機動戦士ガンダム Gジェネレーション(仮題)   作:北野ミスティア

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World-Ⅰ Cosmic Era
I.砂漠に輝く星


軍人というのは、得てしてやりづらい立場にいるものだとつくづく思う。

 

 

子供たちには憧れを。

 

市民には期待を。

 

 

そして、現場が見えない上の連中からは、邪魔者の視線を向けられる。

 

 

戦場とは、そうした人の感情が混ざり合った、この世の何たるかをもっとも端的に表した場所ではないかと思う。

 

そんな難儀な仕事ではあるのだが、やめたくてもやめることができないのが、軍人のこれまた頭を抱える部分である。

 

 

軍に志願する人間を様々見てきた記憶がある。そして、志願する理由は十人十色だった。

 

 

自分が軍に志願した理由は、もう朧げにしか思い出せない。ましてや、子供のころの想いなど、とっくに忘れてしまった。

 

だが、今でもこの手が、この血が、この心が騒ぎ立てている。

 

 

自分のなすべきことをせよ。

 

善悪がどうということではなく、必要であるから自分はここにいるのだと。

 

 

 

ならば自分は、戦士として、ここに立ち続けるのみ。

 

 

その身を、この腕を、求めるものが、必要としているものがある限り。

 

 

 

    ◇   ◇   ◇

 

 

 

「そうですか……やはり第八艦隊は壊滅しましたか」

 肌を刺すほどではないが、冷たい夜風がかすかに吹く北アフリカ・リビア砂漠の真ん中。別の偵察部隊からの情報を受け、マリア・オーエンスは呟くようにそう言った。

 その小さな声は、モビルスーツのコクピットに吸い込まれ一瞬で消えたが、すぐに別の通信が入ってくる。

『マリアさん、今の通信は……』

「ええ、周回軌道に潜伏中のエージェントからの情報です。間違いないでしょう」

『そうですか……悲しいですが、ある意味予測通りですね』

 同じ部隊のエターナ・フレイルからだった。当の彼女は、自分たちとの思ったとおりに状況が推移しているものの、予測されていた艦隊の壊滅という事態に胸中は複雑であるという顔だった。艶やかな銀髪をそろりと掻き上げながら、エターナはそう呟く。

『デュエイン・ハルバートン……惜しい人物を亡くしましたわ。軍人としてはともかく、人の上に立つ人としては、優秀な方でしたのに』

「そういえば、貴女は彼と会ったことがあったのでしたね、キリシマさん」

『ええ……と言いましても、あちらの極秘プロジェクトに、裏方で資金を提供させていただいただけ、ですけれど』

 そう言ったのは同じく部隊の一員であるフローレンス・キリシマだった。彼女は壊滅した艦隊の指揮官と個人的につながりがあったのか、美しい黒髪に似つかわしくない、それでいてその切れ長の目には不思議とよく似あう、少々残念な顔をする。

「では、貴女も『G』の計画に参加を?」

『参加……と言うほどではありませんわ。まあ、隠すつもりもございませんから正直に申し上げますが、ビジネスとしてそれなりに価値あるものであったことは、否定しませんけれど』

『……しかし、皮肉なものですね。まさか、それが自分たちに牙を剥くとは、貴女も予想できなかったのではないですか?』

『いいえ、はっきり言って自業自得ですことよ』

 マリアの至極もっともな疑問を、キリシマは一言でばっさり切り捨てた。

『もともと、あれはナチュラルには到底扱うことのできない代物。扱うならば、むしろコーディネイターの方が十全に動かせると思いますわ。ああ、操縦できないということではなく、もっと根本的に、()()()()()人型機動兵器(モビルスーツ)を操縦できるOSを、そうホイホイと作れる訳がありませんもの。身の丈を知れ、というやつですわ』

「……まったく、貴女という人は、いつもながら辛辣ですね」

『正当な評価、と言ってくださいまし。これでも名家の端くれ、不逞な輩を見抜けるくらいの目がなくては、生き残っていけませんから』

「まあ、確かに、貴女ほどコネクションのある人間も、私たちの中にはいませんけど」

「ビジネスに正邪など関係ございませんわ。重要なのは、それが自分にとって得かどうかだけ。コネクションは、その結果に過ぎませんことよ」

 マリアのため息交じりの言葉にも、キリシマは操縦席で腕を組みながらふん反り返るような姿勢のままどこ吹く風といった調子で、特段憤慨する様子すら見せなかった。あくまでもビジネスの相手以上でも以下でもなく、そしてそうした相手には特段の肩入れはしない、と言葉尻がそれを語っているかのようだった。

 

 

 

 コズミック・イラ71年、2月14日。

 

 この前日、地球連合軍第八艦隊は、俗に「低軌道会戦」と呼ばれる大気圏でのザフトとの戦闘により、圧倒的な物量差を覆され壊滅した。

 地球連合軍艦船総数は数十隻、主力のモビルアーマー・メビウスも100機以上という勢力であったが、ザフトの主力であったモビルスーツ・ジン十数機と、4機の「G」と呼ばれる試作モビルスーツにより、そのほとんどが宇宙の藻屑と消えたのである。

 

 キリシマが極秘に資金面で協力を行った「G計画」は、ナチュラルがコーディネーターの駆るMSに対抗すべく生み出した「G」と呼称される試作MS五機の総称である。

 

 

 GAT-X102 デュエル。

 

 GAT-X103 バスター。

 

 GAT-X207 ブリッツ。

 

 GAT-X303 イージス。

 

 GAT-X105 ストライク。

 

 

 性能はザフトのジンを凌駕し、実弾ダメージを相殺するフェイズシフト装甲や、ジンでは搭載不可能であったビーム兵器の装備など、既存のモビルスーツのはるか上を行く別次元の総合性能を有していた。

 

 だが、地球連合の救世主となるはずであったGは、突如としてその地球連合に牙を剥くこととなる。

 

 

 時にしてコズミック・イラ71年、1月25日。

 

 

 ザフトは、精鋭部隊をGの建造工廠があった資源コロニー「ヘリオポリス」に潜入させ、五機のGのうち四機を我がものとしたのである。

 残る一機、ストライクは奪取を免れ、その機体の奮戦によりそれ以上の戦力流出は防ぐことができたものの、結果としてコロニーは戦闘に耐えられず崩壊し、虚空に消えることとなった。

 

 そして、強奪されたデュエル、バスター、ブリッツ、イージスの4機は、低軌道会戦での圧倒的物量差をその性能でひっくり返し、ザフトに勝利をもたらすこととなった。

 

 

 それが、つい昨日のことであった。

 

 

 しかしながら、事これだけの事態となっても、マリアたちに手を出すことは許されなかった。彼女らの任務はあくまでもキャリー・ベースの到着までの斥候である。キャリー・ベースがこの時代に発生したジェネレーション・システムのエラーとなる事象を特定するまで、その時代への介入はできない。もし介入を強行すれば、世界に予想外の狂いが発生し、本来の歴史から大きく外れた歴史へと進みかねないからである。

 

 そうなれば、その先に待つのは狂ったデータ。システムのワールド、つまりは世界そのものの崩壊だ。

 

 ゆえに、彼女らはヘリオポリスの崩壊も、第八艦隊の壊滅も、遠くから何もせず、ただ見ていることしかできなかったのだ。一瞬で何千何万という人命が消えていくさま。心優しいマリアやエターナには、それが最初から時代に刻まれている出来事ととはいえ、何もせずいるのは辛くもあった。

 

『キリシマさん、交代時間です、持ち場を代わりましょう』

 通信で別の声が割り込む。この部隊の黒一点、シェルド・フォーリーのものであった。これまで斥候に出ていた彼が、交代する時間となったからだ。

「あら、もうそんな時間ですの」

 交代となるキリシマはモビルスーツの堅い座席で凝った身体をほぐしながら、機体を起こす。

「まったく、もう少し座席が柔らかければ……これは作戦が終わったらケイさんに相談ですわね」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、キリシマはシェルドが戻ってきた方角へと去っていった。

 

「ご苦労様、シェルド。無理させちゃったわね」

『いいよ、マリア姉さん。これも任務なんだし』

 マリアは年若いシェルドに労いの言葉をかける。身体の線が細く、おおよそ戦いという言葉に似つかわしくない華奢な風貌の持ち主である彼は、しかし持ち前の芯の強さで、これまでも幾度となく任務をこなしてきた戦士に違いなかった。

 そんなシェルドは、マリアを姉さんと呼んで慕う。戦闘に慣れていなかった頃の彼をサポートしてきたのはマリアであり、シェルドにとっては血の繋がりがあるわけではないもののマリアは家族同然の存在であった。

 そしてマリアにとっても、シェルドは戦いに身を置く彼女にとって、数少ない家族同然に気を許せる不思議な存在だったのだ。

 

「ふう……」

 

 マリアは夜風に溶けるような小さなため息をついた。 

 

 砂漠とは過酷な環境である。昼は四〇℃以上の熱波が生きとし生けるものを焼き、夜は凍てつく夜風が、熱を持ったものを手加減なく冷え込ませる。

 宵闇が覆う砂漠は、さながら銀世界。まるでダイヤモンドダストのように、夜空には美しい星が瞬いていたが、対照的にマリアの心中には淀んだ靄がかかっていた。

 先遣隊としてキャリー・ベースを発ってから三週間が経過し、パイロットとはいえマークやエリスほどは経験した場数の多くないマリアには、部隊長の立場であることも相まって疲れが見えてきていた。仮にもパイロットであるので、一応の体力は持っているつもりであるが、長丁場をくぐりぬける忍耐力と平常心はまだ半人前なそれであった。

 幸いにして食料や携帯品の備蓄はまだ充分にあったし、現地のエージェントとの連絡もとれており、何かのトラブルがあったとしてもすぐに補給を受けられる状態ではあった。

 

「…………」

 

 だが、シチュエーションのお膳立てと本人のメンタルが大丈夫かはまた別の話である。

 曲がりなりにもエリートである彼女は、情報戦、モビルスーツ戦、格闘戦、何をやっても凡そひと通りのことはこなせる、才女と呼ぶべき優秀な人物ではあったが、しかしそれは言い換えれば何かに特化していない、平凡と呼ばれるような人物でもあった。

 

 実際のところ、マリアが少なからずそれをコンプレックスに感じていたのは言うまでもない。こと、マークやラナロウのようなモビルスーツ戦を得意分野とするキャリー・ベースのメンバーを見ていれば、否が応でもそうなるだろう。

 

 

『マリアさん、キャリー・ベースからの暗号通信が入りました』

「!」

 エターナからの通信で、マリアは微睡みかけた意識を引き戻された。

「読んでください」

『……《八の刻に虎は狩りへ。七の宵に方舟は砂漠に降り立つ》……以上です』

「……そうですか」

 その暗号文でマリアはすべてを察した。

 

 

 キャリー・ベースからの増援が到着するのは明日の夜。そして、増援が到着するまでのに戦闘が発生することが確実であり、そして少なくとも一時間の間は、この部隊だけで持ちこたえなければならないということを。

 

 

 そして、その電文に込められたもう一つの情報。

 

 遭遇しうる敵は、考えうる限り、この地で最も遭遇したくない相手ということ。

 

 

 その名はアンドリュー・バルトフェルド。 

 

 

 砂漠戦のスペシャリストにして「砂漠の虎」の異名を持つ凄腕のパイロットである。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 マリアの隊が電文を受け取ってからおよそ20時間後の一八三〇。

 

 

「随分と不思議な感覚だぜ、地球の重力は」

「ああ、この重力の中で生活しているアースノイド、彼らは我々よりこの重力に適応していた、悔しいが、そこだけは認めるべき点だ」

「だろうな。認めたくないが、この重力だけは、俺たちスペースノイドが作り出せない唯一のものかもしれないぜ」

 

 ジョニーとマツナガはその砂漠という、スペースノイドには未知の大地に降り立った。

 

 

 体にまとわりつく不可視の力。人が重力と呼ぶそれは、青き惑星の地表に降り立ったものに区別なく作用する。

 宇宙で育ったジョニーとマツナガにとって、この重力という存在は言葉では言い表せないものだった。生まれ故郷であるコロニーも、回転によって人が生活するに必要なだけの重力は生み出されてはいたが、それは力学的法則による重力と偽った遠心力であり、地球という質量そのものが持ちうる重力とは甚だ別物だったからだ。

 ゆえに、地球という生命の星たる、まとわりつくような重力に対しては、二人とも経験がほとんどなかったのである。

 

「……っと、感傷に浸ってる場合じゃねえな。確か……」

「ああ、情報に間違いがなければ、この辺りのはずだが……」

「……360度、砂と岩しか見えねえな」

 

 見渡す限りは砂と岩しかない、宇宙のコロニーには存在せず、人の住みえない世界、砂漠。

 あるのは見渡す限りの地と空を分かつ地平線のみ。

 ちょうど、その地平線に、わずかな陽の残光が見えていた。あと数刻もすれば、灼熱の大地から寒冷の大地へとその有様を変える時である。

 しかし、このようなところでも争いは起こる。そして、ここでの動きひとつでも、この時代を崩すに足る火種、あるいは爆心となり得る。だからこそ、自分たちはここに来たのだ。

 そう考えたとき、ジョニーは少しだけ背筋が震えたような気がした。

「しかし、俺としては、先遣隊がいるなら、そっちと早く合流したほうが得策だと思うんだが」

「それについては私も同意見だが、まあ、彼らにも考えがあるのだろう。少なくとも、現地の地理に詳しい者に協力を頼むのは、選択としては間違いではないだろう」

「……確かに、俺たちだけじゃなく、クルーの全員にとっても未踏の地ってことだしな」

 

 そんな砂漠に降り立ってしばらく。情報があるとはいえ、正確な位置までは特定できないポイントを探し求め、2機のモビルスーツは砂漠を歩き続けていた。そんなときである。

 

「……ん? もしかしてあれか? 奴さんが言ってた基地ってのは」

 

 砂漠に点在する岩石。その中でも大きな一つに、何かの搬入口と思われる横穴が、カーテンで覆われているのが目に留まったのだ。

 

「ああ、らしきものではあるな。私がアプローチをかけてみよう」

 

 マツナガはコンソールを開き、ニキから受けたとおりの暗号を入力する。

 ゲルググのモノアイが不規則に点滅し、入力されたメッセージを信号に変えて発信する。しばらくして、目の前の岩から別の光が発せられるのを、二人は目にした。

 

「発光信号……なるほど、どうやら間違いないようだな」

「……あそこが、『()()()()()』の基地か……」

 

 ゆっくりと開き始めたカーテンを見つめながら、ジョニーはつぶやくように言った。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

「あれが、クルーゼ隊の追撃を逃れてきたっていう噂の『足つき』とやらかね?」

 

 時刻は二一三〇.吐く息が白く煙る寒さの中、双眼鏡を覗き込み、その向こうに佇む白亜の戦艦を見て、その男、アンドリュー・バルトフェルドはそう尋ねた。

「は、間違いないかと」

 それに答えたのは、赤毛の若い男、副官のマーチン・ダコスタである。

 

「確かに最新鋭と言えば聞こえはいい……ハルバートンが身を挺して地上に降ろしただけのことはある。綺麗な艦だ。地球軍にとっちゃ、虎の子というわけか」

「情報では、おおよそ搭載戦力と呼べるものは、現状ストライク一機だけとのことです」

 ストライクという名前を聞き、バルトフェルドはかすかに眉を顰める。

「ストライク……ヘリオポリスでクルーゼ隊が唯一手に入れ損なったっていう機体かね?」

「はい。確認できている限り、ほかはメビウスなど、宙間戦闘用の機体のみだと思われますが」

「……なら、いいんだがね。とはいえ、過信は禁物だダコスタくん。ストライクのおかげで、ヘリオポリスでの窮地を『足つき』が脱したというのも事実だろうからねえ」

「は、はあ……」

 ダコスタは、実際に見ていないものはわからない、という顔で首を傾げた。バルトフェルドは双眼鏡から目を離さずに続ける。

「地上はNジャマーの余波で、電波での通信もままならない。ならば、こちらから先手を仕掛けたいところだが……ん?」

「えっ!?」

 何かを見たようなバルトフェルドの言葉に、ダコスタは思わず身構えた。

 

「いや、今回はモカマタリを5パーセント減らしてみたんだがね……これァいいなあ」

 

 が、バルトフェルドの口から発せられたのは、もう片方の手に握られたカップの中で湯気を立てている珈琲に対する感想であった。

「た、隊長……」

 肩透かしを食らったダコスタ。バルトフェルドはそれを見て苦笑するしかなかった。

 バルトフェルドの趣味である珈琲の研究は、戦いの中での彼のひそかな楽しみであった。艦長室には常に珈琲の香ばしい香りが充満し、果てに彼は偵察中のジープの中にまでそれを持ち込み口にする始末である。とはいえ、ダコスタ自身もそれは知っていたし、それに突っ込みを入れるまでが、この二人のいつものやり取りゆえ、下士官もそれを気にすることがなかった。

 厳格な副官なら、もっとお叱りの言葉が飛んできそうなものだが、それをダコスタは溜息ひとつで済ませてくれるのだから、バルトフェルド自身は彼に感謝しかなかった。

 

「さて、いつまでも静観していても始まらん。少し打って出るとするかね」

 バルトフェルドはカップの珈琲を飲み切り、それと入れ替わりに無線機を手に取る。その目線の先には、数台のジープと十両ほどの戦車、そして、まるで動物の姿をした4足のモビルスーツが3機。

 

「レセップス、二三三〇に目標へ砲撃を開始だ。それからバクゥ隊は発進準備をしておけ。足つきに奇襲をかける」

 

「はっ、こちらはいつでも。しかし、倒してはいけないということでありますか?」

 そのモビルスーツ・バクゥに搭乗していると思しき隊員のひとりから、笑いながらの答えが返ってきた。それにつられてか、他の隊員からも笑い声が聞こえる。予想通りとバルトフェルドは思いつつも、隊長としては一応断りを入れておくべきと、やんわりそれに突っ込んでおくことにした。

「あー、君たちの自身は認めるが、侮るなよ? アークエンジェルは、あのハルバートンが、第8艦隊を生贄にしてまで地上に降ろした艦だ。うまく行けば墜とすのに時間はかからないかもしれんが、一応、それを忘れずにな」

『はっ!』

「それからダコスタ君、()にも、いつでも出られるように準備をしておくよう伝えてくれたまえ」

 

 機体のジェネレーターに火が入る。まるで猛獣の唸り声のように、それは静かな砂漠に響き、夜風に吸い込まれていった。

 

 

―――TMF/A-802 バクゥ。

 

 足元の安定しない砂漠戦をメインとして、脚部重量を分散できる四足歩行型で開発がなされた、ザフトの局地戦用最新型モビルスーツである。四足歩行と脚部の無限軌道(キャタピラ)を使い分けることにより、砂地では他の追随を許さない無類の機動性を発揮する。

 

 背部には、四〇〇ミリ13連装ミサイルポッドか、四五〇ミリ2連装レールガンを選択して取り付けができ、火器もその当時最新鋭のものを搭載している。

 

 

 灼熱の大地を駆けまわり、敵を屠るその姿は、まさに砂漠の獣。

 

 

 この機体に出会ったが最後、敵は無残にも、その食い荒らされたかのごとき屍を、灼熱の砂に埋めることになるのである。

 

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 時間は少し巻き戻り、一九〇〇。

 

 

『キャリー・ベースから暗号通信……どうやら、あちらは『明けの砂漠』との接触に成功したようですわね』

「そうですか……作戦の第一段階はクリア、と言ったところでしょう」

 キリシマからの報告を聞いて、マリアはふう、と安堵の息を吐いた。しかし、モビルスーツのコクピットに座ったまま、もうすぐ半日余りになろうとしている。安心こそすれ、マリアの心中は複雑であった。

「ゲリラ『明けの砂漠』……中東の砂漠地帯を拠点とする武装組織。『砂漠の虎』に対抗してゲリラ戦を展開中。しかし、構成員の大半は少年兵が占める、と」

「……モビルスーツパイロットの私たちが言えたことではありませんが、少し心配ですね」

 マリアの溜息交じりのつぶやきにエターナも同意する。

「ええ、それに、何よりの懸念は……」

 言いつつも、マリアの懸念は全く別のところにあった。この世界に降り立った時から、彼女の胸中には言いようのない不安とざわつきが渦巻いていたからだ。

『……この世界は、もう既に歪み始めているかもしれない。そう言いたいのですね、マリアさんは』

「……ええ、そうかもしれません」

 明確に回答することはできなかったが、エターナの推測はほぼ当たっていた。それこそ、自分たちがここにいなければならない理由など、今はそれしか思い当たるものがないともいえた。

「…………」

 マリアは視線を夜空に向けたまま、その心配ばかりを考えていた。

『大丈夫だよ、マリア姉さん』

 通信から聞こえてきたのはシェルドの声だった。

『僕たちは、今までの戦いも潜りぬけてこられたんだ。今度だって、きっとうまくいくよ』

 自信の根拠は全く持って不明な言葉であったが、マリアはなぜかその言葉を聞いて、胸に渦巻く靄が不意に晴れた気がした。

「……ええ、そうね、その通りかもしれないわ、シェルド」

 何故かはわからないが、彼の言葉には不思議と不安を覚えなくなる。いつもマリアはそんな気がしていたのだ。

 

 

「……行きましょう。私たちも、すべきことをしなければ」

 

 

 コンソールのメインスイッチを押す。ジェネレーターに火が入り、ガスタービンの独特な唸り声をあげて、機体はゆっくりと砂地を踏みしめ大地に立つ。

 特徴的な1つ目のモノアイに光が灯り、4機のモビルスーツは砂漠の宵闇に紛れ、静かにその歩を進め始めた。

 

 

 TMF/S-3 ジンオーカー。

 

 

 砂に紛れる茶色系の機体色に、機体各所に施されたフィルターや、大気圏下での熱対流に対応したセンサー類は、砂漠専用機であることを思わせる。それも何を隠そう、この機体こそ、第八艦隊をその手で蹂躙したZGMF-1017 ジンの砂漠対応型カスタムタイプだからである。宙間戦闘用の装備を廃し、代わりに発動機や火器は大気圏用に専用のカスタムを加えたものが装備されている。

 

 

 この世界の歪みを正すため、この世界最強の兵器であるモビルスーツの選択肢の中から、ジェネレーション・システムに繋がる端末が導き出した最初の結論。

 

 

 ―――『砂漠の虎』の()()()()

 

 すなわち、アンドリュー・バルトフェルドを撃墜することで、歪む以前の正しいワールドデータに修正が可能である、とシステムは明言したのだ。

 

 

 その任務を忠実かつ確実に遂行するため、システムによって用意された機体こそ、宇宙・地上問わず活動できる万能の兵器モビルスーツ。

 この世界、コズミック・イラで最初に実用化された始祖の機体こそジンであり、この世界で最も確実に作戦を遂行し得る可能性のある機体であると同時に、データさえ用意できればあらゆるモビルスーツを用意できるジェネレーション・システムのビルドシステムにとって最も好都合な、あらゆる機体への発展可能性を秘める原初の機種である。

 

 斥候として先行したセカンドチームは、現地のエージェントからの協力を得て機体を砂漠用装備に改修したのがつい2日前のことである。

 キャリー・ベースから持ち込んだトルネードガンダムを使うことも考えたが、あくまでも汎用機であるトルネードよりは、極地戦闘特化のカスタム機を用意するほうが、砂漠戦では安定すると考えたマリアの提案により、あらかじめキャリー・ベースで用意していた3機のジンを改修したものに、現地で撃破された機体を修復した1機を加え、なんとか砂漠戦に必要な装備を揃えることができたのである。

 

 セカンドチームの装備はジンと同じMMI-M8A3 七六ミリ口径重突撃機銃とMA-M3 重斬刀を基本に、パイロットの得意分野に合わせ、マリア機とエターナ機には、射撃の精密性を重視したMMI-XM17 試製三七・五ミリ超高初速ライフル、操縦技術の未発達な部分のあるシェルド機には、攻撃範囲に優れたM68キャットゥス 五〇〇ミリ無反動砲を、キリシマ機は武装の取り回しを重視するためM68パルデュス 脚部三連装短距離誘導弾発射筒を追加装備した。

 

 

 マリアはすべてが問題なく稼働していることを示すコンソールの表示を一通り確認した後、小さく息を吸い、そして回線をオープンして宣言する。

 

 

 

「……セカンドチーム、これよりミッション・ファーストフェイズに入ります」


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