そしてニキ曰く、世界には「修正力」があるという。
ジェネレーション・システムは、世界の流れを管理するシステムであり、それが異常をきたしていること。
世界には本来あるべき『流れ』があり、その流れから外れるようなことがあれば、ひとりでにある程度までは元の流れに戻ろうとする力がある。
例え、どこかで世界のバランスを崩すようなことがあっても、そうなれば世界は別の場所で釣り合いを取ろうとする。残酷な言い方をすれば、本来死ぬべきはずの人間が生き残ってしまったのであれば、世界はどこかで別の人間を殺すことでバランスを修正するのだ。
今回の事態は、その修正力の範疇を超えた事態であるがゆえに、自分たちが手を加えなければ解決できないのだということ。
「……俺たちの機体が万一撃墜されでもしたら、あちらの世界に余計な歪みを与えたりはしないのか?」
「それはおそらく。基本的に、その世界の技術はその世界の中でしか通用しないものですから、そうなったとしても、簡単には真似をされる心配はありません。ですが、念のため、ケイには緊急用の破壊装置を積むように、あらかじめ頼んであります」
「……そいつはありがたい。とはいえ、もし機体を自分で破壊する時があるなら、それは白狼が屍を晒すときに他ならぬがな」
「ああ、俺たちとてエースの端くれだ。機体をそう簡単に捨てられないし、何より、命を預ける相棒を、簡単に殺すわけにはいかないな」
マツナガは腕を組んだまま呟き、それにジョニーも賛同した。二人の中にまだかすかに残っていたエースとしての矜持の炎が、今再び燃え上がろうとしていた。
◇ ◇ ◇
私は、正義の味方になりたかった。
私は、誰かを救いたかった。
私は、何かを守りたかった。
私は、皆から『ありがとう』と言われたかった。
私は、エースというものに憧れた。
私は、エースになりたかった。
言葉で着飾っているだけだ。
憧れだけで、エースにはなれない。
理想だけで世界を救えるのなら、戦争など起きない。
もう何度、否定の言葉を聞いたかわからない。
――そんなこと、はじめから知っている。
だけど、それでも。
それでも。
エースを目指すことだけは、絶対に間違いなんかじゃないんだ。
エースは、戦場にいるからエースなんかじゃない。
誇りを捨てず、誰かを守り、何かを救うため、戦うからこそエースなんだ。
だからこそ、私は、それを諦めない。
それになることを諦めたりはしない。
たとえ、途方もない時間の果てを、無限に彷徨うことになるとしても。
◇ ◇ ◇
「キャリー・ベースメインシステム、ジェネレーション・システムメモリーとの接続完了」
「パルスエンジン、稼働率75パーセント、タイムバリアー突破まで0032」
「操舵軸固定、時間航行CPU、存在証明数式、理論展開」
「システム、オールグリーン。目標、ワールド0233、コズミック・イラ71」
ブリッジに淡々とシステムチェックの内容と結果を知らせるクルーの声が響く。
―――俺は、もう一度、戦士として再起する機会を得た。
「ワールド0233、システムプロトコル解析完了、インストール完了率86%」
―――ジオンのエースとしてじゃない、ひとりの戦士、ジョニー・ライデンとして。
「適応数式、適応完了。キャリー・ベース、次元潜航を開始します」
エンジンが轟音を上げ、艦内に振動が走る。
「ワールド突入まで、あと0025、全戦闘員、第一種警戒態勢のまま待機せよ」
―――戦うのは地球連邦ではないが。
「これより、ファーストミッションを開始する。機関全速」
―――それでも、遂げられなかった戦士としての宿願を、今度こそ果たせる時が来た。
―――真紅の稲妻、ジョニー・ライデンとして。
軽い衝撃とともに、機体がクレーンで持ち上げられスライドを開始する。カタパルトデッキには通信士であるルナが、チェック項目の読み上げをする声が響く。
『“カタパルトオンライン、MS-14Bゲルググ・マツナガ機、発進位置へ”』
緊張感に満たされたコクピットの空気を破るかのように、ゼノンからの通信が割り込む。
『コズミックイラの「正当な」歴史は、さっきまでのブリーフィングで話した通りだ。時宗確率変動の予測データも渡したが、あくまでもこちらの仮定に過ぎん。いずれにせよ、システムが狂っている状態では、何が飛んでくるか分からんからな。気を付けてかかってくれ』
「ああ。戦場での戦況把握は、パイロットにとっても必須技能だ。そのあたりは衰えちゃいないつもりだ、信頼してくれて構わないぜ」
「我々とて、戦場での通り名を持つ身だ。自称したわけではないが、それに恥じることのない勘だけは持っているつもりだよ」
ジョニーもマツナガも、全く動じることなくそれに返答する。
『ならいいのだが……とにかく、まずは先ほど話したポイントに向かってくれ。其方にもデータを転送してある。第2小隊がそこで待っているはずだ、くどいようだが、気を付けてくれよ』
『我々でも、状況は完全には把握できません。ジェネレーション・システムの狂いが世界にどの程度影響を与えているかは、貴方がたの目だけが頼りです』
ゼノンとニキの忠告に返答する二人。ジョニーの口調は軽いものだったが、本人の心境は決して軽いと表現できるほど浮ついているわけでもなかった。
正直なところ、不安と緊張と期待とが入り混じった、何とも言葉にできない複雑な気分を、二人は感じていたのである。
『“カタパルトボルテージ臨界、ゲルググ・マツナガ機、発進どうぞ”』
「―――出撃許可、確認した。シン・マツナガ、14B、発進する!!」
爆発音とともにリニアカタパルトが点火され、Gが機体にのしかかる。アイボリー一色に塗装された白い狼は、まだ爪先すら触れたことのない異世界へと飛び出す。
『“続いてMS-14B、ゲルググ・ライデン機、発進位置へ”』
再び軽い衝撃。彼のパーソナルカラーである真紅に塗装された機体は、脚部をリニアカタパルトに固定される。
『“融合炉正常稼働中、B装備を追加マウント”』
横からアームによって差し出されたロケットランチャーを手に取る。ゲルググの標準装備であるビームライフルももちろん所持してはいたが、ジェネレーターの出力を気にせずともよく使い勝手の良い実弾兵器を、ジョニーは何となく手放せなかったのだ。
―――そういえば、これで撃墜したのは何機だったか。
今さらながら、ジョニーはそんなことを思い出す。自分の最終的な撃墜スコアなど、半死人となった今では知るすべもないのだが、それでも口惜しさが残っていないと言えば嘘になる。
『私たちもすぐに追いつきます。それまで、皆のことをお願いします』
「オーケイ、任されてくれ。こっちもエースとして、やってみるさ」
続行して発進準備を急ぐエリスの声。
汎用性を重視した量産機に準じる二人と違い、ガンダムはワンオフ機であるがゆえ、準備にも時間がかかるのは自明の理である。ガンダムだけを運用するならばともかく、そうでない機体も合わせて運用するならば、すぐに発進できる機体を先にすぐ出すのは当然の判断であろう。
『“カタパルトボルテージ臨界。前方クリア、ゲルググ・ライデン機、発進どうぞ”』
唸るような音とともに圧力がかかったカタパルトが撃発位置にセットされ、発進可能を示す青いランプが頭上に点灯する。
―――それじゃあ、世界を救いに、行ってやろうじゃねえか。
『発進許可確認、ゲルググ、ジョニー・ライデン、行ってくるぜ!!』